真章27~不伝~怪力乱神御伽噺~誰も知らない真実~



~誰も知らない真実から、お前達へ~



歩き続ければ、必ず何かが見つかると願っていた。


 それはもしかしたら湖の底に眠る昔話かもしれない。

 それはもしかしたら自分の知らない知り合いかもしれない。

 それはもしかしたら森の中の王国と、自分の知らない友達との出会いかもしれない。

 それはもしかしたら自分と異なる力を持つ者達の出会いかもしれない。

 何でも良かった。

 今の自分から別れる事の出来るきっかけになるならば、それに任せて今の自分をやめられる何かが欲しかった。

 だから、どんなに足が重くても心が砕かれても、歩き続けるのを止める事は出来ないと思っていた。

 そして今、初めて自分を捨てたいと思えるようになった。


目の前には自分の大切な人が倒れている。

彼女をこんな目に合わせた奴は今、国中の歓声を浴びて喜んでいる。

 ありがとう。

 やっと願いが叶ったよ。

 お前達のお陰で、俺は自分を捨てられる。もう昔の自分に戻る気はありません。

 殺してやる。

 俺の大切な人を殺したお前達を殺して、俺は新しい自分に生まれ変わるんだ。 

 嬉しいな、嬉しいな、嬉しいな。

 もう、元の下らない自分に戻らなくてすむんだ。悲しいな。嬉しいな。

 昔の自分を知るお前達全員、その歓声を悲鳴に変えてやる。



~デビルズ・ヘイヴン ピラミッド山頂~


半透明のバリアの中で怪物達は賛美歌を歌っていた。これから生まれる魔神へ、そして今日殉職する自分達に対し、赤子から老人まで全員が明るく歌を歌っている。



♪真実を見ろ 真実を見ろ♪

♪歌えよ 讃えよ 祝福せよ♪

♪今宵は 魔神の 誕生日♪

♪魔神の 産声 響く時♪

♪世界は 恐怖で 満たされる♪



ピラミッドの頂点では、七本腕の悪魔ミールバイトが魔神を呼ぶ為の呪術を唱え、その横ではリンベルが倒れていた。

 術により動けないダンスはただじっと、リンベルだけを見ていた。

 無表情で、ただじっと、動かない彼女を見ていた。

 轟々轟々と吹き荒ぶ風に混じり、賛美歌が耳に入ってくる。



♪真実を見ろ 真実を見ろ♪

♪満たされる 恐怖が 絶望が 悲鳴が♪

♪この世の何処にも 死の香りが 満ちぬ場所は無く♪

♪この世の何処にも 我等が魔神の 歩けぬ場所は無く♪

♪彼等は知るのだ 我等の怒りから 逃れる術は無いと♪



炎の結界の外側では、ベルと呼ばれた堕天使が膝をつき泣きながら何かを叫んでいたが、風の音が全て消していく。

 そして響いてくるのは彼等の賛美歌。



♪真実を見ろ 真実を見ろ♪

♪魔神よ謳え 我等が国の名を叫べ♪

♪魔神よ謳え 我等が王の名を叫べ♪

♪彼等に聞かせろ デビルズ・ヘイヴンという国の名を♪

♪そして震えるのだ ベル様の狂気の恐ろしさを♪

♪真実を見ろ 真実を見ろ♪



魔王は残り少ない魔力を全てライ・エアーに注ぎ込んでいた。

 炎の結界の内側で倒れている二人を助けるために、魔王は自分の全てを賭けていた。

 賛美歌が聞こえてくるが、魔王の耳には入らない。

 魔王は揺らめく結界を睨み付ける。

 その中で、ミールバイトが右腕三本を振り上げながら力強く叫んだ。


「時は満ちた!今こそ我が魔神が誕生し、世界を混沌の渦に導くのだ!

 皆の衆、祈れ!望め!世界の破滅を願え!

 奴等の地獄はここから始まるのだ!」


ワアアァァァァ!!


「魔神万歳!魔神万歳!魔神万歳!」

「デビルズヘイヴン!デビルズヘイヴン!」

「ベル様!ベル様!ベル様!ベル様!」

「ミールバイト!ミールバイト!ミールバイト!」


民衆が騒ぎ始めるのに呼応するように、ピラミッドの足元にひかれた線が緑色にかがやいていく。

 それはだんだん強くなり、やがて緑色の光の珠となって泡のように浮き上がっていく。


「おお、見ろ!輝いているぞ!

