再会して……
華やかな駅前から……家庭の数だけ家が建ち並ぶ住宅街……。
そして、郊外へと進んでいく。
その家は絵本に出てきそうな、白を基調としたお洒落で可愛らしい一軒家だった。
小さいけれど中庭があって、その庭のほとんどが花壇だった。
色鮮やかな花々が庭を彩っている――――ガーデニングというやつだ。
闇夜は、英国風の美しい庭に視線を奪われていた。気に入ったようだ。
俺は大袈裟に咳払いをして、注意をこちらに向けた。
「花粉症ですか?」
「違うわ! 闇夜が訪問するって決めたんだからさあ!
ピンポン押すのは、訪問者である闇夜でないと……俺は付き添いなんだから」
闇夜は静かに玄関扉へと向かう。
そして細く長い人差し指をチャイムへと伸ばした。
ピンポーン、可愛らしい音がする。無意識に口角が上がった。
しばらくしてパタパタと足音が近付いて来る……そして。
「はーい、どちら様ですか?」
ドア越しに綺麗な声がした。
「闇夜です」
「えっ!?」
俺は闇夜の背中越しから、ドアに取り付けられたドアスコープを見た。
それから見える光景は滑稽であり、とてもシュールなものだろう。
ドアの前に白い仮面を着けて黒いマントを羽織った者が立っているのだから。
俺だったら、絶対にドアを開けないで居留守をする。
けれども……相手が闇夜なら――――。
ドアに取り付けられた真鍮のベルが、カラァンと軽快な音を立てた。
開いたドアから、ひょっこりと顔を覗かせたのは一週間前に見た美人だった。
「あぁ、闇夜さん!」
美しい顔を喜びで輝かせて≪アーちゃん≫は、ドアを一気に開けた。
「お久しぶりですね……7年振りです」
「会えて、本当に嬉しいです!」
「ワタシもです」
「まさか、会いに来てくれるだなんて!」
盛り上がっている二人が羨ましくって、俺は見つめていた。
それにいち早く気付いたのは、アーちゃんだった。
「あ……! あなたは、手紙を……」
「はい、俺です」
気付いて貰った嬉しさに、ついニヤついてしまった。返事が変だった。
「こんにちは、田崎 夏生といいます」
「あの時は、本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ! 急に押し掛けてしまって……あの、来てしまってすみません」
「いえ、全然! 謝ることなんかないです、全然!」
アーちゃんは明るい声で言って、俺達二人を家の中へ招き入れた。
欧風に統一された家の中は小綺麗で、女の子らしい可愛い家具や小物が自然に並べられている。
あんまりキョロキョロするのは失礼だから、俺はアーちゃんの背中を見た。
綺麗な茶髪が、さらりさらりと歩く度に小さく横に揺れる。
肩からだんだん視線が下半身の方へ降りていき、お尻を見てしまった瞬間……慌てて目を逸らした。気まずくて闇夜の方へ視線を向ける。
「闇夜さんったら、あの日以来、全く図書館に来ないんだから……」
「諸事情があって行けなくなったのです」
「また会いたくって、あの日から毎日毎日通って……でも会えなくて。
アタシ、もう二度と会えないんじゃないかと思ってました」
「――――また、会えましたね」
「7年も掛かっちゃいましたけど、ね!」
アーちゃんも闇夜も、とても楽しそうだった。
そのやりとりは見ていて飽きなかった。
本当に楽しそうで、こっちまで心が安らぎ、温かくなる……。
「田崎さんが」
アーちゃんが俺に振り返った。
「手紙を届けてくれたから、こうして闇夜と会えたんですね!
