第219話 護の憶測

 ジョンとの顔合わせが終わると、光は踵を返し、書斎から出ようとした。


「あの、光さん」

「ちょっと待ってくれないか?」


 だが、護と月美がその背中に声をかける。

 月美はともかく、護に声をかけられたことが珍しく、光は目を丸くしながら振り向いた。


「珍しいな、君が呼び止めるとは……何かあったか?」

「あぁ。実は知人がちょっと気になると言っていたものがあってな」

「気になるもの?」

「『幻想召喚物語』っていうゲームアプリなんです」


 月美の口から飛び出してきたその名前に、光はさらに驚愕する。


「そのアプリゲームの製作会社なら、ジョンさんが内偵する必要があると提言しているから、関係各所と連携を図っているところだが?」

「実はつい先日、使鬼にその会社を調べさせた」

「何っ?!……それで、何か出てきたのか?」

「使鬼たちの話では、あの会社には何かしらの干渉をしている存在があるらしい」

「……その存在については?」


 光は護からもたらされた報告を真剣な表情で聞いていた。

 一般人、それも高校生の話を鵜吞みにするほど、光も耄碌していない。

 だが、目の前にいる護は、この部屋の奥で控えている翼の一人息子であり、土御門神社の後継者だ。

 なにより、自分と術比べで堂々と渡り合ったのみならず、調査局が常にマークしている道満を一人で退けたほどの実力を持っている。

 護の肩書と実力は信頼するに十分なものと、光は判断しているようだ。

 そのため、あえて報告のすべてを聞いてみたいと思っていたのだが。


「すまない。それ以上は」

「そうか」

「その存在について調べる前に、使鬼たちが身の危険を感じて撤退したんだ」


 もともと、危険を感じたら撤退するように命令していた。

 干渉者のことを調べる前に撤退したということは、それだけ干渉者の存在が危険であるということでもある。


「だが、使鬼を感知できる人間がいるのか?いや、術者ならできなくもないだろうが」

「普通の術者なら、まず感知できない。それは断言する」

「随分な自信だな」

「俺の使鬼は狐だ。人を化かすのは専門分野だ」


 古来、狐や狸は人を化かす動物として語られてきた。

 人を化かすということは、何も人を騙しもてあそぶだけではない。

 自分の存在がそこにいないかのように見せることでもある。

 そういう意味では、普通の人間よりも自分の姿を隠すことや存在を感知されないようにする能力は非常に高い。

 普通の人間や、一般的な術者ならば、まず見破ることは不可能であることは、護が一番理解している。


「確かにそうだな。だがそれなら、自分たちの身に危険を感じたから撤退した、というのはどういうことだ?」

「答えはわかってんだろ?」

「わかっているが、君の口から聞くのが筋というものだ」


 その言葉に、護はため息をつく。

 面倒くさいということもそうなのだが、自分が導いた結論はあくまで憶測でしかない。


――んな憶測だけの報告をできるかっての。つか、それで俺や父さんに責任を負わされたらたまったもんじゃない


 というのが護の本音だ。

 一応、何度か事件を一緒に解決してきた仲であるため、光がそんなことをする人間ではないことくらいわかっている。

 だが、それはあくまで『賀茂光』という一人の術者として。

 『内閣府特殊生物調査局の職員』としては、まだ彼女を信頼できないでいる。

 憶測を勝手に採用され、それを方針にして動かれてはたまったものではない。


「なら、俺の憶測だということを前提にして聞いてくれ」

「こちらは憶測であっても方針は必要な状態なんだ、是非とも聞かせてほしい」

「わかった」


 光からのその返答に、護は脳裏に浮かんできた憶測を光に話し始めた。


「さっきのジョンさんの話で、おぼろげながら見えてきた。おそらく、そうとう力の強い悪魔が絡んでいる」

「悪魔が?少し突飛じゃないか?」

「突飛な発想だってことはわかっている。けど、俺たちが存在を嗅ぎ付けるまでにかなりの時間が必要となったんだ」


 護の発想は突飛だし、物証や検証のための材料が不足している。

 だが、状況的にはそう言わざるを得ない。

 何より、悪魔という存在は創成記紀に語られる存在とほぼ同じ時期から存在している。

 白桜たち、護の使鬼がどれくらいの時間を存在しているのかは護も知らないが、おそらく、力はあちらの方が強い。

 そうでなければ、彼らが身の危険を感じることなど考えられないと護は踏んでいる。

 そのことを説明すると。


「なるほど……なるほどな」


 光もある程度は納得していたらしい。

 なるほどとつぶやき、うなずきながら、少し考える様子を見せて。


「私だけでは判断しかねる。すまないが、情報提供の一つとして一度、上に報告させてほしい」

「わかった。だがあくまで推測でしかないことはしっかり説明してほしい」

「問題ない。それに、我々もただ座して情報を待っているわけではないんだ」


 護の言葉に、光は苦笑を浮かべながら返し、再び出口へ向かって歩き出した。

 今度は誰も彼女を止めるものはいない。

 光はドアのところまで行くと、一度翼の方へ振り返り、一礼する。

 護と月美はそれに合わせて頭を下げるが、翼は。


「遅くまでお疲れ様。局長によろしく伝えてほしい」

「えぇ。では、失礼します」


 旧友でもある保通に伝言を頼み、光をねぎらう言葉をかける。

 その言葉に、光の表情はすこし和らいだが、すぐにその顔は引き締まり、ドアの外へと姿を消した。

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