二場 皆殺しのランカスター登場


 これから僕は、殺し合いをする。

 これから僕は、殺し合いをする。


 僕は、……僕がっ!!?


 これにはちょっと、新鮮なくらいに唖然としている。


 フィクションでもドッキリでも無い。

 『異世界に召喚された僕』という、恥ずかしい現実を一笑いする余裕もない程の急転直下。

 理不尽な異世界召喚。加えて、他人の身体に憑依するというオカルト展開。重ねて、人生初の記憶喪失の同時体験。


 これだけの難題を抱えながらも、パニックを起こさず、一つ一つ問題を解決すべく、状況の確認に努めた僕。

 その賢明さを誰かが称賛するべきだ。そうでないと、あんまりだろう?


 よしっ! 僕、凄いっ! 僕、クレバー!


 仕方なく自分で称賛しておく。


 その上で、自分の素性を特定すべく、僕はアルフォンスに召喚理由を尋ねたんだ。

 このファインプレーで事態は進展、もしくは好転するはずだった。

 その算段だったのに、ミッションのクリア条件は『コロシアムで頂点を取ること』だと?


 判らないっ!? 役回りから逆算しようとした自分の正体が、全っ然っ! これっぽっちもぉぉっ!!


 だって、僕の生まれた世界で人を殺す事は、とても異常な事だったはずなんだっ!

 <殺戮競技>で頂点を取るだなんて、僕に務まる訳が無いじゃないかっ!



 僕らは闘技場の入口まで追い立てられ、事態は差し迫っている。

 周囲は武装した男達の殺気に満ちていて、広場に解き放たれれば、この総勢三十名による殺戮ショーが開始されるのだ。


 そんな大殺戮大会が、正気の沙汰かと?!


 僕らの出番は<選抜試合>と銘打たれた、メインイベントの前座のそのまた前座みたいなものらしい。

 今後選手として通用しない雑魚を一掃するのが目的の、有象無象のバトルロイヤルだと説明を受けた。


 二十五人が戦闘不能になった時点で生き残っていれば勝利。

 つまり、六人に一人が生き残れる計算となる。


 戦闘不能とは必ずしも死亡とは限らないが、この重量感満載の鉄の塊を人に向かって振り下ろせば、どんな悲劇が起きるかは火を見るよりも明らかである。


「マジかよ……」

 僕はボヤいた。失意のどん底といった心境だ。


 これから参加するのは、一山いくらの大処分市ってことだ。

 だとしたら、有名、あるいは実力のある選手なんかは含まれていないのかも知れない。

 それでも間違いなく、殺しはおろか本気の殴り合いの経験すら怪しい僕こそが、最弱に違いないだろう。



 僕は被害者だ。

 この加害者である魔術師のせいで、数分後には惨殺死体になろうとしている、憐れな被害者。


 これが最後になるかもしれないから、アルフォンスには率直な気持ちを伝えることにする。


「 死 ね 」

 僕はありったけの呪詛の念を吐き出した。


「私は死にません、貴方が護りますからね。その為の召喚魔術です」

 アルフォンスはニコリと微笑んだ。なんて無邪気な笑顔か。この行いに対する罪悪感は無いのか?


 僕は殺される前に、せめてコイツを道連れにしようと誓った。



 ゲート前では、既に闘士たちのスタンバイが完了し、運命の時は刻々と迫る。

「胃が痛い……」


 僕とアルフィンスは一通りの装備をしているが、お世辞にも強そうには見えない。

 第一印象こそ巨大だったアルフォンスだが、それは女の僕が小柄だから対比でそう感じただけで、僕らを囲む屈強な男達と比べたら、途端に頼りない。


 例えるなら、ゴリラの檻に押し込められた日本猿。


「お前、身長いくつ?」

「百七十八センチメートルですが?」


 結構あるな。にも関わらず弱そうなのは、コイツのいかにもインドア派といった軟弱な風貌と能天気な態度のせいだ。


 しかし、異世界なのに単位が通じるってことは、言語はどうなっているんだ?

 日本語ってことは無いだろう。僕に合わせてくれている?

 いや、僕の意識の方がこの世界の言語に最適化されていて、普段使っている言葉との差異を感じなくなっている方が適当な気がする。


 僕以外の全ての人間を僕に合わせるより、僕一人を他に合わせた方が効率的だろうから。

 まあ、不便が無くて良いか。


「すると僕は、百六十五もないだろうな……」

 縦幅よりも、三倍も四倍も足りない横幅の差が深刻だ。



 剣闘士達は各々に剣や鈍器とセットで盾を携えているが、僕の貧弱な腕ではとても片手で剣を扱えそうにないので、盾を装備することが出来なかった。

 鎧を纏う者もいるが、それ自体は露出部分が多く、武骨な兜や盾と比べたら飾り程度の役割に見える。

 何でだろう? 筋肉アピールか?


