第02話 03

「……まったく本当に、困ったお人ですこと」

 ご嘆息たんそくと共に、絹子お姉さまがおっしゃいます。呆れてものが言えないわ、と。朝食に遅刻したわたしたち――実際はわたしにですが――に、容赦のない視線が突き刺さります。

 あのあと、甘えに甘えまくった、つき合わせてしまったお姉さま、わたしたち二人は、朝食の集合時間に遅れるという、大失態を演じてしまいました。六人がけのテーブルまで、真っ赤になりながらたどり着くと、四人のお姉さま方の、物言いたげな視線に迎えられました。

「……お、おはようございます、お姉さま」

「あらぁ、ちさとさぁん、ちっとも、これっぽっちも、おはやくはなくてよぉ?」

「あっ、はいっ、……えと、ご機嫌よう?」

「まあぁ、ちさとさんったら、わたくしたちのご機嫌が良いように、お見えですのぉ?」

「すっ、済みませんっ。……あの、遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「わたくしも、皆さまをお待たせしてしまい、大変に済まなく思っておりますわ。本当にごめんなさいね」

 わたしの横で椿お姉さまもまた、しおらしく謝罪をお述べになりました。するとに絹子お姉さまのフォローが入ります。かんはつれずとは、まさにこのことです。会話の切れ目には、文字どおり髪の毛一本分の空白さえありませんでした。

「そんなっ、椿お姉さまに謝っていただく理由なんて、ございませんわ。……どうせきっと、ちさとさんがしていたのが原因でしょうから」

 そう態度を一変させて、めつけてこられる絹子お姉さま。そういうお決めつけは宜しくないのでは、と反論しようかとも思いましたが、実際まったくお姉さまのおっしゃるとおりでしたので、わたしは口をつぐんだまま、しゅんと項垂うなだれるしかありませんでした。

「まあまあ、もう良いでしょう。せっかくの朝食が、冷めてしまっては台無しですわ」

 黙したわたしに、膠着こうちゃくの気配を嗅ぎ取られたのか、絶妙なタイミングで、かの子お姉さまがお口をれてくださいました。このままでしたら、延延と絹子お姉さまにのは明白です、それをお察しになったかの子お姉さまの、お美事みごとなご配慮でありました。渋渋と文句を取り下げる絹子お姉さまに、わたしはほっと息をつきました。そして、目線で感謝を贈ります、もちろんそう、この場をとりなしてくださった、かの子お姉さまに。

 かの子お姉さまも、秘めやかな微笑で応えてくださいます。……実はわたしたちは、結構な仲良しさんなのです。本の貸し借りを始めてから、(といっても、わたしが一方的に借りるだけなのですが。)わたしとかの子お姉さまとの距離は、急速に近づいていきました。意外とわたしたちは、好みの傾向が似通っていて、お姉さまのおすすめのご本は、どれも面白く読むことができていました。そしてまた、わたしにご感想をお求めになっては、それに同意されたり、あるいは反論されたりと、かの子お姉さまも同好の士の出現に、喜んでおられるふうでした。

『操お姉さまは、読書はあまりお好きではないのですか』

 ふと気になって、わたしは尋ねました。相席している、操お姉さまに。

『んー、そんなことはないのですけど……』

 ふんわりとしたウエーヴのお髪を一つにくくって、胸前むなさきに垂らしておられる操お姉さまは、可愛らしく小首をかしげて、考えるポーズを作られました。お人形さんみたいなそのお仕草は、お人形さんみたいなお姉さまに大変良く似合っています。そんなお姉さまを、わたしは絨毯に坐ったまま仰ぎ見ます。……ベッドが置かれている操お姉さまのお部屋は、あまり人が集まるのには適しておりませんが、それでもお隣のかの子お姉さまのお部屋に比べれば、天国みたいなものです。なにしろ、寝るスペースでさえ、確保できない日があるらしいのです。そんな日はどうされるのですか、びっくりしていたわたしに、かの子お姉さまは、ちょうどわたしの坐っている辺りをゆびさして、そこで寝させてもらうのよと、何でもないことのようにおっしゃいました。

『わたしには、とても真似できませんわ』

 床でねむることさえ難しい操お姉さまが、苦笑を浮かべながら会話を引き継がれます。かの子お姉さま、とてもいらっしゃって、わたしも見倣みならいたいと思っておりますの、と。

