禁断の死霊魔術が大暴走してボクっ娘オブザデッド matinee

開幕

コロシアム解放


友軍五十に対して、敵は騎兵八十をふくむ三百強の軍隊、六倍の兵力差だ。


都市の中心にある王城からコロシアムまでまっすぐに伸びる広い街道を、直近の中継基地から出撃、進軍してくる。


われわれの任務は『勇者イリーナが悪王フォメルスを討伐する』それまでのあいだ軍の足止めをして、コロシアムに近づけないこと。


大陸一の都市は広大だ。新しくかつ王城に次いで巨大な施設であるコロシアムはその中でも特殊な立地にある。


娯楽施設であるつごう市街地に面し、同時に監獄施設であるつごう見渡しの良い広場の中心に位置する。



『魔術師殿、状況はどうだ?』


遠くにいるヴィレオン元将軍の声が脳内に直接ひびいた。


これは私の魔術の力――。


友軍を五つの班に分けたため、魔術を使ってそれぞれの代表者と私のあいだを通信魔術でつなげているのだ。


五人からの状況報告を必要な対象に報告する作業を同時進行しなくてはならず、とても無駄口をたたける状況にないのは理解しているのだが――。


「ヴィレオン氏!」


『どうした、アルフォンス?』


将軍はこの私の名を気安く呼んだ。


「私は魔術師ではなく、大天才魔術師です。天才部分を省略することには目をつむりますが、なにとぞ失念されぬよう心の中で大天才と付け加えて呼んでくださ――」


『無駄口はいい! 状況を報告しろ!』


怒られた。しかし、すでに戦闘が開始されているのだからやむなしか。


われわれの隊はこの市街地でしか機能しない。


コロシアム周辺の広場まで到達してしまえば、こちらの偵察部隊をのぞいた四十騎で軍隊のコロシアム侵入を防ぐことは不可能となる。

横に広がってしまった三百を相手に、たったの四十では壁にもならないからだ。


しかし、街道を進軍中のいまならば隊は縦に伸びている。横道から襲撃を加えれば、不意打ちの効果を得て分断を狙うことができる。


もちろん勝利などかなうはずもないが、対応に追われた軍は進軍速度を落とさざるを得ない。


「二班が追走の騎馬をまいて再度襲撃を開始。後方の足を引っ張っています。四班は逃走中、前方よりに位置しています。敵戦力の半数は現在、隊列を成していない状態です」


かわいそうなことに敵はなにが起きていてなにを相手にしているのかすら分かっていない、加えてコチラは私の魔術によってすべてを把握している。


とはいえ、いかににこちらが策をめぐらそうともこの整備された平地で、高齢者も多い自軍の力だけで精強な敵軍を殲滅することは不可能。


われわれが成すべきは、時間稼ぎに限られている。


敵は混乱状態だ。現場に到着するよりも早く、市街地で戦闘になるとは思っていなかったろう。


私は戦況をリアルタイムにヴィレオンに中継し、ヴィレオンが次の指示を飛ばす。


『五班に中央の足止めをさせて前方の軍を孤立させろ、三班は二班の逃走をフォローだ』


前もって用意していた数頭に敵の偵察部隊から略奪した騎馬を加え、もともと地理に詳しい彼らは十分な機動力を確保できた。

五つに分けた部隊はそれぞれ列の後方、中央に波状攻撃を仕掛けては撤退をくりかえす。


前進しなくてはならない状況だ。後方からの報告が指揮官に届き、指揮官の指示が後方に届くまでに遅延ができる。


『やつらにとっては目的地への到着が最優先だ。後方ばかりを気にして進軍速度を落とす訳にはいかんからな、対応は鈍る。ここで立ち止まって迎撃の体制を取るなら、それもこちらの思う壺だ』


