第78話 ようやくの仲直り

 翼から渡された依頼を解決するため、護はひとまずの対策として学校に漂っている瘴気を浄化するための準備を始めていた。


――浄化のための結界。それを構築するための呪物……あぁ、くっそ、考えだしたら止まらねぇ


 そもそも、瘴気を浄化するだけでは根本的な解決にならない。

 浄化するだけなら、自分で毎日やっているが、浄化した端から瘴気が再び噴き出してくる。

 浄化するだけではなく、瘴気の根本を断たなければ、いつまでも解決しない。


――まぁ、瘴気の出所については、式占で見るとして……


 手掛かりについて、心当たりがないわけではないのだが、それでも掴みはほしい。


――式占の結果が、その掴みになればいいんだがなぁ


 そう思いながら、護は何が必要になるのか、そのための準備を進めていたのだが、ふと、部屋の外に誰かの気配を感じ取り、その手が止まる。

 誰が来たのか、戸の向こうから感じ取れる霊力で察することはできた。

 より正確に言えば、自分と結ばれている霊的な繋がりで、なのだが。


 閑話休題それはともかく


 護はそっとため息をついて、戸の向こうで待っている彼女を迎え入れようとする。

 だが、護が戸に手をかけるよりも先に、ゆっくりと戸が開き、戸の向こうから月美が顔を出してきた。

 その表情は、どこか困惑しているようにすら感じられる。

 護はそんなことは気にする様子もなく、部屋の中に招き入れた。

 月美もその招きに素直に応じ、部屋の中へと入り。


「珍しいな、こんな時間に」

「……うん……あのね、ちょっと確認したいことがあって」

「確認したいこと?」


 護が首をかしげると、月美は若干、うつむき加減になりながら、口を開いた。


「護、なんで仕事をする気になったの?」

「割り振られたから……じゃ、納得しないだろうな」

「しない」


 即答された護は、どうしたものかな、と考え、ひとまず、月美を中へ招き入れた。

 紅茶もコーヒーも用意できないが、月美は部屋の中央に置かれたちゃぶ台にちょこんと腰掛ける。

 その視線は、護の口から説明の言葉が出てくる瞬間を待つかのように、まっすぐに向けていた。

 その視線に根負けしたわけではないのだが。


――そろそろ、説明しないとまずいよな……


 もういい加減、説明をしないといけない段階にあることを悟ったらしく、観念した様子で口を開いた。


「なんで仕事をする気になったか、だったよな?」

「うん」

「逆に言えば、なんでいままで仕事をする気にならなかったのか、だよな?」

「……うん」


 クラスメイトにはあまり関わらない。妖のほうに問題がない限り、妖を退治することはしない。

 それが、護の信条ポリシーだということは、月美も理解している。

 だが、クラスメイトだけではなく、自分にも火の粉がかかるかもしれない危険を、わざわざ見逃していたということが、わからないでいたのだ。

 いや、理由は話してくれたが、納得できないため、冷戦状態に持ち込むという幼稚な方法で聞き出そうとしていた。


「……月美は、出雲にいた頃、近所の人たちからどう思われてた?」

「え?普通に、神社の子って思われてたみたいだけど」


 何をいまさら、というような問いかけに、月美は首をかしげた。

 だが、以前、問いかけたときに返ってきた答えを聞いて、ふと思い至ったことがある。


「もしかして、護は違ったの?」


 その問いかけに、護は何も返してこなかった。

 それが答えだということは、月美でもわかる。

 その沈黙が自分と一緒にいるよりもはるかに多くの時間の中で、護がどのように過ごしていたのか、どんな目にあってきたのか。

 そして、どれほどつらい目にあってきたのかを教えてくれた。

 その理由を察した月美は、恐る恐るといった様子で確認する。


「だから、瘴気の原因を取り除くつもりがなかったの?」

「そういうことだ」

「……復讐のため?」

「さぁ?そこは俺もわからん」


 思い切って問いかけてみたが、返ってきた答えは意外なものだった。

 事実、護は誰に対しても冷たいわけではない。

 本人は否定しているが清と友人でいるようなことはないし、明美が自分と一緒になって護の近くにいても文句を言うこともないことが何よりの証拠だ。

 だが、その返答を聞いた瞬間、月美はいつだったか明美が護について話していたことを思い出した。


――そういえば、大けがして泣いている人がいても応急処置どころか救急車を呼んだりすることもないって明美が話してたような……


 普段、接している態度とは正反対の態度であるため、その話を聞いた時は、まさかと思い、本気にはしていなかった。

 だが、実際に護は人間に対し、明美が言った通りの態度を取るほど冷酷だ。

 むろん、七歳に満たない子供や町の外から来た人たち、老人、障がい者といった例外はあるが、一定の年齢以上に達している人間に対しては、非常に冷たい。

 自分を化け物と呼び続け、他の子どもと線引きして、認めようとしなかった人間たちがそうさせたのだ。

 助けを求めて声をあげていても、助けてもらうことがなかった。

 だというのに、一方的に助けを求めれば助けてもらえるとなぜ思えるのか。


――護が滅多なことで他人を助けないのは、それが当然の報いだから。けど、なんだかんだ言っても困ってる人がいたら手助けするんだよね


 とはいえ、月美だけでなく、翼も、清も、そして彼の式神である五色狐すら、現実に冷酷な態度を示した姿を見たことはない。

 なんだかんだと言いながら、手を差し伸べる優しさは持ち合わせている。

 その優しさをむけるまでのきっかけが、今回はつかめなかったのではないか。

 そこまで推測して、月美はようやく。


「ごめん……ごめんなさい」

「あ、いや月美が謝る必要、ないって」

「でも!」

「それ言ったら、俺だって、ごめんなさい、だろ?月美の中にある術者としての理想像に添えてなかったんだから」

「それは……そうかもだけど」

「なら、お互いごめんなさいってことで手打ち。それでどう?」


 納得いかない、と顔に書いてあった月美の様子に、護は苦笑いを浮かべ、そんな提案をする。

 その提案に、月美はどこか納得いかないと言いたそうな様子ではあったものの。


「わかった」


 と一言だけ答え、提案を受け入れることにして、ようやく冷戦状態にあった二人が仲直りすることとなった。

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