第十一話 告発


三日前、サランドロ邸からの帰り道でギュムベルトたちは獣人による襲撃を受けた。イーリスは命を落としかけ、いまも起き上がることができずにいる。


通り魔や強盗の仕業である可能性も考えたが、それが交渉決裂に対する報復行為となれば話は違ってくる。


ギュムベルトのはらわたは煮えくり返っていた。後先などは考えない、怒り心頭でサランドロたちの後を追った。


通行人をかきわけながら全速力で走り、追いつくとサランドロたちの前へと回り込んで進路をさえぎる。


「おい、待てよ!!」


行く手を阻まれた二人は少年の態度に不快感をにじませる。


「なにか?」と、ノロブが要件をたずねた。


立ちふさがってはみたものの、商人ギルド幹部の付き人がライカンスロープであるという証拠はない。

人間が怪物に変身するといった確証はなく、根拠は人狼と同じ位置に突如あらわれた傷と、妙なタイミングでの安否確認だけだ。


ギュムは決定的な言葉が思いつかずに、ただ二人をにらみつけた。


「どけ、貴重な時間をおまえなんかに割くのは大きな損失だ」


サランドロは自分が得する相手としか口を利かない。とくに同性や子供なんかは視界にもいれたくないと思っており、死滅してくれないかと考えることさえあった。


「おまえがそいつに命令して先生を襲わせたってことは分かってるんだ!」


直感としか言いようがない。それでも、見逃すわけにはいかない。


「妙な言いがかりはやめてもらいましょう」


サランドロに詰め寄ろうとする少年を引き剥がそうと、護衛であるノロブが割って入った。

その行動は想定通り、主人の身の安全を優先して注意がおろそかになっている護衛自身の足もと、足の甲をギュムはかかとで思い切り踏み抜いた。


「――ぐぬッ!?」


全体重を先端に集中し直撃させたのは、女、子供の力でもたやすく骨折させることが可能なもろい構造の部位。


ノロブは堪らずに悲鳴を上げる。


「うおおおおおおおッ!!」


それは人狼が座長アルフォンスにかみ付かれた時に一度だけ発した音と完全に一致し、疑惑を確信へと変えた。


――見つけたぞ、オオカミ男!