「兜は付けた方が良いのでは?」

 アルフォンスが指摘するが、八方敵だらけの闘場だ、ヘルメット状の防具で側面や上方に死角が出来るのが怖かった。


 特に周囲と比べて背の低い自分にとって、上方からの攻撃が見えないのは致命的に思える。

「この体格じゃ、当たった時点でアウトなんだ。だったら身軽な方が良い」


 顔なんか出していたら、目立つだろうか? 目立つだろうな、紅一点だし。


 見渡す限り、女性は自分一人だった。

 それはそうだ、コロシアムで女が通用する余地なんて一ミリも無い。

 女の奴隷には、他に相応しい役割があるのだろう。


 満足に盾を扱える筋力も無い。大きめの武器を握る握力も無い。


「この程度のランクでは、攻撃を防ぐ必要も無いってことですね。流石です!」

 何言ってんだ、コイツ。



「わっ!?」僕は短く悲鳴を上げた。

 唐突に横合いから掴まれそうになり、慌てて身を躱す。


 其処をアルフォンスよりずっと無骨で大きな手が、薙ぎ払って行った。


「おっと……」

 僕の肩を空振りした大男は、出場者の一人だ。

 前の世界ではちょっとお目にかかれなさそうなマッシブな男。プロレスラーにもここまで厳ついのはそういない。


 凄い迫力。


「驚かせちまったかい? お嬢ちゃん」

 ソイツは精悍で活力に満ちた面差しを向けてきた。

 ギラギラとしていて、端的に言って『性欲が強そうな男』だ。


「助けて、アルフォンス」

 サイズ差による圧迫感に耐えかね、僕はアルフォンスに丸投げした。


「え、私?」

 急な指名にもアルフォンスは冷静に対応する。

「何の用ですか?」


「いや、コロシアムに女がいるなんざ珍しいだろう? 声くらい掛けてみたくなるってもんさ」

 一方、大男はアルフォンスの介入に狼狽えたように見えた。何か都合が悪かったのだろうか?


「俺はオーヴィル・ランカスターだ」

 大男が名乗った。

 名前は覚えなくていいか、どうせ僕、もうすぐ死ぬし。


 しかし無関心な僕に反して、アルフォンスはその名に関心があるらしく、大きく声を張り上げた。


「おおっ!? 貴方があの、噂に名高きランカスター殿? まさか、貴方のような強者とコロシアムで相見えてしまうなんて!!」

 アルフォンスが大袈裟に声のボリュームを上げたせいか、この男のネームバリューか、周囲の視線を一斉に集める。


「そう、俺がそのランカスターだ。お前ら全員、星に見放されてるぜ。……いや、月に見放されてる、だったか?」


「まったく、神に見放された! としか言いようがありませんよ!」


 二人が何を言っているのかさっぱり解らんが、アルフォンスがもう駄目だという風に、頭を抱えて項垂れた。

 あのお気楽な奴が一転悲観している。

 やけに芝居がかっていて、一見して冗談かとも思ったけれど、周囲の雰囲気からもこの男が只者でないことは確かな様だ。


 大体この風体で強くない筈が無い。

 どうやら、予選会に予期せぬ猛者が紛れ込んでいたってことらしい。



 アルフォンスの態度に機嫌を良くしたのか、強さに対する自信の現れなのか、大男は王者の風格で手を差し出してきた。

「俺は弱者の味方だ。お嬢ちゃん達が残れるよう、健闘を祈ってるぜ」


 握手を求めている。どうやら好意的な相手の様だ。


 正直、平和主義の僕は、こんな筋肉兵器みたいな輩とはお近付きになりたくもないのだけれど、これは強い味方を得るチャンスかもしれない。


 しかし、一歩離れていても圧倒されるのに、接触なんかしたら妊娠してしまうんじゃないかという、生理的嫌悪感を拭えないのも確か。


 ああ、嫌だ。でも仕方ない。

 こんな歩く猥褻物陳列罪を敵に回すよりはずっとマシだ。


 僕はその筋張った太くて逞しいのを握る――って、これはもう、カチンコチンコで肉と言うより岩だ!

 脈動する岩石から、脈動する岩石が生えている!

 それだともう全体的に脈動する岩石なのだけど、僕の知っている腕とは違いすぎて、ちょっとしたグロだよこれ! 規制しろ!


