第7話 暗黒神様、機械神を創造する


 ミリーナが大暴れし、一度はぶっ壊れたのが嘘のように、彼女の異空間は綺麗になっていた。清らかに澄み渡った小川に、適度に並び立つ樹木。とても美味い空気。私の異空間との差は、いったい何なのだろうか。


「こ、ここは……?」

「ようこそようこそ、わたしの異空間へ! 早速始めようじゃないかっ! ね、フィオ!」

「うむ」

「異空間、ですか?」

「呆然とする気持ちは分かるけど、この人たちのする事にいちいち驚いてたら、身がもたないわよ?」

「そ、そうなんですか」


 リアクションからして、恐らく異空間に来るのは初めてなのだろうな。だがまぁ説明は後でいいだろう。それよりも今はやるべき事があるのだ。


「カイト殿、霊王機を呼んでくれたまえ」

「はい。きちんと来てくれるかどうか、ちょっとわかりませんが……」

「異空間なんてものがあるなんて、知らなかったもんね。お兄ちゃん」

「ああ……」

「む、そうか? まぁ、やってみればわかる話だろう」


 なるほど。うっかりしていたな。どこでも呼び出せるとばかり思いこんでいたが、必ずしもそうとは限らないわけか。

 密かに後頭部をかく私を余所に、カイトが高らかに叫んだ。


「来い!! 深淵なるほむらの霊王機、【イブリース】!!」


 美しい空に声が響くと、それに応えるかのように、黒い霊王機が飛んできた。異空間の中でも問題なく呼び出せるようだな。


「よかった、きちんと来れたか」

「へぇ~、我ながら、なかなかに不思議だなぁ。どうやって来たんだろ?」

「我ながら?」

「あっ、え、えっと……」


 鈍く輝く球体……イブが、気になることを口走った。いや、この霊王機から飛び出してきた時点で、うっすら予想はしていたのだが。


「……実はイブは、この霊王機“イブリース”の動力源なんです。一応、機体内にも予備動力があるので、彼女無しでも動けはするのですが、イブがいる時といない時とでは、イブリースの戦闘能力に大きな差が出ます」

「お、お兄ちゃん!」

「ちょっと義弟クン。そんな事まで教えちゃうこと無いじゃない」

「いえ。この方々……特に、フィオグリフさんには、余計な隠し事をしない方がいいと思います。そうですよね、カイトさま?」

「ああ」


 動力源、予備動力、か。なんとなくわからんでもないが、まぁそんなことはどうでもいい。というか聞こえているぞ。


「そんな細かいことは知らん。少々、コレの中を探らせてもらうが、構わないかな? ああ、別に分解したりはしないぞ」

「中を、ですか?」

「わたしは構わないですけど……」

「よし、良いのだな」


 許可をもらえた事だし、さっさと作業を始めるか。


「ちょっとフィオグリフ。いったい何をする気なの?」

「しーっ。邪魔しちゃダメだよ、プルミエディアちゃん。こういう時のフィオにちょっかい出したら、割と本気で危ないから」

「あ、危ないって……」


 さてさて、機械のことはよくわからんが、コレが“自我を持つ生命体”だというのなら、話は別だ。ハナから生き物だとわかっていれば、解析は容易い。


「ふむ、ふむふむ。要はこれが筋肉で、これが神経。これが……心臓とでも言ったところか。ここにあの球体が入るわけだな」


 イブリースという黒い霊王機に触れ、その内部構造を徹底的に調べる。奇しくも、まるで人間をそのまま巨大化させたかのような作りになっており、“再現”するのは思いの外簡単そうだった。


「む、これは……霊力臓……か? となると、血液を霊力で代用している……?」


「なんだか、ご主人様すごく楽しそう」

「本当ですね~。生き生きしてます」

「少年のように瞳を輝かせるフィオグリフ様も、素敵じゃのう」

「小難しい事を言ってて、ボクにはさっぱりわかんないんだけど……」

「霊力臓って、たしかアレよね。大抵の生き物が体内に持ってるって言う、霊力を生み出す臓器」

「だな。あんな見た目してんのに、中身はまんま生き物ってわけか」

「あ、あの人何者なの……? 霊王機の解析を、あんなに速く進められるなんて……」

「自分の身体をまじまじと眺められると、なんだかこそばゆいね」

「変な意味に聞こえてくるからやめろよ、イブ」

「いったい何をするおつもりなのでしょう?」


 外野の声を聞き流しつつ、作業を進めていく。そして、すぐに終わった。所々に妙な物があるのが気になるが、基本的な構造は人間とほぼ変わらんな。


 さて、ではいよいよだ。


「プルミエディア」

「ん?」

「フィリル」

「はいです~」

「レラ」

「はい、ご主人様」

「お前たちに、専用の霊王機を作ってやる」

「「「えっ!?」」」


 呼ばれた三人だけではなく、カイトたちアイフィオーレ組も驚愕していた。一方ミリーナたち人外組は、“やはりそう来たか”とでも言いたげな顔をしている。


「えっ、霊王機を作るって……えぇっ!? フィ、フィオグリフさん!! そんな事ができるんですか!?」

「うむ。少しばかりアレンジが入るが、問題なく動かせるはずだ」

「う、うそ……」

「嘘ではないぞ、レミル殿」


 これが、私が考え出した、人間組の強化プランだ。生身で我々人外組に劣るのなら、その力を補強する、“霊王機”という鎧を与えてやればいい。それでも魔王や邪神相手にサシでやるのはキツいだろうが、今よりはマシになるはずだ。


