七場 突然の死


 魔獣キマイラがその活動を完全に停止する。


 僕は勝利宣言として、高々と右腕を突き挙げた。

 巻き起こる喝采の嵐。


 此処はコロシアム。僕たちは見世物。


 決着の盛り上がりはキマイラの異様と、ジェロイの魔法の迫力による視覚的な効果のおかげだ。

 コロシアム史上でも類を見ない、派手な試合になったのではないだろうか。


 溢れ返る観客たちの歓喜と興奮の怒号に、僕は安堵と、満足感を得る。



「勇者様、大丈夫ですか?」

 アルフォンスに支えられながら、僕はキマイラの顎から逃れた。


「……はけよう」

 僕はアルフォンスにもたれ掛りながら、退場を促した。


 王様に捕まると厄介だ。

 それに、ダラダラ居座って満身創痍をさらすより、さっさと退場して、観客に『もう少し観ていたかった』という印象を与えた方が効果的だ。


 サービス不足? 心配無用。後はパフォーマンス好きの王様が、無駄に盛り上げてくれるさ。



 意識が朦朧として確認する余裕もないが、かなり出血しているし、皮膚が引き攣るのは火傷だろうか?

 よく見たら、アルフォンスやジェロイも満身創痍。すぐにでも治療ないし休養を取るべきだ。


 ゼランは無傷の様だけど、彼なりに役目を果たした結果なので、攻める理由は何も無い。

 僕らより立ち回りが上手かった、ただそれだけの話だ。



「やったね、お姉ちゃん」

 退場を始める僕らの元に、ジェロイが駆け寄って来た。

 アルフォンスと反対側に回り込んで、肩を貸してくれる。


 高さがちぐはぐでむしろ歩き難いが、厚意をありがたく受け取っておく。


「あんな凄い魔法を使って大丈夫だったの? この世界の魔法って、燃費が悪いらしいのに」

 僕はジェロイが最後に使った魔法について訊ねた。


 火柱が天にも届く勢いで立ち昇ったもんな。

 初めて、あんな魔法らしい魔法を目の当たりにしたよ。


 キマイラもそうだけど、改めて、ファンタジックな世界感を実感出来た。


「この世界って?」

 ジェロイが首を捻る。


 異世界の事を交えるのは、少々ややこしい。僕は失言をはぐらかす事にした。


「いや、魔法とか詳しくないから、語弊があったかな?」

 ハハハと笑う。


「俺のは『炎を出し入れする魔術』だから、炎上の規模と消費魔力は関係ないんだ。キマイラが沢山火を吹いたから、沢山ストックが出来ただけで」


 つまりタバコに火を着けるのも、山を燃やすのも同じコストってこと?


