第202話 動き出す調査局
新学期早々、通学路で清と遭遇した護は、厄介事の種を持ってきたことへの怒りを込めて、血が出ない程度の強さで、頬に握りこぶしを叩きこんでいた頃。
仕事始めで調査局に来ていた光と満は、新年早々、局長室に呼び出されていた。
「新年早々、いったいどうしたんだろう?」
「わかりません。けど、局長はよほどのことがない限り、私たちを呼ぶとは思えないのですが……」
「それもそうね……まさか、新年早々、あいつが出てきた?」
そうつぶやきながら、満の目つきとまとう雰囲気が徐々に鋭くなっていった。
満が語る『あいつ』というのは、千年も前に死してなお、呪術に対するあくなき探求心により怨霊と化した先祖、芦屋道満のことだ。
陰陽師に限らず、日本に存在する術者の世界では、安倍晴明と並びその名を広めている陰陽師ではあるが、怨霊に身を落としたその先祖を、満は忌々しく思っている。
それこそ、昨年の初夏の頃に道満が護の同級生を生成りにしてしまう事件が発生した時、自分の手で、どれだけの被害が出ようとも道満を除霊させようと思っていたほどだ。
「それはないかと。第一、土御門の若との術比べでしばらくは力の回復に努めるはずです」
「……それもそうか。ならばなぜ私たちが呼ばれたんだ?」
「さぁ?ですがまぁ……」
そう言いかけて、光と満は足を止めた。
二人の目の前には、目的地である局長室の扉がある。
この奥に、自分たちを呼び出した局長がいるはずだ。
「それは本人に直接問いただしましょう」
「それが賢明か」
わからないことを、情報が一切ない状態であるにもかかわらず、あれやこれやと推測をこねくり回しても意味がない。
それよりも、確実な情報を持っている人物が目の前にいるのだから、聞きだした方が早いし確実だ。
光と満は、新年早々の自分たちを呼び出した用件を聞きだすため、張本人が控えている部屋の扉を叩き、ドアを少し開けた。
「失礼します」
「失礼します、局長」
「あぁ、来たか。入ってくれ」
室内にいる保通に声をかけると、部屋の奥から保通が二人を招き入れた。
その言葉に従い、二人は局長室に入っていった。
二人が入室すると、保通は無言のまま、着席を促してきたため、それに従うと。
「まずは、新年おめでとう」
「おめでとうございます」
「本年もよろしくお願いいたします」
互いに頭を下げ、新年のあいさつを交わした。
だが、すぐに双方の顔は引き締まり、仕事の話が始まった。
「年始早々で悪いのだが、少し、調べてほしいことがある」
「なんでしょう?」
「まさか、奴がもう動きを見せた、というわけでは……」
奴、というのは、言わずもがな道満のことだ。
調査局も、道満の存在は危険視されており、その動向を常に警戒している。
もっとも、彼は千年以上もその存在を保ち続けている怨霊。
現代ではすでに消失してしまった術や、道満しか知らない術を駆使してその警戒網をかいくぐり、好き勝手に行動しては霊的被害を振りまくことを許してしまっている。
だが、今回は少し違っているようだ。
「断定はできんが、その可能性は低いとみている。だが、おそらくは人為的なものだ」
「人為的なものですか……もしや、昨年の春ごろにあった人狼のような?」
「いや、そういった特殊生物が発見されたという報告はない」
「では、いったい何があったんですか?」
いまいち、要領を得ない保通に、光は本題を切り出そうと問いただした。
その問いかけに、保通もさすがに前置きが長すぎたと理解したらしく。
「そうだな。前置きが長くなったが、君たちには、いままさに発生している現象を調査してもらいたい」
「現象、ですか?」
「あの、もしかして例年よりも瘴気が多く発生していることでしょうか?」
現象、という保通の言葉に、満は何か心当たりがあったらしく、保通に問いかけた。
満の言葉を、保通は否定することなく。
「その通りだ。昨年末、榊の葉の状態があまり良くないという報告が上がっている」
「榊の葉が、ですか?」
「あぁ」
榊というのは常緑樹の一つであり、神道において神聖な木を意味する『
当然、常緑樹であるため、葉は鮮やかな緑色をしているのだが、保通の話ではその色がくすんでいるという報告が多く寄せられていたのだという。
葉の色は、樹木の状態を示すバロメーターのようなもの。
常緑樹である榊の葉がくすんでいるということは、その生命力が落ちているということでもある。
「念のために伺いますが、管理を怠っていた、という可能性は?」
「そんな怠け者が局内にいると思うか?それに、あれらの管理しているのは暇を持て余しているご隠居たちだぞ?」
実は、調査局の屋上では榊や、榊の代用として用いられる椿などの常緑樹を育てており、任務で祭事を行う際に使用している。
その管理は、すでに定年退職を迎えた身ではあるが緊急の助っ人が必要になった場合に備え、控えているベテランの術者や、術者の世界を知っている一般人の職員が担っている。
むろん、この冬は例年になく冷え込みが厳しくなっているため、単純に寒さにやられている、という可能性も捨てきれない。
だが、普段から暑さや寒さだけでなく、病気や害虫への対策を行うなど、かいがいしく世話をしている彼らからの報告だ。
寒さで参っている、という可能性は限りなく低い。もし仮にそうであるならば、もっと別の報告の仕方をしてくるはず。
保通はそう判断し、瘴気の可能性を示唆しているのだ。
そう理解した二人は。
「かしこまりました」
「了解です」
保通からの依頼を受けることにした。
二人のその答えを聞いた保通は、二人を下がらせると。
「何か、大きなことが起きる前触れでなければいいのだが……」
と、不安をもらしていた。
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