アラサードラゴンと狼男子高校生、海路を往く

第三部 一章 -その名はアルコイリス!-

 トロノより北にある森の中に、エルフ達の暮らすアルパと呼ばれる集落があった。ビアヘロにより、一夜にして壊滅したその集落はひっそりとそこに人が住んでいた名残と大きな傷跡を見せて佇んでいる。

 「………」

 鎮火して、夜が明けてから訪れたアルパは焦げ臭かった。惨状を今日初めて見た召喚士や、比較的軽傷だったエルフ達はアルパを見て嘆息した。

 「酷い……」

 「もう、駄目だ……」

 終わりだ、生きていけない。数々の悲鳴に近い声に耳を傷めながら私は歩いていた。

 「着いたぞ」

 私の数歩先を歩いていたレブは日光で紫の鱗を光らせて振り向いた。

 トロノの朝を二人で迎えて、私達は召喚士育成機関トロノ支所の召喚士達と共にアルパに来ていた。昨夜の事件を処理するには、召喚士四人と契約者ではとても足りない。事態の収拾を急ぐために割ける人員はほぼ、総動員で来ている。

 「この岩?」

 「そうだ」

 竜人、レブは頷き自分の前に転がっていた岩を数度叩く。その岩はレブが昨夜、拳で打ち砕いた物だった。

 「………」

 自分よりも大きな岩の塊に圧倒される。積み重なって更に巨体だった相手に怯まず立ち向かったのがまるで嘘の様に私は固まった。

 しかし見ているだけでは話が進まない、と岩を撫でてみる。何の変哲もない普通の岩で昨日動き回っていたのかさえ、疑わしく思えた。

 「………」

 ずっと前からここにあった様、とはとても思えない。明らかに風が静かに流れる森の景観を損なう異質な存在。それが突然に、嵐の様に訪れたのだ。

 「あれ」

 森や倒壊した家を見つつ、滑らかな岩に手を置いたまま少し歩く。するとざり、と嫌な手触りを感じて私は岩に目を戻した。

 「……!?」

 自分の目に映ったソレが何か分からなかった。違う、何か分かったから、私は震えた。

 「どうした」

 「れ、レブ……。これ……!」

 身を引いて、横へ来てくれたレブへ指差してやる。

 「………」

 レブが顔をしかめる。

 私が手に触れた違和感は岩に描かれた線。それは一本で事足りず、幾つもの線が重なり、大きな円陣を描いていた。個人の手癖に差はあれど大本は同じ、この陣が何を意味するか分かってしまったから私は身も声も震わせた。

 「これ、召喚陣……!?」

 ゴーレムを構成していた岩の一つに描かれた召喚陣。どうしてここにこんな物があるのか、辻褄を合わせるのはとても簡単だった。


 召喚陣があるなら、ビアヘロではない。しかも召喚陣を直接ゴーレムに刻まれているのなら、それは専属契約されたインヴィタドだという事だ。

 暴走していた可能性はある。だけど、最初は誰かが、意図的にやったんだ。


 私達の発見はすぐに派遣された召喚士達に知られる事となったが、ピエドゥラに現れたゴーレムはフジタカが消してしまった。すぐにもう一体だけでも、と調べてみたら案の定。もう一体のゴーレムも同様に召喚陣が刻まれていた。

 それは黙っておける事ではないし、エルフでも召喚術を嗜む者はいる。憤るエルフに気付かれて私達は説明を求められた。

 「どういう事だ、これは!」

 「トロノの召喚士がやった事か!」

 「違います!」

 前に出て潔白を主張するソニアさんに味方するエルフは、いない。

 「だったら、この召喚陣はどう説明する!」

 「それは……」

 犯人はまだ分かっていない。瓦礫の撤去で話の輪に入り遅れていたエルフや召喚士達も、怒号に反応して徐々に集まってきていた。

 「助けてやったのは誰だと思ってる!」

 「お前ではない事は確かだな!」

 終いには召喚士側も怒鳴り、アルパのエルフ達と罵り合いにまで発展する。

 「アンタ達が遅かったから俺の家が吹き飛んだんだ!」

 「俺達が来なけりゃプチっと踏み潰されていたやつがよく言うな!」

 「や、止めてよ……」

 子どもが泣きそうになりながら父親らしきエルフの服を引っ張るが、堰を切った憎悪はまだ留まる気配はない。

 「止めんかぁ!」

 だから、力を以て制する。この場において正しいかは分からないが選択肢の中では最も確実性が高い。それだけの力を振るえる者、レブの一喝に皆が口をつぐんだ。中にはレブがゴーレムを粉砕した瞬間を見た者もいたそうだ。

