第二十四話 劇団ギュムベルト


少年がなにをはじめたのか、この場の誰もが理解できていなかった。


「邪魔だ、どけっ!!」


押しのけようとするグンガ王をギュムはひらりと身をひるがえしてかわす。


「ちょちょっ、すこし落ち着いてください!」


ドワーフたちの作った囲みを立ち慣れた円形舞台に見立て、グンガ王と絶妙な距離を保ちながら周囲に向かって訴えかける。


「――王様ひとりで片付くことにこれだけの人数を動員しておいて、彼らには仕事もさせず長い帰路につかせるおつもりですか?」


ただ説得をはじめても突っぱねられるだけだ。ギュムは声を張り、大きな身ぶりを混じえることで注目を集める。


演説家とも違う、空間を立体的につかった舞台役者のスキルだ。


「それがどうした、サランドロを殺せば任務は完了だ!」


「ほとんどの者は来て帰るだけ、それでは一日を無駄にしたかいがない、不完全燃焼ですよね!」


グンガ王は反論する。


「ふん! ドワーフを迫害すれば即座にこれだけの大事を招く、それを周知させるための武力行使! 憂さ晴らしが目的じゃねえんだ!」


ドワーフの王に面と向かって意見するのは恐ろしい、異種族を相手にどんな言動、行動が地雷になるかも分からない。


二百人に囲まれていつ殺されるとも限らない。


針のむしろ――。


ただ、はじめたら終了の合図があるまではけして止めないという芝居の原則に従った。


「よく存じております。そのうえで、おれからひとつ提案があります!」


「はっ、どうせくだらん御託で『ワ』を丸め込んで、そいつを逃がすつもりだろうが!」


少しでも譲歩を迫るような発言があれば、ドワーフたちは警戒して耳をふさいでしまうだろう。


「いいえ、一撃で終わらせてしまっては後悔する間も与えらない、それでは罰として不十分だと言っているのです!」


ギュムはサランドロとの敵対関係を強調しつつ交渉に持ち込む。


「――自分は無敵と増長し、優れた職人であるドワーフ族を排斥しようとしたこの愚か者に、ここにいる一人一人が怒りの鉄拳をたたき込もうって提案です!」


「鉄拳だと?」


「ええ、長く苦痛を与えるほうが罰にふさわしいはずです、こうなったら徹底的にやりましょう、なぶり殺しです!


