第12話 それぞれの道
装備を揃えた翌日。
少し早く目覚めた私は外の空気を吸うために、近くの庭園に来ていました。
ここは初めてファントムと会った場所です。
夜の桜も綺麗でしたが、背景に晴天を映した桜も綺麗です。
また会いたいな。
神様だと分かったことを話したいし、アルのおかげで強くなれたことも話したいです。
どこに行けば会えるのでしょう。
やっぱり夜じゃないと駄目なのでしょうか。
また夜に来てみようかな。
部屋に戻り、今日も氷水で顔を洗いました。
そしてリンパマッサージもしました。
手をグーにして顔を全力でゴリゴリ押しているので、人には目せられない顔をしています。
いつもの三人が部屋にいますが。
三人とも今の私に対するリアクションはありません。
……何か言ってよ。
全員私に興味無しですか!
良いですよ、それなら更に顔が凄いことになる美顔体操もやりますから。
舌を歯並びに合わせ、這わせるようにしてぐるりと一周させることを繰り返す運動なのですが顔がつりそうに成る程疲れます。
レッツ小顔!
……はあ、何故か虚しいです。
「城下町はどうでしたか?」
身支度を終えると、リコちゃんが朝ご飯を用意してくれていました。
唯一ちゃんとした食事、お肉を食べられる時間です。
「楽しかった!」
皆と一緒に食べたいのですが、一応『メイド』な二人にはそれは出来ないと断られます。
リンちゃんは『どっちでもいい』という感じですが、リコちゃんに止められているようです。
オリオンは食べてから来るのでいつも一人です。
一人だけ食べているのは嫌なのですが、貴重な食事タイムなので遠慮せずに食べながら話します。
「二人もゆっくり出来た?」
「ええ」
昨日は私が出かけていないので、お休みにしていました。
私がこちらの世界に来て、二人に『休日』というものはありませんでした。
いつも助けて貰ってばかりで頭が上がりません。
「リンちゃん、どうしたの?」
今日妙にリンちゃんが静かです。
壁に凭れて腕を組み、窓の外を見ています。
いつもなら朝からブーブー鳴くなとか、餌の時間とか、一弄りされるのですが……。
「別に? どうもしない」
視線をこちらに向けることなく、短く返事が来ました。
何か機嫌が悪い?
もしくは体調が悪い、とか。
リコちゃんにこっそり聞くと、『大丈夫です、なんでもないですよ』と微笑んでくれました。
黄昏れたいお年頃なのでしょうか。
「ボク、家畜の世話はしっかりするタイプなんだよね-!」
「……」
リンちゃんが急に、部屋に響く大きさの声で呟きました。
オリオンがピクリと動きましたが、突然大きな声がしたから吃驚しちゃったのでしょうか。
「リンちゃん、何の話? 馬でも飼ってるの?」
「馬っていうより豚かな」
「え!? リンちゃんが豚のお世話しているところなんて見たことないよ!? 大事にしてる!?」
「してる」
「そう? ならいいけど……」
どうしたのでしょう?
部屋の中がなんだかおかしな空気になっているのですが……皆の間に何かあったのでしょうか。
「……」
そういえばオリオンも静かです。
昨日のことで疲れているのでしょうか。
確かに昨日は色々ありました。
いつもとは違う重い空気の部屋にノックの音が響きました。
「オリオン殿、議長がお呼びです」
リコちゃんが開けた扉から現れたのは城のメイドさんで、オリオンを呼びに来たようです。
「ああ」
『分かっている』とでもいうような素振りでオリオンは出ていきました。
「ふんっ」
部屋を出るオリオンに冷たい視線を送り、鼻を鳴らしているリンちゃん。
あれ、喧嘩でもしてるんでしょうか?
リコちゃんを見てもニコニコと微笑んでいるばかりです。
あんまり詮索しない方がいいのでしょうか。
何かあったら、きっと話してくれるはず! ……多分。
「しっかしよく揃えられたな、そんな装備」
いつの間にか壁際から動いていたリンちゃんが、テーブルの上に揃えて置いていたスワロウセットをまじまじと見ています。
さっきまでと様子が違う明るい声です。
良かった、機嫌は治ったようです。
「良いでしょ!」
自慢しようとしたところで、ロロ様とした約束を思い出しました。
ポン汁献上です。
早速今日、ロロ様に渡す約束をしています。
「あ、あのねリコちゃん、ポン汁をあげて欲しいの」
「どなた様に?」
「ロロ様……沼の神様に」
「神!?」
大きな声を上げたリコちゃんの後ろで、リンちゃんも目を見開いています。
私は二人に、昨日あったことと事情を説明しました。
「な、なるほど……」
「お前は、また妙なもんに出会って」
リコちゃんはまだ落ち着かないような様子だし、リンちゃんはソファにどかっと腰を下ろし、呆れたように呟きました。
「妙なもんとは失礼な」
「あ!」
突如声が増えたと思ったら……いました!
「ロロ様!」
いつの間にか、ソファに腰掛けたリンちゃんの隣で優雅に寛いでいます。
「なんだこのクソガキ!」
「リンちゃん、神様だよ!」
流石に神様相手にその話し方は……と、私とリコちゃんは焦りました。
神様に『クソ』も『ガキ』も駄目!
