第2話 彼女と話をした
冷静さを取り戻した彼女は部屋を出てリビングに戻っていった。部屋にこもっていても事態が進展しそうにないので彼も少し遅れて向かっていった。
「覚悟は決まったようね」
彼女はここが自分の家であるかのようにテーブルにお茶を置いて床に座布団を敷いて待っていた。彼は彼女の向かいに置かれた座布団に座った。
彼が座るのを待って彼女はさっそく話を切り出してきた。
「そう言えばまだ名前を聞いてなかったわね。わたしはささら。あなたは?」
「豚郎だけど」
「?」
彼女は可愛らしく小首を傾げた。年端のいかない少女らしい純粋な動作だった。彼女が理解していないようなので彼はもう一度言ってやった。
「豚郎(ぶたろう)だけど」
「…………ップ」
彼女は頬を膨らませると急に腹を抑えてゲラゲラと笑い出した。
「豚郎、豚郎って、何その名前。変なのー!」
「僕だって好きでこの名前を名乗っているわけじゃない。親に言ってくれ。僕には何の責任もないんだ」
「そうね。あなたは何も悪くない。これもきっと呪いの仕業」
彼女は笑いを納め、お茶を口に含み、今度は盛大に吹き出した。
「プッ、はっはっはっは」
こぼれたお茶を拭くこともせず、テーブルをダンダンと叩き笑い転げている。
「何がそんなにおかしいんだよ! 君だって、君だってなあ!」
彼は何か言い返そうとしたが、それ以上は言わなかった。彼女があまりにも面白おかしそうに笑っているから言う気が削がれてしまったのだ。
彼女の笑いが収まるまでしばらくの時間が必要だった。
「それで呪いを解くのってどうするんだい?」
豚郎は本題に戻った。
この名前が呪いのせいならすぐに解除しないといけない。ことは一刻を争う事態である。彼はそう認識した。
ささらは鞄から小さな小瓶を取り出して答えた。
「あなたの体を叩いて呪いの素を追い出してからこの瓶に詰めるのよ。簡単でしょ」
「うん、簡単だね」
よく分からないけれど簡単と言われたら簡単な気がする。
その答えを聞くとささらは立ち上がって近づいてきた。豚郎も立ち上がろうとしたが止められた。
「そのまま。じっとしてて」
手のジェスチャー付きでそう示されつつそう言われる。豚郎は緊張した。
「痛くしないでね」
「そんなに強く叩かないから。呪いを揺さぶって出てきてもらうだけだから力を抜いて」
「うん」
言われた通り力を抜くと、ささらは彼の肩をとんとんと叩いた。
「?」
「?」
二人して首を傾げる。ささらは彼の目を見た。
「なんで出てこないの!?」
「僕に言われても」
「うーん、ちょっとじっとしてて」
「うん」
言われたままにじっとしてると、ささらは彼の腹に耳を押し付けてきた。
「ちょ、ささらさん!?」
おっぱいのない子供には興味が無い豚郎でも慌ててしまう。ささらはその体勢のまま注意してきた。
「静かにして。今調べてるから」
「うん」
豚郎はじっと彼女の頭を見つめながら待った。綺麗な黒い髪が良い匂いをしていると思った。しばらくして彼女は頭を離して見上げてきた。
「呪いが住み着いてるのは確かだと思う」
「うん」
触れていた手も放してささらは離れた。彼女が離れたことを豚郎は少し残念に思った。
ささらは豚郎の頭から足の先まで見て言った。
「あなたの体がよっぽど広くて落ち着くのね。だからちょっとしたことでは出てこないんだわ」
「体かあ。住み心地なんてあるのかな」
豚郎はまじまじと目の前の少女を見つめた。彼女は気が付いて眉根を寄せた。
「どうせわたしの体は小さくて落ち着かないわよ!」
「何も言ってないじゃないか。君こそ誰がデブだよ!」
「言ってないじゃない! とにかく!」
ささらはごほんと咳払いして話を打ち切った。豚郎は嫌な予感がした。
「どうするんだい? まさかあきらめるわけじゃないんだろ?」
ここまで聞かされて止めるなんて言わないで欲しかった。なんとかして呪いを解いて欲しかった。
だが、ささらには何か考えがあるようだった。
「外から叩いて出てこないんじゃ中から攻めるか」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。それはそれで何か背筋の冷えるような思いをするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます