九場 そうだ、あの女を


 本題と言われて、内容を聞く前から怖気付く。

 何かしらの無理難題を押し付けられると思ったからだ。


「なんの御用ですか?」


 僕は、ティアンの部屋で繰り広げた、あの綱渡りを思い出しながら、恐る恐る訊ねた。

 しかし、フォメルス王は朗らかで、まるで旧知の友にでも接するような態度で僕に語り掛けるのだ。


「そう身構えるな。キマイラ討伐を労いに参ったのだ。まさか、余に向かって啖呵を切った其方があの場に登場した事にも驚いたが、これ程までに客を沸かすとはな。正直、恐れ入ったぞ」


 周囲からはどう見えているかな?


 この国の最高権力者が、友人にでも会いに来る気安さで、底辺の溜まり場を訪れて来ているのだ。

 そして、名指しで僕と談笑している。


 ちなみに、笑っているのは王様だけだ。


「三倍と大言を吐いていたが、ハッタリでは無かった訳だ。しかし、キマイラの投入は余の発案であるからな、手柄は半々といった所だぞ?」


 フォメルス王は御機嫌だ。

 でも僕は、そのキマイラ投入や、それに伴う剣闘士の無駄使いには懐疑的だった。


「しかし、流行りの出し物が貴様のお陰で終わってしまったからな。次の企画が必要になってしまった。何が良いかな? サイクロプスか? やはり、ドラゴンを超える企画はあるまい?」


 なるほど。有言実行した事で、フォメルス王は僕のことを認めてくれた。

 趣味の話が楽しめると思って会いに来た訳だ。


「イリーナはどう思う?」

 王が期待の視線を向けてくる。

 自分のアイデアを称賛して欲しいのだろう。


 僕は答える。



「どう思うも何も、ぜんぜん駄目でしょ」


 場の空気が凍った。

 特に近衛兵達の動揺が激しく、飛び上がっては金属音をガチャガチャと鳴らす。


 近衛隊長が吠えた。


「貴様! 不敬であるぞ!」


 今にも僕を処刑しそうな勢い。

 それを王が「よい」と言って、押し止めた。


「余のアイデアの、何処が不服だ?」


 一見、寛大なように見えるけれど、王のコメカミで血管が痙攣している。

 間違いなく、お怒りだ。


 それでも、彼に反論する人間は永らく居なかったろうし、僕の存在を王は意外にも楽しんでいる様に受け取れた。

 だから僕も、正直に答える事にした。


 ご機嫌取りなら他の連中がするだろう。

 他と同じなら、わざわざ僕みたいな格下の意見を求める意味はないのだ。



 キマイラに慣れた客が、キマイラ以下のモンスターでは満足しない。

 だから、より強大なモンスターを投入する。


「それだと、すぐに剣闘士が足りなくなりますよ」


「足りなくなったら増やせば良い。隣国を滅ぼして、万からの奴隷を用意できる」


 王様のロジックは解る。

 しかし、過激な表現がウケているからと言って、それをエスカレートして行けば、何処かで倫理観の許容量を超える。


 そうなると趣味人だけを残して、大衆は離れていく。


 王様の目的が嗜好の追求ならそれでも良いけれど、コロシアムは政治の手段だ。

 大衆娯楽でなきゃならない。ドン引きされたら意味が無い。


 ドラゴンは正直熱いけど。

 しかし、それはコロシアムの本質から逸脱している。


 ドラゴン対剣闘士、それはもはや別の娯楽なのだ。


「それで、百人掛りでモンスターを倒したとして、民衆がそれに飽きた後はどうします?」


「…………」

 王は考え込む。


「エスカレートさせなくても人の心を引き付ける為には、『普遍的なテーマ』が必要です。コロシアムはそのテーマを初めから備えているじゃないですか」


「普遍的なテーマだと?」


 モンスターの投入なんて、迷走だ。コロシアムのテーマはただ一つ。



「――人類最強ですよ」


 そう、ウロマルドが勝てないモンスターを投入した時点で、コロシアムは権威を失う。

 一部を除いて、観客は殺戮を観に来ているのでは無い。最強が誰なのかを知りに来ているのだ。


 ウロマルドの残留が支持を得られるのだって、彼を倒さずして何がコロシアムの頂点だってことなのだから。


 人間同士が闘わなくては意味がない。


「なるほど、一理あるな」

 フォメルス王は、いまいち得心が行ってない様子。


「……いや、それが全てです」


 負けず嫌いだなっ!