 我等の祈りが光となり、形となるのだ!」


ピラミッド中から輝き始めた光の珠は空へ上昇していく。

 その姿はとても幻想的で美しく、感嘆の声があちこちから聞こえてくる。

 光の珠は魔王が作り上げたバリアをすり抜けていき、ピラミッドの上空に集結していく。


「おお、素晴らしいぞ・・・我等の信仰はなんて美しく輝いているんだ・・・。

 魔神、スーパーエゴ様は皆の衆の期待に必ず応えてくれるだろう!」


ミールバイトが思わず笑みを浮かべる。

その足元で倒れているリンベルには見向きもしない。炎の結界の向こう側にいる魔物達に叫ぶ。


「皆の衆!スーパーエゴ様は誕生するぞ!地上・アタゴリアンにもはや人の姿はなく、怨念と絶望渦巻く地獄へと代わる!

 そして魔神が現れた時、我等のこの国は世界の新たな天国と呼ばれるのだ!

 さあ、天国と地獄が逆転するぞ!神も正義も我等の物だ!我等こそ、永遠の勝者なのだ!」

「うおおおおおおお!!」「魔神ばんざーい!」「天国ばんざーい!」「スーパーエゴ様ー!」


 そして、魔王もまた上空の輝きには興味を示してはいなかった。

彼はただじっと、揺らめく炎の内側にいるリンベルとミールバイトを見ている。


(もう少し・・・もう少し離れろミールバイト!そうすれば、リンベルとダンスを助けに行けるんだ!

 早く離れろ!早く・・・む?)


魔王は炎の結界の内側を見ていた。

 だから変化にすぐに気付く事が出来た。

 ダンスの体が、赤く紅く輝き始めているのだ。

 魔王はギョッとして目線をダンスに向ける。ダンスの体は紅く輝き、体から何か白く細い物が出てきているのだ。


(なんだ、あれは!?

 巻物・・・いや、包帯?)


それは、包帯であった。

 反対側には文字がびっしりと書き込まれているが魔王からは遠くて読めない。

 ダンスの体中から、皮膚を突き破って包帯が出てくるのだ。血も吹き出さず、まるで体中に包帯が詰め込まれてるといわんばかりに大量の包帯が吹き出してくる。

 そして吹き出された包帯は意思を空中でその姿をくねらせながら、ピラミッドの山頂を覆い尽くしていくが、リンベルの倒れた方にだけは包帯は伸びなかった。

包帯の一本がミールバイトの足に触れ、ミールバイトが気付いて振り返った時にはダンスの姿は夥しい包帯の山で覆われて、見えなくなっていた。


「な、何だこれは!?」


ミールバイトはハッと気付き、急いで振り返る。

 そこには怪物が立っていた。包帯が包帯を巻き付け、包帯が包帯に絡みつき、包帯が包帯を締め上げ、もはや元の姿が人間だったのかどうかも分からない。

 しかし包帯のてっぺんに僅かな隙間から瞳が覗いている事から、元が誰なのかミールバイトは直感で気付き、震える声で訊ねた。


「まさか・・・ダンス・ベルガードなのか?」


瞳の向こうにいる存在は答えようとはしない。

包帯がミールバイトの足元を滑り山を下ろうとする。だが燃える結界はそれを遮り、包帯が燃え上がっていく。

 包帯は燃えた部分を切り捨て、炎に近づかないようにぎりぎりの部分で固まり、包帯の壁を作り上げていく。

 ミールバイトは巻き込まれないよう急いでリンベルの所へ向かい、包帯から抜け出す。僅かに安堵を覚えた後に見上げると、緑色の輝きは更に増し人型へと姿を変えている所だった。

 悪魔の司祭は笑みを浮かべる。


「おお、魔神様がその姿を現していく、エゴ様・・・スーパーエゴ様、早く顕現を!

