再臨譚

第188話 寒くても滝行はやめない

 文化祭が終了し、調査局に所属する半数以上の術者を巻き込んだ大捕り物が終わり、早くも数週間。

 護と月美が通う月華学園は、期末試験のシーズンを迎えていた。

 文化祭というイベントの存在ですっかり頭から抜けていた、その地獄のような試練に立ち向かうため、クラスメイト達は勉強にいそしむようになった。

 むろん、それは護と月美も同じこと。


 だが、二人には期末試験も大切だが、それと同じように大切なことがある。

 この日も、二人は学校の自習室へは行かず、自宅にいた。

 自室で勉強、というわけではない。

 神社の敷地内にある土御門家の邸宅、その裏にある滝に打たれながら、ひたすらに何かを唱えている。

 秋も深まり、徐々に冬の気配がやってきているため、水にぬれるというのはかなりつらい。

 特に、今年に入ってから滝行を始めた月美には、よけいに辛いことだろう。


「……さ、さむ、寒い!寒い!寒いぃぃっ!!」

「うぅ、さ、さむ、寒い……うぅっ、寒い!!焚火、焚火!!」


 滝から出ると、月美は自分の肩を抱いて、ガタガタと震えながら火を焚いているドラム缶の近くへと小走りで近づいていった。

 月美に少し遅れて、護もまた、小刻みに震えながら焚火の方へと向かっていく。

 二人そろって、寒い、と口にしているのは、ご愛嬌というものだろう。


「あぁ……焚火の熱が染みる……」

「だよね……って、護はもう慣れてるんじゃないの?」

「慣れてるからって、寒いことに変わりはない」

「あ、あははは……」


 護が遠い目をしながら語るその言葉に、月美は苦笑を浮かべた。

 北国に住んで長い人間であっても、寒さに強く、暑さに弱いというわけではない。

 その反対もまたしかり。

 慣れているからといって、暑さ寒さに耐性があるというわけではない。


「あぁ、もうだいぶいいかな……月美、先に着替えてていんだぞ?」

「え?あ、うん。それじゃそうする。ところで」


 一向に自分の方へ顔を向けない護に疑問を覚えたのか、月美は静かに護の正面へ移動し始めた。

 その気配を感じたのか、護は視線をそらし続けようと、体をひねる。

 だが月美は、どうにかして護の視界の中に入り込もうとして移動を続けた。


「……どしたのさ?」

「なんで、護はこっちを見てくれないのかなぁって」

「いやいや、お前さん、自分の格好をわかってて言ってます?」


 滝行を行なう際、護と月美は白単衣に着替えている。

 当然、水に濡れれば単衣の下は透けて見えることとなり、滝行を終えて焚火にあたっている間、月美は柔肌が透けて見えてしまう。

 一応、さらしを巻いているとはいえ、思春期を迎えている男子の性欲を刺激するには十分だ。

 そして護もまた、思春期真っ盛りの男子。

 ある程度は抑えることができるとはいえ、直接、月美の艶姿を見てしまったら、煩悩を抑えることができる自信はない。

 だから、必死に視線をそらして煩悩の爆発を抑えているのだ。

 だが、月美はそんな護の気持ちも知らずに、煩悩を刺激するようなことを口にした。


「わたし、護にだったら見られても構わないよ?」

「そういう問題じゃなくて……」

「それとも、護はわたしのこういう恰好、見たくないの?」


 普段の月美ならば、絶対に口に出さないような言葉だ。

 だが、ここしばらくの間、文化祭の準備でお互いに忙しくしていたため、ロスの状態になってしまっているのだろう。

 実際、護も普段と比較して、月美と一緒にいる時間が圧倒的に少ないため、どこか物足りないという感覚がしていた。

 そのため。


「見たくないわけがないでしょうが」


 自分の煩悩に対して、敗北宣言をしてしまった。


「もう、素直じゃないんだから」

「抑えきれなくなって、自分でも不本意なことはしたくない」

「う~ん、大切にしてもらえるのはうれしいんだけど、触るくらいなら私だって文句言わないよ?」

「だから、どうしてお前はそう、俺の煩悩を刺激するかなぁ」

「仕方ないでしょ?ここ最近、護と一緒にいる時間が減っちゃったから、護成分がすっかり不足気味なの」


 そう言いながら、月美は護の腰に自分の腕を回し、柔らかく抱きしめた。

 自分の脇腹に当たっている柔らかい感触に顔を赤らめながら、護は自身の理性を総動員し、煩悩退散の四文字を頭の中で唱え、観念したように月美を抱きしめ返した。


「えへへ~」

「おいおい、だらしない顔になってるぞ?」

「いいも~ん。こんなことするのは、護の前だけだし」

「……あぁ、ところでさ。そろそろ着替えないと」


 体が冷えて、風邪をひきやすくなる。

 そう警告しようとしたようだが、時すでに遅し。


「ぴっくちっ!」

「体が冷えるぞ、と言いたかったんだが、ちょっと遅かったか」

「うぅ~……着替えます」

「そうしましょう」


 さすがに期末試験が控えているこの時期に風邪を引いてはたまったものではない。

 三十秒程度とはいえ、護と密着できたことである程度は満足できたのか、月美はあっさりと護から離れ、着替えのために用意されたスペースへと足早に向かっていった。

 その背中を見送った護は。


「へっくし!……俺も着替えるか」


 ずずっと鼻水をすすり、月美に続く形で着替えスペースへと向かっていった。

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