第二章:縁は運命であり呪いでもあり鎖でもあるが、いずれにしろロクでもねぇ

第39話 頭が吹っ飛ぶ太郎@定期

「おっしビンゴォ! ウチ凄い!」

「ああ。我に実体があればハイタッチでもするところなんだが……」


ビルの屋上にいる狙撃手と観測手は、揃って首を捻る。

目の前で執事が死んだというのに、まったく取り乱さないお嬢様のことは、ひとまず置いておく。

こういう反応も珍しくない。急に発生した惨劇を理解できず、呆然と立ち尽くす者も山ほどいる。


問題なのは、たった今、頭を吹き飛ばしてやった執事の方だ。

倒れず、そのまま立ち尽くしている。体から力が抜けていない。まるで、まだ生きているかのようだった。


そして、理解の外の出来事が起こる。

吹き飛ばした執事の頭が、DVDの巻き戻しのように、元通りに戻っていくのだ。


「ええっ!?」

「……ああ。なるほど。舞子がやられた理由がよくわかったぞ」


驚愕に目を見開いているアナリスとは対照的に、フクダマの反応は冷静そのものだ。

吹き飛ばしたはずの頭は、何事もなかったかのように復活。執事は立ち眩みを振り払うように、軽く首を回す。


「マジで!? 地上人ってあんな能力あるの!? 凄くね!?」

「そんなわけないだろう」


混乱のあまり失言するアナリスに、フクダマは告げる。


「とりあえず今日のところは引き返すぞ。あれを殺すには、ちょっと本格的な準備が必要だ。今の常識的な装備では無理だろう」

「ああーっ……舞子っちならこんなとき、自前の装備を貸してくれるんだけどなー。あの木星原産の寄生植物があれば……」


心底、手痛い失敗をしたとアナリスは唸る。

だがいつまでもそんなことをしている暇もない。すぐに切り替え、スナイパーライフルを分解し、ケースに収納。片付けにかかる。

念のため、薬莢もピンセットで回収する。


十数秒もしない内に引き上げの準備は終わり、あとは撤退するだけとなった。


「クダちん。今日はこのまま引き上げていいんだっけ? 仕事残ってないよね?」

「いや、残ってるわよ?」


口調と声が明らかに変わっていたが、アナリスは気付かずに訊き返す。


「そうだっけ?」

「ここからは私との接待ターイムよ」

「……んっ?」


ケースを床に置いたまま振り返ると、風に服をはためかせる奈良センジが、屋上の中心で仁王立ちしていた。


先ほどまで約一キロメートルも先にいた、あのお嬢様だ。見間違えるはずがない。

夕暮れの中、薄ら笑いを浮かべながら佇んでいる。


「……お、お早いご迎えだね。もっとゆっくりしていればいいのに」


一体何が起こったのか。それを考えている暇はない。

テレポーテーションでも、超高速移動でも、タネはどれでもいい。問題は、今ある装備でセンジとまともな戦闘が行えるか、というところだ。


空笑いを浮かべながら考える。

殺してはいけない相手。

未知数の相手。

今、自分にある遠距離用の装備。


一瞬で答えは出た。


――無理! 逃げる!


「でも今日は接待って気分じゃないんだよね。お先に失礼、サヨナラバイバイ!」


アナリスは素早い動作で懐からを取り出し、ピンを抜いて、投げつけようと振りかぶる。


だが。


「遅いわよ」


その前に、何者かに腕を掴まれ、止められる。

腕を掴むのは、先ほどまで前方にいたはずのセンジだった。今度はアナリスのすぐ傍にいる。


腕を押さえられながら、今度こそアナリスは理解する。

テレポーテーションではなく、超高速移動だ。ほとんど見えなかったが、それだけは辛うじて認識できた。


あまりにも驚異的なスピードだ。

前情報では、護衛として傍についているメイドの方を片付ければ、後は簡単にセンジを確保できるはずだったのだが。


完全に侮っていた。



アナリスは勝ち誇ったように笑う。

センジは不審に思いながらも、最後通告のように淡々と告げた。


「これ手榴弾でしょう? 遠くに投げられないんなら、さっさとピンを戻した方がいいんじゃない?」

「違うよ。ウチはそんな野蛮なものは使わない」


確かにアナリスが握っているそれは、手榴弾に似ている。だが完全に別の物だ。


センジはそれを、遠からず理解するハメになるだろう。どれだけのスピードで動けるのかは知りようがないが、そんなことは関係ない。


「あら?」


センジはやっと自分の体の違和感に気付く。段々と、アナリスの腕を掴む力が弱くなっているのだ。それはまるで『自分の体の中にいる別の誰かが、勝手に体を動かしている』ようだった。


アナリスは、心の中で感謝する。


――ナイス、クダっち。


概念体。別の言い方をすれば、霊体。フクダマがセンジの体に乗り移り、内側から体のコントロールを奪っているのだ。


完全に思いのままに動かすことはできないが、力を奪う程度のことならできる。


今の今までどこに隠れて、センジの霊感から逃れていたのかと思いきや、ずっとアナリスの中にいたらしい。それが腕を拘束された瞬間に、センジの体の方へと乗り換えたのだ。


自由になったアナリスは後ろに下がり、センジを睨む。


「本当は無力化したアンタを攫って、サンディラ・ヌメロニオ、青森舞子の両名との人質交換に使えたらいいなと思うんだけど。下の方には執事がいるし、それ用の準備もしてない。ウチ、無理をするキャラでもないし、ひとまずここは引き分けってことで」


アナリスは手に持っていたそれを床に落とす。

そして床に置いていたガンケースを回収。身を翻して走り出し、屋上から躊躇することなく飛び降りた。


センジはわけが分からないまま、そこに取り残される。未だに力が入らない。高速移動も、できそうになかった。


唯一まだ動かすことができる脳で必死に考える。


手榴弾に似て非なるもの。

あの女の言っていた引き分けの意味。

存在しているだけで都合の悪いセンジを狙撃しなかった理由。


どこからどう考えても、あの女にはセンジを殺すという発想がなかった。


そこまで考えが及んだところで、センジは床に転がるそれの正体に気付く。

非殺傷武器の王道、スタングレネードだ。強い光と音で、周囲の人間の五感を潰す爆弾の一種。


センジは笑う。スバルと手を組んだときから高揚感を覚えていたが、こんなイベントがあるのは予想外だった。


その楽しさは、予想以上のものだった。


「引き分け、ね……いいわ。次に会ったときは私が自ら……!」


爆ぜる閃光と轟音に包まれ、その先の言葉は紡がれることなく消える。

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