 貴方に捧げる贄はここに有りますぞ!」


緑色の輝きは集束を始め、少しずつ姿を見せていく。

 その様子を民衆は期待の眼差しで見上げ、司祭は焦燥の眼差しで見つめる。

 包帯の山の奥にある瞳もまた、緑色の輝きに目を向ける。


緑色の輝きは姿を変えていき、やがてそれは全身に赤い模様を編み込んだ巨人へと姿を変えていく。

 巨人は空中で膝を抱えてうずくまり、それはまるで胎児のようにも見えた。

 民衆達は謎の声より、目の前の巨人へ関心を向ける。

 この日の為に生きてきた彼等にとって、巨人、スーパーエゴの存在が全てだったからだ。


「エゴ様・・・」

「エゴ様だ・・・スーパーエゴ様が降臨するのだ!」

「デビルズヘイヴン万歳!ベル様万歳!エゴ様万歳!」

「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」


万歳の声は合唱となり、全ての民衆が万歳を叫んでいく。

 巨人もその声に呼応するようにうずくまる体に力を込めて立ち上がろうとする。

 その全長は目測だけで30メートルは軽く越えているだろう。

 それが少しずつ動きだそうとしている。

 民衆は笑みを浮かべていく。


「やっと、やっと魔神様が、我等の神様が動き出すんだ!」


対して魔王は顔をしかめ、炎に突撃する準備を始める。


「不味い、このままでは全て終わってしう!なんとしてもリンベルとダンスを助けなければ・・・」


魔王が焦る間にも巨人は体を少しずつ動かし、地上に着陸しようとしたその瞬間、

 山頂で増殖し続けた包帯が突如渦巻き始め、全て空に向かって飛んでいく。

 ミールバイト、魔王は同時に叫んだ。


「何だ、これは!?」

「何!?」


包帯は形を作り、あっという間に巨大な白い腕に変形していく。


 その巨体を遥かに凌ぐ巨大な白い掌が巨人の体を掴んでしまった。

 魔神は抵抗し、すぐに手は離れてしまう・・・と思ったら巨大な手が白い口に変形する。

 巨大な口は大きく開き、巨人の頭を噛み砕く。

 頭のあった場所から赤い血が吹き出していき白い口が赤く染まっていき、こぼれ落ちていく。

 そして炎の結界に大量の血液が流れ込み、包帯を赤く染めていき、その圧倒的な赤い液体が赤い炎を消していく。

 巨人の体を何回も咀嚼する度に体が崩れ落ちていくが、白い包帯から触手のように伸びた無数の包帯が肉片を包み、口に運んでいく。

 そうして産まれたばかりの魔神は、その産声を上げる間もなく突然現れた白い包帯で出来た怪物に喰らい尽くされてしまった。

 あまりに突然の出来事に、民衆達は何も理解出来ずざわざわとざわつくしか出来ない。


「なんだ、これは・・・?」「ま、魔神様が、包帯に・・・喰われた?」「血が・・・血が流れてくる・・・」「なんだよあれ・・・」


魔神の体から零れた血は山頂からバリアの上を進んで麓まで流れ、民衆達の視界を赤く染めていく。

 そして、彼等のざわめきをかきけすように声が聞こえてきた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーータベターーーーーーーーーー

ーーーーーーーオマエタチノーーーーーー

ーーーーーーカミヲーーーーーーーーーー

ーーーーーーーータベテヤッタゾーーーー



「だ、誰だ!?」「声が聞こえてくる!何だ!何処から聞こえてくるんだ!?」「魔神様を食べた、だと!?スーパーエゴ様をか!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーアレノセイデーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーースベテガーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーシンダーーーー

ーーーヒーーークーーーーーオレーーーー

ーーートーーーニーーーーーノーーーーー

ーーーーーーーーーーースベテーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーースベテコワレテキエテシマッターーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーダーーーオーーースーーーーーーーー

ーーーカーーーレーーーベーーーーーーー

ーーーーラーーーガーーーテーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーオワラセテヤルーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



響いてきた声に、聞き覚えがある者・・・魔王は頭を抑え、赤く染まった包帯の腕を見ながら呟く。


「まさか・・・ダンス・ベルガードなのか?あの怪物が!?」


包帯の腕から、バラバラと包帯が剥がれていく。包帯の中には、誰も見た事の無い真実が渦巻き始めていた。




それは、誰も知らない真実だった。




リンベルも、魔王も、ベルも、ダンスを作った未来人さえも、知らない真実。

 ダンス・ベルガードはクローンである。

 そもそも注射器と試験管から産まれた彼の魂は歪んでいたのだ。

 それは魂は肉から受け継がれなければ形作られない存在であり、肉体から受け継がれた魂ならば親の肉体と同じ姿に成れるが、が彼は魂の無い機械で創られた為に魂を形作る事が出来ない。

 そして人工魂はモノで自身の形を作り上げていくのだ。

 包帯は彼にとって肌の代わりであり、彼の魂の形を構成する存在と成った。

 そして今、デビルズヘイヴン中の悪魔と堕天使の信仰を集めて創られた魔神スーパーエゴを喰らった事で、彼は初めて自分の意志で動き出す事ができるようになったのだ。


包帯の肌で包まれた魂は愚かな民衆を見下ろしていく。怪物達は全員ダンスを見上げて、震え上がるのを感じた。

 魔神を取り込んだ魂は人工物でその姿を作り上げていく。

 そして再び創られたその姿は、


悪魔も堕天使も、誰も知らない人工物で形創られた怪物の姿をしていた。



続くか?続かないか?

誰も知らない怪物だけが、それを知っている。

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