第七話「ナイトミスト④」

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 夜の二崎市を歩く。今日は始めから私と神崎カイの二人だ。向かう先にいるのは謎の物知り。一体、どんな人物なのだろうか。


「ねえ、神崎君。その人ってどんな人なの」


 訳知り顔な目の前の男に聞くのが手っ取り早い。そう結論付けて、私は神崎カイに聞いてみた。


「うーん、物知り以外だとなんだろうな」

 しばし唸る神崎カイ。そんなにも掴みどころがないのだろうか。


「得体が知れない感じ?」

「うんまあ、そういうところもある」


 どうもそれだけではない模様。なんというか彼は彼でうまく言葉に表せないようだ。


「難しい人なのね。それとも遠慮してるとか? 物知りってことは年上だったりする?」


 というかコイツがばっさり言わないとか逆にヘンな気がする。となると、結構年配の方なのかもしれない。コイツは恐らく、年上には敬意を抱くタイプだ。あまり悪く言わないように思える。――などと考察したのだが、神崎カイはこちらに一瞬視線を向けた後こう言い放った。


「なんで年配だと思った? むしろ年下なんだけど」

「は?」

「そういう能力なの。オッケー?」


 そういう能力って……めちゃくちゃすぎる。最早暴論だ。私も一応同類ではあるが、それにしたって『物知り』が能力とはどういうことなのだろうか。……この、ポエムナイトの情報が全然出ていない状況で助けになるレベルの能力ということはつまり――


「もしかして全知全能レベルの物知りだったりする……?」

「よくわかったな。全く以ってその通り」


 ――そういうことだった。やはりめちゃくちゃだ。そんなの、その人一人でなんでも解決してしまえるのではなかろうか。

 そんな私の疑問は想定内だったようで、神崎カイは聞いてもいないのにほしかった情報を語り出した。


「といっても、本人に戦闘能力はない。彼女はただ〝視る〟だけだからな」

「視る――だけ?」

「そう、視るだけ。彼女は現状から始まりと終わりを観測しているだけだからな」

「…………な」


 それは、それだけでも十分とんでもない能力なのではなかろうか。だというのにコイツはそれを然程脅威だと感じていないようだ。どうしてなのだろうか。


「……風宮さん、すごく考え込んでいるみたいだけど、どうしたの?」

「そりゃあ、視るだけとはいえ全知ってレベルなんだから。そんな人をほっといて大丈夫なワケ?」

「ああそこ? 大丈夫だよ。聞き分けのいい子だから。俺が話すまでもなく理解していたから」

「ああ……道徳観はしっかりあると」

「道徳観というか秩序には従うというべきかな――と。着いた」


 神崎カイの指さす先を見ると、そこそこ大きな武家屋敷があった。ここが目的地のようだ。


「じゃあ家の人に挨拶してくるから、ちょっと待ってて」

 そう言って神崎カイは、門の中へと入っていった。


 二分後。神崎カイが戻ってきた。


「じゃあ行こうか」

 促される。家の人が来ないということは、コイツ、割と信用されているのだろうか。


 敷地内を歩くこと三分。小さな和風家屋が目の前に現れた。明かりがついている。


「ここにいるのね」

 ああ、と神崎カイは首肯する。そして玄関の鍵が開けられた。


「じゃあ、入って」

 何故か先に入れられる。そういう決まりなのだろうか。


「私が先に入らないとダメな感じ?」

「いや、そんなことはない」

「……? だったらどうして」

「俺、苦手なんだよ。アカリちゃんのこと」

「…………」


 少女の名前はアカリというのか。――じゃなくて。コイツにも苦手な人とかいたのか。マジかよ。


「まあいいわ。そういうことなら先に入るわね」

「ああ。助かる」

 というワケで、私がふすまを開けて先にアカリという少女のいる部屋に入った。


「おじゃましまーす……」

 何故か豆電球しかついていない和室だった。窓は開いており、大きな月が部屋を照らしている。――そして、部屋の中央に小さな人影があった。


「こんばんは、そしてようこそ。――聞きたいのは月? それとも正体?」


 そこにいたのは、まだ年端も行かぬような少女。声もまだ幼い。だが、その物言いは達観しきっているようにも感じられる。長く伸ばした黒髪は、座り込んでいるとはいえ畳にまで届くほどだ。……ちなみに前髪は水平に切りそろえられている。要するにぱっつんヘアーだ。


 それはそれとして。


「ねえ、神崎君――今のどういう意味? 全然分かんないんだけど」

 小声で尋ねる。月とか正体とか正直なんのこっちゃさっぱりである。


「それには同感。けど、どちらも確実に俺たちの聞きたいことのはずだ。アカリちゃん、邪魔だけはしないんだ」


 やはり小声で返される。今の言に偽りはないのだろう。何しろコイツは言葉の真贋が判別できる。神崎カイに嘘は言えないのだ。嘘をついても心を見られればすぐにわかってしまう。そのことは、実際に体感した私はもちろん知っているし、何でも知っているという目の前の少女ももちろん理解していることだろう。