 「この騒動の首謀者はまだ……」

 「もう分かったよ」

 レブが改めて説明しようとして話し出したが、それを引き取る様に別人が横を通り抜ける。召喚士育成機関トロノ支所に居るはずのブラス所長が、アルパに立っていた。

 「ブラス所長!?どうやって……」

 「戻って来た馬車をちょっと捕まえてね」

 言ってソニアさんに片目を瞑って見せる。

 「分かった?そもそも……」

 「まぁまぁまぁ。順を追って説明してくからさ。そう時間は取らせないよ」

 詰め寄るレブをなだめる様に大げさに手を挙げてブラス所長は召喚士とエルフ達の丁度中間に立った。

 「えー、お集りの皆さん。私はトロノで召喚士育成機関の所長をやらせて頂いております、ブラス・ネバンダと申します」

 所長がエルフに一礼。ほとんどの者か睨む様に、だがブラス所長に注目していた。

 「この度のアルパ、加えて、ピエドゥラに現れたゴーレム。最初はビアヘロが現れた、偶然が重なった事故と思われた方もいらっしゃる事でしょう」

 頷くのは、召喚士達が多かった。

 「しかし実際は違った。ご存知の様にゴーレムには召喚陣が刻まれていた。……私がそれを知ったのは今しがたです」

 たった今さっき知ったと言うのなら、首謀者を知っているとはどういう事か。

 「……時を同じくして、昨日。召喚士二人が行方をくらませました。確たる証拠はありませんが、彼らを犯人と見てほぼ、間違いないと思われます」

 昨日から行方不明の召喚士がいる。その話は知らなかった。レブも、カルディナさんも知らなかったのか口を閉ざしてブラス所長を見ている。

 「……その召喚士は誰なんですか?」

 「君は見ているよ。ほら、トロノ支所の前で……」

 「トロノ支所……あっ!」

 カルディナさんとトーロが戻って来た日を思い出した。色が黒くて、細身の男性二人が新しくトロノ支所にやって来たんだ。

 「アマドル・マデラとレジェス・セレーナ。本名かすら疑わしいが、この二人が共犯で起こした事件と見て間違いないでしょう」

 「あの二人が……!」

 トーロが斧の柄をギリ、と握り締める。わざわざ護衛していた対象にこんな真似をされれば、誰だって不愉快になるだろう。

 「……だ、だからなんだよ。お前らが、悪くないって言うのか!?」

 「お前達が連れ込んだんだろ!」

 エルフ達の不満が再び大きくなり始める。そう、事実が判明したとして、だからなんだ、なのだ。

 「ソイツらはどこにいるんだよ!分かったって!分かったって……家が元通りになるって言うのかよ……!」

 怒鳴っていたエルフの男性が崩れ落ちて、泣き出した。痛ましい姿に言葉も無い。何を言っても、軽率に聞こえてしまう。

 「私達にできる協力は惜しみません。ですので……」

 「お前らに協力なんざ、してほしくない!」

 「っ……!」

 エルフの一人が言うと、そうだそうだと賛同する声がまばらに少しずつ上がってくる。明確に向けられる敵意と拒否の姿勢に私が身を固くすると、レブが横に立ってくれた。

 「……今は、止めておこう」

 レブは言っても無駄、とは言わなかった。長い時間を生きる竜やエルフと、私達人間の時間間隔の差は分からない。だけど、時間が解決してくれる、のかな。それしかないのかな……。

 「待ってくれよ!俺達は別に……!」

 食い下がろうとしたフジタカをトーロが無言で宥める。状況は察した様で、牙を見せて俯いた。

 「……あの……」

 そこに、エルフの少女が一歩前へ出てきた。あの子は覚えている。フジタカが助けた女の子。名前は……。

 「イルダ!止めなさいっ!」

 そう、イルダちゃんだ。フジタカに近寄ろうとしていたイルダちゃんを怒鳴って止めたのは彼女によく似たエルフの女性。たぶん、あの子の母親なんだ。

 「でもあのお兄ちゃん……」

 「いいから!言う事を聞きなさい!」

 有無を言わさずイルダちゃんの腕が掴まれる。

 「い、痛いお母さん……ま」

 「待ってくれ!」

 フジタカが吠える。イルダちゃんも、その母親も動きを止めた。

 「俺の力……足りなかった!間に合わなかった!……ごめんっ!」

 顔を上げたフジタカの顔は、見ていられなかった。目は潤み、口はひくひく震え耳は曲がっている。

 「ご、ごめんの一言で済むかぁ!」

 「そうだぁ!」

 「………」

 エルフの罵声を浴びながら、フジタカはゆっくりとナイフを取り出した。

 「でも!」

 フジタカがナイフを展開する。

 「でも、ソイツらは俺が必ずとっちめる!こんな事、もう二度と起こさない様に!」

 それでも彼らの家が、森の緑がすぐに戻る事は無い。分かっててフジタカは宣言した。もう二度とこんな思いを、他の人にさせない為に。

 「……異邦の友よ」

 そこに、良く通る低い声が奥から聞こえた。エルフの人垣がさっと二つに割れて一人の男がゆっくりと歩いてやってくる。出で立ちも他のエルフよりも一回り立派だった。

 「君の憤る気持ち、我々への同情、痛み入る。だが、オリソンティ・エラの住人全てが善人とは思わない事だ」

 「そんなの、分かってる」

 フジタカは正面に立ってそのエルフの助言に言い切った。

 「でも、俺を信用してくれてる人、俺が信用してほしい人の為に、もう信用している人達とできる事をしたい」

 フジタカがエルフ達の横を悠然と通り抜ける。誰もその歩みを止める者はいなかった。

 「ふっ!」

 そして既に集められていた瓦礫の前に立つと、自分で持っていたナイフを突き立てた。

 続け様にフジタカは目に付く瓦礫にナイフを当てて次々瓦礫を消していった。すぐに瓦礫で埋もれた広場に余裕が生まれてくる。

 「……俺にできるのは、これだけだから」

 エルフ達もそれ以上フジタカや私達に言葉をぶつけてくる事はなかった。

 その場を後はブラス所長と先程のエルフの男性が取り仕切って解散になった。当面は互いに近況の報告を行いながらも接触は極力避ける。無用な衝突を避けるための措置としてもう決定されてしまった。トロノに住む召喚士ではない人々だって、ある程度行動に制限を掛けられてしまうかもしれない。


