◢二幕二場 三女リーンエレ


七度目の侵攻作戦において、騎士イブラッド率いる討伐部隊はあっという間に壊滅した。


シェパドとラドルのコンビはエルフの本拠地へと連れ去られ、『闇の三姉妹』次女シエルノーとの決闘によって兄貴分シェパドは倒れた。


そしてラドルは一人、三女リーンエレによって何処かへと連行されて行くのであった。



「どこに連れて行くつもりだ、化け物め!」


牢獄か処刑場か、ラドルは行き先を訊ねた。


拘束はなく敵は一人、これ以上ないくらいのチャンスに思える。しかし抵抗したところで勝ち目は無いだろう。

相手はこれまで幾千もの人命を踏みにじってきた邪悪の化身。抗う意味はなく、不貞腐れるだけで精一杯だった。


「おい、答えろよ」


「…………」


返事はないが無視しているという様子でもない。

数伯遅れでリーンは「……化け物?」と、腑に落ちない様子で呟いた。


――すでに正体が確定している対象に、なぜ不確定な呼称を与えるのだろう。


もしかすると彼は自分たちがエルフ族であることを知らないのでは、そう思い立つと的外れな訂正を加える。


「わたしたちは化け物ではない、エルフ族だ」


「知ってるよ。お前たちみたいなのは、みんな化け物って言うんだ」


リーンはキョトンとした。


――力の及ばないものは分類を無視して『化け物』と一元化するのが人間の習性なのか。


揶揄や中傷などに馴染みのない彼女はそう解釈した。


「鹿は?」


「……えっ、何て?」


「鹿は化け物?」


「鹿は鹿だよ」


――鹿の脚力、バランス感覚はわたしたちを遥かに凌駕するというのに。


「困った。あなたが何を言っているのか解らない……」


「それはこっちのセリフだ」


言語こそ共通だが意図が噛み合わない、二人の会話は混沌としていた。



「そんなことより、おれをどうするつもりだ! アニキは無事なんだろうな!」


ラドルが憤慨している理由はその一点。兄貴分と引き離されていくことに焦りを覚えていた。


シェパドはまだ生きている――。


ラドルは魔具を用いてシェパドとリーンに生命を連動させる『道連れの呪い』をかけた。

長女メディレインは対抗策として、ラドルの命と引き換えに三女が蘇生する『代替の呪い』をかけた。


兄、弟の順で殺せば問題ないと判断し、次女シエルはシェパドの処刑を決行。

トドメを刺しかけた時、それを遮ったのは意外にも長女レインだった。


――リーンを一度殺すことはない。

『魔具』の効力が切れるのを待つか、解呪の方法を探せばいい。


そう言って、レインはシェパドの処刑を止めたのだった。



「ええと、わたしはリーンエレ。あなた達に危害を加えないことを約束する」


ラドルを連れ出したのは彼女なりに思うところがあってのことだが、異種族とのコミュニケーションが成立するかどうかには不安があった。


「そんな言葉が信じられるもんか!」


「信じてもらわないと困る。話し合いの機会を得るため、わたしは甘んじて呪いを受けたのだから」


「……はっ?」


ラドルは言葉を詰まらせた。


必死なあまり気にもとめなかったのだが、確かに彼女はラドルの行動に対して無抵抗を貫いていた気がする。


たとえ三女が姉たちと比べて数段劣ったとして、ラドルごときに不覚をとるはずがない。


――甘んじて呪いを受けた。


「……なんの為に?」


ここでようやく、ラドルは相手の言葉に耳を傾けることができた。



「互いの為にも良好な関係性を期待したい。

あなたを、なんと呼べばいい?」


相手を敵対視するあまり、まともに正対することすら避けていた。

対照的にエルフ族の少女は人間の少年を真っ直ぐに見つめている。


「ラドル……」


