フェイク・ユートピア

澄岡京樹

第一章「ナイトレイド・パレード」

第一話「ナイトパレード①」




0/


 夜の街は、昼とは違う顔をする。活気のいい駅前は、そのほとんどが店を閉め、ネオン街に早変わり。その商店街から徐々に活気を奪いつつある大型スーパーは、影絵の城に様変わり。正直、子どもの頃ならちびってた。

 そして私は、そんなお城の大迷宮、立体駐車場に忍び込む。ここなら、落ち着いて食事ができるからだ。


「あー、お腹すいた」


 テーブルクロス……ではなくビニールシートを展開する。だって血とか残ったら面倒だし。テーブルクロスじゃ小さすぎるし。そしてその中に包まっていたそれをまた包まないといけないし。


「うーん、でもかさばるよね、どうしても」


 それは重いし持ちにくいし食べ物としてはホントに駄目。かといってこれの携帯食料とか出たらそれはそれで大問題。倫理的にヤバイ。


「そんなことになったらさすがに世も末だわ」


 そう言って私は視線を落とす――そこにあるのは人の形。といっても既に機能は停止している。……要は死体である。新鮮な、死にたてほやほやの。


「まあそもそも、出たところでいらないんだけどね」


 私は食人家カニバリストではない。食人なんて、そんな趣味はない。


「うん、くやしいけど――――すごくおいしいのよね」


 私はただ啜るだけ。頚動脈を掻っ切って。

 その真っ赤なモノを啜るだけ。




 ――そう、私は。

 不本意ながら吸血鬼になってしまったのだ。




1/

 

 子供のころ――確か、三歳だった――家に強盗が入った。その時、家には自分だけがいて、そいつらさえ来なければドキドキながらも誇らしげになれる、そんな初めての留守番になっていた事だろう、と思える。

……まったく、今思い出しても腹立たしい。なんだってよりにもよってあの日に来たのだろう。来るにしたって、もう少し、こう、なんというかタイミングというものがあると思う。まったくもって遺憾である。……しかも、その強盗野郎はふざけたことに捕まっていない。明確な悪意をもって人の家に侵入しておいてそれはない。あんまりだ。……でもまあ、だからこそ今の俺があるわけなので、ちょっと複雑な心境ではある。


 ――――ちょう


 とはいえムカつくのも確かだ。あの強盗野郎、純粋無垢だった俺の心を今の好奇心旺盛な冷血漢などという意味不明な二つ名を持つ状態に変えやがって。好奇心旺盛はいいのだが、冷血漢というのが納得いかん。誠に遺憾。


 ――ぶ――ょう


 大体、俺のどこら辺が冷血漢だというのか。俺は誰よりも情熱的な男だと自負しているのだが。だというのに何故、みんなして俺のことを冷血漢などと呼ぶのか。酷い話だまったく。


 ――ぶちょう


 ――ん? ぶちょう? なんだ? 幻聴かと思ったが、どうやら違うらしい。……というか、『ぶちょう』とはつまり――――


「部長! 無視しないでくださいよ!」

「ああ、俺のことか」


 割と不本意だったのだが、俺は新聞部の部長になってしまったのである。




 午後四時三十分。空が微妙に赤くなってきた頃、俺たちは学校を出発して住宅街を歩いていた。


「まったくもー、さっきのはひどいですよ先輩ー。ずーっと私が呼んでたのに無視なんてー」


 ぶー、と頬を膨らませる後輩らしき生物。名を穂村原ほむらはらほむらと言う。セミロングの髪型で、どこか快活そうな印象を受けるのだが、その実妙にジットリしつこい性格なので残念である。


「あのな、ほむら。俺は考え事をしていたの。そんな時に声だけかけられても気づかん。気づいて欲しいんなら肩でも叩いてくれ」


 面倒なのできっちりと理由を述べる。これはこれで面倒だが、これが一番手軽なのだから困る。

 ――なんというか彼女は、生粋のジャーナリストなのだ。


「むー、私の声すら聞こえなくなるほどの事となると、きっとただ事ではないのでしょう。――というわけで部長、その内容教えていただけますか――――ぐふっ⁉」


 とりあえず頭をはたく。身長差二十センチ。この状況で負ける要素など微塵も無かった。


「うぅぅー、相変わらず容赦ねーです……。どうしてこう、すぐ手を出すんですかー。私わかんねえですよ……」

「あのなぁ。俺にだってプライバシーってのがあるんだわ。一々掘り返さないでくんない?」


 まったく。その探究心は我が新聞部には不可欠だが、身内にまで向けてしまうのはやめていただきたいものだ。そのうち黒咲あたりが犠牲になりそうだ。たとえば『今月の黒咲』とか言うタイトルのパンツ写真集とか。ほむらならやりかねん。やめようね。