 戻ってから私達は報告を纏める為にソニアさんが使っている研究室へ集められた。ソニアさん、カルディナさん、チコと私。あとはレブ達インヴィタドも。

 「……それで、君達はあのゴーレムをどう見ていたの?」

 加えて、ブラス所長もいる。煙草を吸おうとしたらトーロやティラドルさんも研究室は禁煙と主張した。渋々煙草を胸ポケットにしまうと所長は私達を見回した。

 「まず間違いなく、専属契約を行って操られたゴーレムでした」

 カルディナさんから口を開く。

 「専属契約をゴーレムなんかと結ぶ利点はあるんですか?アイツら一人じゃ何もできないのに」

 報告から済ませて、最後に聞こうと思っていた部分をチコが先に言ってくれた。まずは話してから、という事もなくソニアさんが答える。

 「意のままに操る。これはスライムでもゴーレムでも同じだけど、同調を強める事でできる作業が増える。土木業の召喚士でやっている人はそれなりに多いわ。召喚は現地でも、一度出してしまえば遠隔で操作もできるし」

 「加えて言うなら自身の魔力次第では際限なく巨大に造り上げる事も可能だ」

 ティラドルさんの捕捉を聞いて納得する。言われてみれば、ビアヘロにしては大き過ぎる。あの大きさでいたら……。

 「……そっか、専属契約しているから魔力切れを待っても無駄だったんだね」

 「そうなるな」

 レブが頷く。私の予想は外れてたんだな。召喚士が健在でさえあればゴーレムはアルパを壊し尽くしてたんだ……。

 ゴーレムで村を破壊する召喚士。そんな事に力を使う人がいるなんて信じたくなかった。だけど……。あれ?

 「どうした」

 ソニアさんの一言で気付いてしまう。レブも私の顔を覗き込む。

 「ゴーレムも現地で出したのなら……その二人もピエドゥラに来てたって事?」

 カルディナさんもソニアさんも顔を歪める。ブラス所長は静かに頷くと机の上にボルンタ大陸の地図を広げた。

 「まずはピエドゥラに来てゴーレムを召喚して、ビアヘロを装って暴れさせた。それが倒されたからアルパで召喚したって事かもね」

 地図上のアルパとピエドゥラを交互に指差して説明されて納得した。山で召喚、暴れているところをフジタカに退治されるまでの時間を考えれば十分にできる。

 「目的はなんだ?」

 チコが地図を睨みながら言うと、皆が唸る。だけど、トーロだけが身を乗り出してアルパを指で叩いた。

 「本命が、アルパだったとしたらどうだ」

 森の集落とは言え、本命にしてまでする事と言ったら……。

 「そうは言うけど……」

 「加えて言うなら、カルディナと契約者だ」

 トーロの目がカルディナさんに向けられる。私達も見て、その視線の集中に彼女は肩を跳ねさせた。

 「私と……ニクス様?」

 「だとすれば、狙いは契約者に絞っていたかもしれんな」

 トーロに同意してレブが私を見る。確かに民家へ隠れていたニクス様を民家毎薙ぎ払おうとしていた。

 「……ピエドゥラにトーロだけ行っているのを知っていたのね」

 「狙われたのは俺も一緒か……」

 何故かトーロは自分の腰の下辺りを擦った。

 「地属性のトーロは確かに、あれだけの規模のゴーレムと一人で戦うには相性が、ね」

 「あぁ。悪いどころではない、最悪だった」

 カルディナさんと顔を見合わせトーロは二人で苦笑した。腕力には限界がある。半端な魔法は吸収され、ゴーレムを一撃で破壊する程の魔法を唱える間に引き付けられるインヴィタドは他にいない。だからトーロを先に倒してから、アルパにいるニクス様を狙う予定だった。

