六場 竜騎兵


さて、この満身創痍ともいえる状態で聖都警備軍の花形、竜騎兵と対決しなくてはならないわけだ。


俺は両手剣、相手は槍をかまえてジリジリと距離をつめる。


眼前の竜騎士(小)は気性が荒くいまにも飛びかかってきそうな空気感をまとっているが、そうしないあたりが油断はないといったところ。


──睡眠薬のせいで本来の二割も力がでなさそうだ。


今回ばかりは見くびってほしいが、そうもいかない。


適切な間合いをさぐりながら小刻みに足踏みをしている、その動作は高い瞬発力を予感させる。


自分から動くのがおっくうな俺はガラにもなく相手を挑発する。


「どうした、ビビってんのか?」


「はぁ? ビビんねーよ、すぐに決着したらつまんねーだろうが」


獰猛な印象に反して竜騎士(小)は冷静だ、簡単には乗ってこない。


「じっくりやりたいわけね……」


察するに不可侵地帯である聖都スマフラウにおいて実戦の機会は多くない、あるいは皆無だ。


きびしい鍛錬で身につけた技術を活かせずに持て余している。


「まってたんだよ! おまえみたいな敵を!」


警備兵がアクシデントを望むとは不謹慎だが、能力を活かせない日々に辟易していたのだろう。


できれば万全の状態で相手をしてやりたかったところだ。


竜騎兵ツィアーダの獲物はグレイブ、緩やかに反った大きな刃に長い柄を付けた薙刀の一種。


刺突、斬撃を遠間から自在に繰り出せるため、歩兵戦において非常に強力な武器とされる。


屋外での戦闘で槍の優位性は高いが、竜騎兵の場合は騎乗戦闘の延長で長物の扱いに長けているという理由もありそうだ。


どんなに鍛えていようと人体は脆く、ほとんどの戦闘は初撃がそのまま決着に結び付く。


攻撃を先に当てた方が勝者であり、槍は先手を取るのに秀でた武器だ。


間合いの外から一方的に攻撃を加えるなり、振りかぶる動作の合間に突きをさし込んだりすることができる。


初歩的な範囲でなら槍は先の先を制するのに適し、剣は後の先を制する技術に適している。


そういう意味で剣は受けの武器とも言える、盾で受けて剣で刺す。剣でいなして剣で刺す。


先手必勝、ひと言で槍相手に剣は分が悪いってことだ。


ただし俺に限って言えば例外的に射程で槍に勝っている。


騎乗時は倍あるものを使用するだろうが、徒歩の任務でつかうスピアの全長は二メートル弱か。


俺の相棒は全長二メートル半と相手の得物よりも腕一本分も長い。


槍のリーチは生きないわけだ。


とはいえ攻撃の速度はモーションの差だ、俺が担いだ得物を相手に到達させる半円の距離は、奴が直線的に槍を突き出すそれよりはるかに遠回りだろう。


その差を埋めるには相手が一撃目を回避しない前提で極力、遠間から先に攻撃をくりだす必要がある。


槍を相手に空振りは即、死だ。


振り下ろして、引き戻して、かまえ直す。


熟練の槍使いならば、その一連の動作のあいまに三度は穂先を相手の胴体に打ち込むことができる。


槍の強さは射程にくわえて動作のコンパクトさにある、手をだす以上は最低でも相手の体制を崩さなければ次はない。


──しくった。


攻撃を躊躇しているうちに俺は窮地に立たされていた。


失敗できない一撃目をしぶっているあいだにツィアーダはベストな間合いより少し内側にポジショニングしている。


わかりやすく言えば同時に攻撃を繰り出した場合、相手の攻撃が先にとどく距離。


──大胆なやつだ。


ツィアーダは俺の射程のなかになに食わぬ顔で踏み込んできた。


牽制も攻撃の素振りもなくただまっすぐに距離を詰めた。


慌てて手を出しておくべきだったかは分からない、攻撃の素振りがなかったのはむしろカウンターを仕込みながらの前進だったのではという予感がある。


「あーあ、これは勝っちまったかな」


ツィアーダは不服そうに勝利を宣言した。


この距離を押さえた時点でこちらがどう動こうとその出鼻をくじく自信があるのだろう。


力めば腕を、踏み込めば脚を、硬直すれば胴を貫かれる。


この距離ではなにをしても相手より速く動くことは不可能だ。


可能性があるのは初撃をはずさせること。


こちらからは手を出さずに相手に出させ、それをしのげば状況は変わる。


しかし、そうはならない。


そんなことは相手も承知でこちらの悪あがきを誘っているのだから。


この時点で一撃もないことに敬意を表する。


