8 王都前景
峠の関所を越えると、景色が一気に開けた。
「でっけぇー!」
雲ひとつない青空の下、カホカは額に手を当て、遠く王都の街並みを眺めた。昨日からの雨はあがり、太陽はすでに中点を過ぎた位置にあった。
「これが王都かぁ」
高い位置から見下ろす絶景に、カホカは興奮気味に溜息をこぼした。
足元には麦畑をはじめとする三色の農地が拡がっていた。川と海に挟まれた大地は、作物を育てるための絶好の土壌を育んでいる。農夫が馬に輪のついた
その麦畑の中央を割くように、街道が一直線に王都の外門へと続いている。
「街の中にも門がある」
王都ぜんたいが丘になっており、麓の外門から上って中腹あたりに内門が見え隠れしている。
そして丘の上には
「すげー、港まであるんだ」
やや街から南に外れた場所には、こんもりとした森と港が見えた。係留中の商船や軍船に加え、海上にも荷の積み下ろしを待つ多くの船が待機している。
『大したものじゃのう』
イスラの声がカホカの頭に響く。
『そうか、イスラもはじめてなんだっけ?』
カホカが訊くと、『うむ』という声が返ってきた。
「なんか、わくわくするねぇ」
カホカは上機嫌で手綱を取ると、馬を曳きながら再び歩きはじめた。
いま、イスラはカホカの影に潜んでいる。イスラ曰く、
『どうやらティアと同じく、群れの仲間であれば、影に潜みながら会話ができるらしい』
とのことだった。
そのティアはというと――カホカはちらりと馬に繋いだ荷台を見た。
荷台の上に、棺が乗っている。
棺はリュニオスハートの職人たちに作らせた特注品だった。旅立ちに間に合わなかったため、後で馬とともに届けさせたのだ。
黒い棺は太陽の光を遮ることができる。
「どんな夢を見てんだか」
どうせならティアにもこの景色を見せてやりたかったが、すでに彼女は王都を訪れたことがあるのだと思い至る。
「タ……ティアってずっと寝てるみたいだけど、大丈夫なの?」
タオという名は珍しい。万が一、タオを知る者に聞かれると面倒だ、ということで、カホカも『ティア』と呼ぶようにしている。
ちなみに――。
実はタオという名前は通名で、本名がテオドールであることを、カホカは知らなかった。生前、タオはテオドールという名を正式な書面でしか使っていなかったため、知っているのはごく一部の人間だけである。
通名、もしくはあだ名で呼び合うのはこの大陸においてごく一般的な習慣であり、珍しい話ではなかった。
『吸血鬼とはそういうものじゃ。人間が活動するために力が要るのと同様に、吸血鬼も力を消費する。寝ればそれを消費せずにすむ上、ごく微量だが蓄えることもできる』
そう説明するイスラの口調もどことなく眠そうである。
『ふーん』
とカホカは納得するしかない。ティアばっかり寝ていてずるいとは思うが、中途半端に起きては自分の血をばかり飲まれてもかなわない。
『……ね、ねぇ、イスラ』
おそるおそるカホカは声をかける。
『ダメじゃ』
『まだなんにも言ってないじゃん!』
『また
『……』
カホカは黙り込む。図星だった。
『ちょっとくらい……』
『ダメだと言っておろうが』
『ケチ……』
カホカは唇をとがらせた。
『そういえば、吸血鬼は太陽が弱点ってよく言うけど、実際に当たったらどうなるの?』
『死ぬ』
『マジで?』
『……かもしれん』
『どっちなのよ?』
『私も日の光に当たるような間抜けな吸血鬼を見たことがないゆえ、正確には知らぬが……』
『うんうん』
『通常は石になる』
『石?』
うむ、とイスラはうなずいたようだった。
『石というか、日の光が当たった部分を石のように高質化させる。一種の防御反射のようなものじゃな。一瞬なり一部なりであれば問題なかろうが、長時間にわたり全身に浴び続ければ、おそらく石の状態で長い眠りにつくと思われる』
『それは死ぬとはちがうの?』
『だからわからんと言っておる。高質化させるのも、それを解くにも力が要るはずじゃ。体内で力を溜め得る状況ならばいずれ復活する可能性は高いが、そうでなければ外的に力を与えるか、それもできなければ永遠に眠り続けることになろう。それは死んでおることと変わらぬ』
『へぇ』
『あくまで推測じゃ。此奴に当てはまるとは限らぬ』
『ティアは例外なの?』
『それが真祖だと言っておる。種の起源が例外でないと誰が言える? お前たち人間の祖とて、お前とまったく同じとは限らぬだろう』
『まぁ、たしかに……』
『私は此奴に吸血鬼となるよう、促しはした。が、それを選択したのは此奴じゃ。いや、此奴ですらないのかもしれん。――真に解放された真祖の力がどのようなものか、想像もつかぬ』
『あの、洞窟のときみたいな?』
『あんなもの――』
イスラは吐き捨てる。
『赤児がぐずった程度のものじゃ』
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