根負けしてか、少年は名を明かした。


「ラドル、わたしの話を聞いて欲しい。そして意見を聴かせて欲しい。


ただ、わたしは人間に興味が無い」


「支離滅裂だな……」


改まって耳を傾けてはみたが、やはり彼女の意図を容易には測りかねた。


「目的地への問いに対する答えは、『屋外』ということになる。理由は、あなた達が置かれている状況を理解してもらうため」


そう言って、リーンエレは最上階テラスへの扉を開いた。そこからエルフの住処である古城の全容が確認できる。


その景色の異常性はラドルを驚愕させた。



「なんだ、これ……!?」


度重なる侵攻を試みた帝国軍が、ついぞ発見することのなかったエルフの本拠地。

これほどの建造物をどうして見つけられないのかと不可解にも思った。


確かに、これは実際に見て初めて理解できる。


ここにあるのは古城とそれを取り囲む樹木だけ。遠景は空に至るまで霧とは異なる白いモヤに閉ざされ、先が無い。


まるで、建物を庭ごとくり抜いて宙に浮かせたかのような世界観がそこに存在した――。


「ここはあなた達の生きる世界と同じ座標、違う空間に存在している。

現世と精霊界の狭間にある『エルフの隠れ家』と呼ばれる別世界」


実体の存在する『現世』と実体を持たないエネルギー生命体の存在する『精霊界』。

それらは同じ場所に重なるようにして存在する。


「――現世と精霊界を行き来するには特殊な感覚を必要とする」


そう言って、リーンエレは左右へと突き出した長い耳を指した。


エルフ族はその優れた器官によって精霊界を知覚し、精霊たちとコンタクトをとることができた。


「……精霊界?」


「ここは隙間の空間。現世から切り離した物質を現世と精霊界との『狭間』に隠している」


原理は理解できなかったが、得体の知れない場所に連れて来られたという状況は解った。


「おれたちを閉じ込めたってことか?」


現世との行き来ができないのだとしたら、人間にとっては監禁されているにも等しい状況だ。


「その表現には納得できない。一方的に攻め込んできたのは、あなた達の方」


「確かにおれたちは森に侵攻した。だけど、それはお前らが魔族、悪の存在だからだ!」


エルフ族が人間を殺す以上、それは必然なのだとラドルは開き直った。


リーンは数伯遅れで「……魔族?」と、腑に落ちない様子で呟く。


「鹿は魔族?」


「だから、鹿は鹿だよ!」


「分からない……」


分からないのはこっちだと、ラドルは噛み合わない会話に辟易とし始めていた。


「ゴブリンとか、トロールとか、ダークエルフとか、そういうアレだ」


それに対してリーンエレはしばし思案していたが、興味を失ったのか話題を一変する。



「なぜ我々が森で暮らしているのか、考えたことはある?」


「ええ……」


唐突な質問にラドルは困惑する。秘境に暮らす人喰い民族か何かと認識していたくらいにはエルフ族に対して無関心だった。


何故、森で暮らしているのか――。

思いつくのは、文明に順応出来ないからだとか、偏見に基づいた印象でしかない。


ラドルは当たり障りのない回答を選択する。


「自然が好きだから?」


「嫌いではない。けど、千年定住する動機としては弱い」


「えっ、そうなの?」


森が大好きなものだと信じ切っていたので、『嫌いではない』という回答にはけっこうなショックを受けた。


――でも、確かに。


自分に置き換えてみればこんな不便な場所には三日といたくはないし、例え快適な暮らしだったとしても、限られた行動範囲が窮屈に感じられるだろう。



「人間たちの共通認識に『マナ』というものがある」


――森に住んでいる理由はどこにいった?