『……あまり素直に喜べないわね、それって』

『えっ、どうしてですか』

 そう苦言を呈されるかの子お姉さまと、それに驚かれて、お目を丸くさせる操お姉さま。お口もとに手をお仕草は、もうその動作が細胞に沁み込んでいるかのようです。無意識に行なえるまでになっています。白い歯を覗かせないようにと、教えられてきたに違いありません。やっぱり操お姉さまは、お嬢さまなんだわ、わたしは改めて確信しました。(この学園には、大きく分けての生徒が在籍しています。一つには、椿お姉さまを筆頭とする、いわゆる『お嬢さま』と呼ばれるタイプの人たちです。財力なり、発言力なり、影響力なり、それらは様様ですが、この学園に入園する、その資格に叶うものをそなえている人たちです。そして一方、わたしはというと、取りたてて述べるところのない、ただの一般人です。そんなわたしが、どうしてここに入れたかというと、ひと言でいえば、縁故採用です。そういったグループが、もう一角を占めております。)

 やれやれと、かの子お姉さまがお首をお竦めになります。たくましい、というのは、女の子に対して使う褒め言葉ではなくってよ、そうとおっしゃいます。

『たしかに操さんみたいに、吹けば飛ぶような感じでも、それはそれで困っちゃうけど、だからといって“たくましい”はないわよー』

『そうでしたか、それは済みません。……では、なんと申せば宜しいのですか』

『そうねー……、そうだ、ちさとさん、どうかしら』

『えっ、わたしですかっ』

 漫才のようなお二人の掛け合いを眺めていたわたしは、突然話を振られて慌てますた。こういった場合の適当な表現を、いきなり求められてしまいます。

『うーん、そうですねー』

 唸りながら、脳内の辞典をひっくり返します。巧い表現を求めて。何か、何かないかしら……。そう散散悩んだあげく、わたしが捻り出したのは、

『えーっと……、じゃあ、“環境適応能力が高い”――なんてどうでしょうか』

 五十歩百歩なものでした。

『環境適応能力って……、わたしはカメレオンか何かなの?』

『でもなんか、カッコいいじゃないですか。人類の最進化系みたいで』

『そうですわ、お姉さま。わたし、とっても素敵だと思いますわ』

 とりあえず操お姉さまのご賛同は得られたようです。それだけがせめてもの救いでした。何しろ、かの子お姉さまのご知力は、尋常ではないのです。元々の資質が桁違いなのか、それとも積み上げてきた知識量の賜物なのか、あるいはその両方なのか、聞くところによりますと、かの子お姉さまは入園されてから今まで、定期試験で一度として、首席の座をほかの人に明け渡したことがないというのです。この学園ではありましたが、それでもほかの人たちだって、お勉強はするはずです、それにもかかわらず、そのような突出を許してしまうのは、やはりかの子お姉さまの頭のお仕組みが違っているからなのでしょうか。

『でしたら、かの子お姉さまは、何と表現するのが宜しいと思われるのですか』

 少しふくれた操お姉さまが、反攻に転じます。“お姉さま”の前だからか、駄駄をこねるかのようなお口調が隠しきれておりません。まさにそれは、“甘えた妹”といった感じです。

『そうねー』

 二たびお姉さまは沈思します。これまでの会話で、だいぶハードルが上がっているので、おいそれと迂闊なお言葉は用いられないはずです。わたしはお邪魔にならないよう、息をひそめて見護ります。かの子お姉さまと並んでベッドに腰掛けておられる操お姉さまも、同じように気配を薄められます。緊張に、部屋全体が包まれます。

 そして数秒後。

『……なら、こういうのはどうかしら』

 瞑目しておられたかの子お姉さまが、お瞳とお口を同時に開かれます。どうやら考えつかれたようです。わたしたちも、注視して応えます。

『こういうときに最適なのは、やっぱり“たとえ”だと思うの』

たとえ――ですか』

『そう、喩え。『まるで○○みたい』というのが、最も解りやすく、かつ最も文学的な表現方法ではないかしら』

『…………』

 話が相当脱線しています。褒め言葉だったはずのそれは、いつの間にか文学的手法へと行き先を変更しております。

『そう、それで、まず大前提として、喩えを用いるときは、それが人口じんこう膾炙かいしゃしていなくてはダメね。小難しい単語を並べたてても、それではただの自己満足だわ』