「む?」
あ、まずい……ロロ様の機嫌を損ねたかも!?
ロロ様は顔を顰め、グイグイとリンちゃんに詰め寄っています。
「うむむむむ、お主っ!!」
「ロロ様ごめんなさい! リンちゃん、口は悪いけど良い子なんです!」
「よく言って言い聞かせますので、ご容赦を……!」
慌てふためく私達は無視で、どんどんリンちゃんに近づいていきます。
リンちゃんも気圧されてソファの端に追い込まれました。
「んー……お主、良いのう! そのような格好をして……面白い! 好みじゃ!」
「「は?」」
私とリコちゃんの声が重なりました。
リンちゃんはポカンと口を開けています。
「お主、妾に使えぬか? いや、
「番!? なんだんだよ、こいつ!」
私達に助けを求めるような視線を寄越してきていますが……ごめんなさい。
私、対応出来ません。
リコちゃんも真顔で立っています。
「可愛がってやるぞお」
ロロ様が怪しい笑みを浮かべました。
リコちゃん、私達逃げます?
リンちゃんは怯えているのか、顔が引きつっています。
ロロ様は女の子に見えますが、女の子が好きなタイプなのでしょうか。
もしかしておたまさんたちの主だから、正体は蛙で……両生類。
両生類の中には、雌雄同体のものもあったような……だから、とか?
そうだ、きっと!
「リンちゃん……お幸せに……」
「神様の仰せのままに。リン、粗相のないようね」
「馬鹿言うな!」
「そう照れるでない」
「照れてないし!」
リンちゃんとロロ様の攻防は、暫く続きました。
私とリンちゃんは、逃げまわるリンちゃんと追いかけるロロ様を視界から消し、二人で優雅にお茶を楽しみました。
最近はお茶のお許しも出たのですよ。
このペースでいくともうすぐおやつも貰えるそうです。
ダイエット、頑張るぞ-!
で……そろそろ、追いかけっこ止めて貰えません?
リコちゃん特製のポン汁を渡すと『また来る』と言って、ロロ様は去って行きました。
リンちゃんが逃げ回って疲れたのか、座り込んでいます。
「やっと帰りやがった、厄神め……」
「そんなこと言ってると祟られて、気づいたら番になってるかもよ」
「神様が親戚になるなんて、私は面白いですけどね」
「お前ら、他人事だと思って!」
リンちゃんをここまで弱らせることが出来るなんて、流石神様。
凄いです。
※※※
「ジョギングに行くぞ」
「『ジョギング』ね、はいはい」
復活したリンちゃんが、私にジャージを投げながら言いました。
ジョギングという名の『足が止まったら死ぬ』というデスゲームですよね。
もちろん処刑人はリンちゃんです。
「なんだ、その態度は?」
「いひゃい!」
『ジョギングという言葉の意味を知っているのか!』と心の中で罵っていると、顔に出ていたのか頬を引っ張られました。
体罰反対!
「ロロ様に嫁いじゃえ」
「ああ!?」
「ひいっ」
禁句だったのか、今までに無いくらいの迫力で威圧されました。
そそくさと着替え、苛々オーラ全開の背中について行きました。
いつもの練習場に着くと、息つく暇も無く『さっさと行け!』とおしりを蹴られ……渋々走り始めました。
「走れええ! しっかり前足振れ、後ろ足で蹴って走れ!」
「前足じゃないもん!」
腕って言ってよ!
ロロ様から受けたストレスを私で発散させようとしてません!?
今日も『疲れては魔法で回復』のループ地獄。
はあ……デッドオアアライブが終わらない……。
走っていると遠くに見える城の廊下を、昨日見かけた人物が歩いていました。
あれは……あの時のもやし青年。
この廊下は……ミラさんの部屋に通じています。
もしかしてオリオンは、昨日のことで呼び出されたのでしょうか。
「オラァ! ペース落ちてるぞ!」
「!? ごめんなさああい!」
鬼が今にも追いかけて来そうです。
余所見している余裕はありません。
今は『ジョギング』に集中することにしました。
※※※
ジョギングからのポン汁コンボに辟易し、部屋で項垂れているとオリオンが戻ってきました。
朝は静かでしたが今はどうなのでしょう。
普段と変わらない様子に見えます。
ミラさんに呼び出されてことについて聞いてもいいのか迷いましたが、目が合ったので聞いちゃいましょう。
「呼び出されたのって……昨日のことで?」
恐る恐る聞いてみると、オリオンは一息吐きながら私の前まで来ました。
「お前が心配することは何もない」
心細い顔をしていたのでしょうか。
私の頭にポンと手を置くと、静かに微笑みました。
優しいけれど……『聞くな』と、言っているようにも思えます。
関係ないと言われたようで少し寂しいです。
「早く印屋に行こうぜー」
「あ、そうだった!」
私の印を増やすため、オリオンが戻ったら印屋に行こうと話していたのです。
待ちくたびれたのか、リンちゃんは苛々しています。
「あ、印もロロ様に相談……おたま堂に行く?」
「印は城でも揃うだろう!?」
ロロ様は印にも詳しいということを思い出したのですが、リンちゃんが猛抗議です。
よっぽど会いたくないと見えます。
「今は城のもので事足りる。難度が高い、それなりのものが必要になったら相談しよう」
「うん、そうだね」
オリオンの言葉に頷きました。
神様に甘えてばかりいてはいけませんね。
気軽に相談していい相手でもありませんし。
リコちゃんに留守番を頼み、城の印屋に向かいました。
※※※
「……お前さん、何かやってるのか?」
印屋のモノクルお爺さんが、私を見るなり顔を顰めて言いました。
何ですかその言い草は。
まるで私がヤバイものに手を出しているような……。
藪から棒に、なんなのでしょう。
「こいつの努力の結果だ」
「うん?」
オリオンが頷きながら話していますが……何の話ですか?
