第五部 三章 -手は結ばれ、気持ちは繋がれて-
イルダちゃんとの再会は意外だったけど、その場でもっと意外な人物が私達の目の前にドタバタ現れた。その姿に見覚えがあって私達は声を上げる。
「あ……!」
「アンタら……!」
いち早く気付いた私とフジタカが相手とばっちり目が合う。小太りの狐の獣人と赤髪に日焼けした肌の人間。会ったのは一度だけだけど……。
「ハッハァ!もしやと思ったけどコイツァ良い!なぁ、ミゲル!」
「あぁツイてるかもな」
二人で顔を見合わせるその姿を見たのはしばらくぶりだった。
「リッチのおっさん……」
「ミゲルさん!」
「へへ、久し振り!ザーナちん!」
大きな声で村人達が自然に道を開ける。チコとレブも知らなかったみたいで二人の姿を見て固まっていた。
「ナイフでビアヘロを消し去るインヴィタドを引き連れたセルヴァ出身の召喚士……。なるほど、それが君だったんだな」
「……ども」
歩み寄るミゲルさんにチコが顎を突き出す様に会釈する。
「二人とも、どうしてここに?」
フジタカの質問に二人が同時に口を開こうとする。それに気付くと二人で表情を緩めた。この人達の笑顔を見ているとこっちまで自然に笑えそうに思える。
この前に会った時はトロノに行ってアルパやピエドゥラに向かうと聞いてたけど……。
「散り散りになったエルフ達と会っている。そこの子達も含めて、入用があると思ってな」
「だけど調べるとこからが大変で!その辺はミゲルが得意だから安心なんだけど!」
「調子良いな。任せっきりって言うんだぞ、そういうの」
「バレてたか!」
そして大声で二人は笑う。不思議とうるさいとは思わない。
「それでセルヴァに来てたんですね」
「ビアヘロが出たって言うからどうしようと思ってたら、トロノから召喚士が来てくれるって言っててね」
「まぁさかザナちん達とは思わなかったわな!」
私達もまさかセルヴァで会う事になるとは思わなかった。イルダちゃんに続いて、別の地で知り合えた人が集っているなんて。
「で、ビアヘロが退治されたと聞いて召喚士の顔を見に来たの!」
「今じゃ知り合いも減ってるしな」
言って、ミゲルさんが私の肩を抱いた。しかも、リッチさんも。そして二人は速足で私を村の人達から離す。
「まぁまぁまぁ!」
「え?え?えぇぇぇっ?」
「まぁまぁまぁ」
振り向くと、レブがこっちに来てくれ、他の人達は私達を見ている。
「ちょーっと相談、良いかな?」
二人が私を解放して、今度は耳打ちする。レブに大丈夫だから、と言って私は二人に向き合った。会話は向こうの人達にはフジタカ以外には聞こえてないと思う。
「なんでしょうか……」
「これから馬車に乗ってトロノに戻るんだよね?」
「僕達も一緒に乗せて欲しいんよ!」
改まって言われた事に私は目を丸くする。
「無賃乗車したいのか」
「あう!耳にイタイっ!」
「否定はしないけどさ」
リッチさんがレブの言葉に長い耳をわざとらしく押さえて身を反らす。ミゲルさんも苦笑したが頷いた。
「顔馴染みだったらなー、って見に行ったらまさにザナちんがいたわけ!」
「こっちも宿泊費とかカツカツになっててさ。一旦トロノで稼がないとまずいんだ」
レブが私を見上げた。……仕方ない。
「チコぉー!」
「なんだー」
私が声を張り、チコが返事を返すとこちらにフジタカとやって来る。村の人にはルビーから話していてもらおう。一番話していたいのはルビーだろうしね。
「この二人も馬車、一緒に乗っちゃダメかな?」
「は……?」
フジタカは聞こえていただろうから何も言わない。チコは面食らった様で目を丸くした。
「経費、出てるんでしょ?オネガイっ!」
「この通り!」
両手を合わせ、頭を下げて二人はチコにも頼む。狭くなるとか、それは構わないけど私が勝手に言う訳にもいかないし。
「……別に、二人くらいなら入るし良いんじゃね」
投げやりにも聞こえたがチコが認めた。聞き逃さずにリッチさんは耳と顔を跳ね上げた。
「さぁすが、ビアヘロ退治はお手の物の召喚士!懐も深いっ!」
「……へへ、まぁ、な」
チコが鼻の下を指で擦って笑う。ふさふさの尻尾を振るリッチさんに対してミゲルさんもホッと姿勢を崩す。
「すまない。金は無いが、何かできる事は言ってくれ」
「おお!何でも無償でする!この恩は返さないとな!」
