第16話 夏の国へ
床の下を車輪が軽快にレールを叩いて進んでいくテンポのいい金属音がする。見晴らしのいい窓の外を緩やかな緑の景色が流れていく。
雪山を降りた公太郎とフィオレは、そこの小さな町の駅から列車に乗って次の目的地を目指していた。
列車は駅で見た感じの外観では公太郎の知る現代の物より古そうな感じがしたが、乗ってみると意外と中は綺麗で快適で現代の物にもひけを取らないものだった。
「次はどこへ行くんだ?」
公太郎は一旦弁当を食べていた箸を止めると、向かい合った席で幸せそうに一緒に駅で買った弁当を食べているフィオレに訊ねた。
「もぐもぐ、南の王国、もぐもぐ、トコナッツ王国よ、ごくごく、そこの火山でね、もぐもぐ、炎の魔獣が、むぐむぐ」
公太郎は身振りでその話を止めさせた。
「俺が悪かった。その話は弁当を食べ終わって落ち着いてからしよう。な?」
その提案にフィオレはうなずき、電車と風の音がする静かな時間が流れ始めた。そこにちっこい少女の姿をした神様が現れた。
「トコナッツ王国とは随分としょぼい名前の国ですね、公太郎」
公太郎はその話に付き合わなかった。ただ目の前の少女や外の景色を眺めたりしながら弁当の箸を進めていく。
無視された格好の神様はさらに公太郎に近づいてきて声を掛けてきた。
「ねえ、公太郎、この神の言葉に答えてください。最近付き合いが冷たいのではないですか?」
あきらめない神様に、公太郎は声を潜めて答えた。
「今は黙っててくれよ。一人で話をしてる変な奴だと思われるだろうが」
人の多い場所に出てきて公太郎もその自覚が出るようになってきていた。今の神様は公太郎と同体の存在となり、幻の投影となっている今のその透き通った姿は他人には見えないし触れもしないのだ。
話していると変な奴だと思われてしまうのは当然だろう。神様は納得した様子ながらもぷいっとむくれてしまった。
「もう、分かったですよ。邪魔者は素直に消えておくことにしますよ。その代わり後でたっぷり話をしますからね」
神様は公太郎から離れて姿を消そうとする。だが、その前に通路を歩いてきた少女にぶつかってしまった。
「キャア!」
「あう!」
少女がよろめき、神様が椅子に倒れる。公太郎は慌てて立ち上がって、迷惑をかけた少女に向かって謝った。
「こら、お前なにやってるんだ! どうもすみません」
「いえいえ」
少女は魔法使いのような三角帽子をかぶりマントを着た金色の長い巻き毛が印象的な少女だった。彼女は気さくな笑顔で応じてくれてその場を去って行った。
「公太郎ちゃんでも謝るんだ」
その様子をフィオレは面白そうに見つめていた。
「るっせー、俺でも常識ぐらいは知ってるんだよ」
「でも、今何があったの? 何かぶつかったみたいだったけど」
「え? あー、ちょっと腕がぶつかってな」
「ふーん、腕がね」
「次からはノロマでも避けれるように気をつけとくぜ」
公太郎は席に戻り、再び弁当を食べ始めようとした。が、その箸がすぐに止まる。
神様は他人には触れない。ぶつかることなどありえないはずだ。
そうと気づき、改めて神様に向かって手を出すが、その手はやはりすり抜けた。
「今の女、なんだ!?」
公太郎は慌てて席から身を乗り出して背後の通路を振り返るが、そこにはすでに先ほどの少女の姿はどこにもなかった。
「公太郎ちゃん、どうしたの?」
フィオレは不思議そうに声を掛けてくる。公太郎は席に戻って誤魔化して答えた。
「いや、ハエが飛んでいるような気がしてな」
「もう夏だからね」
言われるまでもなく周囲は段々と暖かくなってきていた。
その平和な穏やかさに包まれて、公太郎はすぐにその不思議な少女のことを意識の外へと追いやり、気にしなくなっていった。
青々とした夏草の草原が広がる中を列車が軽快な音を響かせて走っていく。
遠く前方に見え始めたのはトコナッツ王国の街並み、そして城。さらに遠くには今は活動を休止している火山が見える。
「あれが炎の魔獣ファイダのいる国か。奴がいるとしたらおそらく火山ってところだろうけど、その前に町で情報を集めていくか」
少女の金色の髪と青いマントが風になびいていく。神様とぶつかったその少女は列車の屋根の上に昇って遠くの景色を眺めていた。
気が付いた車掌が列車の上に顔を出して叫んでくる。
「こら、君! 危ないからそこから降りなさい! 列車の上に乗ってはいけません!」
「特等席だと思ったんだけどそうでも無かったか。ええ、分かったわ。着いたら降りるわ。このエンデ様があの街にね」
振り返った少女と車掌が見つめあう。
数秒の時間が流れていく。列車が走り、風が吹き抜けていく。
「降りなさい。今すぐです」
「はい」
車掌の再度の要求にエンデと名乗った少女は素直に答えると、しゃがんで列車の縁に手を掛け、そのままそこを軸にして身をひるがえして、窓から車内の自分の席へと飛び込んでいった。
「あの子はモンキーか!」
そんな車掌の驚きの声に彼女は耳を貸さない。
エンデは行儀よく席に腰かけると、さっき買ってきておいたジュースのストローに口を付けた。
「トコナッツ王国か。面白くなりそうね」
窓の外に向けられたその瞳が不意に何かに気づいたかのように見開かれた。
「そう言えばさっきの生き物!?」
彼女が席を立とうとしたその時、まもなく街に列車が到着することを伝えるアナウンスが流れ、列車は速度を落としていった。
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