七場 女子だ!


 丸腰の僕を先行させて、武装した看守が後ろを付いてくる。


「これは、何処へ向かっているのでしょうか?」


「詮索するな、着けば分かる」


 高圧的な態度もあるけど、相手の顔が見えないってのは、考えや機嫌を読み取れないから落ち着かない。

 少なくとも、御機嫌ということは無さそうだ。


「階段を上がれ、その次は右だ」


「了解しました、看守殿」

 僕は大人しく看守の指示に従った。



 これまでの様子だと、囚人が歯向かった場合、看守には有無を言わさずに処刑をする権限があるみたいだった。

 この堅物そうな看守に突然、背後からザクーッってやられないか不安だ。


 少し違和感なのは、こういった囚人の連行の場合、複数人で行うべきなんじゃないかということ。

 例え暴れたとして、僕ごときを取り押さえるのには一人で充分という判断に間違いは無いけれど。


 そういう問題じゃあない気もする。



 僕達はひたすらに歩く。

 コロシアムは監獄と一体化していることもあり、本当に<広大な施設>だ。



 道中、思い思いに過ごす剣闘士たちとすれ違う。

 本日収監された者は五人を残して死んでしまったので、殆どが先輩方だろう。


 身体を鍛える者、技を磨く者も見かけられるが、無気力に壁際に蹲る者も少なくなかった。

 足掻く段階を過ぎて諦めの境地といった様子だ。努力しても無駄なものは無駄って感じか。


 僕はやはり視線を集めた。

 気安く話し掛けてきた者もいたが、看守が冷たくあしらう。


 新入りに女の子がいる。それ自体は広まってしまったことだろうな。



 階段を上がると其処は二階。

 下位闘士の居住施設は半地下から一階ということになる。


 鉄格子の先、窓からは外の景色が見えた。

 全ての窓にこうやって格子が掛けられているのだろうか?


 監獄という事もあって、施設は当然、壁で囲われているが、その周囲は広い空き地の様だ。

 更にその先には市街地らしき建物群が見える。


 外は日が暮れかけていて。この世界での初めての夜が来る。



――何処に連れて行かれるのだろうか。


 そういえば、クロムが言ってたな。

 女がコロシアムに収監されたことに何か作為的な物を感じるって。


 僕は今、何かの陰謀に巻き込まれているのだろうか?

 こればかりはどんなに考えても、僕の中にある乏しい材料だけじゃ解決しない問題だろう。


 ええい、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。


「看守さんは、僕の名前や罪状をご存知なんですか?」

 事情を知らない人が聞いたら、何だか自意識過剰みたいな質問だけど、僕は勇気を出して訊いてみた。


 看守のオッサンは答える。

「コロシアムに収監された時から、お前達は分け隔てなく剣闘士だ。我々はその者の過去を考慮したりしないし、全てを平等に扱う。経歴や罪状を知る必要は無い」


「そうですか……」

 聞くも聞かぬも一生の恥。成果は得られず、恥だけが残った。


 ふぅ、と、ため息が漏れる。



 僕はどうなってしまうのだろう?


 このまますぐ処刑されてしまうか、コイツにエロいことをされるか。

 誰かに面会させられるか、コイツにエロいことをされるか。


 それくらいしか思いつかない。


「この、ケダモノっ!」

 非難してみた。しかし、全く相手にされなかった。




 更に奥まった所まで行くと。鍵付きの厳重な扉があった。

 僕たちはその先へと進んで行く。


 何だかマフィアに拉致されて、アジトに拐われて行くみたいな気分。


 そういえば、さっきの扉は外鍵だった。

 外から入られないようにする扉ではなく、中から出られないようにする扉。

 侵入を防ぐ為ではなく、脱出を防ぐ扉だ。


 それってつまり、この先には<外に出せないような何か>がいるってことなんじゃないのだろうか?

 厄介だけど殺せない理由がある何かが。


 殺せないとしたら、それはどういう理由だろうか?