 「無事で良かった」

 「フジタカのおかげだ」

 トーロがフジタカを見る。そうだ、フジタカの話もあるんだった。

 「……やっぱり、俺のナイフを知ってて腕を自分で切ったんだな」

 顎に手を当ててフジタカはぶつぶつ呟いていた。左腕だけがもげてしまったのも偶然ではない。

 「実際に体験していたのかもしれんな。犬ころに消される瞬間も」

 「だから予定変更。現地で直接召喚して暴れ回った。……フジタカが戻ってアルパに来る前に」

 ティラドルさんがいなかったら、トーロの救助も、アルパの避難も間に合わなかったかもしれない。

 「なんとか間に合ったは良いものの、肝心の時間切れで決め切れなかった」

 「……悪い」

 ティラドルさんにフジタカが謝る。しかし責め立てる者はいなかった。寧ろこの程度で済ませられたと思うべきくらいなんだから。

 「体験していたのか知っていたのか……どちらにせよ、人気者も考え物だな」

 「デブこそ、今回ので知られちまったろ。相手だって、魔力線が繋がってたら一気に逆流してただろうし」

 こっちに話を振り返されるとは思わなかった。

 「俺、どうにも信じられないんだけど……」

 チコは今回もレブがゴーレムを壊した場面を見ていない。だけどこればかりは試しにやってみるには消耗が激し過ぎる。

 「アラサーテ様の力を見抜けぬとは……本当に未熟なのだな」

 「なにっ!」

 チコがティラドルさんに飛び掛かる勢いだったがフジタカが止める。

 「……とにかく。次だよ、次。相手がどう出るのか分かんねぇ」

 「どうにかアルパで目撃情報が無いか集められないかな……」

 ブラス所長が頭を掻いて胸ポケットから煙草を取り出す。しかし一本摘まんだところでカルディナさんに取り上げられた。

 「所長、ここは禁煙です」

 「は、はは……。ごめんってば……」

 レブ達も冷ややかに見詰めている。

 「一応さ」

 言って、再びブラス所長が地図の上に指を走らせる。

 「狙いが分かれば、考え様はある。……契約者だ」

 「……まさか」

 契約者と聞いてカルディナさんも地図を覗き込む。

 「でも、それは……」

 「遅いか早いかの違いだと思うよ?」

 ブラス所長が顔だけ上げてカルディナさんを見る。

 「……カルディナ。どういう事よ」

 ソニアさんが腕を擦りながら聞くとカルディナさんは下唇を少し噛んでから口を開いた。

 「所長は……ニクス様の動き次第と言っているの」

 ほぉ、と声を最初に洩らしたのはレブだった。腕を組み、ブラス所長を見るが向こうの表情は変わらない。

 「成程な。標的は契約者。ならば契約者が今後どう動くかによっては、こちらから向こうを誘き出せる」

 レブが噛み砕いて話してくれたから内容は分かった。だけどそれは……。

 「ニクス様を囮にするって事……!?」

 「………」

 否定してくれないレブ。そこにティラドルさんが会話に入る。

 「お嬢様。見方次第です」

 「……見方」

 ティラドルさんが頷く。少し、感情的になっちゃったけど考えを改める。

 「……どっちにしろ」

 「そう。どちらにせよ、契約者は狙われます」

 私の行き着いた別の答えにティラドルさんが付け加える。……事実だ。

 「契約者を狙って、トロノが危険を被るか別の場所で迎え撃つ、か……」

 トーロが苦々しく呟く。そうだ、本来天秤にかけること自体がおかしいのに。

 「どちらにせよ契約者に危険は常に隣で寄り添っている。ならばこそ、少しでも私達が有利な状況を用意したい」

 そうだ。向こうだって今すぐ襲ってこないとは限らない。こうして会話している間にもニクス様を狙って……。

 「ニクス様は?」

 「この研究室の近くにある別室だ。治療を受けてまだ寝ている」

 ……覚悟はしていた、とニクス様は言っていた。

 「どうされるのでしょう、これから……」

 「決まっている。契約者であり続ける以上、する事は何も死ぬまで変わらん」

 カルディナさんの曇る表情に冷水をかける如くレブが言い放つ。

 「……そこで提案」

 所長がやっと話を戻す。

 「ニクス様には、前の予定通り海を渡ってもらう。そこで君達には港で契約者殺しを狙った二人を迎撃してほしい」

 「承知しました。……合格にしてここへ連れてきた責任は自分で果たします」

 カルディナさんが頷く。トーロも鼻息を噴出してやる気を見せてくれる。

 「君と、君もね」

 「えっ」

 「え?」

 ブラス所長の差す指が、チコと私にも向けられた。

 「ちょ……!所長!ザナさんとチコ君も、ですか!?」

 「……そして、私には待機ですか」

 カルディナさんとソニアさんからもそれぞれ不満が出てくる。私も自分が指名されるなんて思ってもいなかったから目を丸くした。

 「特待生の勉強と、名誉挽回の機会としての提案なんだけど」

 名誉挽回、とはカルディナさんに言っているんだ。……前々回は私達のせいでしばらくニクス様に同行できなかったし、再度同行したら今度はアルパの事件。直接本人のせいではないのに、係わったせいでこんな目に合うなんて。

 「特待生の勉強って……。勉強にしてはかなり難易度高くないですか?」

 チコも引き気味に閉口する。

 「……私達三人でニクス様の護衛、ですか?」

 「うん」

 私達と、レブ達。所長は一言で言い切った。

 「多ければ良いというものでもあるまい」

 そうは言うけど。

 「相手が二人とは限らないんじゃないの?」

 「何人が何を寄越して来ようと私には関係無い」

 ……この自信をその姿で言うと説得力も無いんだよ、レブ。

 「……ま、日中ならフジタカのナイフもあるしな」

 「またゴーレムなら……俺も対策考えないと」

 フジタカが畳んだナイフを見て溜め息を洩らす。課題は皆にあった。

 「……それにしても、海か」

 知らない世界へ踏み出すまた一歩になる。船に乗った事もなければ、海を見た事も無い。物語の中や人伝に聞いた事があるだけだ。それを自分で体験できる。それは良い機会だと思った。