そして円滑に進行するためには『殴られ屋』のルールに基づくのがよいかと」


以前『パレス・セイレーネス』が海賊に襲われたときイーリスがとった方法、当時は魔法にしか見えなかったあれをギュムは再現しようとしていた。


サランドロが抗議の悲鳴を上げる。


「ちょっと、待てっ! なにを勝手なことを言ってるんだおまえはッ!」


サランドロがこの状況にパニックを起こすのは仕方がないとして、どの道この場を無事に収めることはできないのだからギュムとしては大人しく覚悟を決めてもらいたい。


命を賭けてもらいたい。


「……なにをたくらんでいる?」


グンガ王は疑り深い。


「いいえ、おれはこの大軍勢を手ぶらで帰すのはもったいないと言ってるだけです。まさか、一人相手に二百人でかかって殺せないなんてことがありますか?」


「…………」


たしかに、一撃だろうと二百撃だろうとサランドロが死ぬことに変わりはない。


グンガは少年の表情からその意図を探ろうとする。


――この人間の子供はサランドロに対して個人的な恨みがあって、それを晴らしたいだけなのではないか。


それ以外に提案の理由が思いつかない。


「せっかくだから一人でも多くにぶん殴ってもらって、このハg、差別主義者を長く苦しませて、皆さんには気持ちよく帰ってもらうべきです!」


「……ハgッ!?」


サランドロの反発を無視して、ギュムはルールの説明を開始する。


「一人あたりの持ち時間を二分として、終わった方から順次お帰りいただき、息の根を止めた時点で解散というのはいかがでしょう?」


人間の言葉には裏があるものだ、ルールを押し付けようとしてくるところがきな臭い。


グンガ王が困惑していると、ドワーフの壁をかき分けてオーヴィルたちが合流する。



「おいおい、こりゃどうなってんだギュムベルト!」


体力のない女子をつれての長距離移動、ようやくたどり着いてみればドワーフたちを一カ所に集め、その中心で後輩が演説を打っている。


「ニィハさん、大丈夫ですか?」


ギュムは合流した仲間たちの無事を確認した。


ニィハは拾われてきた子犬のようにオーヴィルの小脇に抱えられている。

力尽きたからといってその場に置き去りにする訳にはいかず、手に持って走ってきたというありさまだ。


「ごめんなさい……、足を、引っ張ってしまっふへ……」


かろうじて意識はあるが、すっかり目を回していて会話もままならない。


「場を収めるには、もうこれしか方法がないなと思って……」


ギュムが一言伝えると二人は状況を完全に理解できた。


オーヴィルがうなる。


「そうは言っても、こいつはむちゃだぜ」


前回はオーヴィル一人で三十人をしりぞけたが、一試合二分を二百戦はどう考えてもスタミナが持たない。


オーヴィルの『殴られ屋』における一日のノルマが二十戦程度、常人ならば五戦もすればヘトヘトだろう。


「大人しく殺されるか無謀なりにあがくか、状況はそのどちらかです」


サランドロがいかに強かろうと、二百人をしのぎ切れるとは考えていない。


時間を稼げばドワーフたちの怒りが終息するかもしれないし、必死な姿を見せれば禊と認めて心変わりをしてくれるかもしれない。


もはや痛い目を見ずに決着するという結末はありえない。


「――いけるだろ?」


ギュムはサランドロを振り返った。


「馬鹿か、いけるわけないだろ!」


「じゃあ、カナヅチで頭わられて死ねよっ!」


やるやらないを論じる段階はとうに過ぎた。


刑はすでに執行中であり、首に掛けられた縄が食い込まないように爪先立ちをしているに等しく、グンガ王の気持ち一つで足場は取り払われ命を落とす寸前だ。


「人にしてきたことが自分に返ってきたと思って観念してください」


ニィハはオーヴィルに抱えられたまま、優しくサランドロの背中を押した。


「天使のような顔で悪魔みたいなことを言う……」


「因果応報を受け入れろ」


サランドロの往生際の悪さにオーヴィルはあきれ顔で言った。



「さっきからゴチャゴチャとわめきやがって、無駄だ、なんと言われようとワは人間の指示には従わねえ!」


ギュムはドワーフたちの説得を粘りに粘ったが、グンガ王にはまったく応じる様子はない。

ドワーフは頑固な種族だと言われているが、それだけ人間が警戒されているということだ。


「……オーヴィル、そろそろ降ろしてくれるかしら?」


大男の腕にぶら下がった姫が苦しそうにうめいた。


「おお、そうだな!」


ニィハは大男に補助されて地面に降り立つとグンガ王に訴えかけ――。


「グンガ王、これはむしろ今後あなた方とわたくした――、地面が揺れてますわ!?」


ようとして、立ちくらみを起こしてバランスを崩した。


「おいおい、しっかりしてくれよ」


