ヨネムス家の居間。

1、ケーキ


「私が巫女であるという事は、できる限り他人に知られたくない」

 僕とサエコと軍用ロボット犬のジーディーしか居ないヴァンの車内で、サエコが僕に言った。

「もちろん、婚約者であるコウジは別だけど」

 彼女がそういうのも無理は無い。

 巫女とは……戦略巫女化少女兵とは、兵器開発局によって特殊能力を強制的に発現させられた少女たちの事であり、要するに人間兵器だ。

 戦争が終わって世の中が平和になれば、その力は異様であり異端だ。

 穏やかに暮らしたい戦後の市民の目には、巫女の能力は自分たちの心を騒がせる「戦争の象徴」にしか映らない。

 早い話どこへ行っても化け物あつかいされた。

 遠くの町で、巫女化少女兵が酷い迫害にあっているという噂も聞いた。

 さいわい僕の住むオッドヤクートではそんな話は聞いたことが無いけど、それは、そもそもこの町に巫女が居なかったからだ。

 せまい社会だ。サエコの事が知れ渡ったらこの町でも何が起きるか分からない。

 彼女は、兄に全てを話すという僕の考えに不安を感じている。

「大丈夫」

 僕は出来るだけ優しく、彼女に言って聞かせた。

「兄貴は他言しないでくれと頼まれた事を、軽々しく話すような男じゃない。サエコが巫女だからって差別するような人間でもない」

「でも」

「今回は僕を信じてくれよ。大丈夫だよ」

「……うん」

「ジーディー、適当な場所でUターンしてくれ。僕んに戻る」

 帰る途中、ヨネムスさんの家に寄った。

 ひとつには、これから僕の家で大事な話があって長引くかもしれないから晩ご飯は向こうで食べるとヨネムスさんに伝えるため。

 ふたつ目の理由は、サエコの下宿部屋に置いてある「何か」を取って来るため。

 ご主人も奥さんも今夜はサエコと一緒にご飯を食べられないと知ってちょっと残念そうだったけど、僕ら兄弟とは近所づきあいもしていて信用しているという事で、快く許可してくれた。そもそも僕は婚約者だし。

 サエコが二階へ行っている間に僕は電話を借りた。今から話があると兄に伝えるためだ。受話器の向こうで呼び出し音がちょうど五回鳴った直後に兄が電話に出た。

「はい。サワノダです」

「コウジです」

「おう、コウジ、どうした? 今どこだ? サエコさんとの話は終わったのか?」

 今ヨネムスさんの家にいる事を伝え、さらに僕とサエコと兄と三人で話がしたいと言った。

「うーん……今から、か」

 兄は今日中にどうしても仕上げなければいけない修理があると言った。それが一段落するまでは時間がない、と。

 僕自身、本当なら午後も兄を手伝う約束だったのに、こうしてサエコと会っているという負い目があった。兄に対して強くは出られなかった。

「夕方ならどうだ?」

 電話の向こうで兄が言った。

「そうだな……五時には仕上げるつもりだから、それからシャワーやら着替えやらあって五時半に待ち合わせでどうだ? サエコさんも一緒に晩飯でも食いながら。と、言っても、昨日お前が作ったカレーの残りだけどな。それで良ければ」

 もとから夕食は僕の家で食べる予定だった。最初の計画では今から家に行って兄と三人で話し合って最後にご飯を食べてサエコを送るつもりだったけど、兄の都合も考えると最初に夕食をってそれから話し合いという事になりそうだ。

 ちょうど二階から降りてきたサエコにそれで良いか聞いてみる。

 彼女がうなづくのを確認して、兄に予定を告げ、受話器を置いた。

「中途半端に時間が余っちゃったな。どうしようか」

「うーん」

 サエコの後に立っていたヨネムスさんの奥さんがにこにこ顔で言った。

ひまなの? じゃあ、お茶でも飲んで行ったら?」

 僕とサエコは顔を見合わせた。

(どうする?)

 サエコの目が無言で問いかけた。

 もう一度、奥さんの顔を見る。相変わらずのにこにこ顔だ。

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」

 奥さんはにこにこ顔のまま、僕らを居間のソファに案内した。

「今、お茶を淹れて来るから座って待っていて頂戴」

 僕ら二人を置いて台所へ向かった。

 サエコがソファのそばに立ったまま僕を見ている。

 黙っていても彼女が考えていることは何となくわかった。

 

 相向かいで座るべきなのか?

 やはり、ひとつのソファに二人並んで座るべきなのか?