「……ちなみに、『正体』の方はわかるんじゃないかな」

「え……――あ、騎士のか」

「せいかーい」


 アカリちゃんから直々に正解のお達しが出た。一安心。

 と。神崎カイが前に出た。ずいっと。


「……それで、アカリちゃん。さっきの『月』とは何のことなんだ。『正体』は理解できるけど月の方がよくわからない」


 いきなり本題に入り出す。一々来た理由を話す必要がない、ということなのか。


「うん。予想通りの、それはもう実に模範的な返答だね。――でもそっちを聞いちゃっていいの? 正体を聞いた方が手っ取り早いんだけど」

「それじゃあ面白くない。あらゆる手助けを受けつつも自分で答えを掴み取るのと、いきなり答えを渡されるのとでは達成感が全くもって全然違う」

「あー、ごめんなさい。私、この能力を押し付けられてからどうもその辺のデリカシーが欠けちゃって――気を悪くしないで欲しいな、カイさん」

「いつものことだろアカリちゃん。……で、とにかく俺は『月』の方を聞きたい」


 瞬時に仕事モード(取材モードか?)へと移行する神崎カイ。苦手と言っていた割にはしっかり芯を通しているあたり流石と言える。


「もう、可愛げがないよカイさん――でもいいよ、教えてあげる。メモした方がいいよ」

「承知」


 そう言って、神崎カイはメモ帳を取り出す。ハンディサイズだ。実に用意がいい。さすがは新聞部だ。


「じゃあいくね――――一月五日、二月四日、三月六日、四月四日、五月四日、六月三日、七月二日、七月三十一日、八月三十日、九月二十八日。おわりー。ちなみに次は十月二十七日だよ」


 などと、ずらーっと日付が並べられた。これはいったい何なのだろうか。私にはさっぱりだ。


「風宮さん、メモ見る?」

「ええ、是非!」


 神崎カイのメモ帳を横から見る。……何らかの規則性がありそうなのだが、七月だけ二回登場している。そして二つ目の七月から先は月初めではなく月末ばかりだ。どうしてここで――


「ねえ神崎君。どうして七月から日付がこんなにもズレたんだろ」


 とりあえず聞いてみることにした。なんとなくだが、私は既に間違った螺旋に足を踏み入れてしまっているような気がしたからだ。難しく言ってみたが、要は問題の意図を勘違いしてそのままスパイラルに飲まれてしまったのではないか……と。そういった意味である。


「……着眼点はそこじゃない。アカリちゃんが次の日付を指定している時点で、これにはしっかりとした法則がある。だからズレを気にするよりも、にこそ注目するべきだ」

「はぁ」


 中身のない声を出すしかなかった。私としてはズレの方が気になるのだが、この数字の並びにおける大事なポイントはそこではないようだ。


「ま、一日考えてみたらどうかな」

「ゑ?」


 特に理由はなかったが、ワ行の方の『え』すなわち『ゑ』で返してしまった。本当に特に理由はなかったのだが、とにかく急に宿題にされてなんでやねんみたいな、そういう気持ちになったのだ。


「うわぁ。いじわるはよくないよカイさん」

 アカリちゃんにさえ非難されている。それでいいのか神崎カイ。


「いやいや、風宮さんは聞いてくるのが早い。こういうのはもう少しだけでいいからじっくり考えた方が面白い」

「一応聞くけど、神崎君はわかってるのよね?」

 その、正解を。


「当然。現時点で次を確実に予測できるとなると、答えは絞れるからな」

「さすがね……」


 悔しいがこういうジャンルは神崎カイに一日の長がある。明日には教えてくれるようなので、あまり凝り固まらずにリラックスして考えてみることにしよう。

 ――さて、今夜は少し長くなりそうだ。

 などと、割と帰る気満々でいた私だったのだが。


「となるとアカリちゃん。俺は一か月暇になってしまったんだろうか」

「このまま何もしなかったらねー。……でもそんなわけないよね。どうせ自分で色々調べるだろうし」

「確定事項だろ、それ?」

「うん。でも何を調べるかにもよるし……一番効率のいい可能性、聞きたい?」

「ああ。是非に。どうせどれも俺ならやりそうなんだろ? なら効率いいやつを選びたい」

「おっけー」

「ああ、まだやるんだ」

 どうも、二人の話はまだ続いていたようだ。


「そうだね、ムネナガさんなら色々調べてくれてるよ」

「ムネナガか。ありがとう、アイツならきっと助けになってくれるだろうな」

「うん。じゃあ眠いしそろそろ寝るね。カイさん鍵閉めといてね」

「了解しました」


 時刻は午後十時。就寝時間は完全に年相応だ。

 ……それにしてもとんでもない信頼っぷりだ。それもお互いに、ときた。これは足しげく通っているに違いない。もしかしてロリコンなのでは?

 いやいやそんなまさか。さすがにそれはないよね。

 実際、ふすまを閉じる神崎カイの表情は淡々としたそれだ。表情は終始柔らかめだったので子供は好きなのかもしれないが。


 ――と、再度ふすまが開いたのは閉めてから五秒後のことであった。何事だ。


「ん、どうしたんだアカリちゃん」

 部屋から出てきたアカリちゃんは眠気を耐えているのか目をごしごし擦り続けている。目が荒れないといいのだが。


「私が寝るまで一緒に寝て?」


 荒れてほしくないので言ってあげようか、と思った矢先のことだった。


「おー、いいよ」

「やったー! 大好きカイさん!」


 ――――ああ、理解した。

 コイツがロリコンではないのだ。

 アカリちゃんがコイツのことを大好きなのだ……!


「罪な男ね」

「あのな、手は出さないしアカリちゃんもそれは分かってるぞ」

「カイさんのそういうとこは嫌いだなー」

 アカリちゃんと目が合う。そして笑い合う。少しだけ仲良くなれた。


「耳に痛いな……」

 平静を装いつつも割とタジタジな神崎カイ。こやつ意外と弱点が多いようだ。それがわかっただけでも今夜は儲けものとしよう。




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