 強すぎる戦士だとか、殺しても死なない怪物だとか、何か重要な秘密を握る人物だとか?


 ……えっ? もしかして僕か?

 僕が閉じ込められようとしてるのか?


 僕はその場に崩れ落ちた。


「どうした?」


「帰りたいです。もう、お家に帰してください……」メソメソ。


 この先に何があるとしても、不幸な未来しか思い浮かばない。

 僕の心はその想像だけですっかり折れてしまう。


「立て、到着だ」


 しかし、看守は冷淡に僕の嘆願を無視する。同情の欠片も示さない。

 鬼だ、人間は仕事に忠実になり過ぎると、感情が失われて鬼となるのだ。



 通路の突き当たりには扉があった。

 到着と言ったのだから、此処が目的地に違いない。


 一見して、普通の扉に見えるな。

 まさか、この先が闘技場になっていて、巨大な怪物と闘わされるといったことは無いだろう。


 無いと信じたい。切実に。


 そうだ、ピンときた。

 剣闘士の『上位ランカーには個室が与えられる』ってクロムが言っていたじゃないか。

 此処がそうなんじゃないのか?



「181番。この中にいる御方が、お前をお呼びだ。失礼の無いよう、大人しく指示に従え。いいな!」


 有無を言わさぬ恫喝。看守がまるで召使いみたいじゃん。

 何? ランク上位は待遇が違うって、ここまで違うの?

 さっき、剣闘士は全員平等に扱うって言ってたじゃん!


 コロシアム運営にとって、集客力のあるランカー上位者は、まさにスター様だとでも言うのだろうか?



 看守が扉をノックして、要件を伝える。

「失礼します。たった今、181番をお連れしました!」


 返事は無かったように思うが、看守は「さあ、入れ」と、僕に入室を促した。


 入れったってなぁ……。心の準備が出来てない。


 何故、下位闘士を呼び出すんだ?

 もちろん、ランカー上位者様が労いたくなる様な闘いはしていないし、ホステスとして呼ばれた以外に思いつかないよ。


 でも、下で群れに襲われるよりはマシか……。


 それに、この先にいるのが、最終目的である<ランキング1位>ってことも在り得るんじゃないか?

 そう思うと、好奇心が刺激された。



「看守さん」

「なんだ、モタモタするな」


 僕は覚悟を決める。と言うより、好奇心に負ける。


 後悔するかもしれない。

 酷い目にあわされて、心に一生の傷を負うかも知れない。


 でも、どうせ回避する方法は無いし、<物凄く強い男>を観て来ようと思う。


「一時間経っても僕が戻らなかったら、178番に」

 アルフォンスに

「地獄で待っているぞ、と伝えてください」


 そう言い残し、僕は扉の中へと足を踏み入れた。



――後ろで看守が、内側から扉を閉める。


 なんだよっ! ついて来るのかよっ!