優位を手にしてなお勝負には出ない、したたかなやつだ。


まばたきひとつで死ぬだろう状況で集中力が削られていく──。


現状を打破する手として後退するという選択がある。


後退しながら追ってくる相手を迎撃するというのが定石だろう。


しかし、とうぜん下がるだろうなと相手も考えているはずだ。


一歩下がるなら一歩半つめるだけ、下がり際をかならず狙ってくる。


槍は上下の打ち分けに優れている。


胴を狙う構えからモーションを変えずに最短距離で頭を、剣で庇うのに困難な脛を穿つことが可能だ。


剣が相手なら肘を起点に前腕の角度で軌道を判断しやすいが、槍は攻撃の出どころがほとんど変わらない。


上、中、下段、変幻自在。


こちらが下がると同時に剣をかまえる腕、後退時に置き去りになった軸足と狙い分けできる。


とにかく手を出させる以外に活路はない、そのためには俺が動かなくてはならない。


下がるか、それとも下がるか、苦し紛れの攻撃に転じるか――。


俺は肩にかついだ両手剣の柄、左手を握りなおす、ツィアーダは握りを変えるわずかな動作に反応して踏み込んだ。


「ぜアッ!!」


気合一閃、勝利を確信して迷いのない一撃を繰り出す。


ギギンッ──。


金属が弾き合う鈍い衝突音。


ツィアーダは「なにッ!?」と驚愕の声を上げた。


必殺の槍は到達することなく大きく軌道をそらした。


俺は後退しなかった。


その場で地面に剣を突き立てた。


切っ先を下に向けるだけの動作は一歩を必要としたツィアーダの攻撃よりわずかにはやく完了し、巨大な鉄の板は相手が狙ったであろう部位との直線上をさえぎった。


鋭い突きだったが振り下ろしの攻撃とちがって慣性が働かないうえに五キロに満たない重量だ。


地面に突き立てた二十キロの鉄柱を押しのけられるわけもなく跳ね返った。


槍は縦の動きこそ自在だが、横へはまったくべつの動作を必要とするため直線的な攻撃をしてくることは分かっていた。


なにより相手の攻撃が正確無比だったため位置の修正すら不要だった。


初撃をからぶりましてやそれが渾身の一撃だったツィアーダは体制を大きく崩した。


決定的な好機――。


しかし、地面に突き立てた両手剣をかまえ直すより相手が体制を立て直すほうがわずかに速い。


俺は剣を捨てて一気に間合いをつめるとツィアーダの両手をガッシリと掴んだ。


高飛車なツィアーダの顔が困惑に染まる。


竜騎兵はたしかに高い戦闘技術を身につけていたが、いかんせん実戦経験のなさが露見してしまった。


セオリー通りに攻めてセオリー通りに対処する。


槍使いは槍で戦うし剣使いは剣で戦うと思っている。


密着状態になってもはや邪魔でしかない槍を手放せず、それが両手をふさぎ足を引っ張っている。


予期せぬ状況、不測の事態への対応が鈍い。


「勉強熱心なんだな、遊びもバランス良く経験しとかねえとだ」


俺は小柄な体を力ずくでひっくり返すと上腕で首をからめとり圧迫する。


抵抗を受けるが腕力の差は歴然、ものの数秒で竜騎兵(小)は失神した。


「よしっ!」と、イリーナが勝利を祝福する。



――その直後、めまいに襲われた。


普段ならどうってことない相手に手こずっているのは盛られた薬のせいだ。


体の不調にくわえて判断力も落ちている。


かろうじて意識をたもっているが、いつ気を失っても不思議じゃない。


いまも緊張が切れたとたんに倒れかけた。


思考にモヤがかかる。


──あれ、いまなんの時間だ?



「オーヴィルっ!!」


混濁する意識にイリーナのさけび声が叩きつけられた。


指向性のハッキリした大音量が気付けにもってこいだ。


──そうだった、敵はもう一人いたんだ!


竜騎兵(大)ドラグノが目前に迫っていた。


「よくもやったな! よくもツィアーダをやったな!」


癇癪を起こした子供のように怒り狂いながら槍を突き出してくる。


はげしい剣幕に圧倒されるが直線的な攻撃だ、俺はそれを難なく──。


かわせるつもりが酔っ払いのように足がもつれた。


「バカっ、危ない!」


イリーナが危険を呼びかけた。


「うわぁぁぁぁッ!!」


雄叫びをあげながらドラグノは勢いのまま体当たりをぶちかましてきた。


たまらず転倒する。


虚をつかれた形になったのもあるが、ドラグノは想像をこえる怪力だ。


体格に見合わず気弱にすら見えた男の変貌に俺は面食らっていた。


──まずい!?


