第28話 調査局からの捜査員
保通が本日何度目になるのかわからない、陰鬱なため息をついていた。
すると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼します」
気を取りなおし、椅子に座りなおした保通が入室を許可すると、護たちと年が離れていなさそうな少女が入ってきた。
意思の強そうな少し吊り上がった目じりと眼光に、可憐というよりも端麗という言葉が似つかわしい顔立ちは、まさにクールビューティーと呼ぶにふさわしい、凛としたたたずまいだ。
彼女が入室すると、保通はわずかながら頬を緩ませる。
「来たか、
「局長、わたしに任務とは?」
光と呼ばれた少女は入って早々、自分に課せられた用件を保通に問いかけた。
その様子に、保通はあきれたようなため息をつく。
「お前な。たしかに職場では局長と呼べとは言ったぞ? だが、いまは二人しかいないんだ。父さんとは言わんまでも、せめて親父と呼んでやろうって気には……」
「なるわけありません。二人だけとはいえ、職場は職場ですから」
光から返ってきた答えに、保通はあきれたとばかりのため息をついた。
彼女は保通の実の娘であり、賀茂家の次期当主だ。
父親のコネクションで就職したともとらえられるのだが、その実力は折り紙付き。
そのうえに、彼女自身が強い責任感を持っている人物で、周囲からの評判もよく、局長の娘だからといって陰口を叩かれるようなこともない。
それは、彼女が職場では父親を『局長』と呼び、あくまでも自分が組織の人間であることを周囲にアピールしているためとも言えなくはないのだが。
「……まぁいい。それよりも、お前に頼みたい仕事がある」
「なんでしょう?」
「土御門神社の周辺に、例の特殊生物が出現した可能性がある。調査と、できれば捕縛してほしい」
土御門神社、という名前を聞いた瞬間、光は怪訝な顔をした。
「そこは土御門家の人間に任せればいいのでは? なぜ、わたしたちが」
「彼らは特殊生物との関わりが深い。実際に彼らには交渉を任せきりにしている部分があるからな。知っていて、無害だから放置しているという可能性も捨てきれん」
「土御門家がそう判断したのなら、問題ないのでは?もっとも、彼らが独自に調査を継続している、ということもあるのでしょうが」
もしそうであれば、どれだけ楽か。
光からの意見に、保通は頭を抱えたくなった。
――だが、光が言っていることももっともか
調査局内では、自分が守護している領域内で起きた特殊生物が起こした事件や特殊事例については、その術者が責任を以て解決することが暗黙の了解となっている。
だが、今回、調査局が抱えている事案は、土御門神社が守護する範囲の外でも起きているもの。
である以上、調査局にも調査権限はある。
加えて、土御門家は特殊生物に対し、寛容すぎるという評価があることもまた事実。
もし、今回の事件について、土御門家が何かを知っていて、その上で、関係していると思われる特殊生物を保護しているのだとしたら。
その可能性を考えただけで、保通の頭痛はひどくなった。
「とにかく念には念を、だ。あくまで極秘で行う調査だから、君一人に任せることになってしまうが」
「構いません。むしろ、下手に人が多いと邪魔にしかならないですので」
自分一人で調査をすることに対して、文句を言うどころか、むしろ好都合であると取れる返答に、翼はため息をつく。
「……君のその考えはもう少しどうにかならないのか?」
その返答は、ここ最近になって聞くようになった光の考えからすれば、予想できるものだった。
だが、個人で動くよりも複数人で動いたほうが効率も、不測の事態に対する対応力も変わってくる。
だというのに。
「無理ですね。出世のことしか考えられない
光はあくまでも個人で動くつもりらしい。
出世のことを考えるのは、人間が持っている欲求の中では健全なものとも言えなくもない。
だが、そのことばかり考え、本来、やらなければならないことをおろそかにしたり、一歩違えば法に触れるようなことをしてしまう人間が、残念ながら大多数だ。
それは調査局内部にも言えることで、大した実力を持っていないというのに足を引っ張ることばかり考えている
――光の考えもあながち間違いではないのだが……いや、これ以上このことについて話しても無駄だな
これ以上、このことについて彼女と話していても何も解決しないと結論付け、保通は指示を出すことにした。
「……わかった。ひとまずは一人でやってみてくれ。必要があれば、土御門家の人間にも協力してもらってかまわん」
「はい。それでは、これで」
光は静かに一礼して、部屋を出ていった。
部屋から出ていく光の背中を見送り、保通は陰鬱なため息をついて背もたれに身を預ける。
――もう少し、社交的であってもいいように思えるのだが……どこで間違えた?
清廉潔白、その名が表す通り光のように明るく、明らかでいてほしいと願い、そうなるよう導いてきたつもりだ。
だが、なぜか頑固一徹、真面目一筋、協調性に難なりの人間となってしまっていた。
頑固で真面目であることは、美徳として捉えることもできる。
――こればかりは無理もない
と保通は半ばあきらめている。
あるいは、うまくすれば逆玉の輿に乗り、賀茂家という術者の大家の身内になれるのではないか、という邪念を抱いていた連中ばかりが擦り寄ってきた。
職員たちのその態度に光が辟易し、自分から周囲の人間を遠ざけるようになり、先ほどのようにスタンドプレーを好むようになった。
さすがに組織の中で生きていく以上、孤立することが大きな問題だ。
保通はいままでもどうにか、少人数でもいいから彼女が信頼できる職員をつくろうと、画策してきたのだが、そのことごとくが失敗に終わっている。
――今回の事件で、一皮むけてくれればいいんだがなぁ……
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