ヴィレオンがほくそ笑んだ。看守をしていたときのくたびれた寡黙な老人とは違う、歴戦の勇士の面目躍如ということか。


「楽しそうですね」


『相手は自国民で、元同僚だぞ?』


私が指摘すると彼は馬鹿なといった反応で否定したが、その声は弾んでいた。


これが敵国にもっとも恐れられたヴィレオン将軍の戦術か、七倍を超える兵力差を持つ軍隊を手玉に取っている。


作戦開始前にはヴィレオン隊もフォメルス討伐の戦力とするべきという意見もあったが、ここでの足止めがなければ軍はとっくに王のもとに駆けつけていただろう。


ヴィレオン氏の読みは正しかったのだ。


敵軍はすでに複数に分断され前列は七十人程度で孤立している、撤退するヴィレオン分隊に追っ手を放つなどの行為で敵軍を散りぢりにすることができた。


しかし、相手は人形ではないのだからそのつど対応してくる。


「ヴィレオン氏! 指揮官を含む騎兵三十が隊から離脱、先行してコロシアムへ進軍を開始しました!」


私は軍のさらに前方で馬を走らせながら敵の動きを観察している。

敵部隊は歩兵を切り離して犠牲になっている移動速度を獲得、コロシアムへの到着を優先する判断をしたようだ。


『一班、追撃する。四、五班はアルフォンスに合流。二、三班は撹乱を続行しろ!』


ヴィレオンはすでにそれを警戒していたのだろう、一班はすぐに先行する騎兵に追い付いた。


一班はヴィレオンの一人部隊だ。ヴィレオン一人で一班分の戦力を担う、そうやって他班に人数を割いていた。


それだけ彼の能力は突出しており、単独行動の身軽さはその場の判断を即座に実行に移せる利点がある。


ヴィレオンが後方から迫り、騎士たちを馬からたたき落として行く姿が遠目に確認できた。

敵兵も反撃を試みるが、その剣がヴィレオンをとらえることはなく手をだした者から落馬していく。


「スマンな」


けがを追わせた騎士たちにヴィレオンが言葉を掛けた。


致命傷を与えないように気を使いながら、あれだけの数をさばいていく彼の技術はまったく違う次元の剣士だということを証明していた。


私はその様子をつぶさにうかがい、ヴィレオン元将軍からの次の指令にそなえる。


隊列の崩壊した騎兵たちがその場に停滞すると、ヴィレオンは敵部隊の前方へと回り込み堂々と姿をさらす。


敵の指揮官が驚愕する。


「ヴィレオン将軍! あなたの仕業か!」


そして、どこか合点がいったという反応を含んでいた。


ヴィレオンは敵指揮官と対峙する。


「久しいなチンコミル、出世したじゃないか」


騎兵三十を前に悠然と立ちふさがる元将軍に、チンコミル将軍は戦慄した様子だ。

ヴィレオンは指揮官みずから姿を現す危険をおかしたことで、先行しようとした騎兵の足止めに成功した。


「……なぜ、このようなまねを?」


表情に失意の色を濃くにじませながらも、チンコミルの態度は冷静さを失ってはいない。


落馬した騎士たちの復帰を急がせている。


「話をしよう、穏便にいこうじゃないかチンコミル」


ヴィレオンはこの戦力差を覆せると思って姿をさらした訳じゃない、時間稼ぎ自体を目的とした交渉をするつもりだ。


チンコミル将軍が猛る。


「反逆者に貸す耳はありません、そこを通してもらいます!」


「チンコミル、おまえは俺がフォメルスへの腹癒せで暴れているとでも思っているのかもしれんがな。

違うぞ、ティアン姫のぬれぎぬが晴れフォメルスの罪が白日のもとにさらされる日がきたのだ」


ヴィレオンがチンコミルをいさめるように言った。しかし、チンコミルは耳を貸さない。


「政治はわれらの仕事ではない、話は任務を完了したあとに聞かせていただく」


「監獄でか?」


ヴィレオンは鼻息一つ、説得の失敗に不満を漏らす。


「――相変わらず融通の利かんやつだ、俺の部下だったならその判断を称賛したがな」


交渉は決裂、チンコミルは指示を出して騎兵たちを先行させる。


「ここは引き受ける、先に行け! 行って王の指示を仰ぐのだ!」


ヴィレオンは即座に妨害に走ったが、指揮官のチンコミルが自ら割って入る。


「覚悟ぉぉっ!!」


チンコミルの重い攻撃を受け止めたヴィレオンがうめく。


その横を騎兵たちが通過して行く、こうなってしまってはもはやそれを見送るしかない。


「やれやれ、歳は取りたくないな」


七年のブランクに加えてかなりの高齢だ、まだ若いチンコミルとの膂力に差を感じているのだろう。



『大天才魔術師!! 四班、五班を引き連れて騎兵を追え、俺の方は手間がかかりそうだ!!』


その指示は実質の解散命令だ、ここでの足止めの終了を意味している。

作戦を続けるよりもチンコミル一人を引きつけることの重要性を優先したのだ。


分断された敵兵たちも、それぞれにコロシアムへと集結をはじめるだろう、それをここでとどめておくことはもうできない。


「分かりました! 私たちはコロシアムに向かいます!」


あとは現場の乱戦をサポートするしかないが、それはこの敵軍のただ中にヴィレオンを一人残して行くということだ。


しかし、彼の代わりは誰にも務まらないのだから他に選択の予知はない。


「武運を祈ります!」


私はヴィレオンの指示に従い、コロシアムへの帰還を開始した。



道中、合流した四、五班は三人にまで減っていた。死んだとは限らない、戦闘の継続を可能な者が私を含めて四人になったということだ。

もはや陽動作戦を維持できる兵力ではなくなっていた。解散も頃合い、戦線は崩壊したのだ。


私たちは全力で勇者とフォメルス王が対決するコロシアムに向かって馬を走らせた。


まだ決着していなければ、コロシアムでは勇者率いる剣闘士たちと、フォメルス率いる近衛兵による三百人規模の乱戦が繰り広げられているはずだ。


ヴィレオン隊との通信を切ったが、接続を絶ってしまった勇者の位置を再度特定するのは容易ではない。


魔力のストックも限界に近付いていた。


先行した騎兵三十に加え、すぐ合流するであろう二百人以上がフォメルスのもとに集結すれば敗北は必至。


即座に決着しなければ、われわれに未来はない――。




コロシアムへは直線、あっという間の到着だ。視界の先に騎兵の一団が見える。


追いついた。しかし、追いついたところでなにができる?