 「レブちゃん、トロノから出てくんだって……?ダリオさんが落ち込んでたわ」

 「知っている。既に三日連続で顔を合わせているからな」

 いつもの果物屋さんの店主、ルナおばさんがレブを見下ろして胸に手を置く。もう私達が契約者と共にトロノから出立する事は町中に知らされていた。これも、二人の召喚士を誘い出す為にわざと大々的に取り上げている部分もあるんだけど。

 だからこそ、アルパをそのままに逃げるのかという声も少しだが、聞こえてきた。相手は事情を知らないし、私達も言えないから向こうに言われるのは仕方ない。

 仕方ないけど……こうして私達との別れを惜しんでくれる声もある。ダリオさんだって配達で私達を見掛けると前以上の勢いで今日も会えた!と喜んでくれた。私達も早く出立した方が良いのだろうけど、準備はしておかねばならない。備えすぎても足りないと思ってしまう。

 「どうするんだい?って……レブちゃんに言っても、答えは変わらないんだね」

 「あぁ。いつものを頼む」

 「はいよ」

 言って、レブにルナおばさんはいつものブドウを渡してくれる。

 「……戻ってくるんだよね?」

 「ここでブドウが買える限りはな」

 現地の人間と触れ合った異世界の竜人が、再会の約束を誓う場面。素直な言葉選びができなかったにしても……それじゃ締まらないよ、レブ。

 「お代はいらないよ!持ってきな」

 「……有難く頂戴する」

 「頂戴する、じゃないでしょ!お支払いしますってば!」

 レブが普通に受け取ってそのまま歩き出そうとするから私は頭が真っ白になった。いや、レブが食べるんだし、私が払うんだから先に行っても良いんだけどさ!

 「いいのよ、ザナちゃん。いっつもご贔屓にしてくれたお礼なんだから」

 「おばさん……」

 ルナおばさんの優しさに、少し胸が温かくなった。……だけどレブは背を向けて歩き出している。

 「レブちゃんと仲良くね。私、ああいう素直じゃないけど可愛い子は好きよ」

 「……はい!お元気で!」

 私は最後に頭を下げてルナおばさんとお別れした。トロノに戻れたら、きっとまた来よう。

 「レブぅ……」

 「情けない声を上げるな」

 追い付くとレブは既にブドウを何粒か口に入れた後だった。手を伸ばしても、サッと腕を反対に伸ばし私から遠ざけてしまう。

 「……ルナおばさん、レブの事が可愛くて好きって言ってたよ」

 私の報告にレブの目がこちらを向く。

 「聞こえていた。……私の方が数百倍は長生きしているというのにな」

 ブドウを無邪気に食べる自分の姿を見て言いなよ。……見た目が伴っていないのは、私のせいだけどさ。

 「……それに」

 「それに?」

 レブが顔を背けた。

 「……本命は別にいる。好きと言われても、困る」

 「………」

 本命って……私?と聞けなくて私だって困った。そんな自惚れた発言はできないし、珍しいレブの冗談にしても何も言わないと寒く感じてしまう。……冗談で言ったりしないのは分かっているけど。

