後半

武田

≪俺な、いじめられる側にも問題があると思うんだよな。

 いじめで自殺のニュースがあると、つくつぐ思うんだ。

『苦しかったのかもしれねえけれど、自殺して馬鹿だなー』って。

 ガチで助かりたいんだったらさ、変なプライドなんか全部捨てて誰かに助けを求めりゃいいのにって、毎回思う。誰一人味方がいないなんて絶対ありえねえって!

 何か、必死に耐えちゃってるし。

 苦しい現実に必死に耐えてる自分(笑)みたいな。

 そんなことしたって、辛いのは自分だけだし、絶対に助かりっこねえのに≫


タツヤさん

≪武田さん≫


武田

≪……あ? あぁ、話ズレてたわ。ごめん。

 まあ、その……美夜子は、そんなことなかったけどな。

 アイツは俺の嫌がらせなんか気にも掛けてなかった。

 だって、アイツには何の被害もなかったんだから≫


タツヤさん

≪どういう意味?≫


武田

≪川崎 美雨、知ってるよな?≫


タツヤさん

≪もちろん。この前、話を聞いたから≫


武田

≪アイツから、さんざん美夜子の素晴らしさを聞かされたんじゃないか?

 アイツは……川崎は、美夜子を信仰していたからな。

 いつも美夜子の傍にいて、美夜子の言葉を一言一句聞き逃さないようにして、美夜子の言動、動作の細かいところまで感動していたんだから。

 魅了されていたというより、熱に浮かされていたな。異常だったよ。


 そんな川崎が、美夜子の一大ピンチを見逃すはずがなかった。


 俺が、教科書やノートを破ったり、落書きをしたり。

 筆箱や上履きを隠したり、捨てたり。

 そうすれば、すぐに自分の物を貸し与えていた。

 美夜子が貸してくれって言ったわけじゃないぜ? 全部、川崎の自己判断だ。

 あんなに必死になってたのは……からじゃないかって、俺は思ってる。


 いくら話すようになったと言っても、ただのクラスメートだし。

 ……アイツがクラスメートと思っていたかどうかも疑わしいけれどな。

 美夜子は、担任にさえも愛想笑いすら見せなかったんだから。

 あれだけ尽くしていた川崎も、他の奴等と変わらない扱いだったし≫


タツヤさん

≪……え? だって、川崎さんは美夜子と親友だったって言ってたけれど?

 《レイン》というアダ名も貰えたって≫


武田

≪はあ? ……そうだ。美夜子は他人を変に呼ぶんだった。

 いや、変にっていうか男でも女でも〝くん付け〟だからな。

 川崎が美夜子の親友? そんなの、アイツの思い込みだろ?

 アイツ、ただ雨傘を貸しただけで『友達になった!』って周りに触れまわっていたんだから。アダ名だって、本当に貰えたかどうか……怪しいもんだぜ。

 美夜子がアダ名で呼ぶほど仲が良かったのは、たったの二人だけらしい。

 よく知らねえけれど、隣のクラスに幼馴染がいたらしい≫


タツヤさん

≪ああ。……それで、美夜子への嫌がらせは失敗に終わった、と≫


武田

≪……そうだ。

 アイツ、美夜子は何をされても泣かなかった。怒りもしなかった。

 当時、結構やりすぎなぐらい粘着的に嫌がらせをしたのに美夜子は、無言で肩をすくめたり、当たり前のように片づけたり……それだけ。

 だから先生に言いつけるとか、思いついてもいなかったんじゃないか?


 そういう態度もムカついたし、ぶっちゃけ不気味だった。


 どんだけやっても、学校が嫌になって不登校になりそうもなかったから、俺はどうしたらいいんだか途方に暮れていた。俺に出来たのは、卑劣に陰でこっそりやる嫌がらせくらいで、美夜子に直接何かをするなんて思いつかなかった。


 ……いや、美夜子が可哀想だから考えつかなかった訳じゃないぜ?