少年は通行人たちにむかってサランドロたちの悪事を告発する。


「みんな聞いてくれ、コイツらは人殺しの化け物だ!!」


勧誘を断られたくらいで暗殺を決行するくらいだ、これまでも幾度となく邪魔者を葬ってきたに違いない。


真実を白日のもとにさらしたが最後、失脚は免れない。免れて良いわけがない。



「なにを見ている、去れ、顔を覚えられたいのか!」


サランドロが怒鳴った。


行き来の多い街道だ。真実を知った善良な大人たちが一斉にこの『悪人』を取り囲み数の力で制圧し、法の裁きのもとへと引き釣り出す。


少年はそう思っていた。


「……おい、みんな、どうしたんだよ!」


しかし、人は集まってくるどころか遠ざかる一方だ。


まるでサランドロの恫喝ひとつで魔法にかけられたかのように散っていくと、人通りは完全に途絶えてなくなってしまった。


「――なんだよ、皆こんなヤツの言いなりなのかよ……!」


ギュムは愕然とした。


少年の行動はいっとき人目を引いたのみで、誰一人として耳をかそうとする者は現れない。


悪の正体を暴けば世間がそれを裁く、それは甘い考えだった――。


「フンッ!」


あぜんとするギュムの腹部にサランドロが蹴りを打ち込んだ。オーヴィルをノックアウトしたほどの怪力は少年を軽々と吹き飛ばし地面を転がした。


「……! ……!」


みぞおちを直撃した衝撃はギュムから手足の自由を奪った。


痛みにうめく少年の頭を踏み付けて権力者は勝ち誇る。


「衆人環視のなかならば安全だと、このオレを告発できると?」


この町にサランドロと争う度胸のある人間はほとんどいない。損することが目に見えているし、まかり間違えば命だって危ない。


だからといって恐怖で支配しているのかと言えばそういうわけでもない。

彼はこの町の豊かさの象徴であり、どちらかといえば憧れの対象、正義でもあるのだ。


彼が領主以上の権力を持つと言われているのも、圧倒的な数の民衆がカリスマとしての彼を信仰しているからに他ならない。


「――この町ではな、オレが誰の嫁を強姦しようが、往来で子供を蹴り殺そうが、とがめられやしないんだよ」


事実、裁判にかけたところでサランドロが罪に問われることはないだろう。


商人ギルド幹部は経済を牽引する存在であり、一般市民とは存在価値が違う。

たとえ百人殺したところで、それが貴人でもないかぎり彼が裁かれることはない。


「稼いでるやつが一番えらくて、強くて、賢いんだ」


逆らうのは道理をしらない子供だけ。彼が指示すれば、通りすがりの一般市民が嬉々としてこの愚かな少年にリンチを加えるだろう。


従うのが有能、逆らえば無能。


貧しい少年に肩入れしてもなんの得にもならないが、商人ギルド幹部の機嫌を取ればおこぼれにあずかれるかもしれないのだ。


選択の余地はない。


「――このオレに時間を浪費させているんだ、せめてストレス発散の役に立つか?!」


サランドロは立ち上がろうとする少年の腹を蹴りあげると、ふたたび靴底で頭部を地面に押さえつけた。


少年に暴行を加える主をノロブが押しのけて前に出る。


「サランドロ、ワタシにやらせてください!」


先ほどまで痛みに地面を転がっていたが、人狼の特性により負傷は完治したようだ。


「――舐めたマネをしてくれたな、小僧ッ!」


怒りを込めてギュムの顔面を蹴り上げると、鮮血で地面に水玉模様ができる。


「くたばれ小汚いガキがッ!」


間髪入れずに二度、三度と蹴り続ける。それによって殺してしまっても構わないという勢いだ。


「死ねッ!! 死ねぇぇぇぇッ!!」


トドメの一撃が入る刹那、駆けつけたニィハが滑り込むようにしてギュムとノロブの間に割って入る。


――!?


鋭い蹴りが彼女をかすめ、裂けたまぶたから血がしたたり落ちて美貌に赤いラインを引いた。


「おやめなさい! なぜこのような非道を行うのです!」


突然の乱入にノロブは蹴り足を引っ込めて主を振り返った、それを受けたサランドロが返答する。


「先に手を出してきたのはそっちだろう」


「恥を知りなさい、相手は子供ですよ!」


ギュムはすでに虫の息で言葉を発することすらできない、砕けかけた頭部を抱えてニィハは治癒魔術を発動する。


少年がなにをしたのかは見ていないが、意味もなく暴力を振るうような浅慮な子供ではないことを知っている。


むしろ行き過ぎているくらいに優しい子供という認識だ。ギュムが行動にうつした以上、それだけの理由があるはずだ。


サランドロが吠える。


「王を殴るのと奴隷を殴るのが等価であるわけがないように、オレを不快にさせたゴミには生きる資格がないんだよ!」


確認するまでもない、糾弾すべきは相手側であるとニィハは確信した。

彼女はギュムの横で膝立ちになると、両手を広げて彼をかばう意思表示をして見せる。


「下がりなさい、これ以上の蛮行は許しません」


凛とした意思の通ったまなざしでサランドロたちをにらみつけた。


「許すかどうかを決めるのはこっちなんだよ。そのガキからこうむった不利益の責任をおまえがどう肩代わりしてくれるってんだ、ああっ?!」


サランドロは怒りに任せてニィハの顔面を平手打ちにし、弾けるような炸裂音を響かせた。


怪力による一撃を受けても彼女は動じない。


「この場でわたくしたちを制圧するのは容易いでしょう。けれど、相応の覚悟をもって臨むべきだと忠告します」


「忠告だと……?」


この状況下で誰を相手に、どの立場からそんな言葉が吐けるのかとサランドロは困惑した。


――化けの皮を剥がしてやろうか。


それがバカ女のイタイ勘違いだということは、思い切りぶん殴ってやれば明らかになるだろう。


しかし、彼女の瞳からは無知や開き直りからくるものとは違う強い意志の力が感じられる。

異性を千人と支配してきたサランドロの眼から見ても、そのどれとも違う雰囲気を彼女はまとっている。


――なにを迷っている、いつものように殴ってわからせればいいだけのことだ。



「そんなところで勘弁してやれや」


ニィハの態度に戸惑っているサランドロに部外者が声を掛けてきた。


「誰がこの道を通っていいと――!」


声の人物を振り返ると、そこには一人のドワーフが立っている。


「ワの名はカガム、東アシュハ王直属の鍛冶師をしている者じゃ」


サランドロは舌打ちをする。


ドワーフを従わせることはできない。しかも軍隊の増員に随伴してきたのか、よりにもよって国王付きだという。


――揉めると後々面倒なことになるな。


管轄内に敵はいないが、首都の幹部たちに迷惑をかけることになればそれが弱みにもなり得る。


鋭い眼光を向けてくるドワーフを相手に、サランドロは不本意ながらもこの場を収めることにする。


「……勘違いするなよ、手を出してきたのはそっちのガキだからな」


そう言い捨てると踵を返してこの場から立ち去って行った。



「ご助力に感謝します」


鍛冶師カガムに礼を言いながら、ニィハは急ぎギュムの治療を再開する。


「相変わらず面倒ごとに巻き込まれているみたいじゃの」


二人はどうやら顔見知りらしく、ドワーフは物知り顔でそう言った。


――大抵の場合、わたくしではなくイーリスに原因があるとおもうのですけれど……。


「あなたが通りかかってくださらなかったら、どうなっていたことか」


少なくとも、ギュムの命はなかったに違いない。


カガムはサランドロが去って行ったさきを振り返る。


「あの小僧、自分が誰に手を上げたのかを知ったらさぞや青ざめた――」


ニィハは視線を送って口の前で人差し指を立てると、カガムの発言を遮る。


「たとえ命の危険に見舞われようと、身分を明かすことはできません。それを条件にわたくしは自由を得たのです」

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