「魔力は、炎をストックする時間の方で消費する」


 火を消したり、着けたりしていた訳じゃあなかったのか。

 便宜上、<発火と消火>って呼んでいたけど、<貯蓄と引き出し>なんだな。


「なるほど」


 キマイラの炎を溜め込んで、一気に放出した結果の大発火。

 ジェロイの言ったタイミングってのは、そういう理屈だった訳だ。


 僕が、もう武器が無いと窮していた時も、ジェロイは奥の手を、まさにストックしていた。

 正確無比な射撃で前衛を援護し、キマイラの火炎攻撃から味方を守り、反撃の糸口も用意している。

 ジェロイの果たした役割は実に大きい。


 でも、貯蓄時間にコストが掛かるなんて、やっぱり燃費が悪いなと思った。



 僕らは惜しみない拍手と歓声に見送られながら、ゲートを潜って退場する。


 キマイラが登場した直後はどうなる事かと思ったけれど、なんとか目的を達成する事が出来た。

 一人、チュアダムだけは戻って来ることが出来なかったけれど、想定外の怪物相手に全滅しなかっただけでも、上出来だったに違いなかった。


 手を合わせる遺体すらも残らなかったのが、悔やまれて仕方ない。



 僕らは待機場で一旦、腰を落ち着ける。


 ゼランは「じゃあ、お疲れさん」と言って、勝利の喜びを分かち合う間もなく、さっさと行ってしまった。

 死線をくぐり抜ける間に仲間意識の芽生えた僕らと違って、あくまでも仕事感覚ってことみたいだ。


 これからも、馴れ合うつもりは無いのだろう。


「大人だな、アイツ」


「達成感を楽しんで、悪いってことはありませんよ」


 アルフォンスには皮肉に聞こえたみたいだけど、ゼランの態度が不快とは思わなかった。

 何せ、コチラからしても、仲良くなんてなりたくなかったから。


 だけれど、即座に次へ次へと足を進めるその姿は不気味だった。

――なんだか、嫌な予感がする。



「皆、今日はありがとう。勝利を祝いたいけど、一旦解散だね」


 死人も出ているし、クロムの容態も気になる。


 もう、絞り出しても元気の一滴も残っていない。

 祝勝会は改めて、皆の体力が回復してから催すことにしよう。


 僕は待機場の壁に持たれて、そのまま壁を滑り落ちる様に横になった。


 会場ではまだ、歓声が鳴り響いていた。




 魔獣討伐達成。それによって、凍結していたランキング戦が平常に戻った。

 キマイラと僕らの位置が入れ替わり、順位も大きく変動する。


 20位、クロム

 21位、ジェロイ

 22位、ゼラン

 23位、アルフォンス

 24位、僕

 25位、元31位の人


 現在の僕らの順位は、そういった並びになった訳だ。


 142位から24位への大躍進。

 正直、裏道な気がしないでもないけど、違反なら申請した時に咎められていただろう。


 例えば、ウロマルド・ルガメンテが200位からやり直した時に、「現在の1位とぜひ対戦させて欲しい」と言った場合。

 ルール上、権利は無いが、観客は満場一致で賛成し、試合が組まれるだろう。


 それが、興行ってもんだ。


 今回の場合も、上から食い潰して行くだけだった魔獣に自発的に挑戦し、実際に勝利して見せたのだ。

 それが何位かだなんて些細な問題だろう。


 観客の中には、あの女剣闘士。次はいつ登場するかな?

 なんて心待ちにしていた観客もいただろうし、王様が意図的にスルーした可能性もありそうだ。


 結果、御満足頂けたに違いない。


 50位からは待遇がぐっと良くなるらしいけど、20位のクロムからはまた特別待遇になる。

 個室が与えられて、ファイトマネーまで発生する。

 そこからは奴隷ではなく、<栄誉ある選手>の扱いになるということか。


 気が付いたら、僕もそこに手が掛かりつつある事に驚きだ。


 もう、142番のイリーナでは無い。20番になれば1番にだって挑戦できる。

 なんと、ウロガルド対イリーナが実現出来てしまう。


 いや、しないけど……。


 それに釈放は1位、2位による<頂上試合>でのみ叶えられる。

 最低でも最強クラスとの二試合が必要だ。


 残念な事に、裏道を使って成り上がってしまった僕は、完全に実力が伴っていないって事。

 順位が上がっても、僕自身の戦闘能力は上がってないんだから。


 ここからは、自分より強いヤツに会いに行くのが生き甲斐みたいな、バトルが人生みたいな、そんな世界観だぞ?

 猛者にしか挑めないし、猛者しか挑んでこない。


 ……どうすんだこれ?


 それでも、どうしても頭を過ぎってしまうのだ。

 あと二、三戦勝てば、僕はティアンと二人で自由を手に入れられる。


 でも、それは夢だ。

 だって、死ななかったら一億円。と言われて、生還率0%の断崖から飛び降りる奴は、只のアホじゃないか。




「ただいま!」

 僕はティアンに帰宅の報告をした。


 20番台になった僕にはルール上、相部屋が与えられる。

 試合が午前中に終了したこともあってか、今日中の移動も可能だったけれど、そのまま確認もせずに、ティアンの部屋に帰って来たのだ。


「お帰りなさい!」

 ティアンは暖かく出迎えてくれる。


 相部屋がどれくらいの物か興味はあるけど、ティアン付きの個室より天国な訳はないのだ。


 とは言え、まっすぐ帰って来た訳では無い。

 帰る前に僕らはクロムの安否を確認しに、治療室を訪れて来たのだ。


 医者にクロムの容態を確認したら、それなりの治癒術師が付いてくれて、止血は完了し、命に別状はないと伝えられた。


 一安心だ。


 これもクロムが、それなりに期待されている選手だからこその配慮だ。

 50位以下の剣闘士だったなら、治癒術師どころか放置されて、そのまま死んでしまうことだってあっただろう。


――クロムは無事。その幸運を噛み締める。


 安心したら、またどっと疲れが出てしまった。


 彼には明日また、感謝の気持ちを伝えるとして。

 とにかく、今日はもう休もう。身体がガタガタなんだ。



「ティアン、今日はもうクタクタだよ。お風呂の用意をして貰ってもい……ティアン?」


 出迎えてくれたティアンの、ただでさえ白い顔面が蒼白になっていた。


「ど、どうしたの!? ティアン、大丈夫?!」

 何か非常事態でも起きたとか?


「それは此方の台詞でしてよ! イリーナ、そのお姿はどうされましたの!」


 えっ、あっ、そうか!