『…………』

 微妙に耳が痛いです。遠回しに嫌味を言われているのかしら、そうわたしは、余計な勘繰りを入れてしまいます。というか、膾炙は、かの子お姉さまの中では普通に使われるレヴェルの単語なのかしら。

『……そ、それでお姉さま、どのようなお言葉となられたのですか』

『ああ、ごめんなさい、そうだったわね』

 恐る恐る差し出されたげんを、おちから強く受け取って、そしてお姉さまは言いました。

『今回の場合、どこででも寝られる、ということだから、そうするとつまり――、』

『つまり?』

 そう自信満満で、

『――“まるでのび太さんみたい”』

 かの子お姉さまはおっしゃいました。

『……………………』

 えっと……、とわたしは困惑します。冗談なのか本気なのか判らない、(……いいえ、「?」と勝ち誇るお姉さまを見れば本気なのは一目瞭然なのですが。)かの子お姉さまのそのお言葉に、わたしと操お姉さまは顔を見合わせました。

(……かの子お姉さま、のび太くんみたい、って言われて、嬉しいのかしら。)

 考えれば考えるほど、にはまるような気がしました。そしてさらに追い打ちをかけるかのように、

『ああ、なるほど』

 ぽん、と操お姉さまがお手を打たれます。そして満面の笑みで、

『眼鏡』

 おっしゃいました。

『……………………』

 違いますよー、わたしは心中で突っ込みを入れました。共通点はそこではありませんよー。……ていうか、かの子お姉さま、伝わっていないじゃないですか。(一秒あればどこででも寝られるというその設定を、知らない操お姉さまが悪いのか、それとも、知っているのを当然と思っているかの子お姉さまが悪いのか、わたしには判りませんでした……。)


 ……随分と本筋から離れてしまいましたが、結論から申し上げますと、操お姉さまは手芸を趣味としておりまして、(夏はパッチワーク、冬は編み物です。)なかなか読書にお時間を割くのが難しいとのことでした。

『そうですわ、ちさとさんにも、セーター、編んでさしあげましょうか。ここの冬はとっても寒いですから』

 とのご厚意を、わたしはありがたく頂戴いたします。単純にプレゼントをいただけるというのは、嬉しいものです。是非お願いしますと指を組んで懇願します。

『良かったじゃない。わたしも一着、編んでもらったんだけど、本当に暖かいわよ。やっぱり手編みは違うわ。何ていうか、編み目の一つ一つに、想いが込められているような、そんな気がするもの』

『も、もうっ、かの子お姉さまったらぁ』

 愛おしげにお目を細めるかの子お姉さまに、操お姉さまは見ているこちらが照れてしまうくらいに、感情をになさいました。頬を真っ赤に染め上げて、抗議のお声を挙げられます。でもそれは形だけなのが、ありありと判ります。お瞳を伏せ、長い睫毛を揺らされます。そしてもぞもぞと身をよじらせます。坐り心地の好い場所を求めてお躰を動かします。でもそれも、完全なポーズでしかありません。うまく誤魔化せていると思っているのは、当の本人だけです。(……いいえ、もしかしたら、操お姉さまご自身も、本心が隠しきれていないことを、理解しているのかもしれません。それでも慎み深いお姉さまは、体裁を繕われます。本望を露骨に示すことを、お控えになります。じらいを美徳とされるお姉さまの、それが自然な反応なのかもしれません。)

 ですが結果はというと、まったくです。新たに坐りなおした場所は、かの子お姉さまのすぐお隣です。触れ合う距離まで寄り添って、そして含羞はにかみに身を縮ませます。細いお指を丁寧にの上に重ねて、俯向うつむかれます。表情が前髪に隠されます。……でも、下から仰いでいるわたしからは、お姉さまの表情は丸わかりでした。

(操お姉さま、なんて、嬉しそう……。)

 正視するのが難しいくらい、操お姉さまは幸せそうなお表情かおを浮かべていらっしゃいました。まるで気持ちの良いところを優しくくすぐられているかのような、そんな柔らかな笑顔でした。