 もし、直接アイツに何かしたら……俺の身に何かしらの危険が返ってくるんじゃないか……そう幼いながらも直感で察していたのかもしれない。


 だから気を付けていたのに、俺は、あの日にやっちまったんだ。



 ある日、男女混合でドッチボールをしたんだ。

 体育の時間は見学をすることが多かった美夜子が、あの日は珍しく試合に参加していて……アイツ意外と強かったんだ。

 美夜子一人で、何人もボールを当ててた。

 外野はボールを回して貰えなかったのに、怒るどころか応援してた。


 俺は、美夜子とは敵対するチームにいて、最後まで何とか生き残ってたんだけれど美夜子が、先生の指示でボールを外野の人へ回そうとして、高く投げたボールを俺が取ったんだ。


 そしたら……もう美夜子に当てられた皆から、ものすっげえ応援されて。

 こんなに人に注目されるなんて、今までなかったから俺、緊張して。

 ボール持ったまま、なかなか投げられなかったんだよ。


 そうしたら……美夜子は、目の前に立つ俺に向かってニヤリと不敵に笑ったんだよ。いや、あれは笑ったというより……顔を歪めたんだ。

 目が全然、笑ってなかった。大きな目の奥には光なんかなくて、暗くて深い闇みたいな黒い瞳で……俺をじっと睨んでいたんだ。


 そして、おもむろに笑い出したんだ。金属音のような、嫌な笑い声だった。

 鼓膜が、まるで何本も刃物を突き立てられているみたいに、痛くて痛くて。


 もう、その時、俺は怖くて怖くて仕方なかったんだ。美夜子という存在が。

 理解不能な存在が、当たり前に目の前に存在する恐怖……わかるか?

 今すぐ逃げ出したいくらいだった。でも、怯える気持ちとは裏腹に、恐怖で身体が動かなくなっていて……泣きたかったよ。

 よく失禁しなかったなと思う。してもおかしくないくらい怖かった。

 今も怖い。思い出すだけで、ほら……鳥肌立ってるし。


 恐怖から抜けだしたのは、先生のホイッスルだったな。

 俺がボール持ったままだったから、投げるよう指示を出したんだ。

 笛の音と共に、俺は思いっきりボールを投げたんだ。右手で。


 ……男女混合でドッチボールやる時ってさ『男子は女子に向けて投げる時は、左手で投げなくちゃいけない』ルールが決められてなかったか?