「お前の変化に驚いているんだ」
「痩せたってこと!? やったー!」
ヤバイものに手を出しているのかと疑わしくなるほど変わったってことですよね!?
褒めてくれた訳ではないけれど、変わったことを身近じゃ無い人に言って貰ったのは初めてで嬉しいです。
「ふん。外側だけ磨いても何の役にもたたんわ」
「本当に外側だけか、見てみろよ」
何故かリンちゃんが誇らしげにしながら、お爺さんの肩を掴んで私に向けました。
頑張ったの、私だよ?
「うん? ……うん!?」
モノクルお爺さんが、何度も目を擦っては私を見て確認しています。
成長してるのかな?
ドキドキします。
「……ふむ。よく、成長しておる。これは儂も考えを改めなければなるまい。すまんかった」
「!?」
あれ、今のは幻聴なのでしょうか。
耳を疑う言葉が聞こえてきましたが……。
「気持ち悪いくらい素直じゃん?」
リンちゃんにも聞こえていたようなので、幻聴ではないようです。
「ふんっ。……この短期間でここまで飛躍的に成長した者はあまり見ん。よっぽど努力したんじゃろう。印に精通する者として、この成長を認めぬわけにはいかんよ」
どこか悔しそうというか嫌々という態度ですが、頑張ったことを認めて貰えたようです。
「だってさ?」
「嬉しい!」
「それに、肉が減ったら案外べっぴんさんになったじゃないか」
「!」
そうなんです!
肌質が整い、顔のラインがすっきりすると、灰原さんのお顔は可愛らしくなりました。
目つきが鋭いですが、黒猫のような凜々しさと愛らしさがあります。
中々磨けたのではないでしょうか。
「えへへ」
「あまり褒めると調子に乗るから、それくらいにしてくんない?」
私は『褒めて伸ばす子』なのに。
リンちゃん、余計なことを……。
「さて、用件は?」
漸く本題に入れたと、溜息を零しながらオリオンが説明を始めました。
オリオン、リンちゃん、モノクルお爺さん。
またもや私は蚊帳の外で熱い談義が始まりました。
私の方向性やら、何をつけたら良いかを話し合っているようですが、私の意見は全く不必要なのですね。
魔法には属性があります。
基本は火・水・風・地の四大属性です。
オリオンは四大属性の全てを使えますが、得意なものは火。
リンちゃんは風、リコちゃんは地、ということで……私も全ての属性を使えるようですが、水系の魔法を主に使うようにしました。
とういうか、気づいたらそうなってました。
これで補い合えるし、水系の魔法は回復や補助の魔法が多いのでちょうど良いです。
あといくつか試すためにつけました。
攻撃魔法もつけたので少しドキドキしています。
「さて、後半は実戦あるのみだ」
「うん!」
なんだかワンステージ進んだような、成長したような実感があります。
身体も締まってきたし、色々と充実しています。
よし、もっと頑張るぞ!
※※※
「お疲れ様です。ルナ姫」
「皆喜んでたね〜」
「ルナ姫のお姿を見て、民も安心したのでしょう。ありがとうございました」
アークの母国である『グレンツェント』で、市民に向けてパレードをしてきたわ。
アークが乗っている馬に一緒に乗って。
彼も誇らしげだったわ。
ここの国民は、女神の使者に対して特に思い入れが強いみたい。
過去に『白の英雄』と呼ばれた女神の騎士を排出したとか。
この国の国旗に描かれている白い鳥も、その英雄の話が起因しているらしい。
私にはどうでもいい話だけれど、ちやほやされるのは気分が良い。
まあ、それも少し飽きてきたけれど?
どこに行ってもVIP待遇。
ご飯も美味しい。
使命を果たすための訓練?
そんなもの必要ないわ。
私にはそんなことをしなくても済む便利な『力』があるし、戦うことが怖いと怯えてみせれば、我々が守りますと騎士達が張り切ってくれた。
ああ、この旅行の日数が減って来て憂鬱になってきたわ。
面倒臭いことを、色々しなければならなくなるもの。
……『不細工な私』は、今頃どうしているでしょう。
惨めな今までの私の気分を味わっているといいけれど。
その様子を見れると思うと、城に戻ることも少し楽しみになってきたわ。
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