『どうしたの、操さん』

 そんな操お姉さまを、かの子お姉さまが覗かれます。背をかがめてお瞳にそれを映そうとなさいます。それをかわそうと操お姉さまはお顔を背向そむかれます。

『い、いえっ、何でもありません』

『そう?』

『はいっ、大丈夫です』

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

 お二人は、そのままのご姿勢で固まられます。わたしの存在を、眼中から外されます。わたしも進んで気配を殺します。お二人の、特にかの子お姉さまのお邪魔にならないようにと。完全にお二人の世界に入られたお姉さま方を、こっそりと盗み見ます。恥ずかしがり屋な操お姉さまの、そのお心の岩戸いわとをどうお開けになるのか、わたしは興味津々でした。

 ですがかの子お姉さまにとって、それは造作もないことでした。

『操さん』

 そうささやいて、

『きゃっ』

 操お姉さまの手の甲に、自分のそれを上乗せました。

 そしてそのまま、淡くを込められます。握りしめます、どこまでも優しく。

 一方、急に触れられた操お姉さまは、短いご悲鳴を挙げられ、そして無意識に、お顔を戻されます。そう、かの子お姉さまの、思惑どおりに。

 くす、とかの子お姉さまがお表情かおを崩されます。そして、

『――つかまえた』

 そう眼差しと、蠱惑的なお声で、操お姉さまを捕獲なさいました。

『あっ』

 見つめられてお姉さまは、思わずお声を洩らされます。舌で掬い取ってしまいたくなる、そんな甘い甘い嬌声きょうせいです。とろりとしたお瞳には、すでに恍惚の色が含まれています。うっとりとしたその視線を、かの子お姉さまへとかくすことなく向けています。

『かの子お姉さま、は、ずかしいです、そんな目で、見ないでください。……ああ、そんなに見つめられては、わたし、その……』

『その?』

『……いっ、いえ、ダメです、何でもありません』

『そう? 操さん、何でもないようには、見えないけど?』

『ああんっ、かの子お姉さま、そんなこと、おっしゃらないでください。そんなこと、言われたら、わたし、もう――』

 瞬間、操お姉さまのお躰から、強烈な香気こうきが噴き出しました。目眩を起こしそうな香りに、部屋が染められました。反射的に口をおおってしまうほど、それは危険な香りです。まるで、そう、嗅いだ相手をとりこにしてしまう、あの咲き誇る花々にように。

 しかし、耐性のないわたしとは対照に、かの子お姉さまは、まったく動じません。むしろ進んで、魅了へといざな香気こうきり入れられます。味わい尽くそうとなさいます。

 ちろり、と舌が覗きます。、かの子お姉さまは態度で、雄弁に物語ります。片手で眼鏡を外されます。もう一方の手は、操お姉さまの手に重ねたまま。そして瞳も、再び重ねます。今までとは比較にならないほどの至近距離で。

 突然の私的空間への侵入に、操お姉さまは驚かれます。我に返って、後ろに退かれようとなさいます。ですが、高い教育がそれを阻みます。他の人に不快と思わせるような言動は慎むようにと言われてこられたはずのお姉さまに、そのような拒絶の反応を示すことはできないのです、そう、かの子お姉さまのご計算どおりに。

 瞳をお合わせになったまま、それをゆっくりと閉ざしていかれます。操お姉さまもそれに倣います、まるで催眠術のように。しかし完全に瞼を下ろしたお姉さまに反して、当のかの子お姉さまは、お瞳を細めただけでした。まったく無防備な状態に陥った操お姉さまを、ねっとりとした視線でお見つめになりました。

 やがて、らされた末に操お姉さまは、ふるふると震えはじめます。視界を奪われた恐怖と、そして仄かに灯る期待と昂奮に、己を律することができなくなりはじめます。切なげな表情は、もはや誘っているようにしか見えません。

 それでもかの子お姉さまは静観なされます。これがもし琴美お姉さまでしたら、機、ここに熟せりとご行動を起こされたことでしょう、ですがかの子お姉さまは違いました、まだ限界には至っていないと続行なさいます。