本当に、ありがとうございます!」
「えっ? あー……あははは」
改まって御礼を言われて、嬉しくって恥ずかしくって笑って誤魔化した。
綺麗な人から言われると、何倍も嬉しい。それを俺は実感した。
応接間に通されて座り心地の良いソファに、闇夜と並んで座った。いつも向かい合わせに座っている闇夜と並んで座っていると、何となくもぞもぞしてしまう。
アーちゃんは、奥のキッチンへと向かった。
そして湯呑と急須、そして茶缶を持ってやって来た。
香りの良い、熱々の緑茶が注がれる。
俺達にお茶と茶菓子を出して、アーちゃんは向かいのソファへ座った。
「どうぞ、召し上がって下さい」
「頂きます」
紅茶派の闇夜だが、素直にお茶を飲んだ。
俺も恐る恐る、煎餅を片手にお茶を啜った。
やっぱり醤油味の煎餅が一番茶請けとして合うなぁ。
やって来たばかりで感じていた緊張が、ゆるゆると解けていく。
気付けば三人で世間話に花を咲かせていた。
話し上手でもあり、聞き上手でもある闇夜。話題豊富で明るいアーちゃん。
俺は久し振りに楽しいと感じた。和やかな時間が流れていく。
「……さて」
そろそろ話題が尽きて来てな……と思い始めたら、闇夜が言った。
「今日は、話を聞きに来たのです」
俺も話に盛り上がり過ぎて、今まで此処に来た本当の目的を忘れていた。
そう。アーちゃんが闇夜の家まで来て、しようとした話を聞きに来たのだ。
俺も聞いていいのかな? そう思いつつ、彼女の顔を窺った。
「そう、だったんですか」
彼女は微笑を浮かべていた。闇夜に話すのなら、怖い話に違いない。
俺は、内心の期待が高まっていくのを自覚した。
「……田崎さんは、どうでしょう?
話を聞いても、わからないかもしれないです」
アーちゃんは俺の方を見た。……俺には話し辛い事なのかもしれない。
やっぱり、ついて来たのはまずかったのかな?
「夏生には、ワタシ達の出会いの経緯を話しておきました」
闇夜は静かに応えた。いや、二人の中学生との話は面白かったけれども。
「あ、あー……学園の怪談……ね?」
俺は『ちゃんと聞いてたよ?』と言いたげに闇夜を見た。
その瞬間、アーちゃんから笑みが消えた。
そして口を貝のように閉ざしてしまった。
綺麗な顔を埋め尽くす新たな感情は……恐怖だった。
恐怖? 7年前だろ? まさか、まだ学園の怪談が怖いとか?
闇夜は、黙って彼女を見つめていた。促したり、しなかった。
ただただ彼女自身から話し始めるのを、じっと待っていた。
だから俺も待った。何も言わず。身動ぎもせず。
俺が席を外さないと話し出さないんじゃないか……そう思い始めた頃。
「…………さんが」
アーちゃんが、か細い声で言った。よく聞き取れなくって、聞き返そうとしたが彼女の唇が震えているのを見て止めた。顔色も先程より、悪い。
本気で怖いんだ。普通に話す事も出来ないくらい、怖い話……。
彼女の心情を思っていたら、俺の内心の期待が徐々に大きくなってきた。
いや、人が怖がっているのを見て何を考えているんだと、自己嫌悪を覚えた。
「大丈夫ですか?」
闇夜の声に俺もアーちゃんも我に返った。
「無理に話す事はありませんよ」
闇夜は、怖がっている彼女を気遣っている。
わざわざ電車に乗って此処まで来たのに、こういう対応が出来るなんて。
本当に優しくて良い人だな、と俺は改めて闇夜を見直した。
アーちゃんは震えていたが、ゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫です、大丈夫です……話せます、話します……」
両手を握ったり開いたりして、震えを止める。
さっき自分が嫌になったばかりなのに、好奇心は止められなかった。
怖い話を……恐怖を、知りたい。
一度聞いたら脳裏から離れない、忘れられない……心を蝕む絶対的な恐怖。
知りたい、知りたい、絶対知りたい! どうしても知りたい!
そんな俺の渇望を知らず、アーちゃんはゆっくりと話し始めた。
「……アリスさんが、現れたんです」
名前だけ聞いたなら、ワンダーランドに迷い込む可愛い少女を思い浮かべる。
けれども聖堂学園の怪談を知っていて、しかも青白い顔色の彼女の口から、その名が出ると通常のイメージとは大きく掛け離れた不気味な女が浮かぶ。
「アリスさんが……夢に出て来るんです」
怪談の内容を確かめる質問をして、それに全て正しく答えられないと殺す女。
真っ黒いワンピースを着ている……元は学校一の美少女。今は、残酷な怪女。
「夢に出て来て……一つ質問するんです。怪談の事を。
毎晩、夢に……チーちゃんが死んでから欠かさず」
「えっ――――?」
俺は耳を疑った。今、最後、何て言った?