ミゲルさんとリッチさんからの提案にチコは腕を組んで数秒、私を見た。
「あー……そう言うのはザナに言ってくれ。俺は別に」
「え?」
急に振られて私も聞き返す。だけどチコはすぐに背中を向けて皆の方へ戻ろうとした。
「俺、今機嫌良いから。お前だってルビーに召喚士の何たるかを教えて疲れたろ?その報酬は二人から貰えよ。だーいじょうぶ、別に後から寄越せなんて言わねぇからさ」
チコとフジタカに置いて行かれ、私はとりあえず二人に向き直る。チコが上機嫌になったのって多分リッチさんに褒められたから、だよね……。
「えっと……」
「遠慮しないで言ってな!」
「安上がりにはしたいが、タダでとまでは言わないからさ」
すっかり乗り気の二人に詰め寄られ、私も困惑してしまう。こっちで決めて良いと言われても特には……。
「あ」
「お、どーしたザナちん!閃いちった?」
この二人と言えば武具の手入れ用品を扱っている商人。前はトーロが錆止めを買っていた。
加えて言うなら、リッチさんは装飾品も扱っていた。それを踏まえて、思い付いた事がある。
「あの、これ、なんですが……」
「むお?なーんかすっげえ綺麗なの出てきた!見ろよミゲル!」
「どれ……。本当だ、何だこりゃ!」
私は服の収納にずっと入れていた一枚の鱗を取り出してリッチさんに渡した。ミゲルさんと二人で陽を反射させて声を張る。二人が感嘆したのはそう、私が以前トロノでレブに貰った彼自身の鱗だった。
「それを首飾りに加工……とか、お願いできないですか。竜の鱗……です」
「りゅう?」
「りゅー?」
「………」
無言でレブが顔を背ける。首を傾げて二人がこちらを見るので、一度だけコクンと頷いた。
「あー……そういう事ね。いいなぁ、コレ」
ミゲルさんが鱗を手に取って眺める。レブの方を見たから、多分どこから入手したのかは察してくれていると思う。
「でもどうする?俺の道具でコレを加工なんてできねーぞ!」
私も気にしていた。だって竜の鱗と言えば火は通さないし魔法も効かない。生半可な鉄では変形させる事も叶わない存在だ。……加工するとしたら、それをそのままの形で覆うしかないのかな、と思っていた。
「無理……ですよね、やっぱり。でしたら……」
ルナおばさんに言われた事もある。ただ持ち歩くよりも失くす心配がなくなるかなと考えて、たまたまリッチさん達に会えたから思い付いただけの事だし……。
「あいや、引き受けた!」
「おいリッチ……?」
一度私の手に鱗を戻して、リッチさんはお腹を叩く。意外な返事にミゲルさんも自分の相棒の顔を覗き込んだ。
「まぁ一から設備を用意してあーだこーだと加工して!普通にやったんじゃ割に合わないっ!が!そこは僕達のツテを頼めばどうにかできるっ!だろ?」
「そんな鱗……あっ」
何か心当たりがあるみたいで二人を顔を見合わせた。……私も一人、思い付いてしまう。
「ザナちん、トロノまで待っててくれねぇか?」
「もしかしてリッチさんのツテ、って……」
「あぁ、トロノの鍛冶師、セシリノ・エナノーだよ!」
直接話をする事はなかったが二人はトロノの召喚士から聞いたのか、カンポで何が起きたか知っている様だった。意識的に向こうの地方やコラルの話も振ってこない。おかげで、二人が話し続けてくれたから自然に私達の雰囲気も明るい物に変わり始める。
チコだってやたらフジタカに何か命令する事はなくなった。フジタカの語学にもぶつくさ言いながらも付き合っていたし。ルビーは初対面のミゲルさんとリッチさんに終始圧倒されて質問攻めを受けていた。喋り好き同士、話していて盛り上がったのだと思う。
私とレブは特に変わり無し。家で話した召喚士とインヴィタドの関係については深刻に悩む様な事とは考えていない。私達にとっては今の関係は互いにとって摩擦や齟齬は生じていないのだから。
三日後、トロノに戻ってすぐに私はミゲルさんとリッチさんにレブの鱗を渡した。ポルさんとセシリノさんに会いに行くと言っていたから少し時間は掛かるだろう。
「……よし」
トロノ支所に戻ってまず私がやったのはセルヴァで遭遇したビアヘロ退治に関する報告書の作成だった。本当はトロノから戻る前、セルヴァから出発する前に書きたかったのだけど、ルビーが書き方を教えてほしいと言うものだから腰を据えて取り組んだ。
「私も書けた!これでどうかな」
「見せて」