「ていうか先輩」

「ん?」


 再び調子を取り戻す後輩。うむ、立ち直りが早いのは良いことだ。


「掘り返すなって言いますけど、今私たちがやろうとしている事ってモロそれですよね」

「――――それもそうだな」


 そういえばそうだったと頭をかく。なにしろ俺とほむらは今、思いっきり削岩作業に入っていたのだ。……ただし、そのままの意味ではない。この場合の『岩』というのは『記録』のことである。……そう、この土地の。


「つーかもう九月なんですけど。なんでまた今更七不思議なんて調べるんですか? こういうのってどっちかっていうと七月じゃないでしょうか」


 ほむらがぼやく。まあ気持ちは分かる。俺だって不本意だ。こうなったのも全て、とおるのせいだ。……いやまあ、むしろ新聞の内容は充実しましたけど。正直、あるかどうか不明瞭だった学校の七不思議よりはリアリティ溢れる記事になりましたよ、ええ。

 ――ていうかそもそも、


「俺がいつ、七不思議を調べるなんて言ったよ」

「え、違うんですか」

「そもそも校外出てるだろ。俺が今調べてんのは都市伝説の方だよ」


 ……そう、都市伝説。ここ『二崎市ふたつざきし』に存在する不可思議な噂。それを俺は調べているのだ。


「うへぇ、七不思議かと早とちりしてました。一個あるじゃないですか。校外にまで波及するやつ」

「ああ。『正解おじさん』だろ? アレはいいだろ、もう」


 解決した事柄だし、何より記事にしづらい。アレはもう、正体が鮮明になってしまったのだから。


「今アレを書いてもダメなんだよ、風化したというか――どうしても嘘くさくなっちまう」

「確かに、それもそうですねぇ。あのコーナーって憶測交じりの方がおもしろいですし、そもそもそういう趣向ですし」

「そういうこった。だからアレはいいのさ」


 憶測という名のメッキがはがれた今、アレは真実でしかない。『セイカイに至れ……セイカイに……』なんてささやき続ける謎の人物のままであったのならよかったのだが、俺はその正体を知ってしまった。知ってしまうと、ありのままの姿を書くのは難しかったのだ。なんというか気が引ける。――まあ、この話については、今はいいだろう。最優先事項はそちらではない。


「それで先輩。今日はいったい何を調べるんですか? 都市伝説といっても、結構ありますし」


 ほむらの言う通り、二崎市には奇妙な噂が妙に多い。正解おじさんを始めとして、やたらとバリエーション豊かなのである。例えば『霧の夜の西洋騎士ナイトミスト』。深夜に二崎市を徘徊するという謎の西洋騎士で、目撃者に危害を加えたという話は聞かないが、翌日、そいつが立っていた場所には必ず血痕があるという。しかもその西洋騎士さんが変な霧を出しやがるもんだから、目撃者は騎士も帰り道も見失うなんてひどい目にあう。同情を禁じ得ない。ただ興味は湧く。実物を見てみたいランキング(俺調べ)で毎回上位に食い込んでくる――が。そいつの出現は不定期で、いつ出てくるのかなんて法則は掴めていない。よって今回はスルー。……では、そんな西洋騎士さんを押しのけて調査対象になったのは何かというと――――


「んー、吸血鬼」

「なにそれーーーーー!?」


 この通り、リサーチ好きのほむらさんですら知らない都市伝説であった。


2/


「――え。なあ黒咲、神崎のヤツってばもう出発したのか」


 新聞部の部室にて、まさか、と言わんばかりの表情で崎下徹さきしたとおるは硬直していた。前髪で隠れていない左目にはツインテールの少女が映っている。そちらはそちらで、割と切迫した顔つきをしているように見える。