 ティアンが敬語に戻る程に、取り乱した処で気が付いた。


 勝利の安堵ですっかり意識してなかったけれど、今の僕は、殆ど下着みたいな格好で、血だらけ、埃だらけ、火傷だらけの、泥だらけだ。


「……いや、これは、その、今日は試合があってさ。でも、こうやって戻って来たし、勝てたから安心して?」


「そんなの聞いてませんわっ!!」


 僕は武勇伝を聞かせてやろうと、意気揚々と、少し誇らしげに帰って来た。

 だけど、ティアンにとっては試合内容なんてどうでも良いらしく、ひたすらに怒られてしまう。


「信じられない!」

 と言っては、見たことも無い剣幕で怒って。


「本当に……、無事で良かった!」

 と言っては、いつもみたいに泣いていた。


 疲労困憊だったけれど、怒られている間も、泣かれている間も、何だか愛情に溢れていて微笑ましい。

 そんな風に思えてしまう。


「わかった。もうティアンに黙って、危険なことなんてしないよ」

 僕はティアンの頭を撫でながら言った。



 そして一緒にお風呂に入って、その後は覚えてない。


 浴槽に浸かったらもう、意識が泥みたいに溶けだした。

 ティアンの柔らかい肌にもたれて、治癒魔法で傷を癒されていたら、意識が無くなってしまった。


 後は眠っている間に体を洗って、着せ替えて、ベッドに運んで、彼女が全部やってくれたらしい。

 その日は、ティアンと一緒に外の世界を旅する夢を見た。




 翌朝。激戦の倦怠が色濃く残っているけれど、僕は昼頃には下階へと向かっていた。


 身体中がオイルの切れたロボットの関節みたいに軋む。

 ティアンの魔法と献身的な介護のお陰で、とりあえず歩くくらいは問題ないみたいだ。


 日課になっていた剣の稽古も、今日だけは休息だな。


 それでも、浮足立って下階に向かうのは、昨日の勝利を改めて皆と分かち合ったり、幅にランクアップした事を、他の連中に自慢したりしたいからだ。


 今日の試合はもう終わった様子。

 昨日の今日だし、そんなビッグイベントも無さそうだけど、どうだろう。



「おはよう、アルフォンス!」

 僕はアルフォンスに挨拶をする。


「……勇者様」

「どうした、筋肉痛? だよなぁ、僕も結構ヤバイけど――」


 今朝になって、昨日の勝利の余韻を楽しむ余裕が出て来た僕は、少し浮き足立っている。

 しかし、軽口を叩く僕に反して、アルフォンスは深刻な表情だ。


「アルフォンス、どうしたんだよ?」


 そんな顔、初めて見たし、何だか似合わないな。


「……勇者様。お気持ちを強く持って、聴いて下さい」


 何だよ、改まって……。


 そこまで来て、僕はようやく異常を感じ取った。


 何か、『良く無い事』が起きたんだ。

 耳を塞ぎたくなるような、嫌な出来事が。


 不安に駆られる僕に、アルフォンスが告げる。



「――クロム氏が、亡くなりました」


 その一言では、僕は理解が出来なかった。

 ただ、言葉の響きに心臓の辺りかキュッと締まる。


「……え?」


 呆然とする僕に、アルフォンスが繰り返す。


「クロム氏が、死にました」


 それは、あまりにも味気ない表現じゃないか。


 だとしても、それをアルフォンスがどんな言葉で伝えてくれたなら、僕は冷静でいられただろう?


 眩暈がしたと思ったら、僕は地面に膝から崩れた。


「勇者様、お気を確かに!」


「……なんで? 昨日、怪我は大丈夫だって――」


 容態が急変した?



「治療は滞りなく済んで、その時点で生命に別状が無かったのは確かなようです」


「……じゃあ、なんで?」


 クロムはずっと大蛇の相手をしていた。

 もしかして、蛇の毒が原因で……。頭の中がグルグルとかき回される。


「本日、20位への挑戦があって、クロム氏は闘場に立ったのです」


 試合で、負けた? あの、強いクロムが?


「そんな……。昨日の今日で、万全な闘いなんて出来る訳ないのに……ッ!」


 確かに20番は境目で、皆から狙われる番号だ。


 何故、昨日は生き残れたくらいの事で、安心してしまったのだろう。

 こうなる可能性は十分にあったじゃないか。



「クロム氏は、左腕から大蛇の毒に侵されていたそうです。心臓に近い位置だったので、やむなく左腕を切断することで、難を逃れたと」


 僕を助けた時に噛まれた左腕だ。


「……片手で、試合に出たの?」


 目頭が焼ける様に熱い。胸が刺すように痛む。胃が捻じれるように苦しい。


「挑戦相手は――」


 そこまで言って、アルフォンスは一度、深い溜息を零した。

 そこには怒りの感情を覗かせている。


 例えそれが、クロムにとって不幸なタイミングであったとしても。

 正々堂々、試合で負けたということなら、このアルフォンスがこんなにも感情を露わにはしないだろう。


 コイツは、身勝手で、人の痛みが解らない。そういう薄情な奴だ。

――そのアルフォンスが、やりきれない気持ちでいる。


 あってはならない事が、あったに違いない。

 その事実に、果たして僕は向き合えるだろうか。


 それでも、言葉を濁すアルフォンスに、僕は確認する。 


「――対戦相手が、どうした?」


 そして、アルフォンスは答えた。忌々し気に。


「クロム氏を殺したのは、あの男、ゼランです」





  『コロシアムで勝つと言うことは』▶︎

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