図書室の向かいでカリカリと羽ペンを走らせていたルビーも顔を上げる。紙を受け取って本文を一読させてもらう。
そこにはセルヴァに向かうまでに私やチコがルビーに教えた事、ビアヘロを見付けるまでの過程やフジタカの対処、遭遇して感じた事が事細かに記述されていた。私とレブが“らしくない”事についても率直に書いているし、ミゲルさんやリッチさんみたいな召喚士とインヴィタドもいた事へも素直に記してある。
読んで感じたのはどちらかと言えば肯定的。リッチさん達にセルヴァで会えたのはルビーにとっても良かったのかも。フジタカとイルダちゃんの事も書いてある。
「うん、良いんじゃないかな。特に報告書で言われた事もないし」
いい加減なのか、しっかり見てもらった上での評価なのか。特に書き直しを指示された事はない。カルディナさんの描き方を真似たからというのもあるのかな。
窓の外は暗くなっていたがまだまだ宵の口。所長室に灯りは点いており、扉を叩くとすぐに返事がする。レブは来たがらなかったので部屋に戻っていた。
「どうぞ」
「失礼します」
「失礼、します」
私とルビーが所長室に入るとブラス所長は目を丸くした。……やっぱり少し煙草臭い。
「あれ?お嬢さん方、どうしたの?」
「今回のビアヘロ退治の報告書の提出に」
私が紙を差し出すと所長は灰皿に煙草を押し付けてから受け取った。
「なんだ、疲れてるだろうに。今までこれ書いてたの?明日で良かったんだよ」
「いえ……早くご報告をしないと、と思いまして!」
ルビーが意気込んで言うものだから所長の口元も緩む。
「仕事熱心なのはこっちとしても有難い。しっかり読ませてもらうよ。初めてのビアヘロはどうだった?」
「はい!特待生だけあってチコの力を見せ付けられたと思いました!まだまだ、私も頑張らないと……」
「はは、期待しているよ」
軽く笑ってブラス所長が続いて私を見る。
「ザナ君もご苦労だったね。普段と勝手が違ったろ?」
「いえ……」
どうしてだろう。カンポから戻って来た時の所長と、今の所長が同じ人なのかと思うくらいに雰囲気が違って見える。あの時と今とは状況が違うのは分かっているのに。
「……ところで、チコ君は?一緒に戻ってきたのではないのかな?」
「チコなら報告は私に任せると言っていました」
明らかにいないのに手をかざしてきょろきょろと見回す所長に答える。チコなら疲れてるし、どうせ同じ内容の報告を幾つしたって変わらないと言って私に任せるというか、押し付けたんだ。実際その通りだし、言ってしまえば私はセルヴァで何をしたわけでもない。これくらいはやって当然だ。
「困るんだよなぁ、そういうの勝手に判断されると……」
「すみません……」
机に腰掛けて所長は私の書いた報告書を読み始める。平謝りすると手で制止された。
「いいんだよ、ザナ君の報告書はいつも読みやすいからさ。……うん、うん……。……うん、内容は把握した。ナイフで一撃ね……」
「あ、これが角です」
慌てて私はしまっていたジャルの角の先を所長に渡した。せっかくフジタカが残してくれたんだからちゃんと持っていってもらわないと。
「これ、角の先だけなんでしょ?こんなの相手によく戦えるよなぁ」
渡した角の大きさはだいたい短剣くらい。フジタカのナイフよりも少し長いくらいだった。全体はその数倍はあったと思う。
「彼の力……増してるんだね」
「使いこなしてるんです。たぶん、力は元からあったのかなって思います」
「成程ね」
使い方が分からない、と自分でも周りからも言われていたフジタカが自覚した。それだけで飛躍的に強くなっている。
「所長……ニクス様の護衛は」
「その話は終わっているよ」
私が前の話をもう一度持ち掛ける。しかし相手も同じだった。途端に目に力を宿してこちらを見る。
「………」
だけど私だって諦められない。ニクス様に護衛の数が必要なのは明らかだもの。
「……はぁ」
しばし見詰め合って、先に折れたのは所長だった。
「契約者に拘って痛い目に遭ったのに」
「だからこそです。まだ私やレブでは分不相応なのですか?」
ルビーは話を知らないから話に入ってこられない。横目で見て少し申し訳ないとは思うが、この場を借りないと言えそうになかった。
「チコ君のインヴィタドだろうと答えは変わらないよ」
「ビアヘロとは戦わせるのに、ですか」
ぼりぼりとブラス所長は自身の顎髭を人差し指で掻いた。
「君達なら勝てると思ったからお願いしたんだよ。だけど……フエンテは別だ」
その単語を聞くだけで私の肌が泡立つ。ルビーもフエンテと聞いた途端に私と所長を交互に見ていた。
「君達はフエンテ相手に十分すぎる程に戦った。これから先は特待生だからと優遇はできない。一人前以上の力を持つ召喚士達の世界だよ」
「………」
一人前でも足りない。何が足りない、って魔力や腕力ではないとは分かっていた。だからこそ、今の私に無いモノで言い返す事ができない。
「大丈夫、思ってるよりも心配ないよ。ザナ君にも頑張ってもらったんだからね」
……違う。あの場で私は、インペットを一体倒しただけ。自分の身を守る事しかできなかったんだ。
「あの、ニクス様はどうされましたか……?」
ブラス所長は頬を掻いてから笑う。
「その辺にいると思うよ?誰かの研究室かな」
「そう、ですか……」
どこかに行ってしまわれたわけではないんだ。
「……さ、今日は休みなよ。疲れてるんだろうからさ」
「はい。行こう、ザナ?」
「……失礼します」
言い返せないもどかしさに私は唇を噛み締めながらルビーと所長室を後にした。廊下に立って空気が変わったと感じる。
「お疲れ様、ザナ。今日はありがとう」
「ルビーこそ。初めてのビアヘロ戦だったんだもん」
「えへへ、思い出すとまだ少しドキドキするかも」
そう、ビアヘロとは何日経っても私達からすれば近寄る事もできないものだ。フジタカだからそれをこうして笑い話にしていられる。考え方を変えればレブの言う通り末恐ろしいのは彼の方なのかもしれない。
「私はもう部屋に戻るね。ザナはどうする?エマ達と話さない?」
「どうしようかな……」
そう言えば、トロノに来てから全然話していない。
「……私はお風呂に入ってから戻るよ。やっぱり、疲れたし」
「そっか。じゃあ、またね」
「うん」
ルビーが先に廊下を進んでいく。その背を見送ってから私は自分の腕を嗅いだ。
「レブ……臭い、って言いそう」
廊下と室内じゃ空気の通りが違うんだなぁ、やっぱり。私はすぐに浴場へと向かった。
「ふぅ………っ」
汚れと共に今日の疲れや嫌な物を洗い流して私は身体を拭いた。トロノ支所の浴場って狭いし長居したくないんだよね、あんまり。
食糧庫の一角に隠したブドウ酒の発行具合を確かめてから部屋へ戻る。もう少し、時間が掛かりそう。
「遅かったな」
部屋を開けて、開口一番にレブが椅子に座ったまま言った。目を閉じていてもしっかり起きて待っていてくれたんだ。
「報告もあったし、お風呂に入ってたの。寝てて良かったんだよ?」
「起きていたのは私の勝手だ」
はいはい、とレブの横を通り抜けて私はベッドに倒れた。
「私が寝るのも、私の勝手?」
「そうだ。だが、明日はどうするか決めてあるのか」
枕に頭を押し付けたまま私は頷く。
「ポルさんとセシリノさんに会いに行こう」
「……果物屋の前も通るか」
「えー……」
意識がどんどんベッドの毛布に沈み込んでいくのが分かる。早く、答えないと……。
「たまにはブドウ以外も……」
「白ブドウでも良いぞ」
白ブドウで作るブドウ酒の方が良かった、かな……。でももう作ってるもんね……。
「楽しみに……してて」
「……あぁ、楽しみにしている」
レブの声が近付き、急に背中が温かくなった。そのまま、私は翌朝まで寝ていたらしい。
翌朝になって目が覚めると私は毛布を被って眠っていた。自分では包まった記憶が無い。
「ブドウと白ブドウ。たまには味わいを変える事も良いのかもしれないな」
「だったらリンゴとか梨も食べなよ」
しかも被っていた毛布はレブが普段使っていた毛布だった。もしかしてレブが掛けてくれたの?と尋ねたがそこは答えてくれなかった。でもレブは話をはぐらかさないで黙るから十中八九そうなんだろうな。白ブドウの要求はしっかりされたけど。私の記憶は曖昧なままだった。
「偏食もデブの理由なんだぞ」
「太ってはいない」
そして今日はフジタカも一緒だった。チコはブラス所長に口頭だけでも報告をするようにと呼び出しを受けたらしい。一応許可は取ってやってきたらしい。
「フジタカ、今日は軽装だけど大丈夫?」
「おう、忘れ物は無いって。ほら」
今日のフジタカは鎧を身に付けていない。その姿で会うのって随分久し振りかも。肩を元気良く回した拍子に上着が捲れて今日もヘソが見えている。言いながらフジタカがナイフを取り出す。