入り組んだ市街地ならばともかく、コロシアム前の広場では四人程度にできることはない。


「アルフォンス殿ッ!」


思考を遮って、五班のリーダーだった老騎士が叫んだ。


「どうしました?!」


「様子がおかしい!」


そう言って、老騎士は前方を指し示した。


確かに不可解な事態が起きている。先行した騎兵たちが立ち往生し、一向にコロシアムに攻め込む気配がない。


老騎士が困惑の声を上げる。


「コイツぁ一体……」


コロシアム前の広場には人だかりができていた――。


それはもはや群衆と呼べる人数で、一目で千人を軽く超えていることが分かる、彼らが邪魔をして騎馬が通れないでいるのだ。


「コロシアムの観客たちですね」


一目瞭然だったが、老騎士のつぶやきに私は答えた。観戦目的の市民が外に出てきているようだ。


敵部隊は指揮官の指示なしに自国の民衆を蹴散らして進軍する決断を下せずにいるというところか。

悪王フォメルスの傀儡とは言いえ正規の騎士たちだ、それくらいの分別はあるらしい。


施設内で戦闘が開始されたことで観客たちが一斉に外へと避難した。そう思ったが、どうやら違うみたいだ。


群衆からは「逆賊フォメルスの手先は帰れ!」とコールが起こっている。


つまり、勇者の戦いを邪魔させないために意識的に軍隊の侵入を拒むバリケードとして行動しているのだ。

軍の本隊が到着するまで、あるいはフォメルス王がその指示を下すまで彼らは十分な時間を稼ぐだろう。


「驚いたな……」


勇者の顔が浮かぶ。あの人は一体、彼らにどんな魔法を使ったというのだろう。

私は反射的に馬から降りるとコロシアムへ向かって駆け出していた。


あとは悪王フォメルスが勝つか、勇者イリーナが勝つかだけだ――。


私は群衆の壁にたどり着いた。


しかしコロシアムの入り口まではまだ距離がある、この密集地帯をどうやって抜けたらいいか思いつかない。


「通してくださいっ!」


考えるより先に体が動いた。かき分けて進もうと手を差し込んだ私は体ごと群衆の中に飲み込まれていく。


「アルフォンス!」

「アルフォンスだ!」

「魔獣戦みてたぞ!」


彼らはコロシアムの観客たちだ、剣闘士として数試合出場した私のことを皆が知っていた。


そして、勇者の味方であることを知っている。


人生のほとんどを魔術の研究にささげてきた私にとって、他人との距離感がこんなにも近いのははじめての体験だ。


ただ、やたらにむずがゆい。


体はなんの抵抗もなくコロシアムの入口へと導かれていった。


「かんばれよっ!」


誰かが私の背を叩いた。


私は「あ、ありがとうございます!」と礼を置き去りにして、コロシアム施設内へと駆け込む。



手厚く送り出されたものの、果たして私にできることなど残っているだろうか。


私は結果を確かめに来たものだと理解していた。


観客の入場スペースは皆が外に出払っていて無人だ。闘場の方から喧騒が聞こえているが、そちらも終息している頃だろう。


肝心の勇者はどこだ? 勇者との通信の最後、軍との合流を目指して出入口へと向かっていたフォメルス王を追走していた。


ならば、とっくにここまでたどり着いていてもおかしくない――。


私は入り口側から施設の奥へと向かう。



「勇者様っ!! 勇者様、どこですかっ!!」


呼び掛けに対して微かに女性の返事が聞き取れた。


それはとてもかすかな声で、無人状態の通路でなければ聞き逃していただろう。