 「………」

 「あの……レ…」

 「……ふん!」

 レブが急に速足になって私を抜く。しまった、反応が遅かったんだ。

 「ごめんってば、レブ!」

 「今ここで謝るな!」

 ピョンピョン跳ねる様に通りを行くレブを小走りで追い掛ける。道行く人にはブドウを持って走るブドウみたいな怪獣を追い掛ける変な人とか思われているんだろうな……。

 「レブ!待ってってば……!」

 「ならば捕まえてみるのだな!」

 本気のレブならとうに逃げ切られている。だけどある程度の距離を保って走っていると気付いた。

 「……!」

 向こうからの挑戦と気付いたからには、こちらも本気を見せないといけない。川手前、以前レブとフジタカで座っていた場所の近くで私は勝負を仕掛けた。

 「捕まえたぁ!」

 「っ……!」

 一気に速度を上げて私は前へ飛び込み、レブに腕を伸ばした。体力が無尽蔵、とはいかなくても長さは負けてない。

 レブが声を洩らし、とった!と確信した私は腕に力を込めて自分の方へと引き寄せた。勢いのままレブの背中が顔面に叩き付けられる。だけど、やった。

 「ちょっと……なんで逃げるのさ!こっちは謝ってるのに!」

 土手に転がる様な状態だが、レブはブドウを守っていた。

 「怒鳴っているではないか」

 誰のせいよ。

 「……もう、しばらくルナおばさんのブドウが食べれないんだよ?」

 「だから、貴様と早くここで食べたかった」

 レブの手が私の手をぽんぽんと軽く叩く。そこで、ずっと私がレブに抱き着く形になっていた事に気付いてしまった。

 「レブ……?」

 「……貴様も食べるか」

 レブがブドウを一粒もいで私へ差し出す。何故か私は人通りを気にして周りを見回した。

 「……いただきます」

 何人か橋を渡っている人はいたが、私達を気にしている様な相手はいない。気にされていると無理、ではないが妙にそわそわしながらレブからブドウを口に入れてもらった。

 「……美味しい」

 皮に歯を立てると、甘酸っぱい果汁を口中に広げてくれる。その果汁の味を濃厚にした実はぷるんと柔らかく、噛む毎に爽やかな香りを私の体中に運んでくれた。

 「そうだろう」

 レブも口に入れて目を細めて笑う。

 「買ったのは私でしょ」

 「この実を育てたのは貴様ではない」

 ……その通りだけど。不毛な言い合いはいいや。ブドウ美味しいし。

 「また食べたいね」

 「同感だ。ブドウは血糖値も下げる素晴らしい果実だ」

 「……ケットーチ、ってなに?」

 決闘するのかな、と思ったけどこの疑問の持ち方には既視感がある。

 「犬ころが言っていた。ブドウは血糖値を下げるし、皮はポリフェノールが多いと」

 「また意味の分からないことを……」

 前から思っていたけどフジタカの言葉を割とレブは受け止めて、使いたがる。堅苦しさの中に妙な言葉遣いが混じっていると大抵フジタカ譲りの言葉なんだから。ブドウは色合いが自分に似ていて美味しいから好き、でいいと思うんだけどなぁ、私は。

 「それで?血糖値ってのが高いと何か問題でもあるの?」

 私が聞いてみるとレブはうむ、と仰々しく頷いた。

 「代表は乾燥肌や口腔乾燥症だそうだ。疲労も蓄積しやすく、勃起不全や不整脈といった症状も起きる。視力の低下も招くらしい」

 「ねぇ、今変な事もさり気無く言わなかった!?」

 繰り返さないけど!絶対に繰り返さないけど!自覚はあったのか顔を背けてるし!

 「……いざ、来るべく日に備えて私は血糖値を下げておかねばならん」

 「よく分かんないけど、食生活に気を付けるって年寄り臭いよ……?」

 しかもブドウ一筋じゃ結局栄養も偏るし。もう一粒もいで私が頬張ってもレブは何も言わなかった。

 「………」

 レブの血、か。そう言えば私は一度レブの血を舐めてるんだっけ。

 「どうかしたか?」

 「ううん」

 少なくとも甘かった記憶はない。味わう余裕なんてあの時はなかったけどね。

 自分にレブが流れ込んできたのはよく覚えている。嚥下して、じんわりと温かく、どんどん熱く全身を巡っていったあの感覚。思い出すだけでも、少し胸が熱くなる気がした。

 「おーい、ザナ!デブ!」

 聞こえてきたフジタカの声にレブと一緒に振り返る。歩いていたのはシャツ一枚にズボンとかなり軽装のチコとフジタカだった。

 「二人ともどうしたの?」

 「お前こそ。チビとブドウ食べてるなんて暢気なもんだな」

 私達の横を通って橋を渡ろうとするチコの刺々しい言葉が痛い。

 アルパを追い出されてからチコは少し気を張っている時が多かった。表向きでフジタカはゴーレムを仕留め損ねたと言う人もいる。インヴィタドの失態は召喚士の失態と同様扱いされてしまうのが気に入らないみたい。

 「運動もその分している」

 「そういう事じゃないってば。……どこか行くの?」

 先に行くチコの少し後ろを歩いていたフジタカが足を止めてくれる。

 「ポルさんとセシリノさんのとこだよ。アレが仕上がったってさ!」

 「え!私も行きたい!いいかな?」

 「もちろん!」

 私が立ち上がるとレブはブドウを食べ尽くして残りの軸部分は足で掘った穴に埋めてしまった。……路上に投げ捨てるよりはいいけど大丈夫かな、今の。

 「レブも行くよね?」

 「行く」

 フジタカもそうこないと、と言って笑った。

 「フジタカ!お前のだろ!早く来い!」

 「分かってるって!……じゃ、行こうぜ」

 私とレブもフジタカに続いてポルフィリオさんとセシリノさんの鍛冶屋へと向かった。その間、チコが口を開く事はなかった。

 「おぉ、お前達か!よく来たな!」

 「こんちゃっす!」

 フジタカの挨拶に続いて私とチコも頭を下げる。出迎えてくれたのはドワーフのおじさん、セシリノさんの方だった。

 「おーい、ポル!フジタカだぁ!」

 「はいなー」

 工房の奥へと声を張るとすぐに返事が返って来た。やがて簾を開けて出てきたのは声の主、ポルフィリオさんだった。

 「なんだ、大勢だな」

 「すみません、ポルフィリオさん。私達が無理についてきたんです」

 私とレブを見てポルフィリオさんはタオルで汗を拭う。奥で炉に火が入っていたのだろう、熱気が伝わってくる。作業の邪魔をしてしまったかな。

 「……ポル、で良い」

 「……はい、ありがとうございます。えっと、ポルさん」

 ポルフィリオさん改めポルさんは短く言って目を逸らした。

 「だっはっは!ベッピンさんに相変わらず弱いな、お前は!」

 「うるさい」

 セシリノさんは大いに笑ってポルさんに駆け寄り背中をバシバシ叩く。照れてる、と言うよりは素で物静かなのかな。

 「……と、そうだ。コイツを受け取りに来たんだよな?完成してるぜぇ!」

 「おぉ!」

 ポルさんを放してセシリノさんが小箱を取り出す。その中身を見て、フジタカが声を上げる。

 「さぁ、お前のだろ?持ってみろよ」

 「あ、あぁ!」

 急かすセシリノさんに言われるがまま、フジタカは中身を取り出した。

 「………」

 フジタカが取り出したのは、ポルさんに預けた彼の何でも消すナイフだった。ポルさんがアルパからの帰り道に言ったのだ、数日でいいからナイフを貸してくれ、と。最初は断ったが、契約者との同行を言い渡されてから出発準備の間までならとフジタカから条件を出したと後から聞いた。