「これだけあれば、少しは戦えるしな」
ナイフを軽く浮かせて掌で受け、感触を確かめている。今日フジタカはそのナイフの使い方を教えてくれたポルさんにお礼が言いたいらしくついてきた。
「ザナはどうしてポルさんとセシリノのおっさんのとこに行くんだ?」
だけど私はフジタカに理由を話していなかった。セルヴァを出る前のミゲルさんとリッチさんとの会話は聞こえていなかったみたい。
「どっちかと言うとミゲルさん達に会いたいんだけどね……」
レブの鱗を持っていかれたままだし。どちらかと言うと、鱗の所在を確かめる為に出掛けている様なものだった。
「作ってほしいって頼んでた物があるんだ」
「ふーん。なら、できてるといいな?」
「うんっ!」
レブが白ブドウを食べ終えるのを待って私達は工房の門を潜った。私達が入ると、既に四人の男性がひしめいている。更に三人が入ると狭そう……。
「おぉ、来たな」
「おぉ、ザナさんじゃないの!待ってたぜぇ!」
一人は槌を持った小柄な人間、ポルさん。もう一人大きな声を出したドワーフはセシリノさん。最後に会ってもうずいぶん経つ気がする。
「さん付けなんてしなくても」
「色々聞いてるからさ」
セシリノさんは顔中の汗を手で拭うとニカッと歯を見せて笑う。この前のセルヴァの事かな。
「フジタカも元気そうだな」
「……あぁ!」
短いながらもポルさんからの挨拶にフジタカもしっかりと返す。
「ザナちん!待ってたよ!」
「お前が呼びに行かなくてどうすんだ」
「ハッハァ!そうなんだけどさ!」
一日ぶりに会ったミゲルさんとリッチさんは奥に座って今日も元気だった。後ろにはレブとフジタカ。……なんだか男の人ばかりで居づらいな。
「そうそう、これを取りに来たんだろ?ついさっき完成したんだ!どーぞ!」
座っていたリッチさんが台に乗せていた何かを掴んで立ち上がる。私が掌を上へ向けるとそれを手渡してくれる。
「わぁ……!」
渡されたのはリッチ・フォウクスさん手作りの首飾りだった。三つ編みにされた細い茶色の革紐の先には金色の金具に縁どられたレブの鱗。更に中央には緑の小さな石が嵌め込まれている。
「その石は僕の提供!あと紐と金具の用意もね!」
「鱗を加工したのは俺だがな」
リッチさんが自分を指差し、最後をセシリノさんが引き取る。きゅ、と首飾りを握り締めて私は二人に頭を下げた。
「ありがとうございます!」
異世界のインヴィタド二人にこうまで素敵な物を用意してもらえるなんて。普通なら考えられない。
「いいんだよ!僕らだってザナちんのおかげで馬車賃浮かせたしね!飾り加工はいつもの事だからちょちょいのちょいっ!ってね!」
「でもこの石……」
エスメラルダ、とかじゃないよね……?やたら綺麗。
「加工した切れ端みたいな物だから気にしなくていいさ。寧ろ捨てる方が勿体無い」
教えてくれたミゲルさんと首飾りを交互に見る。やっぱり、売り物にするくらいの価値がある石なんだ……。
「しっかし、また竜の鱗を加工できると思ったらまさかの一枚だけ、しかも首飾りとは……豪華だわなぁ」
「そうですよね……」
削って飲めば万病に効くとか寿命が延びるとか逸話も多い竜の鱗。レブの血と効果はどう異なるのか聞かなかったけどいざって時は呑み込んだら命が助かる、とか……。
「変な気は起こすな」
「……うん」
今気にする事ではないよね、まして目的が違うもの。
「この鱗ってどうやって……」
「鍛冶の魔法だな。特殊な火を起こし、熱し、溶かし、曲げる。詳しくは教えられんぞ」
竜の鱗を加工する技術。流石にそれを聞き出そうとまでは言わない。聞いても真似はできないけど。
「わぁ……」
改めて見ても美しい。紫に緑という組み合わせはどこか毒々しい物を感じるかもしれないけど実際は違う。見ていると自然に気が落ち着いてくる。
「レブ、これ……首に下げても良い?」
「当然だ。貴様の物なのだからな」
尾の先をそわそわと揺らしていたレブにやっと聞いてから私は引き輪を外し首に巻いた。革だけあって肌にもよく馴染む。
「……フジタカ、似合う?」
「テレて聞く相手間違えんなよ」
手で数度鱗を撫でてから私がフジタカを見上げる。だけどすぐに人差し指で下を指した。
「……あの、レブ」
「言うまでもない」
まだ最後まで言ってないよ!
