ROUND3 読了推奨

最強硬度パンチ

 彼女は友人と談笑している。

 仕事の都合で自分の恋人を監視するということになってしまった結は、恋人、照子が普段自分には見せない一面を覗き見ている状況に苦笑する。

 照子の話し相手の友人は若い男だ。本来なら恋人のいないところで男と二人で会うなどということは、よほどのことがなければしない照子だが、この友人は例外だった。

 照子と彼女の友人、信司は、まいかた公園と呼ばれる公園のベンチに座って手にジュースのカップを持ちながら笑いあっている。

 彼らの話題はもっぱら、格闘大会のことだ。まいかた公園で行われるアマチュア格闘大会での試合の話だ。

 あの闘いは本当は敗者となってしまった男の方が有利だったとか、あの技の選択が勝敗を逆転させたのだ、とか、およそ色気とは程遠い話だ。

 結のいないところで男と二人で会うことに何の抵抗もない照子の顔。それは、友人が恋愛の対象外だと言外に語っているようで結は嬉しかったが、やはり少し妬ける。

 三十歳手前の照子がまだ二十歳前の男を相手にするわけがない。照子は大学の職員だ。ちょうど学生と同じ年頃の信司は照子にとって「男性」というよりは「男の子」だ。

 そうと知りながらも軽い嫉妬を覚える。そんな自分の心にまた結の口から苦い笑いが漏れた。

 信司は照子の「格闘仲間」だ。格闘技を趣味としている照子がその趣味を通じて知り合った友人で、今は結に内緒で闇の格闘大会と呼ばれる危険な大会に参加している。そして結はその闇大会について調べるように密命を受けている。

 なので結は照子の前にエージェントとしての姿を見せることはできない。いや、正体を明かしてもいいのだがまだその時ではないと思っている。

「……あれ、てりこさん、前からその指輪つけてたっけ?」

 信司が鋭い指摘を飛ばした。なかなか観察力がある。さすがは相手の動向を見極めて闘う格闘家だ。

 てりこ、とは照子のニックネームだ。信司は照子をいつもニックネームで呼んでいるようだ。

「ううん。試合が終わってからつけたよ」

 照子がにこにこと笑いながら指輪を指でなぞって答える。

「そっか。やっぱり試合中にはつけたくないもの?」

「まぁね。彼氏がくれたものだし。もしも壊れちゃったら困るでしょ。格闘大会でつけたまま殴ったら壊れちゃったなんて言いたくないよ」

「もし壊れたとしても、別の理由を言ったらいいのに」

「嘘つきたくないよ。それに嘘ついてもばれそうだし」

「彼、察しのいい人なんだ?」

「うん。わたしのことよく見ててくれてるよ」

「はいはい、ごちそうさまー」

 指輪はシルバーのファッションリングで、誕生日プレゼントとして結があげたものだがさほど高級なものではない。それでも照子は大切にしてくれている。それに、結のことをほめてくれていて、思わず結の口元が緩む。

「でもさ、もし婚約指輪なんかもらっちゃったとしてさ、それつけたまま殴ったら痛そうだよね。最強硬度パンチだ」

「殴って痛そうなほどの大きなダイヤのついた指輪がもらえたらね」

「あはは、そうか。彼氏さん頑張れ」

 照子は愉快そうに笑っている。

 自分の話題で盛り上がる照子達に結は思わず仕事を忘れてしまいそうになる。

(けど、鉱物の硬度は打撃に対する耐性を表すんじゃないんだよな)

 今度照子と恋人同士としてデートなどした時は、何気なく教えた方がいいのかな、などと、結はぼんやり考えた。

 この状況が打開されれば、その時はプロポーズだ。

 そのためにも、仕事はきっちりとしなければ、と結は気合いを入れ直した。


(了)

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