263話「さくせん」

 吹き付ける風が身体全体を撫で、通り過ぎていく。

 眼下に広がる景色も風の動きに合わせて後ろへ流れていく。

 乱れに乱れてしまった髪のことはもう気にしないことにする。


「こうして風を切って空を飛ぶのも中々気持ち良いな。けど、この態勢はどうにかならないもんかな・・・・・・。」


 跨ったままの姿勢でもぞもぞとお尻を動かして位置を調整してみるが、あまり効果はない。

 横向きに腰を掛けるような姿勢にしてみようとも考えたが、二つのスロットルを握っていなければならない構造上それも難しい。


「いや、触手にスロットルを握らせれば出来ないことはないか? 要は魔力を流せればそれで良いわけだし・・・・・・。試してみるか。」


 触手に”浮遊”のスロットルを握らせて固定し、ゆっくりと自分の手を放していく。

 完全に手が離れても高度は落ちずに一定を保ったままだ。


「お、いけるみたいだな。」


 触手から魔力が吸い取られるため触手が消えないよう維持する必要はあるが、それも難しいことではない。


「次は”加速”の方か。こっちは慎重に・・・・・・。」


 先程と同様に”加速”のスロットルを触手で固定し、ゆっくりと手を放す。


「よし、成功・・・・・・。あとは触手を固定したまま足を――」


 態勢を変えようと身体を動かしたその時だった。

 身体を動かした拍子に、スロットルを握っていた触手も動いてしまったのだ。


 気付いた時にはもう遅かった。不意に視界が反転する。

 魔力が急激に吸い取られて維持していた触手が消失し、慌てて箒を掴んだ。丁度スロットルの位置を。掴みやすい場所にあるんだから仕方ない。

 スロットルが回り、加速する。

 急加速で身体が後ろに引っ張られるように仰け反り、振りほどかれまいと反射的に箒にしがみ付いた。更に加速。

 ”浮遊”の力も働いているはずなのだが、どうやら加速のパワーの方が強いらしい。

 見事に宙返りを決めた箒星は、地面に向かって真っすぐ突き進む。


「ちょ、ヤバイヤバイ!」


 速度が上がり過ぎて、どう操作しようが大地との濃厚な接吻は避けられそうにない。

 咄嗟に障壁を展開して衝突に備えた。


 突き抜けるような衝撃とともに視界がぐるぐると二転三転。

 最後は木にぶつかってようやく止まった。


「・・・・・・障壁がなければ即死だった。」


 逆さになった視界には地面に突き刺さった”レンダーバッフェ”が見える。

 折れたりはしていなさそうだ。丈夫さもピカ一らしい。


 目が回ってフラフラする身体に叱咤し、なんとか立ち上がる。

 あちこち痛むが大きな怪我は無い。

 おぼつかない足取りで”レンダーバッフェ”の元へ辿り着き、地面に突き刺さったままのそれを引っこ抜いた。


「壊れては・・・・・・なさそうだな。」


 ここまで丈夫なのは激しい競技で使っていたからなのだろう。

 だがこれほどまでにピーキーな代物だったとは・・・・・・。

 「真っ直ぐ飛ぶだけなら大丈夫」とか言ってたのはどこのどいつだ。

 かなり慎重に扱ってやっと真っ直ぐ飛べる、くらいが正しい。


「このまま砦まで飛んでいくのはちょっと厳しいか・・・・・・?」


 身体がいくつあっても足りそうにない。

 というか正直もう乗りたくない。


 そもそも”レンダーバッフェ”のパワーに対して、スロットルの可動域が狭すぎるのだ。

 少し捻るだけで急加速なのである。

 さっきの触手だって、ほんのちょっと動いてしまっただけなのだ。

 せめて変速装置のようなもので流せる魔力を段階的に調節出来れば――


「いや、待てよ。魔力を調節するだけならもしかして・・・・・・。」


 ある方法を思いついた俺は早速”レンダーバッフェ”の改造に取り掛かった。


*****


 砦まで辿り着くと、ちょうど監視塔の屋上に居るレンシアの姿を見つけた。

 レンシアの隣まで降下し、箒を反転させて逆噴射。加速が相殺された箒はピタリと停止した。

 箒が止まったのをしっかりと確認して地面に足をつける。


「悪いな、少し遅れたか?」

「思ったより早かったけど・・・・・・それ『”サラマンダー”よりずっとはやい!』が売り文句の”レンダーバッフェ”じゃねえか! ドクのやつ、そんなもの引っ張り出してきてたのか・・・・・・。よくここまで無事に来れたな。」