「逃げんなよ。言ってやればいいじゃん。似合ってるって」
「………」
顔を背けながらもちらちら私と首飾りを見ているだけで言いたい事は少し分かるよ。
「そっかぁ、ザナはこれを預けてたんだ……」
まじまじとフジタカに見られて少し身を引く。やっぱり少し私には派手かなぁ。
「似合ってるじゃん」
でもフジタカの飾り気の無い感想に少し胸を撫で下ろす。お世辞を言われるよりはそうかな、って思えるし。
「ありがとう、フジタカ」
レブの口から聞くのは……もうしばらく後かな。同じ感想かは分からないのが少し心残り。
「次はお前の番だぞ、フジタカ」
「へっ?」
私達を見ていたポルさんが不意に口を開く。フジタカも何の話か分からずに首を傾げた。
「お前に渡したアルコイリス、見せてくれないか」
ポルさんが手を出すのでフジタカも半ば反射的にナイフを取り出す。しかし、手に乗せる前に動きが止まった。
「うん?どうした」
「いや……日中だし消しちまうんじゃないか、って思って」
フジタカが気まずそうに耳を曲げるとポルさんの目の色が変わった。
「お前、何かしたのか……それで!」
「あぁ、まぁ……。この前のビアヘロ退治とかでも、ちょっと……」
敢えてカンポの話は出さなかったけど……。
「詳しく聞かせてくれ、ナイフに起きた変化も」
「………」
言いたくなさそうだった。だけど丸椅子を用意されては黙ってもいられなかった。結局、フジタカはベルトランやジャルとの戦闘を覚えている限りポルさんに話してしまう。ミゲルさんとリッチさんも流石に笑顔を消していた。
「……だから、使える様になったのは間違いない」
最終的にほとんどフジタカは足元の床一点を見詰めて誰に話すでもなく呟いていた。
「いいや、まだだな」
「は……?」
話を一通り聞き終えて口を開いたポルさんは首を横に振る。フジタカがやっと顔を上げる。
「事情は分かった。経緯はどうあれ、俺の予想通りの使い方をしたらしいって事もな」
「だったらさ……」
「あのな。俺がお前にそれを渡したのは、お前にそんな顔をさせる為じゃないぞ」
ポルさんが頭に巻いていた頭巾の位置を直す。その下から覗く目付きは鋭い。
一方でフジタカは今にも泣きそうな顔をしていた。何かを拒み、近寄るもの全てに震え上がりそうな表情で私達を見ているんだ。
「フジタカ」
「……っ!」
ポルさんがさっきと同じ様に手を差し出す。それすらもフジタカは身を強張らせた。
「覚えてないか?俺は、お前が失わせた物があっても俺自身は救われたんだ。だから俺はお前のできる事を増やす」
「……覚えてる。ここで話したんだからな」
「力の切り替え。それはお前の力の途中に過ぎない」
だから、と一度ポルさんは区切った。
「もっとお前は強くなれる。それをアルコイリスが証明した。俺はまだ、俺のできる事でフジタカの力になりたいんだ」
「………」
フジタカが自分の畳んだナイフを見詰める。
「もっと強かったら、って考えた事はあった。でも、その時に思ったんじゃ遅いんだ。だから強くなっておかないといけない」
ナイフを握った手をポルさんの手に乗せ、掴んでいたナイフだけ離す。
「だから頼む。俺のできる事に……力を貸してくれ」
「最初からそのつもりだった。任せろ」
刃が展開されていないから大丈夫、と思っていたけどフジタカにはそれすら意志を強く持たないといけなかったんだ。
「ほら、切り替えができるんだから平気だったろ?」
「あぁ」
ポルさんが口元を上へ曲げるとフジタカの表情も和らぐ。
「少し待っててくれ」
そしてすぐにポルさんとセシリノさんは私達に背を向けて何か作業を始めた。
「……ザナちん達、あの後の話なんだよな?」
珍しくリッチさんが小声になる。話題的にも、二人の作業の騒音防止にも仕方ないのかな。
「……はい」
「ココが……」
そうか、カンポにいたならココの事を知っていてもおかしくはないんだ。
「会った事、あるんですか?」
「明るい子だったな」
ミゲルさんも目線は下に向けながら思い出す様に微笑んだ。彼らの中では、最後のココも明るかったんだ。
「ザナちん達は……」
「決着したんです。フジタカの手で」
慰めや哀れみを私達に向けられても、意味は無い。だから遮った。
「なら、この話は止めにしよう。……な、リッチ?」
「……だな!ごめんな、無遠慮に聞いちまって!」
ミゲルさんとリッチさんには気を遣わせたな。
「気にしないでください。……ね?二人とも」
レブとフジタカは返事をしないで頷くだけに留めた。そこでポルさんがこちらに向き直る。