「プルミエディア、どんなヤツに乗りたい?」

「い、いきなりそんな事言われてもなぁ……。とにかく、皆に守られるんじゃなく、皆を守れるようになるぐらい、強くなりたいわね」

「フィリル」

「そうですね~。もっとすごい召喚霊を呼び出せるようになるような、そんなヤツって作れますかね?」

「レラ」

「ご主人様と肩を並べて戦えるような、そして、そのお身体をお守りできるような、そんな力が欲しいです」


 ……三人とも、えらいざっくりしているな。もっとこう、どんなフォルムがいいかとか、そういうのを聞きたかったのだが……。

 まぁ、いい。なんとかなるだろう。操縦に関しては、できるだけわかりやすくしなければな。いっそ、操縦者……演者の動きをトレースするイメージでいくか。加えてそれをサポートし、生身よりも数段上の動きができるようにすれば完璧だ。


「フィオ~! わたしも欲しい~!!」

「……む、ならばこうしよう。私と二人乗りでいいのなら、作ってやる」

「ん、いいよっ!! 願ってもない好条件!」

「んなっ!? フィ、フィオグリフ様!! それならばワシもっ!!」

「じゃあボクも~」

「え、じゃあ俺も?」

「……いや、お前たちはいらんだろう」


 ミリーナはできるだけ近くで守りたいから我が儘に応えてやるが、アシュリーたちはダメだ。生身で十分だろうが。

 となると、全部で四機か。うーむ、どうせなら本物の霊王機と似た感じのがいいな……。頑張ってそれっぽく作ってみるか。




「……本当にできちゃった……」

「これは、現実なのか……?」

「霊王機を、こんなに短時間で作り上げるなんて、嘘みたいです……」


 カイト、ミリル夫妻とレミルが、眼前に佇む四機の新たな機体を、呆然と眺めている。まぁ、なんだ。色々と頑張ってみた結果、恐らくは霊王機を越えるポテンシャルを秘めているだろう傑作が生まれてしまったが、気にしたら負けだ。


「プルミエディア、どうだ」

『すごい、すごいわっ!! ほんっとうに、あなたってすっごいわよっ!!』

「嬉しそうだねぇ、プルミエディアちゃん」

「ふっ……」


 私とミリーナが乗る朱と黒の霊王機、“ケーニヒレーベン”の中に設置された“通信機”越しに、ハイテンションなプルミエディアの声が響いてきた。彼女も、別の機体に乗っているのだ。

 尚、各機体のコックピットには、敵や味方の居場所を示す“レーダー”や、現在選択されている武装の情報、機内外の温度を示す装置、全周囲を見渡せるモニターなど、様々な物が存在する。中でも、レミル曰く最も大事だというのが、霊王機や霊機人のエネルギーであり、生命力であり、性能を示す指標であり、動力源である、“幽力”というものを数値で表す装置だ。何でも、この“幽力”が0になると、その霊王機、または霊機人は、壊れて動かなくなるらしい。


「フィリル、きちんと使えそうか?」

『はいです~! まるで自分の身体みたいに、スイスイ動いてくれます~! なんだか霊力も満ち溢れてきてる感じで、早く実戦で試したいってウズウズしてますよ~!』

「完璧だね」

「ああ。案外なんとかなるものだ」

「まぁフィオだもんね」


 ウサギのような耳を生やした白い霊王機から、これまた嬉しそうなフィリルの声が響いてきた。正直実戦でどうなるかは未知数なのだが、きっと大丈夫だろう。


「レラ、問題はないな?」

『はい。ご主人様からいただいた大切な物ですから、完璧に使いこなして見せます』

「頼もしいな」

「レラちゃんだもんね。でもやっぱり嬉しそうにしてる。良かったね」

「当然だ」


 レラに関しては、何も心配はあるまい。奴は天才肌だからな。この私からのプレゼントを、使いこなせずに壊す、などという醜態は晒すまいよ。

 さて、これでひとまず用事は済んだわけだが……そういえばリリナリアが報告があると言っていたな。


「リリナリア」

『はいは~い。聞こえてますか~?』

「ああ」

『あ、よかったです。じゃあ早速ご報告しますね~!』

「うむ」


 今回、ミリーナ以外の人外組には霊王機を作ってはやらなかったが、我々がこれに乗っている間、意志疎通ができないのは困る。なので、生身でも携帯できる小型の通信機を人数分作ってやったのだ。

 なんだか急に機械的になったが、これはこれで面白いので良しとする。

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