 するとポルさんは俄然やる気を出したらしい。楽しみに待っていろと言って持ち帰り数日。遂にそれが今日仕上がったそうだ。セシリノさんもフジタカの持つナイフの仕上がりに満足したのか、鼻の下を指で擦って笑う。

 ナイフはゴーレムとの戦いで少し刃を研ぎ直したが、刀身に変わりは特になかった。当然、ポルさんや私がフジタカのナイフで何かを切っても消し去る事はできない。

 変わったのは柄の部分だ。柄の先部分が伸びて膨らみが追加され、フジタカの手の大きさに馴染んでいる。膨らみの中央には黄金色の金属輪が鈍く光っていた。

 しかしそれすらも装飾に過ぎない。注目するべき点は輪の中央に嵌め込まれた石だった。

 「……灰色?」

 光沢を放ってはいるが、おおよそ彩りが良いとは言えない灰色の石がナイフの柄に座している。フジタカも気付いたのか石を見て、首を傾げた。

 「それ、回してみな」

 「回す……こうか?」

 金属輪に指を添え、時計回りに動かすと輪が回った。それに連動して、中央の石も向きを変える。

 「これ……」

 「もう一回、見てみな」

 セシリノさんに言われてフジタカは目線をナイフへ落とす。すると急に、フジタカの目が見開かれた。

 「赤くなってる!なんだこれ!」

 フジタカの手を私も覗き込む。彼の言っていた通り、ナイフの柄に嵌っていた石の色が違う。灰色だった石は回転して夕陽の様に赤い色に染まっていた。

 「今度もまた、同じ様に回してみろ」

 ポルさんの言われた通りにフジタカがカチカチ、と音を立てながら輪を回す。今度は青に変わった。

 「すげー!綺麗だ!もしかして……」

 「あ、今度は緑になった!」

 フジタカが続けて輪を回す。すると緑、橙、紫と次々に色を変え、逆回転させて最後は灰に戻った。

 「不思議な石だな……」

 一通り堪能したフジタカはナイフの重さを確認してポルさんを見る。

 「その石はアルコイリス。オリソンティ・エラの中でも、あのピエドゥラの最奥でしか採掘できない貴重な鉱石だ」

 「光の反射じゃなくて、石自体があらゆる色を持っているんだ!」

 セシリノさんが解説して思い出す。ニクス様が首から下げていた飾りも確かアルコイリス製だったと思う。宝石の類は詳しくないけど、少なくともトロノでも着けている人はほぼいないと思う程度には希少な石だ。しかもあのナイフに付けられる上に綺麗な球状の状態なのだから余計に価値があると思う。

 「……そんな石を俺のナイフにくれたってのか?」

 ポルさんが頷く。

 「助けてくれた礼だ。命が有ればアルコイリスにはまた会える。だが、命は一つしかない」

 「礼だなんて……」

 フジタカがポルさんの真っ直ぐな視線に耐えられず目を逸らす。

 「そして、お前の力になりたいと思った」

 「力?」

 チコと私もポルさんの一言が気になった。

 「この石、パワーストーンか何かなのか?あ、つまり……持ってると運が上がるとか」

 自分から言葉の解説をしてくれて意味が分かった。魔力に感応しやすい、ゴーレムの核とかが好きな応石の話をしていたんだ。

 「応石で魔力を上げたいならドラゴンの鱗とかの方がよっぽど良いぞ」

 ポルさんがレブを見るけど、本人は腕を組んだまま何も言わない。ポルさんもすぐに目線をレブから外してしまう。……ポルさんも、ドラゴンの鱗を加工した経験がある、って事かな。

