第22話 夏の終わり

 フィオレの剣から溢れる光がさらに二人の足元へと広がって、光の台座となって二人の体を押し上げていく。

 今まで地上の者達を見下す立場だったファイダはその姿を見上げた。その瞳に破壊のレーザーのエネルギーが集中されていく。


「ぶちかませ! フィオレ!!」

「うあああああ!!」 


 光の剣が振り下ろされる。ファイダの発射したレーザーを切り開いて進んでいく。その剣が届き、ファイダの体の大部分を切り裂いた。

 だが、完全にではない。


「駄目だ! 浅い!」

「公太郎の能力がチートの力を支えるには不十分なのですよ!」

「フィオレ! もう一発行けるか!」

「うん!」


 フィオレはもう一度さきほどの一撃を放とうと構える。だが、遅い。崩れ去る体から全てのエネルギーを頭部へと回したファイダはそのまま頭を切り離して飛びかかってきた。


「駄目だ! 間に合わない!」

「え? 公太郎ちゃん!」


 公太郎はフィオレをかばってその体を突き倒した。公太郎を狙ってファイダの巨大な口が迫ってくる。


「公太郎ちゃーーーん!!」


 フィオレが叫ぶ。その時、横から飛んできたのはカボチャだった。

 遠くからロケットのように飛来してきたミスターカボチャの頭突きはそのままファイダの横顔面をえぐり込み、ファイダを地上へと落としていった。

 カボチャの頭が砕け、そこから金色の髪が舞う。


「お姉ちゃん! そっちに行ったよ!」

「任せて!」


 エンデのムチがうなり、ファイダへと叩き付けられる。そして、残ったわずかな力を失ったファイダは今度こそ完全に消滅した。



「あんだけやったのに何で俺達が優勝じゃないんだよ。なんか納得できねえなあ」


 戦いが終わり、戻ってきた宿の部屋で公太郎は寝転んでぼやいていた。フィオレは行儀よく座っている。


「まあ、良かったじゃない。エンデちゃん喜んでたし、わたしは元から参加してなかったんだし」


 あれから大会はエンデの優勝となり、彼女は表彰台で嬉しそうに喜んでいた。公太郎はセインがしきりに歯の浮くような言葉を並べてきたり、おっさんが一緒に食事に誘おうとしたりしてくるのを断って、フィオレと一緒に会場をあとにしてほどほどの所で帰ってきていた。


「まあいいけどよ。元からファイダにとどめを刺した奴が優勝って決まりだったしな。それよりお前はもう大丈夫なのか?」

「うん、あれから少し休んだしね」

「念のためにもう少し休んでろよ。急ぐような旅でもないんだしな」

「うん、ありがとう」


 そう話していると、部屋のドアが開く音がした。


「ただいまー」

「ただいま」


 元気なエンデの声の後に、少し控えめな少女の声が続く。公太郎は起き上がって返事をした。


「お帰り、エンデ。それにミスターカボチャ」

「ミスターカボチャって言わないで」


 エンデの後ろに隠れて控えめな少女が不満の声をもらす。


「お前がそう名乗ってたんだろうが」


 公太郎はエンデの背後に隠れようとするその少女に近づき、その髪をくしゃくしゃと撫でた。


「うー、気持ちいい」

「公ちゃん、あんまりミシルをいじめないでよ」

「気持ちいいって言ってるじゃないか」

「気持ちよくない!」


 ミシルははっと我に返って再びエンデの背後に隠れた。


「あらら」


 それをエンデとフィオレは困ったような笑みを浮かべて見ていた。



「お前、始めからそいつが自分の妹だって気づいて、つるんでたのか?」


 公太郎はエンデにさりげなく訊いた。その視界の隅でフィオレがミシルを手招きしてお菓子を食べさせ始めた。


「ううん、あの子はカボチャが好きだから、なんとなくそうかなと思い出してただけ」


 エンデの話はこうだった。

 ミシルは昔からカボチャが好きだった。そして、人前では酷く緊張して上がる性格だった。

 そんな彼女にエンデは言った。


『人間なんてみんなカボチャだと思えばいいよ』


 ミシルはカボチャになった。


「へえ、そんなことってあるんだな」


 公太郎は幸せそうにお菓子を食べているミシルを見る。それを見て公太郎もお菓子を食べたくなってきた。


「あ、俺にもお菓子くれよ」

「あたしもー」


 そして、4人でお菓子を食べたりゲームをしたりしてその夜はふけていった。



 数日後の朝。駅前の広場。


「うーん、夏を満喫したー!」


 そこにはとても上機嫌な様子の姫様の姿があった。


「たくさん遊んだし、食べたし、砂浜を侵略しに来た巨大イカも退治したね」


 エンデは日焼けしていた。公太郎はうなずいた。


「ああ、あれは良い戦いだった。フィオレも参戦してよかったんだぜ」

「わたし、イカはちょっとね」

「姫お姉ちゃん、帽子ありがとう」


 ミシルはフィオレに帽子を買ってもらっていた。その帽子には小さなカボチャの飾りがついていた。


「さて、行こうか。ミシル」

「うん」


 エンデは立ち上がり、ミシルと手を繋いだ。


「もう行くのか?」

「うん、もうたっぷり遊んだし、妹もいるしね。一度国に帰るわ。お姉さん達はサンガーを倒しに行くのよね。あたしの船を使っていいから、頑張ってね」


 それは前に話し合ったことだった。

 フィオレがランバルディア大陸に雷の魔獣サンガーを倒しにいくことを伝えると、エンデは快く大会の優勝賞品だった船を使っていいと申し出てくれたのだ。


「エンデちゃん、今までいろいろありがとう。元気でね」

「公ちゃんと姫姉さんもね。それじゃ」


 エンデが手を振り、ミシルと手を繋いで去っていく。

 公太郎とフィオレはその背が見えなくなるまで見送っていた。

 列車が発車のベルを鳴らして走っていく。そして、また新たな列車が到着する。

 フィオレはそっと公太郎の手を握ってきた。その手は震えていた。


「公太郎ちゃん、どうしてだろうね」

「フィオレ……?」

「わたしはずっとこの危険な戦いにみんなを巻き込みたくなくて同行を断ることばかり考えていた。でも、今は別れることが辛いの」


 フィオレは泣いていた。その思いが繋いだ手を通して公太郎にも伝わってくるようだった。もしかしたら公太郎も同じ気持ちを抱いていたのかもしれない。


「また会えるさ」


 公太郎はフィオレの手を握り返して、青い空を見上げた。


「この同じ空の下にいるんだしさ。この戦いが終わったらまたみんなでここに来ようぜ」

「うん、いつかきっとね」



 荒れ狂う暗い海の向こう。日の光の刺すことのない雷雲が広がる下にその大陸はあった。

 ランバルディア大陸。荒れ果てたその大地に人の姿はない。

 そこで最後の魔獣、雷のサンガーが待ち受けている。

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