第14話 大人の女性

世話役の黒川さんは滅多に姿を見せない。あのヒロさんで冴え、数えるほどしか会っていない。美琴さん曰く、風俗を経営すると、様々なトラブルが生まれると言った。それは闇の社会が生み出す闇より深い妬みに似た出来事なんだと。秩序を守るためには、その道のプロが存在している。黒川さんは秩序を守るプロであり、鏡さんを裏で守る人でもあった。だから僕の借りたアパートを解約することなんて、女を操るより簡単らしい。それだけ教えてくれた後、美琴さんは最後に付け加えた。


「僕ちゃんが踏み込む領域じゃないの。知らなければ闇はやって来ない。だから僕ちゃんは、ここでの仕事だけを考えていなさい」


要するに、この件に関してはそれ以上聞くなと言うわけだ。僕はそんな風に思った。だから僕は秩序に従って、それ以上は聞かないし、それについては忘れることにした。今は目の前の現実だけを見てればいい。それが僕の辿り着いた、現時点の答えだった。


冬の季節が足元から近寄って、真夜中の道をいつもより凍えそうな光景が忍び寄っていた。今日知り合った女性のマンションへ向かう夜道で、僕はタブーとルールを学んだ。聞くのと聞かされるのは大いに違いがあるように、知らされるのと知ることも違うだろう。だから今日知り合った女性のマンションで居候することも同じ感覚なんだと思えばいい。聞かされて知ったこと。今から起こる現実を素直に従えばいい。それが今の答えなんだ。


美琴さんの歩幅に合わせて歩く。ハイヒールの音だけが夜道に響いては、僕の足音は存在として消えていた。僕より少し背の低い彼女、タイムカードを魅力的に差し込んだ後、解かれる髪の毛。僕が彼女について知ったこと。彼女は仕事が終わると同時に、結んだ髪の毛をほどいた。ポニーテールに結んだ髪の毛は役目を終える。シャー芯をばら撒いたように、黒髪は彼女の肩に覆い被さった。髪を下ろした彼女はチェックのマフラーを首に巻いて、シチューみたいな白いロングコートに赤いハイヒールを履いていた。そんな彼女の姿に、僕は大人の女性なんだと感じた。それは自然に感じた学びという感覚だった。冬の始まりと僕の始まりが、彼女のハイヒールの足音と一緒に歩いた。


「今夜は寒いわね……」と彼女の呟きが耳元に聞こえた。


冬は少しずつ偲びの風を吹いた。

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