疲労と乗り物酔いで倒れそうになったニィハをオーヴィルが支える。


「失礼しました……。その、ドワーフ族の流儀を理解したうえで、あとに引き起こされるであろう人間との全面戦争までは望んでいないはずです!」


ドワーフたちの報復は種族の尊厳を守るためのいわば自衛の行動だ。


「相手を選んで逃げ出してたら、今後人間たちの迫害から同胞を守ることはできねえんだよ!」


「だからと言って武器を用いた襲撃は正当化できません。宣戦布告とみなされ、取り返しのつかない惨事を招きます!」


全面衝突に発展してしまえば『鉄の国』など容易く更地にされてしまう。


「くどいッ!! 人間の話に貸す耳はね――!!」



「待ってください!!」


横やりを入れられたグンガ王が鬼の形相で振り返る。


「なんじゃあっ!!」


話しに割り込んできたのは、影から成り行きを見守っていた人間学者のジーダだった。


「――てめーは……。ジーダ、生きてやがったのか!?」


「ご無沙汰しておりますグンガ王。このとおり、役職の解任以降、姿をくらませていたのであらぬうわさが立ったのでしょう」


王は人間の言葉は信用しないと意固地になっているが、すでに盗賊ギルドの計画に利用されている。


ギュムたちが事態を鎮静化させるために動いていることはジーダも知っている。


「――サランドロにはきっちりケジメをつけさせる。しかし、戦争になってしまってはドワーフへの迫害に拍車がかかってしまう。それでは本末転倒です」


サランドロが倒れるまではと静観していたが、彼女も『鉄の国』の滅亡を望んでなどいない。

前者を達成したうえで戦争を回避できるなら、それに越したことはなかった。


「……だったら、どうする?」


同族からの指摘にグンガが勢いを失ったところで、ジーダはニィハに続きをたくす。


「その解決策を、あなた方は先ほどから訴えているのですね?」


「はい、こちらで提案したルールで決着していただけるなら、これからの暴力行為でたとえ死者がでたとしても、賭け事のなかで起きた事故としてわたくしたちが証言いたします」


この騒動は武力による襲撃ではなく、宴会の余興中に起きた事故ということにする。


ドワーフによる破壊活動を多数が目撃している以上、無理はある。


しかし軍隊も海賊相手で手いっぱいだ。仕事をしなくていい言い訳があれば、あえて放置する判断は十分ありえる。


保証にはならないが、そうなるように尽力するという約束だ。


しかし、グンガ王も感情だけで突っぱねているわけではない。立場上、種族の伝統を否定することができないのだ。


「ワのことはワたちで解決する! 部外者が余計な口出しをするな!」


「グンガ兄、いいんじゃないか?」


囲いの中から鍛冶師カガムが声を上げた。


「――東アシュハ王とは気が合ってるんじゃ、彼と争うことは避けたい。手を引けと言われたら聞けないが、サランドロに報復できることには変わりないじゃろう」


ジーダに続き、人間社会で生活してきたカガムがグンガに意見を述べた。仲間から出た意見ならば耳を貸す意味もある。


「……ふん、いいだろう。兄弟と恩人への義理としてその提案に乗ってやる!」


熱心な説得の末、グンガ王に『殴られ屋』のルールによる決着を了承させることができた。


攻撃できるのはドワーフ側のみ、手段は拳での殴打のみ、持ち時間は一人二分。

ドワーフ全員が手番を終えるか、サランドロの死によって決着とする。



「頼む、考え直してくれ! 金ならいくらでも払うから!」


サランドロはみっともなく命乞いを続けた。


「おい、まだ状況が分かってないのか! おれたちはこのまま帰ったって構わないんだぞ!」


金に目がくらむくらいなら、ドワーフたちははじめから暴動を起こしたりなんかしない。


これは名誉の問題だ――。


せっかく話が着いたにもかかわらず、一向に覚悟を決めないサランドロにオーヴィルがしびれを切らす。


「あー、クソッ、一日走りっぱなしたあとで正直、しんどいぜ!」


ギュムたちが用意した舞台がご破算になるのに耐えきれず、ドワーフたちに向かって提案する。


「おーい、憎い相手じゃなくて悪いけど、俺も手伝ってかまわないか?」


大きく手を振って参戦をアピールした。


一人相手に二百人いる側が、もう一人増える程度のことに異議を唱えるのも情けない。

グンガ王は「勝手にしろ!」とオーヴィルの提案を受け入れた。


ギュムとニィハは「そこまでする必要はない」と止めたが、オーヴィルは「できるところまでさ」と言ってサランドロの肩をたたく。


「交代で行こうぜ、おまえのノルマは百人だからな」


そして先鋒を買ってでると、オーヴィルはドワーフの軍勢のまえに勇ましく立ちふさがった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る