22 ティアの道Ⅳ‐対談(3)

 しばらくの間、ティアとトナーは声を発しないまま黙り込んでいた。

 揺らぐ燈火の音さえ聞こえそうな沈黙。その沈黙を破ったのはティアだった。

「私は、シフルの皆の無念を晴らしたい」

 無視することはできない。

 たとえ自分が間違った道に進もうと、タオが見たシフルの惨劇から目を逸らすことはできない。

 ティアが決然と言うと、トナーが椅子から立ち上がった。そのまま一言もティアに声をかけることなく、奥の部屋へと入っていってしまう。

 ――怒らせてしまったのだろうか。

 なんというわからず屋かと、呆れられてしまったのかもしれない。

 その程度の人間だと。

 ――でも。

 自分の心がそうしなければと思うなら、間違っているとも言えないのではないか。

 考えていると、足音がした。しかしティアは自分の考えに集中していたため、トナーがすぐ近くに来るまで気づかず、

「あ――」

 と、あわてて顔を上げると、トナーが手に陶器のカップを持ち、柔和な笑みを浮かべて立っていた。

「どうぞ」

 そう言って、カップを差し出してくる。

「熱いので、ご注意を」

「ありがとうございます」

 ティアは両手でカップを受け取った。

「チャーと呼ばれる茶葉を乾燥させた紅茶の一種です。はじめは苦みを感じるかもしれませんが、飲み慣れると甘さがわかるようになります」

 紅い液体がなみなみと注がれたカップから、白い湯気が立っている。

 おそるおそるティアが紅茶に口をつけると、「どうですか?」と、自分の椅子に座りながらトナーが訊いてきた。

「ちょっと……熱い、です」

 たまらずティアが舌を出すと、トナーはちいさく笑い、

「飲みながら聞いていただいて結構です。ここで思い詰めても仕方がない。気分を落ち着かせたほうが、理解できることも多いでしょう」

 すこし昔話をさせてください、とトナーは話しはじめた。

「昔、シフル卿が幼いあなたを連れてここを訪ねに来てくださった時のことです」

「父上と?」

「はい」

 トナーは微笑む。

「ティアさん――いや、タオ君と言ったほうがいいかな。あなたは覚えてはいないと思います。シフル卿とはかなり長い時間、話し込んでしまい、あなたは退屈で眠そうにしていましたから」

 ティアは苦笑するしかない。

「あなたの御父上は決して饒舌な方ではありませんでしたし、あなたも大人しい子でした。シフル卿はそんなあなたのことを『自分に一番よく似ている』と仰っていました」

「私のことを?」

 ええ、とトナーはうなずき、

「シフル卿はあなたのことをこう評しました。とても優しく、そして感受性が強い子だと。が、どこか気難しいところもあり、けっして短気ではない分、一度へそを曲げるとなかなか機嫌を戻してくれない」

「そんなことを……」

「そして、シフル卿からお聞きしたあなたの話のなかで、決して忘れられない言葉があります」

「……」

「あなたは、驚くほどに無欲な息子だと。他の兄弟たちが、あれが欲しい、これが欲しいとねだるなかで、あなただけは我がままひとつ言わず、まるで遠くを見るような瞳で静かにしていたそうです。それゆえシフル卿はこう思ったそうです――まったく物を欲しがらないこの子が、もし何かを欲しいと言ったのなら、それは絶対に必要なものにちがいない。だから私は、何としてでもそれをこの子に与えてやらなければならない、と」

「父上は、そんなふうに私のことを想ってくれていたのですか……」

「シフル卿は決して子供を甘やかすような性格の方ではないようにお見受けしました。そんな親の口からここまで言わせるのは大したものです。王都にあなたを同行させたのも、卿なりのあなたへのご褒美だったのかもしれません」

 胸に温かいものが込み上げてくる。目頭が熱くなってくるのを、ティアはなんとか堪えた。

「愛情をもって育てられた子は、長じて人の心の痛みがわかるようになる。あなたは特に他者の心に対して敏感のようだ。人を信頼し、また信頼される素質に溢れている」

 ティアは、トナーから視線を逸らさず、ひたすら彼の言葉に耳を傾ける。

「あなたがシフルのために、また、あなた自身のために復讐をしなければならないということは、わかります。私ごときの人間がわかると言うことさえ、おこがましいほどに」

「いえ……」

「ですが、忘れてはいただきたくないこともある。あなたの吸血鬼としての力は、果たしてウラスロ王子を葬るだけに存在している力か、ということです」

「……私が吸血鬼になったのは、復讐のためではないと?」

「そこまでは言いません。ですが、もしあなたがウラスロ王子を亡き者にすることのみに終始するのであれば、むしろ夜しか動くことができない吸血鬼は不都合が多い。単純にウラスロ王子を殺害するだけなら、夜といわず、昼といわず、彼が隙を見せたほんの数分だけ、いや数秒だけ、誰にも悟られず、気取られずに王子に近づく能力にのみ特価させた力で十分です。それだけに全精力を傾け、あとは野となれ山となれ、そのまま朽ち果ててしまえばいい。たしかに吸血鬼にもそういった能力があるようですが、独自のものでもなさそうだ」

 いいですか、とトナーはさらに念押しするように言った。

「なぜ私があえてここまで言うかといえば、私には、吸血鬼の吸血鬼たる能力は、別にあると思えてならないからです。そしてその能力こそ、まさしくティアさんに相応しいと思うからです。イスラさんも、あなたの本質を見抜いている」

「私の、本質……」

 つぶやいたティアに、トナーもまた、瞳にティアを映し続けている。

「ティアさん、あなたは悩み続けなければいけない。人の心を持った吸血鬼であることにこだわり続けるのであれば。吸血鬼の真祖と呼ばれる存在は、それゆえに強大な力を持つ者なのでしょう」

 そして、最後にトナーはこう言った。

「イスラさんがあなたに『よく考えろ』と言ったこと。これについて、私もまったく同感です。そして『考える』とはつまり、あなた自身を考える、ということに他なりません」

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