「ありがとうございます、ラン……ランバ……ラ?」名前が出てこない。


「えーと、ミスター・性欲!」

 とりあえず、違和感の無いアダ名で呼んでおいた。


――――沈黙だ。



「……あ、あれっ?」

 肉岩石が鬼のような形相で固まってしまう。

 僕は次の瞬間、自分がこの巨人によって上下に引き千切られる様子を想像した。


 しかし、爆発あわやというタイミングで、誰かが小さく吹き出した。


「ブフッ! ミスター・性欲って……ククッ」


 それを皮切りに、威嚇し合っていた強面の剣闘士たちが一斉に笑い出した。

 待機スペースが爆笑の渦に包まれる。


 やった! ウケた! なんだか知らんが、僕は嬉しい。


「アハハハハッ!! ミスター・性欲!! アハハハハッ!! ミスター・性欲ですって!! に、似合いすぎるぅぅぅッ!!」

 中でもアルフォンスの笑い声が高らかに響いていた。


 一気に和んだ空気、これにはきっと、ランバラル氏もニッコリ。


「てっ、テメェ!!」


「あれぇっ!? 何故、ご立腹?!」


 鉄板ネタの獲得に得意気かと思われたランなんとかだが、その顔は羞恥の余り赤みを帯び、目尻には光るものがあった。

 どうやら僕は、彼の心を相当傷つけてしまったらしい。


「ご、ゴメン! 悪気は無かったんだ!」


 謝っても手遅れ。怒り心頭、ランババンが拳を振り上げる。

 その迫力だけで僕は死を覚悟した。

 アレを喰らって、僕のこの華奢な首が折れない訳がないからだ。


 胸を張って言える! あの拳が身体のどこに当たっても、その部位の骨が必ず砕け散るという絶対的な自信が僕にはある!


 ヒィと洩らして首を縮込める。

 一瞬、<この身体の本来の持ち主>のことが過ぎって申し訳ない気持ちになるが、彼女の姿は思い浮かべられなかった。


 そうか、鏡を見てないからだ。

 見てみたいな。でも、もう遅い。あの世で会えたら謝ろう。



「202番! 下がれ!」

 僕の首が吹き飛ぶや否や、係員の声が響き、ランバダが振り返った。

「ああん?」


 202番がコイツの番号ということだ。


「闘場外での乱闘は違反行為とし、これを厳しく罰する! この場で刑を執行されたいのか!」

 やだ! カッコイイ! 名も知らぬ係員さん、素敵! 職務を全うする職員の鏡!


 ランタノイドは舌打ちをし、拳を引っ込めた。

「覚えてろよ! 闘いが始まったら、真っ先にお前からぶち殺してやる!」


「ハイ、スミマセンデシタ……」


 ランダマイゼーションは僕に死刑宣告をすると、グループの先頭の方へと遠ざかって行った。

 僕は目を合わさないように床を睨んでいた。


 きつく、きつく、床を睨んでやった。



「怒れる巨人を恐れもせずに挑発なさるとは、さすがは勇者様」

 アルフォンスは僕を称賛する。


 巨人を怒らせた決定打は、お前のバカ笑いだったんじゃないかな?


「あいつ、何者なの?」

「元々は凄腕の傭兵らしいですね、膂力は疑うまでもないでしょう」


「らしい? なんだ、言うほど有名人じゃないみたいじゃん」

 派手に持ち上げていた割には、大して興味が無さそうな物言いだ。変なの。


「噂になったのは、コロシアムに収監される原因となった『ある事件』の方ですからね」

 こんなリスキーな競技を強いられるのは、罪人か奴隷かということくらいは想像がつく。


 さっきの職員も、<刑の執行>と言っていた。


 こんな大量処分の消化試合に、大物は参加しないかと思ったけれど、タイミングによっては凶悪事件の犯人とかち合うこともありえるのか。


 アルフォンスは続ける。


「犯罪組織に目をつけられた金持ちが、彼をボディーガードとして雇ったのですが、なんと彼は依頼主を護るどころか、敵地に乗り込んで行って組織ごと壊滅させてしまったという話です」


「凄いな!? でも、それが何でコロシアム送りになるんだ?」

 僕が考えるより、司法の厳格な世界観なんだろうか? だったら、こんな競技も廃止されると思うけど。


「組織を壊滅させた後、報酬に納得のいかなかった彼は、雇い主を殺して財宝を奪い去ったとかで、付いたあだ名が『皆殺しのランカスター』だとか」


 おっかねぇ!?


「彼は将来的にコロシアムの英雄になれる素材です。この場にいる誰一人として、勝ち目は無いでしょうね」


 素手ですら死を予感させるあの豪腕が、武器を振り回す姿を想像した。

 僕の死がどんどん現実味を帯びて行く。


「魔法使いなんだろ、攻撃魔法とか無いの?」

「専門外ですね」

「流石、天才魔術師!」

 コイツの口から朗報を聞いたことが無いな、絶望だけを連れてくる。



 そうか、僕は死ぬのか……。


 家族や恋人を悲しませたくないとか、叶えたい夢があるとか、記憶喪失のせいでそういったしがみつく未練が無いせいか、ジタバタする気力に欠ける。


 でも、聴きたい事は色々あった。

 この身体の本来の持ち主は何者なのかとか、アルフォンスは何故こんな事になっているのかとか、コロシアムの外に広がる見知らぬ異世界がどうなっているのかとか、色々だ。


 そして、不思議と自分が何者なのかとか、何故選ばれたのかだとかに執着は無かった。

 どの道、死んでしまえばそれまで。


「痛いのだけは嫌だなぁ……」

 それだけは紛うことなき本心だ。


 遂に時は訪れ、こちらの都合など考慮してくれる訳もなく、闘場へのゲートが開く。

 闘士達が入場していくのに押し出されて、僕は闘場へと足を踏み入れた。





  『本当の最弱を見せてやる』▶︎

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