「……ええ。どうもほむらちゃんと一緒にもう出ちゃったようなんです」


 ツインテールの少女――黒咲愛くろさきあいの顔つきは尚も険しくなる。なんというか、焦りに焦ってその場で空ぶかしし続けるマニュアル車の様な状況だ。

 それを部室の奥から眺めていた坊主頭の男子が口を開いた。


「おう。ここに来るまでにすれ違ったんで聞いといたんよ。ガハハ」

「ガハハ。じゃぁねーよ高杉ィーーッ! なんでっ! あいつらだけでっ! 行かせたんだよォッ! 危なすぎんだろ! 主にアイツらの行動が!!」


 崎下は、それはもう見事なまでのヘッドバンギングを見せつけながらシャウトする。ちなみに今はゼーハーゼーハー息を切らしている。


「えー、大丈夫じゃね? お前ら心配しすぎな実際。俺がカイと何年の付き合いだと思ってんだ。別にどーってことねーよ」


 そんな崎下の全力抗議なぞどこ吹く風と、坊主頭こと高杉宗永たかすぎむねながは軽く返す。


「いいえ気楽すぎです高杉くん! カ――あの二人に万が一何かあってからじゃ遅いんですよ!? どうするんですか何か想定外の異常エネミーとかと遭遇していたら!!」

「うん、重い。崎下も結構アレだけどよ、黒咲、お前はさらに重い。重すぎる。ブラックホールぐらい重いぜ」 

「――! ブラックホールぐらい重い……って…………ひどい――」


 ――瞬間、微妙に気まずくなる部室。なんだかんだで高杉だって紳士である。さすがに女性が目に涙を溜めだしたのなら沈黙せざるを得ない。そしてアタフタしだす。そのあたりはあまり紳士ではない。そして崎下は、目のやり場に困って棚の上部に置かれた段ボールに視線を移している。顔立ちは整っているがいわゆるイケメンなのだが、その実、あまり女性慣れはしていないのだ。意外である。


 尚も緊張していく空気。一秒ごとに張りつめられていき、最早呼吸すらままならなくなっていく。嗚呼、数秒前の口論がはるか昔に思える。そう崎下と高杉は感じていることであろう。軽いジョークのつもりだった。なんだかんだで笑いでオチがつくと思っていた……と、彼らはそう思っていたのだろう。それがよもやこのような事態に陥るとは。後悔した。そして謝りたかった。この世のすべてではなく目の前の彼女に。だがもう遅い。彼女は深く傷ついてしまった。もう、遅かったのだ。……ただただ高まっていく緊張感。それはもう、誰にも止められな


「せめて生き物で例えてよ!!!!!!」

「「「え?」」」


 ――――え? 怒るところそこ……?




3/


「まずここで妙な残留物を見つけたんだよ」


 駅前の月極駐車場にて、俺はほむらに説明する。止めてある車はまばらで、ビルの影に隠れる立地のため少しばかり物淋しい。


「うーん、それで、その残留思念さんはなんて呟いてらしたんです?」


 駐車場をざっと見て回った後、ほむらが手掛かりを探るかのように周囲をきょろきょろ見渡しつつ聞いてきた。


「ああ、『襲われた。誰なの?』程度だったな。後は同一人物と思しき残留思念とか、似たようなケースの残留思念が近場にないか探して回ってるわけだ」


 そして、大方潜伏場所らしき所は特定できた。とも伝える。それにほむらは「うーむ」などと唸り声で応えて、


「にしても先輩。吸血鬼の記録なんて、よく見つけましたね。暇なんですか?」


 暇て。何故か煽ってきた。どうも特ダネを先に見つけられて悔しいようだククク。


「暇ってわけじゃ……ないとも言い切れんけど。まあそのなんだ、件の西洋騎士を探っていたらたまたま見つけちゃった的なアレだ」


「うわ、先輩そういうラッキースケベ的なやつ多いですよね。羨ましいです」


 別にラッキースケベの類のものとは思わないが、好奇心旺盛な俺としては、こういう体質? は非常にありがたい。


「それで先輩。潜伏場所は分かったんですよね。それなのにどうして、またここに来たんですか?」


 ほむらの疑問はもっともだ。俺は町中を探して回って、そして吸血を行っている場所を発見した。だというのにそこに向かわないのはおかしな話だ。それは俺自身も重々承知している。……しかし。


「そこは逆に人が多いんだ。だからお前に記録を見せられない。どうしても見たいのなら夜しかないんだよ」

「え、なんなんですかそこ。確かに吸血鬼さんが血を吸うにはちょうどいいかもしれませんけど、昼間は人がいて、そのくせ夜は侵入できるような場所って……うーん、学校? なんか最近、一人行方不明になってたじゃないですか。確か先輩と同学年の風宮明美かぜみやあけみ先輩。……もしやあれも吸血鬼事件だったりして――」

「その線も一応考えたが、吸血鬼といえば太陽に弱いっていう致命的な弱点があるだろ? 実際、昼間に襲われたという記録はどこにもなかった。夜しか行動できないと考えていいだろうさ。それに、夜の学校は門からの侵入はともかく昇降口から先は入れない。鍵がかかっているからな。基本的には。ついでに学校にもそういう残留思念は無かった」


 風宮さんについても余裕があれば調べてみよう、とも付け足す。


「うーん。となるとどこかなぁ」


 再び唸り出す後輩。……今のうちに布石を打っておこうか。

 俺はポケットからスマートフォンをとりだし、友人の高杉に電話をかけた。


 数秒後。


「先輩、もしかして――」


 ほむらが唸るのを止めて聞いてきた。


「ああ。超人には超人だ」


 まあ超人というには語弊があるのだが、そういうノリだったので別にいいだろう。あの人も、そういうの好きだろうし。




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