真章6~不伝~怪力乱神御伽噺~騒ぎだす楽園~
門前の魔王から、楽園に住むもの達へ。
今すぐ伝えなければいけない事がある。
あれは我が弟子ダンス・ベルガードと共に楽園(ヘヴン)から地上(ガイア)へ案内し、互いに健全と健闘と健康を祈りながら別れ空を支配する黄金の石が沈むのを見ながら我が楽園(ヘヴン)へ戻る時にあのけたたましい音が聞こえ……。
〜デビルズ・ヘイヴン、国長専用会議室〜
勢い良く扉を開け青い肌の青年が疲れきった表情で入ってくる。
会議室には丸い大きな机が一つあり、それを中心に20人近くの悪魔、堕天使達が座っていた。
青い肌の青年はフラフラした足取りで小さな紙切れを座っている悪魔に渡す。
「ま、魔王の言葉を翻訳……できました……」
「でかした!
1時間かけて良く奴の言うことを理解出来たな!
それで、奴は何て言っていたんだ!?」
「『我等の弟子、ダンス・ベルガードが人間に大怪我をさせられた上、何処かに連れ去られた』です!」
「そ、そうか……短いな」
「ダンスがいれば直ぐに理解出来た文章だったんですけどね…私はこれで失礼します」
青肌の青年はフラフラしながら会議室を去っていく。
残された紙切れに目を向けた後、カエル顔の悪魔クラウンは会議室に語り始めた。
この悪魔、デビルズ・ヘイヴンに来る前は軍の将として戦地に赴き戦い続けた軍人である。
「さて諸君、恐れていた事がおきてしまったようだな」
「……恐れていた事?
ダンスが人間に大怪我をさせられた事が、か?」
「ダンスが人間側の手に堕ちた、という事だ。
そしてそれはそのまま我々が奴等に侵略される脅威になる」
悪魔クラウンの一言は、会議室に座る者達の周囲の温度を奪っていく。
それを払うように声を上げたのはこのデビルズ・ヘイヴンを守る責任を一手に背負う町長、堕天使ベルだ。
長い金髪を揺らしながら立ち上がり、クラウンに抗議する。
「待ちなさい、何故我等の脅威となるのですか?」
「ダンスが人間側に我々の情報を与えている可能性があるからだ。
うっかり人間側に我等の事を話せば、それでこの町はおしまいだ。
なんせ、彼奴はこの中の誰よりも我々について詳しく話せるからな」
クラウンはカエルのようにすべすべで臼緑色の肌を持つ爬虫類のような悪魔だ。
大きな顔の端から端まで裂けた端を上げる。
「これが脅威でなければなんなのだ?
今すぐ人間側に対し報復行動を起こすべきだ」
「早合点にも程があるぞ、クラウン!
ダンスは元々我等の事を話せないように強力な呪いをかけられている!そんなことはあり得ない!」
「ベルよ、貴様が人間の事を信じたがる気持ちは良く分かる。
だが万が一、その呪いを破る方法を知っていたとしたらどうする?
さっきも言った通り、彼奴は誰よりも賢いのだぞ?」
嘲笑気味に反論するその言葉に、ベルは一瞬迷う。
しかしそれを払うように犬の顔をした悪魔ゲソドヴィッヒが発言する。
ゲソドヴィッヒの職業は今も昔もただのパン屋だ。
「待ちなよ、脅威は今抜きにしてもさ、ダンスは大怪我したんだろ?
人間はダンスをどうするつもりなんだ?殺す気か助ける気か分からないじゃないか」
「ふん、そんなの知らんわ。
おおかた、『悪魔に味方する人間は死ね』と考えてる奴等がダンスを攻撃したのだろう?」
「それはないんじゃない?
だって、人間はダンスを連れ去ったんだろ?
殺すつもりならもうそこで殺してる……きっと今もダンスは生きているんだ」
ゲソドヴィッヒは大きな鼻をひくつかせながら会話に参加する。
呑気でありながら否定の無い言葉にベルは一瞬安堵の表情を浮かべ、クラウンは逆に顔をしかめる。
「きっと!きっとか!
きっとで発言するには軽率すぎやしないか、パン屋の悪魔よ!」
「そうかな、カエル顔の悪魔?
今ここで議論すべきはどう戦うべきかではなく、どう探るべきではないかな?
ダンスの命が無事かどうかわからなければ次に何するか決められないよ」
「むう、パン屋の分際で…」
クラウンは不機嫌そうな顔を作るが、それ以上は分が悪いと言葉を続けようとしなかった。
不機嫌になったカエル顔の悪魔の代わりにすぐ横の大きな蜂の姿をした悪魔ベスパが訊ねる。
「ならどうするんだい?
俺達はこんな姿だ、あいつら直ぐに気付くぜ」
「堕天使達は人型に近いんだけど、悪魔以上に情や欲に流されやすいから不安なんだよなぁ」
「む……」
ゲソドヴィッヒの軽率な言葉に眉を潜めるベル。少し空気が重くなり始めた時に提案を入れたのは美男子の堕天使メロンだ。
「はいはーい!
それじゃ、人型に近い悪魔は?
堕天使より動きやすいんでしょ?」
「そんな奴いたかな?」
「アイツはどうだ?ウシロノとショウメンの双子悪魔!」
「それがいい!
アイツラなら人型にそっくりだ!」
「賛成、賛成、賛成!」
悪魔、堕天使達が一斉に賛成し始める。それを聞いた裁判長にして蜘蛛の顔をした悪魔、タランは小槌を降り下ろす。
「それまで!
会議の結果、双子悪魔ウシロノとショウメンにダンスを探させよう!」
パチパチパチパチ、と会議室に座る堕天使と悪魔が拍手をし、少しずつ退出していく。
悪魔クラウンは暫く目を閉じて動かなかったが、やがて「……まだまだ手はある」と一言呟き、立ち上がった。
アタゴリアン・エゴの風穴入口。
魔王はじっと小さな二人の小悪魔を見つめていた。
右側は着物を着た女の子の悪魔ウシロノ。
左側はゴシックドレスを着た男の子の悪魔ショウメンだ。
「本当に貴様達だけで行くつもりなのか?」
「勿論さ、魔王」とショウメン。
「私達だけでダンスを見つけて見せますわ」とウシロノ。
この双子悪魔、見た目は幼い少年少女だが探索と捜索の術を誰よりも知っている。
「「だって僕(私)達、探すのが得意な悪魔だもんね!」」
双子悪魔は楽しそうに笑う。
だが魔王は知らない。この双子こそが最も危険な真実に辿り着いてしまう事を…。
お伽噺は形を変え、知識求める魔法使いを中心に渦巻き始める。
そしてそれに最初に呑まれるのは、若き雌鳥なのだ。
続くか?続かないか?
それは若き雌鳥が知っている。
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