不安と不審
「また行方不明……か」
ワタシは自宅で、憂鬱な気分になっていました。
液晶画面に踊る無機質な文字――――《女子高生、行方不明》
ワタシは注意深くテレビを見ました。
女性リポーターが、悲痛な表情で駅前に立ってリポートしていました。
《明原 澪夏さんが、二週間前から行方不明となっています。そして今日新たに、澪夏さんと同じクラスの
リポーターの声はとてもハキハキとしていて、聞き取り易いものでした。
しかし……耳に入っても、意味を理解する事に時間が掛りました。
「……クラスメート達は、さぞやショックを受けていることでしょうね」
ワタシが呟いた瞬間、見計らったかのように甲高い音が部屋に響き渡りました。
ワタシは着信音だと瞬時に悟り、携帯を探しましたがいつもの場所にはありませんでした。鞄の中や机の上を探し、ようやく上着の胸ポケットから見つけた時は、もう十回以上はコールを鳴らされていました。
ワタシは相手を確かめる間も惜しんで、すぐに出ました。
「もしもし、闇夜です」
《ルナです》
「あぁ、ルナですか。すぐに出れなくて、申し訳ありませんでした」
《いいえ。今、お電話大丈夫ですか?》
「大丈夫ですよ。何か御用ですか?」
《あの……美華ちゃんの事なのですが》
「はい」
ワタシは、ふと壁に掛けたカレンダーを見ました。
今日は……美華との約束の日ではないはずでした。
「美華がどうしました?」
《実は最近……美華ちゃんが、めっきりお店に来なくなってしまったので……何か聞いています?》
ワタシは少し驚きました。そして、ここしばらく美華と会う約束をしていない事……連絡も取っていない事に思い至りました。
「いいえ、何も」
《…………どうしたんでしょうね?》
「美華は学生ですから……色々と忙しいのでしょう。心配しすぎですよ」
その言葉とは裏腹に、ワタシも段々不安になって来ました。
テレビでは、美華と同い年の少女達の失踪について流れていて……ある日突然、煙のように消えてしまう……それが普通に起きてしまう物騒な世の中の実情を流すテレビから、ワタシは目を逸らしました。
想像すらも浮かべたくない、美華が……消えてしまっているだなんて。
「きっと、大丈夫ですよ」
ワタシは自分に言い聞かせるように、大きな声で言いました。
《そう、ですよね。そう……願っています》
その時、別の誰かから電話が掛かって来ました。
「……申し訳ありません、ルナ。別の電話が掛かって来てしまいました」
《あっ、はい。わかりました》
「それでは失礼しますね」
ワタシはルナとの通話を終えて、新しい電話の相手に応対しました。
「もしもし、闇夜です」
《あ、闇夜? 咲で~す!》
「あぁ咲でしたか……」
《何? 何でガッカリしてんの?》
「別にガッカリなどしていませんよ」
《そう?》
「そうですよ。……それより、どうしたのですか?」
《あ、あのね! 闇夜今さ、女子高生が、行方不明になってるでしょ!?》
「ええ、そうですね」
ワタシがテレビを見ると、CMが流れていました。
「今、テレビを見ています」
《その行方不明になっている人達……聖イノセント女学園に通ってるの!》
「えっ!?」
背後から、鋭い槍で貫かれたかのような衝撃が全身を震わせました。
《この前、学園の怪談を話したよね?
あたしに怪談を教えてくれた、神林先輩のこと覚えてる?
あの神林先輩の、クラスメートなの! いなくなっちゃった人達!
もう、二人とも面識あるから……あたし怖くなっちゃって!
