第246話 帰還するものが残す言葉

 召喚のための魔法陣を空へ投影していた電子機器が沈黙し、魔法陣も徐々に消え始めた。

 これでようやく、任務が終わる。

 四人がそう思った瞬間だった。


――儀式を途中でやめるというのか?


 護たちの脳に直接響くように、男の声が聞こえてきた。

 アイドルや声優のような、聞いた人間を聞きほれさせるほどの澄んだ声の持ち主を探すため、四人は周囲を見回す。


「聞こえたか?」

「あぁ……だが、この声はいったい?」

「護以外に男の人なんていない、よね?」

「だが、確かに男の声が……」


 だが、声の主らしき人影は見当たらない。

 新手の出現も視野に入れ、四人は互いに背を預け、警戒する。

 その様子を見ているのか、声の主は笑みを浮かべているような優しい声色で、再び四人に声をかけた。


――そう警戒する必要はない。君たちの周囲に、君たちを害そうとするものはいないし、私ももう間もなく冥界へ引き戻されることとなる

「冥界に引き戻される、だと?」


 声の主に聞き返した護の言葉に、光たちは目を丸くする。

 冥界へ引き戻されるということは、声の主はこの場所、すなわち現世に呼び出された存在ということ。

 これらの情報があれば、声の主が何者であるかを推察することは十分可能だ。


「まさか、この声は……」

「バフォメットが言っていた『かのお方』、だというのか?!」

――いかにも。汝らは様々な名で私を呼ぶが、ここはあえて、主より与えられし名で名乗るとしよう


 護たちが術者であり、名前に宿る言霊を警戒し名前を呼ばなかったためか、声の主は自ら名を名乗った。


――我が名はルシフェル。主に恭順することを良しとせず、反逆の末に血を分けし片割れに討たれし大天使である


 ルシフェル。

 一部では悪魔デーモンと同一視する説もあるが、本来は救世主となる青年ヨシュアの父とされる神に仕えた大天使の一人だ。

 だが、盲目的に人間を信じさせ、意のままに従えようとする神の傲慢から反逆し、その末に敗北。

 地獄の最下層にあるという極寒の地、コキュートスへと封印されたという堕天使である。


――どうやら、配下の者が私を現世へ呼び出し、天界と事を構えようとしていたようだが、汝らに阻止されたようだな?


 事態を知っていたのなら止めてくれてもよかったんじゃないか。

 思わず口に出しそうになった護だったが、口を噤んでいた。

 下手に会話をして、相手に魂の一部をつかまれることを嫌ってのことだ。

 それは光たちも同じだったようで、ルシフェルに一言も返していない。


――ふむ、言の葉の交わりを嫌うか。まぁ、それもよかろう……


 会話をしてくれないことに、残念そうな声色で語りかけてきた。

 コキュートスにただ一人で幽閉されているため、人恋しいのかそれとも話しかけ続けていれば言葉を交わす機会が生まれると考えているのか。

 どちらにしても、護たちはルシフェルに言葉を返すようなことはしなかった。

 だが、その態度はすぐに崩れることとなる。


――間もなく時間切れとなるな……最後に汝らに教えておこう


 その言葉に、護たちの顔がかすかに動く。

 その反応に気づくことなく、ルシフェルは言葉を続けた。


――いつか、我は……し……最終せ……汝らは……でに……天め……


 だが、本当に現世とのつながりが途切れてしまったらしく、ルシフェルの声は所々が途切れている。

 結局、その内容のほとんどがわからないまま、何も聞こえなくなってしまった。


「なんだったんだ? 結局」

「わからん……最終戦争、とも取れる言葉も聞こえたと言えば聞こえたが」

「そこにわたしたちも関わってくるってことなのかな?」

「だが、天命とも取れる言葉も聞こえたぞ? それはどう説明する?」


 最後まで詳細に聞き取ることができなかったため、四人の間には疑問だけが残された。

 だが、議論をしようにも材料が少なすぎるため、時間ばかりを浪費することになってしまう。

 結局、四人はこのことについて話し合うことをやめてしまい、遅れて合流した翼たちにその場を託し、一足先にこの場所から立ち去ることになった。




 事件を解決させた調査局は、協力していた術者に解散を宣言した保通は、調査局の職員のみで後片付けを行っていた。

 唯一、外部からの協力者であるジョンのみがこの場に残っている。

 その視線は、護たちが破壊したパソコンの残骸に向けられていた。


「どうやら、このパソコンを使って魔法陣を作り上げたようですね」

「えぇ、少し乱暴でしたが下手にいじって召喚を早めることになっては、と思ったので」

「賢明な判断だったと思います。私でも、おそらく同じことをしたでしょう」


 現場にいた光の言葉に、ジョンは返す。

 科学技術と西洋魔術を融合させたことで生まれた召喚術だ。

 西洋魔術に関しては一日の長があるジョンであっても、どう対処するべきか迷うらしい。

 自分が取った行動が決して間違ったものではなかったことに、安堵のため息を漏らす光だったが。


「ですが、できればどのような魔法陣だったか、その形を見てみたかったですね……今後の参考に」

「……そこまで気が付きませんでした」

「いえ、責めているつもりはありません。お気になさらず」


 責めているつもりはないというが、本心ではしっかり仕事をしてほしい、と思っているのだろう。

 心中で謝罪をしながら、光はほかに回収できていないものがないか、周辺を見回していた。


「それにしても、まさか『かの存在』と言葉を交わしたのですか」

「えぇ。本来はあまり好まれることではなのですが」

「『かの存在』は何を話していましたか?」

「魔法陣の効力が消える間際だったせいか、よく聞き取れませんでしたが」

「それでもかまいません。教えていただけますか?」


 何か気になることがあるのか、ジョンはルシフェルの言葉をじかに聞いた光に質問を投げかけてきた。

 今まで自分に向けたことのない、その真剣な表情にたじろぎながらも、光はルシフェルが消える間際に自分たちに語った言葉を話す。

 その言葉を聞いたジョンは、何かを引っ掛かるものがあるようで、自分の顎を指でなでて沈黙していた。


「あ、あの……?」

「……あぁ、すみません。考え事をしていました」

「いえ、それはわかるんですが……もしかして、先ほどのことで何か?」

「大したことではありませんよ。少し、気になっているだけです」


 口ではそう言うが、明らかに何かを隠している。

 そう感じた光だったが。


――これは、詰め寄っても話してくれそうにないな……気になりはするが、諦めるしかないか


 無駄に体力と時間を浪費するよりも、一分でも早く、自分の仕事を終わらせることに注力することを選び、問い詰めることをやめた。


「ジョンさん。すまないが、こちらへ来てくれないか?」

「はい、わかりました。それでは光さん、私はこれで」

「えぇ。お疲れ様です」


 ジョンは保通に呼ばれたため、その場を後にし、そのまま彼が所属する組織の本部があるヴァチカンへと帰国してしまったため、これが最後の交流となった。

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