四場 行商人ルブレ


首都を出発して十日のみちのりを経て、俺たちは依頼主との合流を無事にはたした――。


一年半かかっちまった奪還任務もようやく達成ということになる。


イーリス奪還の依頼人は名をルブレと言った。


マウ国人で聖都スマフラウとの流通を取り仕切る行商人とのこと。


聖都スマフラウは山岳地帯の高所にあって古竜に守られているため、アシュハ皇国、マウ王国がともに干渉しない独立都市だ。


独自の宗教観をもち警戒心の強いスマフラウの人々は閉鎖的な生活をしていた。


そこに商人ルブレが交渉から道路の舗装までを数年がかりで行い、ついに流通を確立するにいたったという経緯がある。


イーリスの巫女に戻るという意思は固かった──。


残念ながら俺の説得は成果を得られず、彼女のスマフラウ行きが確定。


このままルブレに引き渡せば連れていってくれると言うが、せめて現地まで行って安全を確認してから帰ろうと同行を決めた。


イーリスが別れをしぶったのもあるし、先にであったエルフのテオが言っていたことも気にかかる。


スマフラウではなにかが起こっている──。


そこにテオみたいな油断のならない物騒な連中がかかわっている。



道中は馬車に揺られているだけの快適なみちのりだ。


五台のワゴンのそれぞれに御者と複数の護衛が付いている。


前を行く四台の中身は確認できないが、客扱いである俺たちの他にリーダーのルブレを含めた二十名近いスタッフが同行しているようだった。


俺とイーリスは馬車に揺られてすることもなくダラけている。


「いまさらなんだがよ、部外者の商人がなんで巫女を連れ戻しに来たんだろうな?」


本人に聞けば手っとりばやいが、それこそ部外者である俺が根掘り葉掘り聞きたがるのは行儀が悪い。


警戒してますよ、悪いこと企んでるんじゃないですか、と疑っているみたいだしな。


「やっぱり土地勘じゃない、スマフラウの人たちはいついたら死ぬまで外に出ないのが普通だから」


「へえ、そうなのか……」


──死ぬまでひと所にいるだなんて、俺には考えられないな。


「だからこのあたりの景色ははじめて見るの!」


イーリスは故郷に近づくにつれて気分が高揚しているようだ。


都市の外での人探しだから、外部と唯一のつながりである行商人を頼った──。


まあ、それしかなかったのか。


依頼を受けるときに相手のことを細かく詮索したりはしない、選り好みしていたら飢えて死ぬだけだ。


自分の力が必要とされたら貸す、依頼人とはその場かぎりであとは引かない。


その中で女、子供への暴力だとか、気分の悪い仕事だけは避けてきた。


ルブレからの依頼を受けたのは闘技場で少女を奪還するという内容から、人助けだと勝手に納得していたからだ。


人がさらわれて売買されるなんてのはありふれた話だ。


それが闘技場であることは異例だったが、むしろ俺が受けるにふさわしい仕事だと思った。


『竜の巫女』なんて知らなかったんだよな──。


まさか本人が望んで剣闘士になっていて、あまつさえ優勝するつもりでいたなんて想像がつくはずもない。


──実際、優勝してたんじゃないか?