 時折、操お姉さまの瞼がぴくぴくと痙攣します。お瞳を開かれようとなさいます。ですがそのたびに、

『ダメよ、操さん』

『あんっ』

 かの子お姉さまに阻まれてしまいます。行動を封じられ、視力を封じられ、そしてかの子お姉さまのお言葉により、一方的な視線の蹂躙を受けていることを悟った操お姉さまは、いよいよ絶頂へと至られます。息を荒げ、震えも烈しくなります。触れてもらえない に、身をくねらせます。今やわたしの目にも、操お姉さまの陥落は明らかでした。熟れた鬼灯ほおずきのような頬が、お姉さまのご心情を、如実に顕わしております。熟しきった果実のように、お姉さまの理性が落ちるのも、時間の問題です。羞恥に悶えながらも、普段でしたら決して上らせないようなお言葉を出されることでしょう、それを確信したわたしは、音を立てぬよう、そっと腰を浮かせました。

 かの子お姉さまだけが、わたしに気づかれました。

 わたしは小さく頭を下げます。かの子お姉さまも、お口もとを緩めて応えます。わたしの内奧を瞬時に理解なさいます。無関係なわたしが、これ以上操お姉さまの媚態びたいを覗き見ることは許されないとの、わたしの操お姉さまに対する配慮を、一瞬で見抜かれます。

 わたしはもう一度あたまを揺らして、そして退出いたしました。すっかりてられたわたしは、それでもこのたびは心を乱されてはいませんでした。かの子お姉さまへの感服の念がまさっていました。いつでしたか、かの子お姉さまご自身がおっしゃっていたそれが、想像力こそが、何ものにも勝る武器であり、同時に弱点でもあるというその持論が、脳内を席巻していました。お姉さまは、その身をもって、証明しておりました。

(あんな方法があるなんて……。)

 実際に触れずに、あそこまで相手を骨抜きにしたかの子お姉さまを、純粋に凄いと感じました。わたしにもできるかしら、そんなイケない妄想にふけりました。置き換えました、かの子お姉さまをわたしに。そして、操お姉さまを、――椿お姉さまに。

(――!)

 瞬間、背徳感が一気に駈け抜けました。あまりの衝撃に、腰が砕けました。それくらい、わたしが形成した椿お姉さまのお姿は、悩ましいものでした。

 ……俗人という言葉からは、最もかけ離れているお姉さま。生粋のお嬢さまであられるお姉さまは、年頃の普通の少女のような反応を垣間見せることはあっても、まだまだわたしからすれば浮世離れした存在でありました。偏見や先入観はいだかないよう努めてはおりましたが、それでも所作の一つ一つとりましても、そのあまりの優雅さは、わたしに溜め息を促すほどでした。

 そんな椿お姉さまだからこそ、その落差は劇しいものでした。

 堕ちたお姉さまの、そのなまめかしいお姿に、心臓が破裂しそうになりました。つやめいた唇を浅く開いて、そこから顔を覗かせる真っ赤な舌端ぜったん。てらてらと光を反射させるほどに潤ったその部位からは、甘い蜜が糸を引いています。唇を重ねてそれを吸い尽くし、貪り尽くしたくなる衝動に呑まれます。

(――だっ、ダメっ、いけないわ、そんなこと考えちゃっ!)

 文字どおりに頭を振って、それら許されない妄想を振り払いました。けれども脳裡にきつき、こびりついたそれは、なかなか消えてはくれませんでした。


 ……そうして結局、不敬な妄想に身をかれたわたしが、自室に戻ったのは、かの子お姉さまたちのお部屋を退室してから、かなり経ってからになってしまいました。肌寒い廊下で、火照る心身を鎮めなければなりませんでした。そうしないと椿お姉さまのお顔をに見ることができないだろうと、わたしはそう、思いました。(ですがというべきか、わたしの変調は易易とお姉さまに看破されてしまい、その理由わけを問い詰められてしまいました。それでもこれだけは話すわけにはいかないと、わたしは懸命の抵抗を試みました――が、巧みなお姉さまの誘導尋問に、あっさりと白状させられてしまいました。まあ、とわたしの告白をお耳に入れて驚かれたお姉さまは、でもしばらくすると一転、その嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべられ、そんなイケないちさとさんには、少しお仕置きが必要かしらと、ぞくぞくするようなお言葉を用いられました。そして、そしてわたしは、わたしはお姉さまに――――……。)

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