第105話 対決~5、決着は唐突に~

 百鬼夜行退散と太乙真君交感という二つの術を掛け合わせ、半ば無理やり道満を浄化しにかかった護。それに対抗し、持てる瘴気のすべてで対抗する道満。

 二つの力は拮抗し、どちらが倒れてもおかしくない状況になっていたが、その戦いは唐突に終わりを告げる。


「護!!」

「よっしゃ!ナイスだ!!」


 突如、月美の声が響き、護のもとに、一枚の木札が飛んでくる。

 飛んできた木札を受け取り、にっと口角を吊り上げ、護は叫んだ。

 同時に、なぜか百鬼夜行退散と太乙真君感通の術を解除しただが、封印だけは完全には解かず、わずかに力を緩めるにとどめた。


――いったい、何をしようとしている?


 疑問に感じた道満は、護が受け取った木札へ視線を向ける。


――はて?霊力ではなく瘴気が込められておる。あの瘴気は……


 木札に宿る瘴気が、自分の放つものと同質のものであることに気づいたが、その時には護はすでに行動に移っていた。


「アビラウンケン、バンウンタララキリリアク! 三本文士八五水、急々如律令!」


 受け取った木札を刀印で触れながら、修験道の呪詛返しの秘法に用いられる呪文を唱える。

 その呪文を聞いた瞬間、道満はどうにか霊力の籠から抜けようとしたが、護の使鬼である五色狐たちがそれを許さない。

 なにより、さきほどの護の二つの大技で力が半減しているため。


「くっ!! 抜けきれぬ、か!」


 籠から抜け出ることが抜け出ることができなかった。

 さらに追い打ちをかけるように。


「水気招来!」


 護は水行術を使い、大水を道満に向かって流す。

 だが、道満に追い打ちをかけるためだけに水行術を使ったわけではない。


「河の瀬に祈り続けて払ふなれば、雲の上まで神ぞ登りぬ」


 道満へと向かう水流に、木札を流しながら呪歌を唱える。

 それと同時に、道満を囲んでいた結界を解除し、五色狐たちも避難させた。

 その瞬間、木札から蛇を形どった瘴気があふれ、道満に向かってく。


「やはり呪詛返し! じゃが呪詛の術者はあの娘ぞ!! 呪詛を返したとて、小娘に呪詛が向かっていくことになるぞ?! 貴様、よもや小娘を見捨てるか!!」

「確かに呪詛を行ったのは吉田だ。だがその力の大半は道満、あんたのものだろ?」

「だからといって、わしに返ってくる道理はない!本来ならば術者に……」

「返ってるだろ? よく見てみろよ」

「む?!」


 そう言われ、道満は木札を凝視した。

 木札には数本の細い糸のようなものが巻き付けられている。


「その木札に巻かれているものは、そこの娘の髪か!! なるほど、その木札を身代わりにしたな!!」

「そういうこった。だから術を使う力となった瘴気だけ、お前に丸ごとお返しできるってわけだ!!」


 そもそも、今回の呪詛は佳代という実行犯機械と、道満という後ろ盾燃料の二つがあって初めて成立している。

 呪詛を返そうとすれば、呪詛の実行者術者である佳代に呪詛がむかっていくため、燃料となっただけにすぎない道満に被害は出ない。

 だが、術者と道満にもつながりがある以上、そのつながりをたどれば道満にも少なからず呪詛を返すことはできる。

 そのつながりを利用することで、護は道満に呪詛を返すことも方針として考えていた。 

 いかに道満といえど、呪詛を返されればただではすまない。

 再起不能とまではいかなくとも、行動を制限することはできるはずと踏んでのことだ。


「く、くくっ……くかかかかかかっ! 面白い、実に面白いぞ!! 晴明の末裔よ!!」

「はっ! こっちは全然面白くないぞ!!」

「ほっほ! それは残念」


 返された呪詛でぼろぼろになりながら、道満は楽しむかのように笑みを浮かべた。

 いや、実際のところ、彼は楽しんでいる。

 呪詛返しで体が壊れかけているという、この状況ですら楽しんでいるのだ。


 「しかし、そろそろわしもきつい。此度はおぬしの勝利のようじゃな」


 此度ということは、次回、次々回、そのさらに先を期待している。

 そういうことだろうが。


――そんなうれしくもない期待、できればそんなことはごめんこうむりたい!


 本心からそう願いつつ、護は道満に告げる。


「おとなしく退散してくれません?」

「そうじゃの、このまま退散するとしよう」


 もっとも、と口角を吊り上げながら、道満は自身の体を黒い炎に包ませた。


「じゃが、次は負けぬぞ?せいぜい、腕を磨けよ」

「やってやるかよ、ぼけ。二度と来んじゃねぇ」


 一方的に再戦の約束を取り付けようとしてきた道満に、三桁ほど苦虫を嚙み潰したかのように顔をしかめ、はっきりと断った。

 断られた道満は、つれないの、といかにもつまらなそうにため息をつく。

 やがて、黒い炎は道満の全身を包み、徐々にその勢いを強めていった。だが、炎は徐々に小さくなっていき、それに伴い、道満の気配も薄くなっていった。


「では、またいずれの」


 ろうそくの火よりも小さくなり、自然消滅すると同時に、道満のその言葉が虚空に響いた。

 まだどこかに潜んでいるかもしれない。そう警戒し、周囲に気を配ったが、完全に気配が消えている。

 どうやら、本当に退散してくれたらしい。

 ほっとため息をつき、護はその場に力なく仰向けに倒れこんだ。

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