 さっきの捨て台詞の行き場がなくなるじゃあないか。



 そこは部屋としか形容しようもない。

 一人の人間が生活しているんだな、という当たり前の感想を抱く、当たり前の部屋だ。


 同時に、激しい違和感を覚える。


 何だか不釣り合いだ。

 コロシアムに似つかわしく無い、平和な中流家庭の一室といった雰囲気。

 そして、やけにいい匂いがする。


 部屋の主の姿は見当たらない。留守? ではないよな。


「ごめんくださーい……」

 僕は隣の部屋に聞こえるかも怪しい声で、呼び掛けた。


 すると、隣室に続く扉が開く。



「ごめんなさい! 着替えていたものですから!」


 人が飛び出してきた。

 バッ! とか、ドンッ! とかでは無い。ピョコである。


 ピョコリと、小さな女の子が現れたのである。


「およっ!?」

 僕は予想外の展開に面食らっていた。


「あら、どうかなさいまして?」

 少女が首を傾げた。僕はつい大声で、見たままの事を叫ぶ。


「女子だっ!!」


「まあ!」

 何が面白かったのか、彼女はコロコロと笑い出した。

「アナタ、面白い方ですのね」


 どの辺りでそう思ったのだろう。

 狙ってないアクションがウケると困惑する。


 幾つくらいだろう? 十四、五くらいかな。背が低いだけで、もう少し上かも。

 まるで花が咲いたかのような、可憐な女の子。


「さあ、そんな所に立っていないで、こちらでお寛ぎになって」

「わわっ!?」

 少女は僕の手を引いて、部屋の中央へと招き入れる。

 小さな手。柔らかい。


 さっきまで視界にゴリラしか映っていなかったから、落差が凄い。

 バイオレンスからファンシーへの急激な落差で、死ねるかもしれない。



「私以外に女性の剣闘士が現れるなんて、初めての事ですのよ。ぜひ、お話してみたいと思いましたの!」


 にわかに信じ難いけれど、やはり彼女も剣闘士なのか。

 僕は記憶喪失から最低限の自己紹介をする。


「181番、イリーナです」


「あら、いけないわイリーナ様。番号を軽々しく口にされては、『狙い撃ち』にされてしまいましてよ?」


 確かにそうだ。

 自分より順位が上で弱そうなヤツを見つけた時、番号が判っていれば、指名して順位を上げようとするのは必然。


 看守の奴らが気安く番号呼びするし、正直者だからかクロムも簡単に明かして来ていたから、すっかり失念していたよ。


「よろしくお願いいたしますわ、イリーナ様。私はティアン、『7番』ですの」


 7位!? つ、強い!?

 人に番号を隠せと言った直後に、自らの番号を明かしていくのは、自信の現れか?!



「ティアン様!  迂闊な発言は謹んでください!」

 何故か看守が叱り付けた。ティアンは頬を膨らませる。


「もう! 貴方がいては自由にお話が出来ないわ、二人きりにして頂けないかしら!」


「油断は禁物です! 相手は仮にも選別試合を生き延びた闘士なのです!」


 看守のオッサン、試合内容見てなかっただろ?

 僕は一桁ランクどころか、100番にだって通用しない体たらくだぞ。


「大丈夫です。イリーナ様は、『あの方たち』とは違うのが分かります。だって、野心だとかそういったものを、まったく感じませんもの」


 無気力はけして褒められた物ではないが、無力であることは保証しよう。


「お願いします。どうか二人きりにさせてくださいまし!」


「従えません!」


 まるで、我儘娘に手を焼く父親みたいな光景。

 何だ、この看守。過保護にも程があるだろう。


 やはり上位ランカーには、それだけの経済価値があるということなのかもしれない。

 看守というよりアイドルのマネージャーと言えば、しっくりくるかも。


「これから2人でお風呂に入りますのよ、まさかそこまで付いて来られるおつもり?」


 オッサンは唖然とする。それを言われたら仕方ない。

 入浴まで監視するなんて、痴漢みたいなもんだ。ワハハハハ。


「……解りました、私は下がります」

 看守のオッサンは遂に観念したらしい。

 もう面倒臭くなってしまったのかもしれない。



「イリーナ様、今夜はお泊まりになって行かれますわね?」


「良いんですか!?」


 僕は彼女の申し出に歓喜した。

 下の掃き溜めで一夜を過ごさなくて良いなんて、願ったり叶ったりだ。


「勿論で御座います!」


 ティアン嬢はやたらとウキウキしている。

 これはもう、意見を曲げないだろう。



 看守のオッサンは渋い顔をしながらも、「それでは」と、部屋の外で一礼した。


「そういうことですので、また明日の朝、迎えに来てくださいましね」


 ティアンが可愛らしく会釈する。

 看守は対照的に苦々しい顔をして、扉を閉めた。


――鍵を掛ける音。


 やはりこの部屋も、外から施錠できるタイプだ。

 内側からの双方で鍵が必要であり、ティアンお自由意志では出入りできない使用になっていた。





  『最弱返上』▶︎

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます