第147話 衣装決定

 文化祭の催し物を決めるクラス会議から二週間。

 各クラスでは、着々と準備が進んでいた。

 護たちのクラスも例外ではなく、メニューに乗せるお菓子やドリンクはもちろん、席を何人掛けにするか、メニュー表やテーブルクロスに内装のデザイン、さらに仮決め状態ではあるがシフトも組み終わった。

 残るは、メイド服と執事服。ユニフォームをどうするかだったのだが、ここで完全にクラスの意見は二つに割れていた。


 執事服はまだいい。

 基本的に燕尾のジャケットを着るか、黒のベストを着れば、あとの問題はネクタイだけで、それは個々人の自由となるのだから。

 だが、メイド服は別だ。

 正統派のヴィクトリアやミニスカートが特徴のフレンチもそうだが、和服の上にエプロンを着た女給をはじめとした和服メイドやメイド喫茶で制服として採用されているようなデザインのものまで、かなり幅が広い。

 その中から一つを選ぶとなると、男子も女子もそれぞれのこだわりが出てくるものだ。

 現に。


 「ここはミニスカート一択!フレンチこそ男のロマン!!」

 「馬鹿野郎!ロングスカートにフリルエプロン!これこそ正当なメイドってもんだ!!」

 「どうせなら、猫耳とかつけてコスプレみたいにして楽しみたいからどっちでもいいんだけど」

 「ならつけ耳とつけ尻尾も買わないとかな?」

 (よくそこまで熱くなれるなぁ……)


 こうして大論争が繰り広げられていた。

 その論争を聞きながら、護はどこか感心していた。

 護個人としては、統一する必要は感じていないため、好きなようにすればいいのではないかという意見なのだが、それを口にすると猛反発が起きそうなのでやめていた。

 こうしている間にも、クラスメイトたちは自分が推薦する衣装がいかに素晴らしいかを語りだし、もはやお祭り騒ぎとなっていた。


 「ねぇ、護」

 「ん?どした?」


 その中で、月美が突然、護に声をかけてきた。

 普段、こういうときに月美の方から話しかけてくることはないため、護は不思議に思いながら月美の方へ視線を向けた。


 「護は、わたしにどんなメイド服、着てほしい?」

 「……え?……あ、えぇと……」


 突然の質問に、護は困惑し、口ごもってしまった。

 メイドはおろか、昨今のサブカルチャーに興味を持っている暇が全くなかった上に、そもそも興味がないため、どんなメイド服がいいか聞かれても困るというのが本音のところだ。


 「月美ならどれ着ても似合うと思うけど、ミニスカだけは嫌だな」

 「え?なんで??可愛いと思うけど」

 「クラスの男子連中どころか、外から来た連中にお前をいやらしい目で見てもらいたくなく。というか、そんな視線が向いてると思っただけでこの学校ぶっ壊したくなる」


 護としてはやはり恋人が他人にいやらしい目で見られることは不愉快のようだ。

 周囲は考えが古いとか、独占欲が強いとか批判はされそうだが、不愉快なものは不愉快なのだからしかたがない。

 それを理解している様子で、護から返ってきたその答えに、呆れたような、しかしどことなく嬉しそうな微笑みを浮かべた。


 「そっか……なら、ミニスカ以外のなら何がいい?」

 「そうだな……ヴィクトリア風も捨てがたいけど、やっぱり和装メイドかな」

 「あ、そっちなんだ。着物なんて見慣れてるだろうから選ばないって思ってたけど」

 「いや、見慣れてるのは巫女服とか直衣とかだから。着物とは別だから」


 着物と言っても、月美が言っているのは神官服である直衣や巫女服のことだろう。

 日本人の民族衣装という意味での『着物』であれば、あながち間違いでもないのだろうが、それとこれとは話が違う。


 「でも、わたしも女給さんのほうがいいかなぁ」

 「そのこころは?」

 「慣れてるから」

 「女給服に?着物に?」

 「和装に」


 可愛いからとか着てみたかったから、というよりも、どうやら慣れの問題だったらしい。

 月美がそれでいいなら、と護はこのことについて、特に何も言うことはなかった。

 が、護と月美のやりとりを聞いていたらしい明美が思い切り手を上げた。


 「女給さんとかいいんじゃない?」

 「おバカ!執事服は洋装なのよ!雰囲気が……」

 「……いや、待て……」

 「……和洋折衷の使用人喫茶……いけるんじゃない?!」


 今までの流れから、更なる大嵐が巻き起こるかと思いきや、意外にも好評のようだ。

 だが、和装メイドということは、エプロンの下は当然、和服ということになる。

 和服ということは着物ということなのだが、着物ではなく洋装が一般的になり、基本的に着られなくなってきてから数世紀。


 「でも着物の着付けなんて、できないわよ?!」

 「旅館の浴衣くらいしか着たことないよ……」

 「浴衣ならなんとかいけるけど……」

 

 当然、着物を着るための技術も一般的ではなくなり、今を生きる女子高生たちのほとんどは着物を着ることなどない。

 着物を着てみたい、とは思っていても、そもそも着ることができないのだ。

 そのことに気づいた彼女たちの間には、暗く重苦しい空気が漂い始めていた。

 だが、ここで出てきた佳代の思わぬ一言でその空気は一変した。


 「……ねぇ、なにも本格的なのじゃなくて、二、三枚、浴衣を重ね着してもいいんじゃない?」


 浴衣は、その発祥が『湯帷子』と呼ばれる入浴着であったこともあるためか、直接肌に触れるが、本来、着物は長襦袢という肌着を着た上に重ねて着るものだ。

 ならば、浴衣のような着物で重ね着をしてもおかしくはないのではないか、というものだった。


 「……エプロンで前部分は隠れるし、柄も気にしないでいい……」

 「さすがに色は合わせる必要あるかもだけど……いける?」

 「……いけるかもしれない!」

 「吉田さん、ありがとう!!」

 「え……あ、い、いや……」


 もともとが人見知りであったことと、いじめられていた経験から、同級生に認められることなどあまりなかった佳代は、一気に浴びせられた称賛の嵐に困惑していた。

 その様子を横目に、月美と明美はくすくすと嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 結局、男子は執事服、女子はなんちゃって女給ということで話が落ち着き、知り合いにコスプレイヤーがいるというクラスメイトが、それなりの報酬で作ってもらえるか、あるいは製作の指導をしてもらえるか交渉することとなり、この日は解散となった。

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