「まぁ・・・・・・何とかね。」

「何とかって、すげえ普通に乗りこなしてたよな今!?」


「いや、乗りこなせなかったんだよ・・・・・・ほら。」


 ”レンダーバッフェ”のスロットル部分をレンシアに見せる。


「何だこれ・・・・・・土で固めてるのか?」


 スロットル部分には土が絡むように巻き付き、スロットルが微動だにしないようガチガチに固めている。

 これが俺の施した”改造”というわけだ。


「おいおい、これじゃ動かないだろ・・・・・・って、この状態でどうやって飛んできた?」

「スロットルでの誤操作が起きないようにして、自分で魔力を流し込むようにしたんだよ。」


 要するにスロットルでしていた魔力の調節を自力で行うように変更したのだ。

 これなら自分の裁量で流し込む魔力を調整できるため、急加速に悩むことも無い。


 流した魔力がそのまま飛行に反映されるので、変速機などの機構が付いていない分、操作も若干楽かもしれない。

 まぁ、それらの機能が備わっていればここまでする必要は無かったんだけれども。


「なるほど・・・・・・魔力操作が出来るアリスならそれも可能か。」


 レンシアが納得した顔で頷く。

 ・・・・・・ってか、箒談義をするためにこんなところにわざわざ戻ってきたわけじゃない。

 熱心に箒を調べるレンシアから箒を取り上げて話を切り替える。


「そんなことより、ここに来る途中で魔女たちが森林破壊してたんだが・・・・・・アレが作戦なのか?」

「あぁ、そうだったな。作戦を伝えよう。まずはヤツの進行上にデカい穴を掘る。」


 ずいぶん大雑把な作戦だ。

 俺が砦に来る途中で見たのはその現場だったようだ。


「そのデカい穴までちゃんと誘導できるのか?」

「本能的な部分は変わっていないみたいだからな。このまままっすぐ砦を潰して進み続けるだろう。」


「砦は放棄するのか?」

「そうなる。取り込めない障害物があればヤツの足も鈍るから、それで数日は稼げる。」


 砦を障害物として使うらしい。

 つまり、そこからは拠点無しでの戦いとなる。

 肉スライムの移動速度から逆算すると、明日には砦を放棄することになりそうだ。


「で、その稼いだ時間で穴を完成させるのか。穴には何の意味があるんだ?」

「予想だが、ヤツは周囲の動植物を取り込んで養分にしているみたいだからな。穴はそれらを排除した決戦場ってところだ。」


 木を焼き払うように魔法を撃っていたのはそのためか。


「空間を湾曲させて戦闘フィールドを形成するような魔道具は作ってないのか?」

「巨大ロボが戦う予定は今まで無かったからな・・・・・・。これを機にドクに建造を依頼しておくか。」


「・・・・・・本当に作りそうだから止めてくれ。部品を作らされるのは俺なんだぞ。」


 そもそも巨大ロボがあったとしても、あの肉スライムが相手では分が悪そうだ。

 ともあれ、無敵に思える再生能力でもエサを失くしてしまえばいくらか衰えさせることが出来るかもしれない。

 そうなれば魔女たちの火力でも、ちまちま削り続ければ倒せる可能性は出てくるだろう。時間は掛かりそうだが。

 だがそれはあくまで可能性の話でしかない。


「勝算はあるのか?」

「魔女たちの攻撃はずっと続けるけど、それだけで倒せるとは思ってないよ。穴に落とすまでは準備段階。本当の戦いはそれからだ。」


 少々不安を覚えながらも、レンシアの語る作戦に耳を傾けた。

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