清楚系ビッチ妹のデレ期はうれしくない

かごめごめ

♡第1章♡

また妹に彼氏ができた


 九月一日。

 夏休み中の不規則な生活が祟って、久々の学校は終始眠気との闘いだった。

 なので、帰宅した俺はまっすぐに妹の部屋へと向かった。

 妹はまだ帰ってきてないようだ。

 俺は妹のベッドに背中から大の字で倒れこみ、そのまま眠りについた。



 ――どうぞ、あがって……くん

 ――ここが……ちゃんの家かぁ


 遠くからかすかに聞こえてくる話し声に、俺は薄目を開けた。

 どうやら妹が帰ってきたらしい。


 ――はは、……ちゃんの部屋にお邪魔できるなんて、夢みたいだぜ

 ――もう、……くんってば、大げさなんだから


 この声は妹――芳乃よしのと、

 …………もう一人の男の声は、誰だ?

 みなとか?

 いや、あいつと芳乃はもう別れたんだった。一緒に帰ってくるわけないか……

 俺は伸びをしながら、まだ半分眠っている頭で思考をめぐらせる。

 湊じゃないとすれば……

 考えているうちに、話し声はだんだんとこちらに近づいてくる。

 彼女たちが向かう先は、


「ここがわたしの部屋だよ♡」


 か?

 ガチャ。

 目の前の扉が開かれる。

 入ってきたのは、この部屋のあるじ――俺の二つ下の妹、相沢あいざわ芳乃。

 くりっとした大きな目に長い睫毛、きれいな桜色の唇。とんでもなく整ったその顔立ちが、正真正銘の“すっぴん”だというのだから驚きだ。俺と血が繋がっているだけのことはある。

 なによりも目を引くのは、漆黒のロングヘアー。きめ細かでつややかで、一目見て完璧な手入れがなされているのだとわかる。ここだけの話、触り心地も申し分ない。


 デレデレに緩みきった顔をしていた芳乃は、俺と目が合った瞬間、凍りついた。


 そして芳乃は、肩をぷるぷると震わせ、

「…………出て行って」

 邪魔者を見るような冷たい視線を、俺に向けた。

「どしたん芳乃ちゃん、入口で急に立ち止まったりして? つか入るよ? いいよね? んじゃお邪魔しまーっ……え?」

 芳乃を押し退けるようにして入ってきた男は、ベッドに横たわる俺を見て、目を丸くした。

 茶髪の、いかにも軽薄そうな男だ。顔はまぁ、そこそこか。

「……いやいや。芳乃ちゃん、誰よそれ? まさかの二股?」

 俺を芳乃の彼氏とでも思ったのか、男は声に不機嫌さをにじませ、芳乃を問い詰める。

 芳乃は取り繕った笑みを浮かべ、

「ち、違うよシュンくん? シュンくん勘違いしてる。だってこの人、わたしの兄だから」

「兄貴ぃ? なんで兄貴が芳乃ちゃんの部屋にいるんだ? しかもベッドの上って」

「そっ、それは……ごめんねシュンくん、ちょっとだけ待ってて? すぐ戻るから」

 芳乃はつかつかとベッドに歩み寄り、ガシッと俺の腕を掴んだ。

「来て」

「引っ張るな、痛い」

「早く!」

 俺は芳乃に手を引かれながら部屋を出た。


 リビングまで来たところで、芳乃はようやく立ち止まる。

 解放された腕をさすりながら、俺は芳乃の背中に声をかけた。

「よかったな、彼氏できて」

 芳乃は返事の代わりに、


「はぁぁぁぁぁぁ〜っ……」


 深い深い、溜息をついた。

 そしてぽつりと一言。


「最っ悪」


 振り返った芳乃は、俺を睨んでいた。

「どう責任取ってくれるの」

「なにが」

「せっかく……新しい彼氏できたのに! おに――あんたが部屋にいたせいで変な誤解されちゃったじゃん! これでもし……振られたりしたらっ」

「ただの誤解なんだから、すぐ解けるだろ」

「うるさい! 誤解が解けたら解けたで、『芳乃ちゃんって、我が物顔で妹の部屋で寝るような変態兄貴がいるんだ……』って気持ち悪がられるかもしれないでしょ! それが原因で振られちゃったらどうしてくれるの!」

「知るか。俺のせいじゃない」

 だいたいなんだよ、変態兄貴って。

 俺はただ、妹の部屋で気持ちよく寝てただけなのに。

 甚だ心外だ。

「あぁもう、とにかく!」

 有無を言わせぬ強い口調で、芳乃は言った。


「もう二度と、わたしの部屋に立ち入らないで」


「はあ。元から、それで一向に構わないんだけどな」

「それから、シュンくんが遊びに来てるときは、外出てて。邪魔」

「……部屋に引っこんでればいいんだろ?」

「駄目。絶対に家から出て」

「…………」

 まあ、いいけど。

 俺は無言で玄関に向かう。

 扉の前で、振り向かずに訊いた。


「彼氏ができたら、俺はお役御免ってわけか?」


 返ってきたのは冷笑と、

「最初っから、必要としてなんかいないから。ちょっと妹に頼られたくらいで、いい気にならないで」

 そんな言葉だった。



 ――それから一週間後の、夜。

 俺と芳乃は、同じベッドの上にいた。

「んん……お兄ちゃぁん……」

 芳乃は甘えるような声を発しながら、枕となった俺の腕に頬ずりしている。

 俺は自由なほうの手で頭を撫でてやった。

「あっ、それ好き……もっと撫でて……」


 なぜ、こんなことになっているのか?

 事の始まりは、夏休みまで遡る――。

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