あの強力な【催眠魔法】が相手じゃ俺だって勝ち目がない。



「ぶファッ!」


「どうしたの気持ち悪い!」


唐突に笑い出した俺をイーリスが怪訝な表情で罵倒した。


「ククッ、いや、おまえには優勝する実力があったのに、アルフォンスはまったくの素人だったイリーナと人格を入れ替えたわけだろ?」


巫女イーリスは強力な魔法を行使して勝ち抜く気でいた。


一方でアルフォンスは無力な素人を最強の剣士と勘違いして入れ替えた。


「愉快すぎる……ッ!」


「愉快じゃない! ぜんっぜん愉快なんかじゃないわよ!」


入れ替わり中もイーリスの意識はあったと言うのだから、どれほど肝を冷やしたことだろう。


俺たちが雑談に興じていると、馬でついてきているルブレが声をかけてくる。


「どうも、快適かな?」


ホロの隙間から覗き込んできたルブレに対して、イーリスが憮然とした表情で答える。


「馬車は立派だけど巨人のせいで窮屈」


「誰が巨人だ……」


俺がいても十分なスペースはあるが、先ほどの余計な一言にへそを曲げてしまったようだ。


ルブレは膨れっ面の少女をあしらうように「はははっ」と笑う。


「ゆるやかな傾斜をえらんでいるぶん、かなり遠回りだからね。スマフラウはそれが厄介なんだけど、まあ睡眠でもとってゆっくりくつろいで」


到着まではかなりかかりそうだ──。


スマフラフは陸の孤島だとばかり思っていたが、このようにマウ国との交流がある。


この山道を舗装するには途方もない投資が必要だったろうし、踏み切ったからには見合ったリターンを確信していたはずだ。


アシュハの衰退に反してマウは発展し、国境付近では衝突が起きた。


戦争の機運が高まってることを肌で感じられる。


馬車での移動は快適だが、それはむしろ不安をかき立てた。


俺は商人ルブレに感謝を伝える。


「わるいな、契約は終わっているのに」


護衛は万全、イーリスをとどけた時点で俺はお役御免のはずだった。


「なにをおっしゃいます、ドラゴンスレイヤー殿」


ルブレはかしこまって俺をそう呼んだ。


ルブレをさがしてマウ国に入った前回、まったく手掛かりがつかめず途方に暮れていた。


俺がドラゴンを倒したという風評が彼の耳に入り、療養中の居場所をたずねて来てくれたことで再会がかなった。


巨大な竜に遭遇したときは災難だと思ったが、俺の居場所を知らせてくれたのは怪我の功名ってやつだ。


「──用が済んだら、ハイさよならって、そんなんじゃあ商人はつとまらないんだよ。情けには情けで答えなきゃ」


そう言えば聞こえは良いが、恩を着せておけばのちのち頼みごとを聞かせやすいってことだな。


「ねえ、本当にあたし巫女に戻れるの?」


イーリスが間に入って馬車から身を乗り出した、彼女の興味はその一点だ。


「確約はできません。我々はイーリス様にこそ巫女であってほしいという、言わば有志の集まりでして――」


頼りない返答にイーリスのテンションは若干トーンダウンする。


「なんだ、決まってるわけじゃないのか……」


「そこは、本人の身柄を確保しないことにはなにも始められなかったからね」


話によると現在は新しい巫女が儀式を担当していて、それとはべつにイーリスを巫女にしたい一団があるということらしい。


「イーリスじゃなきゃ駄目な理由があるのか?」


俺はたずねた。


現在の巫女になにかしら問題があって前任者が必要にでもなったのか、他に候補はいないのかなどの疑問がある。


ルブレは答える。


「スマフラウではすべての決定を司祭長がおこなっていて、代々の巫女もそう。


『竜の巫女』とは儀式の中心で舞踏をおこない古竜に祈りを捧げる役割を指すんだ。


年頃の娘たちの中からもっとも舞踏に長けた者が選出されるけど、実際には竜と通じ合うことはなく特別な力も持たない」


古竜の存在自体が外敵の侵略から都を守っている、だから敬いのあかしとして祈りを捧げる。


語りかけることが儀式の意味であり、返答は求めていないということか──。


「ん、ん、まてよ、特別な力あるよな?」


イーリスの【催眠魔法】は古竜のあやつる【古代魔法】を一部借用して行使するものだと聞いたぞ。


「そのとおり、イーリス様はゆいいつ古竜の加護を受けることに成功した巫女なんだ」


おそらく創設以来、多くの巫女が形だけの儀式を執りおこない都の結束と神秘性を守ってきた。


それがイーリスの代にきて、巫女の呼びかけに対して古竜から反応を得られた。


納得しかない、それは議論の余地もなく正当な巫女の証明──。


「──加護の得られていない現在の巫女とどちらが相応しいかは言わずもがなさ」


捜索依頼がされるのも当然だ。


「でしょでしょ! ふふーん、やっぱり支持されてしまうんだなぁ本物は!」


持ち上げられたイーリスはすっかり調子に乗っている。



都に暮らすすべての民に崇拝される古竜とその巫女──。


それは聖都スマフラウで出生したすべての女子が選抜対象とされる。


彼女たちは過酷な訓練でおのれを磨き、心身ともに健康で美しく成長する。


そのなかから選ばれるのはたったの一人。


ゆえに『竜の巫女』は民衆にとって神に近しい存在であり、尊敬されるのだとルブレは言った。


しかし、イーリスを神にもひとしいと思えるかはあやしい。


巫女として積み上げた技術につよいプライドを持ち合わせているようだが、故郷で面倒を見てきた子供たちとなんら変わらない。


どこにでもいる普通のガキだ。



「トロル! あれ見て!」


イーリスが指差したさきに飛行物体、いや、生物。


「鳥か?」


反射的にそうたずねたがあきらかにちがう、それは馬よりもひと回り以上おおきい。


その正体をルブレが教えてくれる。


「オーヴィル君、あれが竜騎兵だよ。スマフラウではワイバーンの使役がされていて、それに騎乗して戦う部隊があるんです」


騎士が飛竜を自在あやつって空を旋回、行き来している。


「おおっ、なんだすごいな!」


エルフに竜騎士と今日は珍しいものが見れる日だ。


「パトロールしてるんだよ、都に近くなればあちこちを飛んでる」


イーリスは得意げに故郷の名物を自慢した。


実際、あれに人が乗って空を飛んでいると思うと興奮は抑えられない。


「襲ってきたりはしないから安心していいよ、俺たちはお得意様なんだ」


ルブレが安全を保障した。



聖都を守護する飛竜の騎士団──。


その有用性はひとめで理解ができる。


地形に関係なく高速で移動し、運搬、諜報に圧倒的なアドバンテージを持たらす。


戦闘では上空を支配し、地上に向かい一方的な攻撃を投下することも可能だろう。


平地でも無類の強さを発揮するだろうが、この山岳地帯ならばなおさらだ。


たとえ聖竜スマフラウがいなかったとしても、他国は侵攻を躊躇せざるを得ない。


優雅に飛び交う飛竜は次第にその数を増やしていく、俺がそれに見とれているとイーリスは言った。


「あたしの故郷へようこそ、ここが竜の都、聖都スマフラウだよ」




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