「待たせたな。ほら」
「え……」
ポルさんはすぐにフジタカの手にナイフを乗せた。見たところ、特に変化は無い。
「早くないか?つーか……何も変わってないけど……」
「当たり前だろ。採寸しただけだからな」
肩の力を抜いたポルさんにフジタカは口を大きく開ける。
「なに間抜けな顔してんだ。すぐに強化なんてできるわけないだろ」
「だ、だってあんなにカッコ良く決めたから……」
「力を貸すのと甘えるのは違うだろ。俺もセシリノも万能じゃないんだから」
「そういうこったな」
セシリノさんがひらひらとフジタカのナイフを描画した紙を揺らしている。
「少し時間をくれ。俺のやる事は見えている。あとは手を動かすだけ。……他の仕事もこなしながらだけどな」
「……アンタの言葉を信じるさ。このナイフをもっと使いこなしながら待ってるよ」
セルヴァから戻ったばかりの頃より、フジタカの目が輝いて見えた。ポルさんと同じく、フジタカにも何か見える物があったのかも。
私達はミゲルさんとリッチさんを伴ってポルさんとセシリノさんの工房から外へ出た。風が冷たいのは季節の移り変わりか、それとも工房が暑かったか。
「お二人はこれからどうされるんですか?」
「適当に宿を探すさ」
「そうそう!」
ミゲルさんからの返答に私は目を丸くする。宿屋なんてトロノには大きいのと小さいのが一つ二つずつあるくらいで、そんなに選択肢は多くない。
「雑貨屋のバシリオんとこはどうだ?」
「僕はカルロータちんのとこがいい!」
「お前は女の家しか提案しないから却下」
「えぇ!」
……会話を聞くに、誰かの家に泊まろうとしているみたい。しかも今から探すらしい。
「あの、トロノ支所には来ないんですか」
「え?どうして?」
「どうして、って……」
リッチさんに聞き返されて私も言葉に詰まってしまった。
「ちょっとした取引はあるけど所属しているわけではないからな。ただ行って泊めてもらおうなんて虫のいい話はあの所長が許さんよ」
「ブラス所長が……」
育成機関は育成されている段階の召喚士の拠点だから、ミゲルさんの様な召喚士は受け入れないんだ。カルディナさんやソニアさんは育成機関や契約者の活動を拡張する為の例外。私もいつかは出て行くのかな。
「だから今夜の寝る場所を僕らは探しに行くわけ!ザナちん達はもう帰るんでしょ?」
「そうですね。……どっか寄るところある?」
頷いて私はレブとフジタカを見る。
「あ、チコに雑貨屋でインク買ってくるように言われてんだった」
「そっか……じゃあ」
「じゃあ俺達と行くか!値切ってやっからよ!」
一緒に行こう、と言い掛けて先にミゲルさんがフジタカの肩を叩いた。リッチさんもすかさずフジタカの腰に手を添えて雑貨屋の方へ歩き出す。
「ハッハァ!まずはバシリオのところ!こういうのを一石自重って言うんだよな!」
「一石二鳥じゃないのか……。悪い、道は分かるから先に帰っててくれ!」
「あ、うん……」
フジタカがミゲルさんとリッチさんに連れていかれてしまう。追うか迷ったけど雑貨屋に今日は用事も無い。インヴィタドだけには商品を売らない店ではないけど人間のミゲルさんもいる。間違う様な道でもないし、帰宅も購入も問題はない、かな。
「行っちゃったね。帰ろうか」
「あぁ」
二人並んで歩くとレブの方が足が短いから少し遅れる。それを補うのが速度だ。私が三歩、足を動かす間にレブは五歩で並び立つ。レブに合わせようと歩調を緩めたら以前睨まれたから、私は素知らぬふりでいつも通り歩いていた。
「ザナちゃん、今日はもうお帰り?」
「はい!」
夕暮れの通りを歩いていると店仕舞いをしていたルナおばさんに見付かる。さっきも会ってポルさんの工房に行くと話してあった。
「フジタカは?一緒だったのに」
「ミゲルさんとリッチさんに連れられて雑貨屋に行ってから帰ってくると思います」
二人の名前を出すとおばさんは溜め息混じりに笑った。
「はぁ、あのやんちゃっ子達に引っ張り回されてるのね……。見掛けたら程々にする様言っておくわ」
「大丈夫だと思いますけどね」
流されてる様でフジタカは自分の考えも持ってるし。嫌なら断る、って人種ではないけどあの二人相手なら平気かな。
「……あら、ザナちゃん。その胸の、どうしたの?」
「あっ」
ルナおばさんがじっと私の胸元を見ている。早速気付かれたんだ。
「実は……今日はこれを取りに行っていたんです。リッチさん、こういうの得意だって聞いてたから」
「ポルフィリオさんとこのドワーフとリッチの合作?すごーい!」
