その2(全3回) わたしが自決すれば、みなも助かるだろう
その夜も、フミト皇太子は、副司令官のヤマキ中将をともない、定例の巡回に出た。
各所で守りにつく将兵たちに声をかけ、ねぎらう目的もある。
城壁の上の登ると、吹きさらしなので、風がもろに当たった。とりわけ夜の風は強い。
防寒着を身につけているが、北部辺境地帯の冬の寒さは厳しい。吹きすさぶ冷たい
チクチクと肌をさすような感覚。すさまじく寒いとしか言えない。
(司令部にとじこもっていては、やはり将兵らの苦労は分からんな)
フミト皇太子は改めて思った。
平原のほうに目を向ければ、遠くにたくさんのかがり火が見える。連邦軍の野営地だ。
ときおり風に乗って、笑い声なども聞こえてくる。
「酒宴か。勝った気も同然ですな」
ヤマキ中将が、周囲にだれもいないのを確認してから、
「まあ、“100万の大軍”で、わずか3万の相手をしているわけだから、そうなるだろうな」
フミト皇太子は、軽く言った。
しかし、その表情には、昼間のような笑顔は見られない。
「殿下は、どう思われますか? 援軍の件ですが」
「どうかな。士気にかかわるから、みなの前では来ないと思うとは言えないが、来ない確率が高いか。――中将は、どう思う?」
「おそらく殿下に同じです」
「弟の立場で考えるなら、帝国軍の主力をエンガルの手前くらい、ちょうど丘陵地帯を抜けるあたりに配置して守りを固めておき、エンガルを見殺しにして、わたしを戦死させるだろう。連邦軍がエンガルをこえて攻めこんできたところで、全力で迎撃して追い返す。そうして皇位継承権を手に入れる」
フミト皇太子には、双子の弟がいた。名をタケト皇子と言う。
なかなか政略に長けているので、病弱な皇帝のそばにいて、政務を補佐していた。
本来ならフミト皇太子が補佐すべきだ。
「帝国のためを思うなら、タケト皇子に政務を任せ、武芸に通じているわたしが軍務を担当したほうがよい」
フミト皇太子は、タケト皇子も皇族であるから、私情よりも国益を優先してくれるだろうと期待していた。
ところが、それが大きなまちがいだった。
「同じ日に生まれたのに、どうしてフミトが兄で、おれが弟なんだ?」
タケト皇子は不満だった。皇帝になりたかった。
あくどい臣下は目ざといもので、そんなタケト皇子の不満をあおり、とりいった。
タケト皇子を皇太子につけ、将来の栄華を手に入れようと画策する。
そんなこんなで、中央ではドロドロとした政争が裏でくりひろげられるようになる。
しかし、もともと皇位に未練のないフミト皇太子と、その一派に勝ち目はなかった。あっけなく少数派に転落し、フミト皇太子は、「連邦による侵略の脅威に備えよ」という勅命を受け、北部辺境守備軍の司令官に着任することになった。
「くだらないことで、みなには迷惑をかけることになり、申し訳ないと思う」
「いえ、殿下に過失はございません。そもそも序列を忘れ、大志をいだくほうにこそ非があります」
「皇族の慣例というものは厄介だな。わたしは皇位継承権など、すぐにでも放棄したいのだが……。ともあれ、みなを生還させる手は考えてある」
「!?」
「物資が尽きたとき、もしくは援軍が来ないと確定したとき、わたしは自決する」
「?」
ヤマキ中将は、まじまじとフミト皇太子の顔を見つめる。
「わたしが死んだと分かれば、中央も、いや弟もエンガルが陥落する前に増援してくれるだろう。帝国軍主力の戦力をもってすれば奪還は容易だとしても、やはり城を攻めるとなれば、相応の犠牲が出るからな」
「お待ちください。自分は殿下こそ、皇帝にふさわしいと思っております。帝国のためにも、殿下を死なせるわけにはまいりません」
「ありがとう。中将の忠義には感謝する。だが、これは決めたことだ。わたしがもっとも信頼できるのは中将だ。だから後事を託したい。みなを生かしたいのだ。わたしの希望を受け入れてほしい」
「できません。自分も帝国の臣民として、帝国の繁栄を望んでおります。そして、帝国の繁栄のためには、殿下の即位が欠かせません。ですから、殿下を死なせるわけにはまいりません」
「そうだ。殿下に死なれては困る」
聞きなれない声がした。かわいらしい声色だ。
声の方向をみると、2つの人影が城壁の上にあった。
大きな人影と、小さな人影だ。
(ぬかった! 城壁をよじのぼってきたか。話に夢中になりすぎた)
ヤマキ中将は、さっと軍刀をかまえ、フミト皇太子を守るように前に出た。
フミト皇太子も軍刀をぬき、かまえる。
「待て、われらは援軍だ」
大きな人影が、両手をあげながら、しゃがれた声で言った。
よく見ると、大きな人影も、小さな人影も、真っ黒なコートの下に帝国軍の襟章がのぞいている。
しかし、ヤマキ中将は警戒を解かない。
「警備兵っ!」
すぐに多数の兵士が駆けつけ、2つの人影を囲んだ。
「逮捕しろっ!」
2つの人影はおとなしく手をあげ、すなおに
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