横を見ると、闇夜は平然としているように見えた。俺の聞き間違い?
「チーちゃんが……死んだ?」
彼女が何も言わないので、俺は訊いた。
俺の聞き間違えなら、質問が物騒ずぎて怒られる事は覚悟して。
「はい」
アーちゃんは真顔で頷いた。俺の思考は停止した。
「……手紙に書いてありましたが、信じたくありませんでした」
闇夜が低い声音で言った。
平然としているように見えたのは、白い仮面のせいだ。
「アタシ達、アリスさんの逆鱗に触れてしまったみたいです」
「逆鱗? アリスさんって、質問に正しく答えられない奴を殺すんだろ?」
現在アーちゃんが生きているという事は質問に正しく答えられている証拠だ。
それとも口裂け女やひきずり女のように≪言ってはいけない言葉≫でも、あるのだろうか? もしかしてチーちゃんの前にも現れたのだろうか?
「その、チーちゃんが亡くなったのって……まさかアリスさんに?」
彼女は首を横に振りながら言った。
「いいえ、彼女は……夜、口を裂かれて殺されたんですよ」
「はあっ?!」
大声を上げるつもりは無かった。勝手に口から出ていたのだ。
「通り魔に襲われたのですね」
闇夜が白々しい言葉を口にした。
「違うだろ! 口裂け女の仕業だろ!」
「夏生」
興奮なのか、恐怖なのか、感情が昂ぶっている俺を闇夜が宥めた。
アーちゃんはチーちゃんと親友だし、ただでさえ怖がっているのに……。
仮面越しに伝わる無言の非難……俺は反省した。
「ご、ごめん……あの、本当にごめんなさい」
俺が頭を下げるとアーちゃんは目を丸くした。
「そ、そんな、頭を上げて下さい!」
心情的には土下座したい気分だったが、やると本当に困らせてしまうので俺は深呼吸をして座り直した。アーちゃんは気を取り直して話し始めた。
「警察の人は、そう……通り魔のせいだと解釈したそうです。
でも田崎さんの言う通り、アタシも最初は口裂け女の仕業だって真っ先に思いました。同級生は……聖童学園の卒業生の皆は、怖がってます。本当に」
「――――あれ? でも何で?」
俺が首を傾げるとアーちゃんが困った顔をした。
「え?」
「あ、いや……だって撃退する言葉があるんですよね?
『あなたは、はなこさんですよね?』って聞けば姿を消すんじゃ?」
「……忘れていたんだと思います」
「忘れてたぁ?!」
また大声を出してしまった。しかも変な声だった。
大人になったことで、子供の頃怖がっていたものが怖くなくなった……という事なのだろうか? だから怪談の重要な個所を忘却してしまった?
でも他の同級生は覚えているようだ、それも鮮明に。俺は違和感を覚えた。
アーちゃんは、まるで怒られている子供のように俯いていた。
これじゃまるで俺が彼女を苛めているみたいじゃないか?
俺は純粋に話を聞きたいだけだ。そう、話を聞きたいんだ。
以後、質問は必要最低限に控えて聞くに徹しよう。そうしよう。
「アツミ」
闇夜は、彼女の名前を呼んだ。
アーちゃんこと、アツミちゃんは驚いたように両肩をビクつかせた。
「……話せますか?」
闇夜は、また気遣った。俺は、ぐっと口を噤んで再び話し出すのを待った。
――――部屋は静寂になってしまった。俺の心臓の音が煩い。
いや、聞こえているのは俺だけだ。心拍数が、どんどん上がっていく。何故?
ついさっきまで会話は続いていたんだ。楽しく和やかに……時は流れていた。
まるで、別の世界に来てしまったようだ……俺は不安を感じた。
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