疑問に思いつつも、ラドルはころころ変わる話題についていく。


「魔術の燃料だろ、あんまり馴染みがないな」


大気中から体内へと吸収されるというエネルギー物質。それを研究者が『マナ』と名付けた。


『マナ』を事象の発生に転用する技術を『魔術』と呼び、実践する者を『魔術師』と呼ぶ。


それは一部のエリートたちの嗜みであり、貧民であるラドルには縁のないものと思っていた。

その認識は間違いであり、『マナ』は全ての生物に密接に関わっている。


「すべての生物は等しくマナの恩恵を受けている。

大気に含まれているそれを体内に循環させなければ、生物は機能不全を起こし瞬く間に絶命する」


「そ、そうなんだ……」


酸素や血液みたいなものだと考えれば理解は難しくなかった。

ただ何故、彼女がいまこの話をしているのかは分からない。ラドルは尋ねる。


「エルフ族が森に住むことと、いったいなんの関係が?」


「マナとは現世と精霊界、二つの世界を精霊が行き来することで生じる」


マナは精霊界より物質界へともたらされる。

ラドルは話の流れをようやく理解した。


「そうか、マナの発生源周辺は植物が活性化して、それで樹海になっているんだ。

森であることは副次的なことで、エルフたちは精霊の通り道に集落を築いているってことか」


エルフが森に生息するのは、それが目的ではなく結果なのだとラドルは理解した。



「森と精霊の行き来には因果関係と相互作用がある。わたしたちは通り道を監視し、その均衡を保つことを使命と考えている。

なぜなら、放置することで精霊の行き来が途絶えてしまうことは十分にありえるから」


精霊の通り道はマナを発生させ、マナはあらゆる生物を活性化させている――。


「途絶えるとどうなるの?」


「全てが滞れば生態系は崩れ、生物は死に絶える。

それを正常に保つため、わたしたちは必要なものは育成し、過剰なものは間引いている」


精霊による精霊界と現世の行き来が途絶えた時、世界は滅亡する――。


エルフたちはそれを未然に防いでいるのだとリーンは主張した。


「なんだよ、自分たちが一方的に正しいみたいに……。それで事情を知らない人間たちを自己判断で間引いてるってのか?」


例えそれが事実だとして、人間側の非を全面的に認めるわけにはいかなかった。

自国民だけでも数千にも及ぶ膨大な数の亡骸を越えてやって来たのだ。


「わたし達は幾度となく人間に対して警告を発してきた。けれど、攻撃が止んだことはない。

いつからか、姉たちは人間と対話することを諦めてしまった」


エルフたちは度重なる交渉の末に対話を諦め、殺し合いの道を選んだ。


しかし、だとしたらこの状況はなんなのだろう。

甘んじて呪いを受けてまでして、問答を繰り返しているこの状況は――。



「姉たちは、って。リーンエレ、キミは違うのか?」


改めて人間と対話し、争いを収めようとしている。彼女の行動からはそう読み取ることができる。


しかし、その返答は悲観的なものだ。


「分からない……。人間に期待できるのか、そう問われて首を縦に振れる確信がない。

だけど姉たちにはもう猶予が無い。だから、あなたに協力を仰ぎたい」


その声は切実さを孕んでいた。敵の口から出た言葉でさえなければ、ラドルはにべもなく信じただろう。


――何かの罠である可能性はないだろうか?



「おれに何をさせたいんだ?」


ラドルの問いにリーンは答える。


「エルフと人間、種族間に平和協定を結ぶための架け橋になって」


種族間平和協定――。


散々命を奪ってきたくせに虫のいい話じゃないか。そんな思いが過ぎらなくはなかった。


双方、事情があったのだからこれまでの事は水に流そう――。

そんなことで死んでいった者たちの家族が納得するはずもない。


ともすれば、この申し出自体が人間に仇なす為の作戦ではないかとも思えてくる。


「すぐに決断を下すことはできない……」


「なぜ?」


「敵の言うことを鵜呑みにする訳にはいかないから」


しかし、彼女の言葉が真実ならば無視する訳にはいかない。

『精霊の通り道』を護ることは、全ての生物にとっても重要なことだ。


「なら、あなたの掛けた呪いが解けるまでに、どうかよく考えて――」


悩むラドルに対してリーンは猶予を設けた。


見逃しておけるのはそれまで、呪いが解けてしまえば生かしておく理由はない。

それまでに熟考し、判断を下せと迫ったのだった。

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