私はそちらに向かって駆け出す。


円形コロシアムを囲う施設はカーブを描いており、先の景色が見通せない。

直前まできてやっと、広い施設の通路に人が倒れているのを発見した。


一、二……、四人だ。全員が見知った人物だった。


一人はともに戦い友情をはぐくんだ少年、ジェロイ。血だまりの中に沈んでおり、もはや無事でないことは明らかだ。


もう一人は、敵将として討ち取るべき人物であるフォメルス王。こちらも心臓にボウガンの矢を受けており、絶命は必至だ。


「――助けて、誰、か……イリーナを……!」


そして私の呼びかけに答えたその声は、この国の正当な皇族の血筋であるティアン姫のものだった。


ティアン姫は勇者イリーナと折り重なるように倒れていて、かすかな魔力を放ち続けている。

彼女は治癒術師であることから、負傷した勇者を治療していると考えて間違いない。


「ティアン嬢、勇者様は、勇者様はご無事なのですか?!」


ティアン姫は息も絶え絶えに、呪文を詠唱し続けている。


私は彼女たちのかたわらに膝をついて、その安否を確認する。


苦悶の表情から負傷を心配したが、ティアン自身に外傷はなさそうだ。

一方、勇者は微動だにする様子がない。防具、衣服の破損、汚れを見ればどのような傷を負ったのかが想像できる。


肩口から肺までを寸断されたそれは完全な致命傷、即死のはずだ。しかし、勇者の傷はすっかりふさがっていた。


私は息を飲む。


「……これは」


ティアン姫の治癒魔術はその傷を再生させ、死にかけた魂を蘇生させようとしている。

そんな膨大な魔力や高度な術の構築など彼女には、いやほとんどの魔術師には不可能なはずだ。


そう、奇跡としか言いようがない。


「ティアン嬢、これは一体……!?」


私はその魔力の源に気付いた。


魔力を吐き出しきって枯渇させたティアン姫は、自らの生命を魔力へと転用し術を行使し続けているのだ。


「ティアン嬢! もう十分です、すぐに魔術を停止してください! さもなければ、あなたが命を落としますよ!」


このまま続ければ生命の維持に必要なエネルギーが底を付く、私は強く言い聞かせる。


「――もう大丈夫です! 勇者様は助かりました、一命は取り留めましたよ!」


確証はなかった。それでも、外傷は完治していたし脈もある。なにより彼女を死なせる訳にはいかない。


聞き分けたのか力尽きたのか、ティアン姫が放っていた魔力を終息させる。

誰かが止めていなかったら、この人は勇者のためにその命を燃やし尽くしてしまったに違いない。


「良かった……」


ティアン姫はその美貌を涙で濡らしていた。


それを理解できない行動だとまでは言わない、。しかし私にとっては愚かしい、少なくとも理性的で賢い行動とは思えなかった。


この戦いは彼女を救うための戦いであり、戦ったすべての者にとって彼女が生きてこその勝利。


少なくとも、勇者にとってはそうである。


つまり、勇者のために命を落とすことは結果としてナンセンスなのだ。


なぜなら、勇者は『異世界より召喚した魂』をこの世の肉体に憑依させた物。

そう、ネクロマンサーである私が『死霊魔術』によって呼び寄せた霊魂だ。


死者に命をささげるなんて馬鹿げている。


勇者は初めから死んでいたのだから――。




『禁断の死霊魔術が大暴走してボクっ娘オブ・ザ・デッド』開幕。

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