 サエコがこの町にやってきた初日、僕の家でコーヒーを飲んだ時はテーブルをはさんで相向かいに座った。

 歓迎会の時は兄貴の横に僕が座り、ヨネムスさん夫婦と向かい合う格好だった。主賓のサエコは、僕ら兄弟とヨネムスさん夫婦の両方に対して直角になる形で座った。

 もちろん二人きりでヴァンに乗るときは後部座席に並んで座っているけど……

「す、座ろうか……」

 僕はサエコにうながした。

「うん……」

 まずサエコがソファに座り、僕は……迷ったけど……サエコの隣に座った。

 何となく気まずい。

 誰も見ていない自動車の中で彼女と並んで座る事には慣れた。

 でも今は状況が違う。ヨネムスさん夫婦が居る。

 何というか……例えば恋人の親に最初に会う時の気持ちって、こんな感じなんだろうか?

 ヨネムスさん夫婦はサエコの親でも何でもないけど。

(そういえば、サエコの家族って、どんな人たちなんだろう?)

 緊張しつつ、そんな事を思いながら待っていると、奥さんがお茶を盆の上に載せて居間に入って来た。続いてご主人も。奥さんがティーカップとお茶菓子を僕らの前に置いて、それから二人は僕らの向かいのソファに座った。

「さあ、召し上がれ」

 奥さんが相変わらずのにこにこ顔で僕を見て言った。隣のご主人もにこにこしている。期待に胸を膨らませてる感じだ。

「いただきます」

 ティーカップを手に取るとき、改めて出されたお茶菓子を見た。洒落れた感じの美味しそうな菓子だった。

「都市NXE-8のお菓子よ。この間、サトルさんが仕事で向こうに出る機会があって、お土産に買ってきてくれたの」

 サトルさんというのはヨネムス家の親戚の一人だ。

「本当ですか?」

 僕は、驚いて奥さんに聞き返した。

 NXE-8はこの国で一番激しい攻撃にさらされた都市だ。瓦礫の山が延々と続いて、まともに人間の住める建物は一軒も無いって噂だった。とてもこんな可愛らしい菓子を作る余裕なんて無いはずだ。

「それが、実際に行って見たサトルさんも驚いていたけど、ものすごい速さで復興が進んでいるんですって」

「復興、ですか?」

「まだまだほとんどの地区は瓦礫の山だけど、一部では住宅や商業施設の建設も盛んだって。住人も戻りつつあるとか言っていたわ」

「そうですか……」

 僕は出された菓子を遠慮なく頬張ほおばった。甘味と良い香りが口いっぱいに広がった。

(そうか……一番被害の酷かったNXE-8でさえ、ここまで……こんなお菓子が食べられる程に復興しているのか……)

 僕の生まれ育った都市まちも今頃は人々がまともに生活できる場所に戻っているのだろうか。

「どう? 美味しい?」

 奥さんが僕に聞いた。

「はい。とても美味しいです」

 隣を見ると、サエコも感動している様だった。

「……ところで……」 

 奥さんが僕らの顔を見る。相変わらずのにこにこ顔で。旦那さんもにこにこ顔だ。

「あなたたち時々ふたりで外出しているけど……?」

 食べていた菓子が喉に詰まった……

 やはりこれが目的だったか。

(僕ら二人から有ること無いこと聞き出して楽しもうって魂胆こんたんまる見えじゃないか)

 僕は奥さんの誘導尋問には絶対に引っかからないぞと気を引き締めつつ、あの手この手で質問攻めを仕掛けてくるヨネムスさん夫婦を、のらりくらりと、はぐらかし続けた。

 しまいには軍用ロボット犬のジーディーには盗聴録音機能が付いているはずだ、ここへ連れてきて二人の会話を再生して見せろと言う始末だった。

 冬場の娯楽に飢えている老夫婦の二人所帯とは言え、ちょっと強引すぎるぞと思いながらサエコを見ると、彼女もさすがに困った顔をしていた。

 ……そうか……ヨネムス夫妻は、僕とサエコを二人ソファに並べて座らせて、きわどい質問に困った顔をする僕らの様子を見て楽しんでいるんだな。

 くそっ、この悪魔夫婦め。

 午後四時を過ぎたころ僕ら二人は、やっとヨネムスさん達から解放された。というより、なかば強引に話を切り上げて僕の家に向かう事にしたのだ。

 まあ、そう言わずにもう少しゆっくりして行ったら……そう言う奥さんとご主人の手を振りほどくようにしてヴァンの後部座席に収まったときには、僕もサエコもグッタリと疲れ切ってしまっていた。

「サエコ、大丈夫か?」

「な、何とか」

 ジーディーに発車の命令を出して、ふうっ、と一息つく。

 ヴァンは逃げるようにヨネムス家の敷地を出て、僕の家へ向かった。

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