第十八話 起爆スイッチ


    *    *    *



『劇団いぬのさんぽ』の三人はやっとのことで『鉄の国』へと差し掛かっていた。


製鉄所から立ちのぼる煙を目指して直進しているはずが、集落が一向に視界に入ってこないことには戸惑った。


そして森林の切れ目で唐突に崖に突き当たると、そこは行き止まりではなく目的地――。


「おおおおっ、なんだこれ!?」


『鉄の国』を目の当たりにすると、ギュムベルトを筆頭に一同は驚きの声を上げた。


鉢状に凹んだ崖の側面に沿って巨大な足場が組み上げられ、そのあちこちに建築物が立ち並んでいる。

地下に向かって螺旋状に下っていく独特の構造をした壁面都市、それこそが『鉄の国』だ。


アシュハ国内を西の端から東の端まで旅してきたオーヴィルのテンションも上がる。


「いろいろ見てきたが、こいつもなかなかの絶景だな!」


唐突に現れた集落は国というにはあまりにもこぢんまりとしており、それでいて二百人が生活するのに十分すぎる敷地がある。


直径にして600メートル、深さ100メートルをこえる大穴は、頂上から底までを行き来するだけでもかなりの体力を必要とすることが想像できた。


「水没したりはしないんですかね?」


皇国の歴史よりも長く存続していることを考えれば、水はけなどの問題は解決していると判断するのが妥当だろう。


ドワーフは洞窟を住処にする種族と認識していたため、ギュムはもっと原始的な生活をイメージしていた。

しかし、人間社会との交流からあっと言う間に近代化がされると、人間にはとうてい及ばぬほどの建築技術を身につけるにいたった。


「本当にこんなところで芝居をするのか?」


特殊すぎる環境をみてオーヴィルは疑問を口にした。


公演自体はどこでもできる、問題は集客が見込めるかだ。


「まずは許可が取れるかどうか……」


そう言って、ニィハは大穴を見下ろした。


昼間だというのにドワーフたちの姿が見当たらない、敷地に踏み込んでいるにも関わらずここまで遭遇することもなければ警備や見張りも置かれていない。


アシュハ国に完全に取り込まれていることから外敵に攻め込まれることもなければ、二百人の怪力自慢がひしめく場所をならず者たちが荒らしに来たこともない。


たとえ見張りを立てたところでドワーフは数分で手持ち無沙汰になると工作を始めてしまい、周囲の音が聞こえないほどに集中しては不審者を素通りさせるに違いない。


いまも各々が壁面に掘られた横穴の先で鉱石を採取したり、工房にこもっては作業に没頭しているところだ。



「やあ、劇団の方々ですよね。こんなところでなにをされているのですか?」


声をかけられて振り返ると、そこにいるのはドワーフではなく人間の男性だった。


ギュムが「あれ、ニコロさん」と相手の名を呼ぶと、オーヴィルが「知り合いか?」とたずねた。


ニコロは『パレス・セイレーネス』に出入りする業者の一人で物資の運搬などを担当している、劇団の人間と交流はないがギュム個人はよく知った人物だった。


「わたくしたちは知人を訪ねて参りましたの」


ニィハも何度となくすれ違い、あいさつくらいは交わした相手だ。


「こんなところで鉢合わせるとは奇遇ですね、私は半分観光です」


仲間の古なじみに対してオーヴィルは確認する。


「一人かい?」


整備された道が続くことから、ここまでは誰でも迷うことなくたどり着くことができる。


しかし、片道にまる一日かかる距離を普通の感覚ならば気軽に行き来しようなどとは考えない。


一人旅となればあらゆる捕食者にとって絶好の得物だ。オーヴィルが同伴していたからこそ快適だったが、ニィハやギュムが単身でたどり着けたかといえば分の悪い運任せになっていたに違いない。


