10◇13 カリン②


  ◇◇七話◇◇



 ドゥイングリスがカリンと数度の対面を果たした頃。

 良き相手として頻繁に剣の稽古をする間柄になっていた。


 その日も早朝から。


 それぞれ片手剣一本を手に。

 見晴らしの良い平地で技を競っていた。


 その光景は一風変わっていて。


 カリンが攻め立てている様子だが。

 その動きがとても緩慢なため、一見すると男女が戯れているような誤解を受ける。


 しかし、双方の集中は実戦同様に高まっていた。


「あっ、ちょっ、これはムリだ!」


 駆け引きの末、ドゥインが剣を取り落とした。


 カリンの攻撃はゆるりと繰り出され、彼に到達すらしていない。



「流石……だなぁ、カリン!」


 ゼイゼイと肩で息をしながら、ドゥインは取り落とした剣を拾い上げた。


 行われていたのは、動線の確認稽古だ。


 カリンがゆっくりと攻撃を繰り出し。

 ドゥインが最適な行動でそれに対処する。


 本来の攻防速度上では、考えてからの動作は間に合わない。

 スローモーションで行うことで、攻撃モーションの特性を見て理解し。


 最善の対処法を考え出す。


 あとは通常速度での反復練習を繰り返し、精度を上げていく。

 事前に動作を刷り込んでおけば、本番でも対応できる場面が増えるという訳だ。



 ドゥインが剣を取り落としたのは、連続攻撃の一撃目に対処した際。

 追撃に対応できない姿勢になってしまったせいだった。


 結果、一撃目を捌いた動作は最適ではなかった。ということになる。


 しかし、わざとゆっくり動くのは肉体への負荷が大きく。

 同時に頭を回転させなくてはいけない稽古の為、ドゥインの疲労は少なくなかった。



「貴方が本気になれば、自分など足下にも及ぶまい」


 そういうカリンだが、ドゥインとは対照的に疲れた様子はない。


「そうは思わない。オレサマは本気で挑んでいるつもりだ。

 至らない点があれば、遠慮なく言ってくれ!」


 謙遜するカリンに対して、ドゥイングリスは異議を唱えた。


 カリンの攻防は実に多彩だ。


 自分より若い、まだ子供と言って良い少女が。

 まるで歴戦の将軍のような。老獪とすら思える駆け引きをすることに、彼は驚いていた。


 まるでこちらのやることを事前に把握しており。

 その対策を立ててきたかのように感じる手際なのだ。



「ドゥイングリス殿はその剛力でさぞや勝利を積み上げてきたのだろう。

 圧倒的に勝てているのだから。戦法を変える必要に迫られたことがない。


 しかし自分のような小兵は、勝つ為の工夫を欠かせない」


 実際の強さで言えば、ドゥイングリスはカリンをはるかに上回っている。


 それでもカリンが多く主導権を握れているのは、彼女の弱さゆえだ。


 腕力も、俊敏さも、打たれ強さも、リーチも。

 大抵の場合においてドゥインは勝る。


 そして、そういう相手との闘いはカリンにとっては常である。


 彼女は勝利するため。不利を補う工夫が不可欠であり。

 それによって培われた攻防の奥行きが、ドゥイングリスには盲点なのだ。


 盲点からの攻撃。それは不意打ち同様の効果を得る。

 必殺とは威力よりも精度、必中でこそ達成されるものだ。


 不意打ちのもつアドバンテージこそが必殺を冠するに相応しい。


「貴方のリズムはそう。対峙して立ち止まる。踏ん張って粉砕する。その繰り返しだ。

 盾を下げなければ負けない。剣を振り下ろしていれば勝てる。そういった信仰があるのだろう」


 自らの揺るぎなき強さに対する信仰。


 ドゥイングリスの戦法はまさに王道。正々堂々としたスタイルだ。



「オレサマは己の弱味を知りたいのだ!」


 勝ち続けていては気づけない弱点。

 それを克服することで、新たな境地に至りたい。


 しかし、心配はいらなかった。

 カリンのそれはあくまで欠点を指摘するための導入なのだから。


「若輩の自分のいうことが、見当違いでないか心配だが――」


 そう前振りをして、カリンは説く。


「攻撃は最大の防御。それを実践できてきた弊害だろうか。

 腰から下への気配りが養われていないように感じるな。


 結果、前後左右の。もっと言えば後退に弱い。

 上から押さえつけるだけでなく、立体的な戦い方を意識してはどうだろうか?」



「……なるほど」


 ドウィングリスは乱れた呼吸を整えながら、首を縦に振った。


 強者である彼には今日まで。

 小兵ならではの術に対する視点がなかった。


 それを意識することで今後。


 テクニカルな剣士や、自らより屈強な相手に対し。

 より柔軟に立ち回れるようになるだろう。