まあ誰よりも一番ショック受けているのは、神林先輩だけどね。
だって、最初にいなくなった明原先輩は神林先輩の大親友だし、真中先輩とも良く一緒にいたし。傍目から見ても、すっごく仲良かったから……。
いなくなってしまって、凄く悲しいんだと思う。
あたしだって三春がいなくなったら、とても悲しいし…………》
咲の話が途切れたので、ワタシは我に返りました。
「とても驚きました。まさか咲の通っている学校の、生徒だったとは……」
《あたしもびっくりしたよ。最近、学校の様子もおかしいし。
先生達はピリピリしてて、部活とかも休みになってるんだよね。
ほら、部活で遅くなったりしたら……危ないから》
「そうですね。咲も気をつけて下さいね」
《うん、気をつけるけどさ。でも、しばらく遊びに行くの禁止になっちゃった。
ママとパパが……んと、あたしの両親が、この件を受けて神経質になっちゃって。闇夜のところに行くことも、出来なくなっちゃったんだよね!》
「御両親の下した判断は、とても賢明だと思いますよ」
《………………》
電話越しなのに咲が頬を膨らませている、愛らしい顔が浮かんでワタシは少しばかり笑ってしまいました。
《何で笑うの闇夜》
「いえ……ワタシも咲が消えてしまうのは、とても悲しいことです。
だから充分に用心して下さい。用心して、し過ぎることはありませんから」
《……はぁい》
それから二言三言、言葉を交わして咲との電話を終えました。
携帯を懐にしまい、お気に入りの安楽椅子に座り直すと――――。
首の後ろにチリチリとした感触を感じ、背中が下から上へ撫でられた時のような悪寒が走り抜けました。
ワタシは後ろに振り返りました。後ろには何もいませんでした。
しばらく、何も無い空間と、アーティークが並ぶ棚を見つめていましたが……とある事実に思い至り、ハッとしました。
ワタシは、フードつきの黒いマントを羽織っています。フードは被ったままですから、首の後ろに直接何かが当たることなど有り得ないことなのです。
ワタシは、何かが当たった首の後ろをさすりました。一体、何が……?
あの触感には、とても覚えがありました。しかし何だったのか、その正体まではわからず……ワタシは思い出すまでずっと首の後ろをさすり続けました。
――――その日の、夜のことです。
月が厚い雲に隠されて、夜の闇が深まった真夜中。
ワタシは、しばらく夜特有の静寂を楽しみつつ、寝床に入りました。
寝つきが良い方なので、すぐに安らかな眠りに着く事が出来ました。
しかし、いつもは夜明けまで邪魔されてないはずの眠りは、その夜に限って何かによって邪魔されました。
何かが顔に当たって、ワタシは目を開けました。
それは昼間の、首筋に当たったチリチリした感触と同じものでした。
そして、何かを右手で払おうとしましたが……腕が動きませんでした。
それどころか、まるで縛られているかのような……重い物が上に乗っているような……息苦しい圧迫感で、身体の自由が利きませんでした。
すぐに金縛りだとわかりました。
体験するのは初めてでしたが……それを楽しむ余裕はありませんでした。
未だに顔の前には何かがありますし、身体が動かないのは、別の意味で恐怖を覚えました。光の欠片もない真の闇は……ワタシの目の前に何があるのか……全く見せてくれませんでした。
「――――闇夜」
唐突に、耳元で声がしました。
驚きましたが、身体をビクつかせる事も出来ませんでした。
あまりにもか細く、儚げな女性の声は耳元で囁かれ続けました。
「――――闇夜」
一体、誰なのですか? ワタシの名前を呼ぶ、貴女は?
そこで動かないと思っていた右手が動きました。
咄嗟に目の前で顔を触り続ける何かを掴みました。
触った瞬間、それが何なのかわかりました。
それは――――髪の毛でした。
ワタシは霊的現象を疑う前に、仰向けになっているワタシに誰かが圧し掛かっているのではと思いました。
動くようになった右手を相手の頭部辺りに向けて、振りました。
しかし、右手は空を切りました。髪が顔に当たっている現状なら確実に当たるはずなのに……次の瞬間、ワタシは息が出来なくなりました。
「――――闇夜」
声は聞こえるのに、髪だけの存在。
ワタシの名前を知っている、貴女は……一体……誰なのですか?
どうして……ワタシのところに…………。
「――――助けて」
その一言で、ワタシの意識が急速に遠のいていきました。
翌朝、軽い頭痛によって起こされたワタシは、慌てて自分の体調の状態を確かめました。窒息により、何かしら後遺症が残っていやしないか……心配は杞憂に終わりました。しかしワタシが寝ていた場所には、ワタシの物ではない、黒々と輝く艶やかな長髪が、ごっそり残っていました。
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