「しかし、それを貴様が言うのか? 貴様ごときの実力でか?!」


「実力のことは言わないでくださいよ……」ゴニョゴニョ。


 元々軍人であるフォメルス王には、僕が素人なのはバレバレだ。


「良かろう。ならば、その普遍的なテーマとやらで余を楽しませてくれる事を、期待しておるぞ」


 つまりそれは、タイマンで頂点を取れってことになる。

 偉そうに語ってみせたけど、結果は自分で自分の首を絞めただけだった。



「もう少し其方と語りたくはあるが、余は多忙の身だ。この辺で退散するとしよう」


 その前に聞いて置かないといけない事がある。

 僕は声を潜めながら、王様に訊ねた。


「この前は、何故ティアンの部屋へ?」


 フォメルス王は立ち止まって、僕に耳打ちする。


「本来ならば、王家の血筋をあの場で絶やすつもりであった」


 やっぱりだ。


 そこからは普段のトーンで話し始める。


「王座に付いた当初は、足場を固める際にアレが有用になると考えていたのだ。しかし、今や我が権力は磐石だ。アレに味方する者は潰え、何者も余には逆らえん」


 この場でその意味を理解出来ているのは、僕と近衛隊長くらいか。


 僕は駄目元で訊いてみた。

「なら、もう解放してあげてはくれませんか?」


 王は答える。

「ならぬ。今はただ、貴様のやる気を奪わぬ為に生かしておいてるにすぎぬ。貴様が余を失望させると同時に、あの女を惨たらしく殺す。肝に銘じておけよ?」


 このランクで僕に何が出来るというのだろう。

 誰からも挑戦されずに、闘わず、一日でも延命するのが精一杯だ。


「浮かぬ顔だな、やる気を出してもらわねば」

 王は僕を見下ろしながら、恐ろしい事を言った。



「そうだ、あの女をステージに上げることにしよう」


「――!?」


 七年間隠し通してきた元王族を、ステージに上げる。

 何故そんな考えに至ったのか、理解出来ない。


「何で!?」

 僕は悲鳴を上げる。


「加担する勢力は無力化した。その顔はもはや国民たちにも忘れ去られている。あの頃の様に幼くも無い。処刑した処で誰も不満に思うまいよ。貴様以外にはな」


 僕を焚き付けるためだけに、そこまですると言うのか? 信じられない。


「待ってください! そこまでしなくても、僕は闘います。準備ができ次第必ず!」


 ただ闘えば良い訳じゃない。

 僕の敗北は、ティアンの死に直結している。


「下がれ下郎。貴様如きが余に提言しようなぞ、思い上がった行為よ。余に願いを言えるのは、コロシアムの頂点を取った者のみ」



 どうしよう。どうしよう。ティアンが闘技場に上げられてしまう。


 僕は考えた、どうすれば王の考えを覆せるか。

 しかし、何も思いつかない。ティアンを救う手段が何も――。


「――相手は、誰が良いかな?」


 それは僕の急所だ。


 ティアンを人質にされたら、僕は抗えない。

 先程まで優勢に話を進めていた僕に対しての優越感からか、フォメルス王は興が乗ってきている。


「誰でも良い訳では無いが、アレでは誰の相手も務まるまいな。そうだ、いっそ、貴様がやるか?」


 なんて悪趣味な興行主だろう。

 僕とティアンに殺し合いをさせて、それがイベントになると思っているなんて。



 初めてティアンに会った日のことが思い出された。

 彼女は言っていた。


 もし、その時が来て僕が彼女を殺す事になっても、それで構わない。

 『優しく殺して下さるのでしょう?』と。


 他の闘士にやられるくらいなら、その方が遥かにマシなのかも知れない。


 だけど……。


 だけど……。



「僕が――」

 二の句が告げない。


 僕の頭は混乱している。

 けれど、それが了承できる訳もない。


 いっそ、この場で、この外道を殺してしまう他に、無いんじゃないだろうか? 

 得意げに僕の手が届く間合いにいる、この国の最高権力者を。


 しかし僕は丸腰だ。

 周囲を見渡す。武器は、兵士達が――いや、フォメルス王の腰に下がっているじゃないか。



「いや、止めておこう」


 その言葉は、追い詰められ、凶行に及び掛けた僕を、正気に戻す。


「貴様の心を折ってしまっても仕方ない」


 いま、僕の顔はどんなだろう?

 きっと、生気の失われた、死人のような表情に違いない。


 王は腰の剣に手を掛ける。まるで、こちらの考えを読んでいるかのように。


「良い表情だぞ、イリーナ」


 立場の上下をこれでもかと見せ付けてくる。


「余は慈悲深い。猶予を与えようではないか」


「……猶予?」


「今まで試合を組まぬ様に手引きしてきたが、それを今、解除する。あの女も剣闘士として、他の者同様のルールに従って貰おう」


 それは、誰かが七位を指名した時、ティアンが処刑されるという事だ。


 それは何日後だろう。同時に、僕が頂点を取るまでのタイムリミットということになる。


 僕は黙るしかなかった。

 これ以上、条件が悪くなっては堪らないからだ。



「皆の者、聴くが良い! 上位10位の中に、順位にそぐわぬ子兎が紛れ込んでいるぞ!」


「フォメルス王ッ!!」


 王が番号を明かしてしまうんじゃないかと、僕は割って入った。


「案ずるな、ここまでだ。殆どの者は、挑戦権すら無いではないか」


 自然とゼランを視界に収めてしまう。


 この場で挑戦権のある者。

 つまり20位以内の者は、クロムを倒したゼランのみだ。


 それが一際不安にさせる。

 例え番号を知らせずとも、ゼランなら、ティアンを狙い撃ちしてしまうのではないか。


 そんな不気味さがある。



 フォメルス王が退散の合図を近衛隊長に出すと、後方へと道が出来た。


「しかし、急げよ。誰かが子兎の匂いを嗅ぎ付けてしまうやもしれぬからなあ」

 王はそう言い残し、兵士達を率いて退場して行った。




 一団が立ち去った後、僕は脱力してその場にへたり込んだ。


「勇者様?」


「アルフォンス、僕はいま何番だ?」

「21番です」


 ゼランが18番。ジェロイが19番。アルフォンスが20番ってことか。

 僕が頂上対決に挑めるのは、20位、2位、頂上対決と、最短でも三戦掛かる。


 しかも、三連戦を全勝しての三戦だ。

 急いで試合を入れて、勝てなきゃ意味が無い。


 平日に10位以上への挑戦は出来ないことも含めると、何日掛かるか……。


 選択肢は二つ。

 不可能な挑戦をして、ティアンと心中するか。

 彼女の意思を尊重して、僕の手で彼女を介錯してやるか。


 いったい、何が正解なのだろう?


 僕は蹲っていた顔を上げる。


 見渡すと、ゼランの姿はすでに其処には無かった。





  『ありがとう、ごめんね』▶︎

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