 カリンの存在はありがたかった。


 自己評価の高い彼のことである。これが同性からの指摘だったならば。


 たとえそれが、どんなに正論であったとしても。

 プライドが邪魔をして耳に入らなかっただろう。


 自分よりも弱い相手であればなおさら。反発して叩きのめしもしただろう。


――しかし、彼は童貞である。

 美少女からの指摘は、腹が立つどころか嬉しくすらある。


 それがどんなに的外れの指摘でも、嬉々として採用しかねなかった。



「しかし、カリンのやり方は体力の消耗が激しいな!」


 ドゥインは疲労困憊の様子でその場にへたりこんだ。


「普段負荷をかけていない部位が、それだけ多かったというわけだ」


 いっそ地面に寝転んでしまったドゥインに向かって、カリンが言った。


 手玉に取られていた方が疲労しているのは当然。


 そうでなくとも。長い手足の先まで神経を行き渡らせ、大きく重い身体を動かすのは。

 たとえ筋肉量が多かろうと消耗するものなのだ。



「今日はこれくらいにしておこうか?」


 カリンが解散を提案する。


「いや! ……くそっ、そうだな。これくらいにしておこう」


 稽古を終えてしまうのは名残惜しかったが。

 これ以上の詰め込みは、体力はともかく覚えたことを忘れてしまう。


 今日やったことの復習は一人で出来ると。

 ドゥイングリスはカリンとの稽古を切り上げることにした。



「そうだ。ちょっと待っててくれ」


 ドゥインはカリンを呼び止めた。


「構わないが……?」


 彼女との稽古はドゥインに新しい価値観を与えてくれるが。

 彼の戦法からカリンが転用出来る部分は少ない。


 それでは釣り合わないだろうと。

『授業料』として何かないかと考えたのだ。


 ドゥインは自らの荷物を解き、カリンへの贈り物を取り出した。



「なんだそれは、ガントレット?」


「ランタンシールドだ」


 ドゥインが取り出したのは、手甲と小盾が一体化した防具だった。


「その細腕ではポジションを維持出来ないだろう。

 手首もそう細くては、攻撃を受けると同時に骨折をまぬがれない」


 重いシールドを掲げ続ける筋力がなく。

 出来ても、攻撃を吸収する頑強さが無い。


 それゆえ、カリンはシールドを持たない。


 詰めて攻撃を制限する術もあるが。

 掴み合いでも体格差による不利が生じる。


 躱す以外の防御手段で窮地を脱したいこともあるだろう。


 このランタンシールドならば。手首への負担を前腕で軽減する。


 その分、盾の面積は狭いが。

 左手を塞がず。かさばらない点でも都合が良いと考えた。



「じ、自分にか?」


「そうだ! 見返りがどうとか言うつもりは無い。どうか、受け取って欲しい!」


 ドゥインはこれまで、彼女に対し。

 指輪やネックレスといったプレゼントを差し出してきた。


 しかし、それらは好意の押し付けにすぎない。


 受け取る側にもそれなりの覚悟が必要なのだと。

 カリンからは、ことごとくそれらを突き返されてきた。


 しかし、今回は少し意味合いが違う。


 将来、自分の嫁にしたい女性だ。傷を負って欲しくない。

 そんな自分本位な思惑もなくはないが。


――無事でいて欲しい。


 そんな真心と、思いやりが先行し。確かに心がこもっていた。



「……これは、素直に嬉しい」


 彼女は照れくさそうにそう言った。


 女性に対するプレゼントとして如何なものかと悩んだが。

 カリンの反応は上々だ。


「本当か! よかった!」


 女剣士のしおらしい一面に、大男の鼓動が高鳴る。


 プレゼントを与えることで、相手を御しやすくなる。

 それが目的と考えていたこともあった。


 しかし、そうではない。


 人を喜ばせるということは、気分の良いものなのだ。

 それを彼は学ぶことができた。


 二度目に会った時、彼は求婚し。断られている。

 しかし道化師イウの助言通り、お互いをより知る機会を設けたことで。


 こうやって打ち解けることができた。



「ありがたく頂戴する。ドウィングリス殿、ありがとう!」


 凛々しく引き締まった表情の裏には、こんなにも素直な笑顔が隠れている。


 その眩しさに確信する。

 彼女こそが、自分にとっての運命の人なのだと。


 そして、こうやって順序を追っていけば。必ずや二人は結ばれることだろう。


 ドゥイングリスは思う――。

 こんな素晴らしい女性と結婚できるだなんて。

 オレサマはなんて幸せ者なのだろうと。





  ◇八話、ティータ②

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