 「その石は言わば、お前の力を管理するための矯正装置だ」

 「矯正……?」

 あぁ、とポルさんは頷いて続ける。

 「お前がアルパで見せたあの力。あれは酷く危うい」

 「………」

 フジタカが自分の力を指摘されて急に尾から力が抜けた。

 「原理は知らないが、対象への負荷の掛け方に無駄が多すぎる様に見えた」

 レブがポルさんを見る目を細めた。興味を持ったか、警戒している。たぶんレブも似た様な考えを持っていたんだ。

 「お前は多分、魔力の使い方が上手くない」

 「魔法ってのがそもそもよく分かんないもんな」

 その割に言葉の受け入れがすんなり行く事が多い。魔力の回し方に慣れてないだけで頭の回転が速いんだろうな、フジタカは。

 「説明するものではないというか……。私達はあって当たり前だからな」

 レブも困った様に頬を掻く。……そうか、気付いていたけど教え様がないからフジタカにはどうすべきか言えなかったんだ。力加減以前の問題だから。

 「その為の、これだ」

 ポルさんがアルコイリスを指差す。

 「灰色を通常時として使え」

 「他は?」

 「自分で色に役割を与えて使うんだ。例えば、赤は部分的に消す用に、なんてな」

 言うとレブが納得した。

 「指針盤代わりにその石を使うとは、随分贅沢だな」

 「そこは礼だ」

 金属輪が盤代わり、他の色がフジタカの到達点になるんだ。フジタカはまだ理解し切れていないのか、盤を回して色を変えては唸っているけどね。

 「でも、俺そんな色々アレコレできないぞ……」

 「これからできる様になれば良いだけの事だろう」

 「そうだよ、フジタカ!」

 私もレブに同意してフジタカへ拳を握って見せる。

 「俺はお前に命を救われた。……お前が失わせた物があったとしてもな」

 「………」

 ポルさんがそっとフジタカの手からナイフを持ち上げる。

 「だからアルパでお前の力を見た時に思ったんだ。お前のできる事、俺が手伝う。俺がお前の“できる事”を増やしてやる!」

 「あ……!」

 フジタカの手を取り、再びポルさんはナイフを握らせてやる。

 「できるかどうか、最後はお前次第だ。……受け取ってくれるか?」

 「……あぁ!」

 返事に笑みを見せてポルさんの手が離れるとフジタカの手はしっかりとナイフを握り締めていた。

 「と言っても、しばらくは会えんのか……」

 セシリノさんが肩を落とす。会うのはまだ数回だが、フジタカは彼にとっても魔力を与え続けてくれる召喚士を助けてくれた命の恩人らしい。でも自分の命、と言うよりもポルさんが生きて戻ってきてくれた事の方に感謝してる良い人だ。

 「引き留めても悪い。……またお前の力を見せてくれ」

 「分かった、約束するよ」

 フジタカがナイフを展開する。

 「ポルさんが研いだこの刃で、俺が逃げた二人を捕まえる」

 「消さないのか」

 「あぁ。捕まえて、何であんな事をしたのか吐かせる」

 レブの問いに答えたフジタカに迷いはない。返答に満足したのかレブは目を伏せて笑った。

 「吉報を待っている」

 「またな!」

 私達はポルさんとセシリノさんに礼を言って工房をあとにした。

 「……良かったな、フジタカ」

 「おう!だけど、貰ったからには使いこなさないと」

 言ってるそばからフジタカは分解できないか試している。ナイフは二つ折りだから畳む邪魔にはならないけど、アルコイリスの分だけ長くなってしまった。剣も扱うのだから、慣れの問題だと思うけど少し違和感はあるみたい。

 「あとは……」

 「私達、だな」

 レブに頷いて私達は翌日、出発の朝を迎えた。


 トロノ支所の前で見送りに出てくれたのは二人。ソニアさんとティラドルさんだった。

 「アラサーテ様ぁ……」

 鼻をすすりながら言うその姿は泣きそうなのか、朝の寒気に体が追い付いていないか。……こじつけてはみたけど、やっぱり泣きそうだよね。

 「もう決定事項だ。覆してまで来る気か?」

 カルディナさんとトーロにセルヴァの私達で契約者を護衛する。既にブラス所長から言い渡されていた事だ。……って、ティラドルさんなら本当にこのまま来るかも。フジタカは後ろで眠そうに目を擦っている。

 「…………いえ。私はソニアの研究の続きもありますし、アルパの復興もありますので」

 「……そうか」

 来るかな、と思ってしまったけどそこはしっかりしている。ティラドルさんも根は真面目だし。

 「お前のその情けない姿をしばらく見なくて済む。清々するな」

 「レブ!」

 私が叫ぶとティラドルさんはこちらをなだめようと手を上げる。でも、言い方があまりにも……!

 「……ティラ」

 「はっ」

 しかし、私が続きを言う前に、レブは私達に背を向けてティラドルさんを呼ぶ。

 「……留守は任せる。……体は壊すなよ」

 「!!!」

 ティラドルさんが肩を落とし、首を伸ばして目を大きく見開いた。すごい顔をしているのにレブは背中を向けて歩き出してしまう。

 そこに近寄って来たのはソニアさんだった。

 「二人とも、気を付けて。……ビアヘロじゃない脅威だって現れないとは限らないって今回で分かったんだから……」

 「……はい」

 「分かりました」

 経験の浅い私とチコにせめてもの助言。対処をするには経験者に聞くしかない。

 「カルディナも。……選定試験だけが召喚士ではないんだから」

 「分かってるわ。……行ってきます」

 カルディナさんの一言に皆がゆっくりと歩き出す。私はすぐにレブに追い付いて、横に並ぶ。

 「………」

 レブは私を見たけど、すぐに前を向いてしまう。

 「……どうかしたの?」

 私が聞いてしばらく、レブは答えないまま歩き続けた。しかし、トロノの町を出るとほとんど同時に口を開いてくれる。

 「いや、少し驚いただけだ」

 「珍しいね?何かあったっけ?」

 思い返すと、レブがティラドルさんを気遣う様な発言をしてくれた事の方だ。

 「初めて見たものでな。ティラが、私以外を優先したなんて」

 「……一緒に行きたかったの?」

 レブは首を振った。

 「断じて、違う。……だが、来るのだろうなとは思っていたから拍子抜けした。ただ、それだけだ」

 レブは今度こそ前を向いてこちらを見なくなってしまう。

 私は一度振り返って、トロノの街を遠巻きに見る。セルヴァよりもずっと都会で、人も多い活気のあった町。目まぐるしく過ぎた日々だった、アルパの件で後味が悪い部分もまだあるけど、かけがえのない時間だった。

 また戻る。それだけは心に決めて前を向いて私は歩き出した。

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