ツィアーダは理詰めの戦士だったことで駆け引きが成り立ったが、激情した大男を相手に対応策を練る間もない。


立て直すいとまも与えられずに押し切られてしまう可能性がある。


ドラグノは絶え間なく槍での追撃をくりかえす。


竜騎士(小)を絞め落とすのに武器を手放してしまった、素手ではグレイブの連撃をさばききれない。


俺は地面を転がるようにして逃げ回った。


頭をふるとめまいと吐き気に襲われる、本格的にヤバい。


「うぉぉぉぉッ!! 死ねぇぇぇぇッ!!」


ドラグノがおおいかぶさる勢いで槍を突き下ろしてくる。


俺は地面に転がったまま奴の脛をおもいきり蹴とばした。


「ぐっ!?」


けつまずいて膝を着いたが、その程度で暴走は止まらない。


ドラグノは槍を短く持って振り上げると寝転がっている俺に振り下ろす。


「ぬがァっ!!」


相手が膝立ちになったことで距離が縮まりかろうじて腕に手がかかった、真上から心臓めがけてふってきた槍を空中で受け止める。


俺とドラグノの力くらべのかたちになるが、上から下に力をかける方が圧倒的に有利だ。


槍の先端がじょじょに俺の胸板にせまってくる。


「うおぁぁあぉぁぁぁぁ!!!」


竜騎士(大)が全体重を被せてくるのに俺は必死であらがう。


その硬直をイリーナの声が打ち破った。


「おいっ!! 敵ゴリラッ!!」


まるで俺を味方ゴリラとでも言わんばかりの呼び方でドラグノを呼びつけた。


「──おい、ドラなんとか! ドラクエなんとか、こっち向けっ!」


絶対的優勢、無視して俺にトドメを刺すのが先決のはずだが、力くらべをしていた腕は容易く俺を解放する。


そしてドラグノは飛び上がるように立ち上がり悲鳴を上げた。


「ツィアーダぁぁぁぁ!!!」


イリーナは俺の大剣をたずさえて倒れたツィアーダを見下ろしている。


「そうだ! 仲間の命が惜しければ、大人しく降伏しろ!」


勇者は気絶した竜騎兵(小)を人質に取っていた──。


「お、おまえ……」と、こぼしてみたものの。つづく言葉はない。


相手は一応、正々堂々と勝負を挑んできたし、イリーナを人質に取ったり乱暴したりもしなかったというのに。


卑劣な行為だが彼女の態度は堂々としたものだ。


「さあ! 武器を捨てて!」


降伏勧告を始めるが、ドラグノはそれを無視して彼女に突進を開始した。


イリーナが「ひゃああ!?」と悲鳴をあげる。


やつは気付いたのだ、彼女は俺が地面に突き立てた大剣に手を当てがっているだけ。


せいぜいが地面に転がせるていど、持ち上げて振り下ろす腕力などありはしない。


それが苦しまぎれのハッタリでしかないことは彼女も分かっていた、しかし俺を助けるために準備をする時間などなかった。


「逃げろぉぉぉッ!!」俺は叫んだ。


イリーナは俺の声に反応しきびすを返して走りだす。


だが手遅れだ、もう間に合わない。


怪力男の全力疾走はまたたく間にその差をちぢめた。


イリーナは逃げきれないし、俺が追いつくこともない。


敵地のど真ん中で俺たち二人に味方はいない。


──駄目だ、助からない。


絶望に血の気が引いていくのが分かる。


無駄なことだとは分かっているが、俺は肩が千切れんばかりに腕を伸ばした。


イリーナの小さな背に向かって凶刃が振り下ろされる。

 

彼女が殺される光景を拒絶して俺は目をそらしていた。


断末魔はなく、かわりに響いたのは竜騎兵ドラグノの怒声――。


「誰だおまえはっ!! 何者だっ!!」


顔をあげるとイリーナとドラグノのあいだに人影がある。

 

「俺が何者であるか明かす義理はない。だが、巫女はまだ殺させるわけにはいかんのだ、手出しさせてもらうぞ」


イリーナを守るために現れたその男が何者なのかは分からない。


だが確かに知っていた、その武器に見覚えがあった。


竜騎兵ドラグノと男は対峙する、その手には大きな翼刃を持つ三叉の槍、コルセスカをたずさえていた。



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