ここで遭遇したという事実は、このニコロという温和そうな中年男がただ者ではないということを物語っている。


オーヴィルの質問にニコロは答える。


「ええ、おかげで話し相手に不自由していまして、良ければ御一緒させてもらえませんか?」


顔見知りの登場に仲間たちが警戒するそぶりはない。


――ただ者ではないからといって敵とも限らないしな。


むしろ心強い味方に分類するのが自然だろうと、オーヴィルは納得することにした。


偶然合流したニコロを旅の道連れに加えると、一同は『鉄の国』へと侵入する。



「高いところは平気なんですか?」


ギュムは大穴を降るための第一歩を踏み出しながら仲間たちを振り返った。


設置された足場は頑丈で、山道を歩くよりも安心感があるくらいだ。


「ああ、うちで苦手なのはイーリスだけだな。飛竜に乗ってあちこち行き来するようになってからも、ちょっとした高さで腰を抜かしてたくらいだ」


オーヴィルの言葉にギュムはサランドロ邸で聞いたことを思い出す。


――そういえば、先生はスマフラウの出身だって言ってたな。


スマフラウは竜騎兵の国で、現在は西アシュハと開戦中にあるマウ王国の支配下にあるらしい。


――たしかマウの第三王子が守護竜を倒して占領したんだ。


運搬業者のニコロが会話に参加する。


「想像力が豊かな人は落下時のことを鮮明にイメージできてしまうんでしょうね」


不幸な結末を想像してしまうがゆえの恐怖というわけだ。


「普通にしてたら安全なところを無駄に萎縮するからかえって危険になっちまう、落ちやしねえってのにな」


「先生、あれで弱点が多いからな……」


ギュムから見たら当初は完璧超人といった印象だったが、いざ親しくなってしまえばポンコツもいいところだった。


人懐っこくスキだらけで、どこからつついても攻略できそうな危うさがある。


一方、ニィハは大穴の底を見ながら楽しそうに笑う。


「わたくしはむしろワクワクしています!」


こっちの方がずっと鉄壁な気がするんだよな、とギュムは思った。


元女王ってことは、死を偽装することで世界中を欺いたってことになる――。


今後、世界は未来永劫、女王の死を語り継いでいくことになるが、実際はここに生きている。


かつて戯言と一蹴した説は、これから再会する王室専属鍛冶師カガムとの出会いから確信に変わっていた。


――オーヴィルさんと恋仲であることをみじんも匂わせないところが手ごわい。


「どうしたギュムベルト、もしかして高いところ苦手か?」


地面にガックリと膝を着いたギュムをオーヴィルが気づかった。


「……いいえ、カガムさんを捜しましょう」


ニィハを女王としたとき、大男の方を剣闘士に当てはめてしまうのは仕方がない。ギュムは勝手に決めつけては無駄に自分の首を絞めていた。



カガムとの再会はすんなりと果たされた――。


こちらをチラと見るだけで興味なさそうに通り過ぎていくドワーフの一人に声をかけると、せまい集落ですぐに本人へと行き当たった。


「それで、ドワーフ王に取り付げと――」


ニィハから事情を聞いたカガムはすぐに話を理解してくれた。


「無理を承知でお願いできませんか?」


「無理なもんか、グンガ王とは兄弟のような間柄じゃからな」


ドワーフは人間のようにいちいち駆け引きをはさまない、可能なかぎり最短距離を選択する。


「――ついて来い」


ときにその率直さが人間とのあいだに確執を産むことがあった。


ドワーフにとっては事実の追求こそが進歩の必然であるが、人間にとって事実とは多くの場面で都合が悪いものだからだ。


いかにだまし、いかに搾取し、煙に巻くか、まやかしを武器として利する人間はつねに真実との齟齬という爆弾を抱えた状態であるともいえる。


運送業者のニコロはその起爆スイッチを押すためにここへ来たのだ――。



一同はカガムの案内で壁面の無数にある横穴の一つを進む。


外壁に建てられた民家や工房は真新しいが、横穴の中はシンプルな炭鉱だ。そのあちこちではドワーフたちがせわしなく素材集めをしている。


「グンガ兄、ちょっといいか」


そして、そこには他の者と同じ姿で土にまみれて働くドワーフ王の姿があった。

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