第4話 彼女と出かけた
彼が彼女に案内されてきたのは近所の動物園だった。それなりに広く遊園地の施設なんかもあり、ゴールデンウィークでもない普通の休日なのに家族連れで賑わっている。
ささらは入り口で豚郎を待たせ、入場券売り場に向かった。財布からお金を出して売店のおばちゃんに言う。
「大人二枚お願いします」
「子供じゃなくて?」
「わたし大人だから! 高校生だから!」
「はい、学生さんね」
「……」
ささらは微妙そうな顔をして戻って来た。豚郎にチケットを一枚渡して宣言する。
「よし、今日は楽しもう!」
「おお!」
何となくつられるように言ってしまったのだった。
太陽が眩しい。慣れない場所だ。
最初は気が乗らなかった豚郎だが、彼女が楽しそうに駆け回っているのを見て何だか楽しさが伝染してきてしまった。
ささらが手招きしている場所へ向かう。
「ほら、豚がいるよ。ぶーぶー」
また歩いていって今度は触れ合いコーナーで何だかよく分からない動物を抱いている。
「わあ、いい毛並。気持ちいい」
あちこち散策して彼女は満足したようだった。
「あー、楽しかった」
「うん」
休憩コーナーのベンチで二人並んで座る。
楽しい気持ちは豚郎も同じだった。ささらは豚郎の方を見て何かに気づいたようだった。目を丸くして言う。
「あ、今なら抜けるかも」
「何が?」
「呪いよ。何のためにここへ来たと思ってるの」
「ここでやるの?」
豚郎は身構える。それは彼女のやることを警戒してのことではない。ささらは休日を楽しむ人々で賑わう周囲を見て言った。
「ううん、ここでやって誰か別の人に移られるとやっかいだし、どこか人のいない場所に行きましょう」
彼女が立ち上がって豚郎も立ち上がった。
「ここがいいかもしれない」
あちこち探してささらが足を止めたのは広い池のボート乗り場だった。都合のいいことに今はあまり利用している客がいない。
豚郎は途中で見た人気のないトイレはどうかと提案していたが、ささらは嫌だと断っていた。
ささらは池の入り口のボート乗り場のおじさんにチケットを渡すと、豚郎をボートに乗せて自分からオールを持って池の中央まで一気にボートを漕いでいった。
観光が目的ではないのだから早く用を済ませたいのは分かるが、少し残念だと豚郎は思った。
ボートを止め、ささらは漕いでいたオールから手を離した。
「ここなら二人っきりね。よし」
ささらは腰を上げた。危ないので真っ直ぐ立ち上がることまではしない。背をかがめて近づいてくる。豚郎は緊張に身構えた。
「優しくしてよ」
「優しくするから。前にもやったでしょ。ほら、とんとん」
ささらが豚郎の体を軽く叩くとそれはあっさりと出てきた。宙を漂う黒い魂のような物を二人で見上げる。
「これが呪い?」
「そうよ。こいつは人に取りつく物だから人の居ないこの場所ならどこへも行けないわ。後はこれを捕まえれば」
ささらは瓶を手にして立ち上がった。これで終わる。
豚郎は嫌だと思った。これで終わるのが嫌だと。
ごくわずかにボートが揺れた。それは豚郎のささやかな不満だったけど、立ち上がったささらはバランスを崩して倒れた。
「キャア!」
「ちょ、大丈夫!?」
幸いにも池に落ちることはなかったけど、ささらはどこかを打ち付けたのか気を失っている。
その口に呪いがするりと入っていった。
「ささら、しっかりして。起きてよ」
豚郎はまずいことになったと思った。
軽く叩いてみても呪いは出てこない。彼女が目を覚まさない。どうしていいか分からない。
ボートには利用の時間制限があるし、いつまでもこうしていたら怪しまれるかもしれない。人が増えるとやっかいだ。
とにかく人のいないところへ。ささらがそう言っていたから豚郎は場所を代えることにした。
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