第93話 昔語り~2、事の始まりは些末なことから~

 ある日。

 護はいつものように通学路を歩いていたが、護に話しかけてくる児童は一人もいなかった。

 ドジに巻き込まれて、朝から転びたくないからだろう。

 もっとも護は、仕方がないとはいえ、自分が原因であることを重々承知しているため、その状況を受け入れていた。

 それになにより、今のところは一人でいることに困ったことがない。


――てか、一人でいた方が妙な視線を感じないし、気楽なんだよなぁ


 むしろ、そんなことすら思い始めていたようだ。

 だが、まったく声をかけられないかといえば、そうでもない。

 すれ違いざま、何度か同級生や同じ幼稚園に通っていた児童から挨拶されたし、見守り隊の大人からも声をかけられたし、護もしっかり返事をしていた。

 もっとも、大人たちの胸中には、対応がしっかりできる子だというのに、どうして何度も他人を巻き込むような形で転んでしまうのか、疑問はあったのだが。


 閑話休題それはともかく


――なんか、今日は変に視線を感じるな……俺、まだ何もやってないはずなんだけど?


 護が教室に到着すると、異様な視線が突き刺さってくる感触を覚える。

 何となしに視線の先を見てみると、そこには先に教室に来ていた児童たちがちらちらと視線を送っていた。

 よくよく見てみれば、視線は自分と、自分に割り当てられた机の方へ向けられていることに気づき。


――俺の机に何か……うん?


 自分の机に視線を向け、何があるのかを確認した。

 机は別に何もなかったのだが、椅子を引いた瞬間、護の動きは止まる。


――椅子にびっしりと画鋲……しかも針は全部、上向いてるし


 セロテープで止めてあるところを見るに、気づかずに座って悲鳴をあげることを期待していたようだ。

 何を馬鹿げたことをやているのやら、とため息をつきながら、画鋲を外し、ついていたテープをごみ箱に捨て、椅子に座った。

 ようやく、ランドセルの中身を机に移すことができると思いながら、机の中の道具箱に手を伸ばしたのだが。


「……え?」


 思わず、声が出てしまった。

 伸ばした手に、あるはずの道具箱の感触がない。

 困惑しながら、護は自分の道具箱を探す間も、くすくす、とクラスメイトたちから嘲笑にも近い、微かな笑い声が聞こえていた。

 だが、そんなものを気にしている余裕などない。

 数分間、机の回りだけでなく、教員用の机や教卓の中、テレビの裏。

 果ては用具入れの中も探してみたが、すべて外れたが、どうにか朝礼が始まる前に見つけることができた。

 もっとも、無事に、というわけではなかったが。


――おいおい……中身も丸ごと捨てるか?


 道具箱が見つかったのは、ごみ箱の中だった。

 ご丁寧に、中身を捨てて道具箱本体も分解してあった。

 本来なら、担任の先生に報告するところだが。


――面倒なことにはしたくないし、先生には言わないでおこう


 報告はせず、ごみ箱の中にあった自分のものをすべてサルベージして、分解された本体はできる限りの修理をして再利用することにした。

 だが、その対応が面白くなかったのだろう。

 いたずらを仕掛けたクラスメイト犯人たちは、それからもいたずらを仕掛けてきた。

 だが、持って生まれた鋭い勘と、まだまだ見習いにすら到達していないが修行して培ってきた先見の明でそのことごとくを回避していたため、被害がない。

 それに加えて、担任教師に報告しなかったので大きな話題になることもなかった。

 一度でも。たった一度でも、そのことを護が報告していれば、また別の結末が訪れたのかもしれない。

 だが、そのときの護には、そこまで自分の運命さだめを見定めることはできなかった。

 その運命を決定づけることとなる事件は、護へのいじめが始まってから一週間が経った頃だ。

 その頃になると、いじめはますますエスカレートしていった。


――最近、クラス中から無視されるようになったな……そのくせ、先生が見てるところじゃ何もないようにふるまってる


最後にはクラスメイト全員から無視されるようになっただけでなく、一切の協力を得ることができなくなってしまっていた。

 教師が見ているところでは、何もないように振る舞っているため、グループワークには困ってはいない。

 だが、チームに分かれる授業になると、途端に護を無視したり、一方的に狙うような仕草を見せることはあったが、教師はそれを見て見ぬふりをしていた。

 いや、正確にはいじめがあったということを、知ること・・・・できなかった・・・・・・

 教師ならば生徒児童の様子をしっかり把握するべきだ、いじめのありうべからざることだ。

 いじめがあるのは教師が生徒を管理できていない証拠、などと世間では言われている。

 だが、普段の激務の中で、生徒一人一人の様子の変化に気づくことは難しいこと。

 まして、教室全体が巧妙に隠しているだだけでなく、護が何も言わなかったため、被害が明るみになることはなかった。


――う~ん?やっぱり、ここ最近、授業の様子がおかしいような……


 しかし、さすがに授業の様子に違和感を覚えたらしい。

 教師はそれとなしに児童たちから話を聞いて回り、一部の児童が護を意図的に除け者にしていることを知ってから、状況は変わった。

 いじめを主導していた児童は、教師からみっちりお説教される。

 因果応報なのだが、児童はそれに納得できず。


――あいつ……絶対、仕返しをしてやる!!


 復讐心に火をつけることとなり、その結果、護へのいじめはエスカレートしていく。

 と思われただが、護の持ち前の危険察知がここでも威力を発揮する。

 仕掛けられてくる数々の嫌がらせをすべてとまではいかずとも、回避し続けたため、被害は最小限で済んでいた。

 だが、ただ回避していればいい日々は、突然に終わりを告げる。

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