 使われていたのは、比較的軟らかいボールだが、渾身の力を込めて投げれば、それなりに痛いもんさ。

 だから男子は女子に対しては、投げる手を変える必要があったんだ。


 フェアにする為とはいえ、すっげえ投げ辛いのな。あれ。

 でも……美夜子相手の時は、そのルールを無視した。

 皆に応援されたから興奮して忘れたとかじゃなくって、んだ。

 だって美夜子を傷つける、またとない機会だったから。

 一回くらいなら、先生も止められない。つい忘れてしまった……そんな言い訳が通用すると俺は思っていたんだ。

 俺は、ずっと自制していた欲望を発散させようとしたんだ。

 目の前の理解不能で、不気味で、気持ち悪い存在をやっつけようと思って。


 俺は、右手で投げた。彼女への嫌悪と憎悪を込めて、思いっきり。

 その整った顔目掛けて。鼻くらい折れても構わない心境だった。


 ――――そして、俺が投げたボールが直撃したんだ。美夜子の頭に。


 悲鳴一つ上げず、美夜子は仰向けに倒れたよ。

 それを見た瞬間、俺の膝から力が抜けて、その場に座り込んじまった。

 一瞬の静寂の後、女子の悲鳴と男子の叫び声が一斉に上がった。

 次に俺が我を取り戻したのは、先生と対面した頃だな。

 あの時の担任の先生が……まあ、真面目な先生でさ。小学生相手でも、丁寧な敬語を使って、目線を合わせて話してくれる先生だったよ。

 頭ごなしに叱るんじゃなくって『何が悪かったのか』伝えてくれたんだ。

 うちのババア……いや、母親にも見習って欲しかったぜ。

 ……それで美夜子にボールをぶつけてから、俺の中で溜まっていた悪い感情が抜けちまったような……変な感じで、先生のありがたい言葉も素直に聞けたよ。


 その日の内に謝罪することを約束したんだ。


 美夜子は頭の検査をしに病院に行く事になったから、早退。それで彼女の荷物を保健室へ運ぶ事を先生にお願いされた。

 荷物を手渡しする時に謝る事を勧められて。

 保健室に向かうと、美夜子はベッドに座ってた。

 そして俺を見ると自然な笑顔を作って『荷物持って来てくれて、どうもありがとう』と言ったんだ。グラウンドで対決した時とは別人のようだった。

 化け物が、人間の女の子に戻った……そんな感じだった。

 ショック状態だった俺は、無感情のまま機械的に謝罪の言葉を吐きだしていた。


『えっと……頭にボールをぶつけて、本当にごめんなさい』

『……いいよ。ぶつかったのはボールだもの。ちょっと驚いただけ』

『でも、倒れたし』

『大丈夫よ。から』


 美夜子は、世間話をするかのように《死》を話題に出すんだ。

 ごく普通に見えて、その中身は計り知れない……。


『だってワタシ、死んだ時の記憶を覚えているもの。だからわかるの。

 ボールが頭にぶつかったくらいじゃ、死なないわ。

 ら別だけれど』

『……一体、何の話をしているのか』

『タケダくんも覚えているとばかり思っていたのにな』

『えっ? ……何を?』

『タケダくん。ワタシの事、嫌い?』

『……あのさ、いきなり話が変わり過ぎだよ』


 もう謝ったんだから、さっさと帰れば良かったのに。

 俺は美夜子の話に自分の意志と身体の自由を奪われていた。

 一瞬でも、美夜子を普通の女の子だと錯覚した自分の甘さを後悔した。


『話は変わってないよ。全て繋がっているわ……ねえ、タケダくん。

 ワタシが前に話した《君は殺された》と言った事は覚えているよね?』

『……うん』

『あれで、誤解させてしまったかもしれないわね。

 ワタシ……もう殺したいなんて思ってないよ』


 もう殺したいなんて思ってない――――それじゃあ、まるで。


『まるで、殺したいと思っていたみたいじゃないか!?』

『うん。ずっと嫌いだったからね』


 じりじりと、炎で頭の内側を炙られているみたいな頭痛がした。

 あの闇の様な目を思い出したんだ。殺意がこもった目を。


『……お前、俺が犯人だってわかっているんだろ!?』

『ん? 犯人はワタシだよ? 殺したんだから』

『違う! お前の教科書を破ったりしたのが俺だって、わかってたんだろ!?』

『――――タケダくんだったの?』

『とぼけるなよ! お前、だから俺を殺そうと』

『タケダくん、タケダくん。君は勘違いしているわ。

 ワタシが君を殺したのは、前世よ?

 ワタシが美夜子になる前の話。君がタケダくんになる前の話。

 だからタケダくんは……ワタシが前世で、自分を殺した犯人だとわかっていたから嫌っているのかなぁ?……そう思ったんだ。

 でも、どうやら違うみたいね。タケダくん……どう? 思い出したかな?』


『何をだよ……わけがわからない……』

『ワタシ達は死別して、生まれ変わり、また出会った。

 こういう事は、よくあることなのかしら?』


 美夜子の話を聞いて、そして考え過ぎると不安になるから、俺は両耳を塞いで首を横に振った。

 美夜子は俺を見て、ニッコリ笑うとランドセルを背負って、帰っていった≫


タツヤさん

≪――――大丈夫か? 顔色が悪いけれど≫


武田

≪……ったく。本当、不気味だったよアイツは。

 今でも思い出すと気持ち悪くなって、鳥肌だって……治まらねえし≫


タツヤさん

≪でも、美夜子はもういない……失踪してしまった≫


武田

≪ずっと、いなくなれって思い続けてたけど、いざ本当にいなくなると、それなりにショックを受けるもんなんだな。それに……美夜子がクラスメート達にした《前世の話》はあっという間に忘れ去られたし。

 ……まるで最初っから存在しなかったかのように、皆忘れていった……≫


タツヤさん

≪どうして失踪したんだろう?≫


武田

≪当時は誘拐されたとか、親達がピリピリしていたけれど。

 結局、見つからなかったし。担任の先生も責任とって辞めちまうし≫





 録音は、ここまでだった。

 イヤホンを耳から外して、大きく息を吐いた。

 美夜子の能力については……《未完結の話》にも出てきた。


「この武田さんの話が、一番完結に近かったように思えます」


 タツヤさんの言う通り……興味深い話だった。

 また、美夜子の新しい一面を知る事が出来た。


 けれども……このまま話を集めて、俺は何をしたいんだろう?


 美夜子という少女は、既にこの世にはいない可能性が高い。

 いくら彼女の事を知ったとして、俺に何のメリットが?


 ……俺は、完結を求めて……いや、恐怖を求めているんだ。

 物語の完結。それこそ、俺が知りたい恐怖かもしれない。

 だから《美夜子の話》を聞き集めている。

 どこまで集めれば、俺は納得する? 何が結末になるのだろうか?


 わからない。

 下手に深入りしたら後悔しそうな気もするけれど……もはや、それは不安にすらならない。俺の好奇心を刺激するだけのモノだ。

 最初に思ったじゃないか。

 

 もし……身を破滅させるほどの至上恐怖を得られたとしたら。

 それほどの恐怖ならば……きっと後悔はしないだろう。


 恐怖を得られた時の悦楽を想像して、俺は知らず知らずのうちに笑っていた。

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