もしかしておばさんの耳飾りもリッチさんのお手製なのかな、と聞く前にもうルナおばさんは私の首飾りに夢中だった。そっと首飾りを撫でて目をうっとりと細める。
「やだぁ……こんなに綺麗な紫の宝石、見た事が無い……!」
「……ゴホン、ブエッホン!」
首飾りを眺めるルナおばさんの顔がどんどん近付いてくるのでどうしようかと思っているとレブが咳払いをした。そこで一瞬おばさんも我に返る。
「……日頃から目にしている筈だぞ」
「え?でもこんな……。……あら?」
あ、レブの指摘で気付いた。
「えっ……ザナちゃん、それ……」
「……はい。レブからの贈り物、です」
「私は鱗しかやっていない」
強がらないでよ、こっちだって少し言いにくいんだから。でも、言ってしまえばこっちのもの。ルナおばさんの表情はどんどん柔和なものへと変わっていく。
「レブちゃんがあげたの?ザナちゃんのために自分の鱗を?まぁーっ!レブちゃん、偉いじゃなぁい!」
偉そうな喋り方をする、というか元居た世界では偉かったんだろうけどルナおばさんみたいな接し方をされてもレブは怒らない。寧ろ普通に褒められて満足げにしている。
「この程度できなくては、この世界へ召喚された意味が無いからな」
私は鱗目当てにどころか、意図して召喚したかも怪しいのに。レブにおばさんもうんうん頷いていた。
「そうよねぇ!レブちゃん、少し会わない間に男前を上げたじゃない」
レブの口元が上がる。
「私の進化はまだ続いているからな」
これ以上進化してどうするんだろう。いや、本領発揮できてないのは分かるよ。
ふんぞり返るレブの姿は子どもの様な無邪気ささえ彷彿とさせる。褒められ慣れてないのかな、でも崇められるのは慣れてそう。主にティラドルさんとか。
「まるで恋人じゃない!はぁ……綺麗っ!」
しかしルナおばさんの一言に考えていた事も上書きされてしまった。
「………」
「………」
二人同時に顔を見合わせ、すぐに逸らす。……レブはなんて思ったのかな。
「なーんちゃって!あるわけないわよねぇ!」
私達に漂う気まずさを感知したわけでもなくルナおばさんが自分の発言を否定する。
「おばさんたら、自分で恋をしなくなったからってつい人に求めちゃうのよ!ごめんねぇ」
アラクランに娘がいるってフジタカに話してたから、旦那さんがいるんだよね。お会いした事はないけど、どんな人なのかな。
「いいえ、気にしてないです」
「私もだ」
レブが同意してくれる。もう一度彼の顔を見たらまた目が合った。その時は一緒になって微笑む。
「行こうか?」
「うむ」
私が手を差し出すと自然にレブも手を重ねる。ルナおばさんも私達を見てまぁ、と声を洩らした。
「じゃあルナおばさん、今日はこれで」
「また来る」
「あぁ、うん……。待ってるね」
ルナおばさんにはどう見えたのかな、私達。鱗を貰った日の様に裏通りを二人で歩きながら私から口を開いた。
「まるで恋人、だって」
レブが鼻を鳴らす。
「随分姿形が異なるがな」
「でも、ヒトでしょ」
人間と竜人。見た目は確かに肌の色どころか角や尾とか、獣人だと毛皮とかが有るか無いか。違いは多くてもこうして会話して、意思の疎通がしっかりとできている。
「私は照れ臭かったな。そう見てもらえるんだって」
夕陽を見ながら真っ直ぐレブは歩いている。
「……不快ではなかったのか」
しっかりと閉じていた口が間を置いてゆっくりと開く。その口から発せられた言葉に私は吹き出してしまった。
「ぷ……」
「笑う場所ではない」
「……そうだね。答えは……違うよ」
レブの目が私を向く。
「不快になんて思うわけ、ないじゃない」
「……そうか」
それきり私もレブも喋らなかった。少し握る手に力が入る。離さないように、しっかりと。
人に言われて気付くのもおかしいけど、レブへの気持ちはとうに自覚していたんだと思う。告げられるのはいつになるか分からないのに。言いたい、言わなきゃいけないのに意気地の無い自分に喉がむず痒い。
おばさんの言葉にどう思ったかも聞けなかった。今言われたら我慢できないと思う。耐えなくていいと言われても、私は自分の言葉でしっかりと伝えたかった。
相手を想う気持ちは平等と彼は言った。時に歌い、時に寄り添い、時に叫び。貴方から聞いた言葉と同じ様に言えたなら、何が生まれるのだろう。今はこの気持ちを馳せ募らせるだけ。
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