239話「驚愕の事実」

 陽が落ち、宴の熱も冷めた夜。

 参列者たちはそれぞれ帰路につき、俺も自宅に戻っていた。

 フラムは明日に両親が村を発つため、今日もババ様のところで両親と過ごしている。

 本来なら”初夜”ということでフラムと二人きりにさせられそうなものだが、そもそも俺が成人していないということもあって、うやむやになった感じだ。


 今は俺の家族にリーフとサーニャを含めた六人でテーブルを囲み、お土産で買ってきたお茶を楽しんでいる。

 まぁ、一人はお酒だが。


「ウソ・・・・・・だろ・・・・・・?」


 俺の話を聞いたエルクが愕然とした表情を隠そうともしないまま、口に運ぼうとしていたコップを持つ手を止めた。


「お、お父さん・・・・・・?」


 片手で額を覆うようにしてテーブルに肘をつき、絞り出すような声で問うてくる。


「何かの、間違いじゃないのか・・・・・・?」

「ぅ、うん・・・・・・。」


 まさか、ここまでショックを受けるなんて。

 サレニアがあんな態度だったから大丈夫だろうと踏んで、軽く”塔”の事や魔女化の事を伝えたのだが・・・・・・。

 普段の彼からは考えられないような狼狽えぶり。

 やはり伝えるのはサレニアが言っていたように、彼女に任せておいた方が良かったのだろうか。


「あ、あの・・・・・・勝手に決めてごめんなさい・・・・・・。」

「あ? 何を言ってんだ?」


「・・・・・・へ? いや、その、進路とか相談せずに決めたり・・・・・・。私の、身体の――」

「そうじゃねぇ! お前は、オレと、サリーの娘なんだぞ・・・・・・?」


「・・・・・・うん。」

「それが、あの有名な学院で”最優秀”だって? ホントに何かの間違いじゃねえのか?」


 え、そっち!?


「あら、それはどういう事かしら、エルク君?」


 凄むサレニアに慌てて弁解するエルク。

 というか、サレニアも同じ様なこと言ってなかったか・・・・・・?


「ま、待て待て! 別にサリーの頭が悪いとかそういう事を言いたいワケじゃねぇ! でも、オレたちはやっとで暮らしていけるような冒険者だぜ? その子供が、どこをどう間違えたらあの学院で”最優秀”なんかになれるんだよ? 一番だぞ、一番!」

「まぁ、確かにそうよねぇ・・・・・・優秀だとは聞いたけど、”最優秀”だなんてねぇ・・・・・・。」


「だろ? 誰かと取り違えられたりしてねえのか、アリス?」


 えぇー・・・・・・全然信用無いな・・・・・・。


「あの、お二人の懸念は分かりますが・・・・・・アリスが最優秀なのは間違いなく本当です。私も確認しましたから。」


 小さく手を上げて、フォローしてくれるリーフ。


「そう、なのね・・・・・・。リーフちゃんがそう言うなら、間違いないのでしょうね。」

「そうか・・・・・・本当、なのか・・・・・・。」


 リーフの言葉を聞き、やっと飲み込めたように頷く二人。


「えぇ!? 何でリーフの言葉だったらすぐに信用するの!?」

「え、だって賢そうだしよ。」


「・・・・・・リーフおねえちゃんは賢い。アリスはばか。」

「ほら見ろ! フィーだってこう言ってるじゃねえか!」


「お姉ちゃんまで!?」


 俺の味方は居ないのか!?

 救いを求めるようにサーニャの方へ目線を向ける。


「あるー、おなかすいたにゃ!」


*****


 翌朝、陽が昇り始め周囲が見渡しやすくなったころ。

 出立の準備を終えたフラムの両親たちが馬車に乗り込むところだ。

 朝も早いので、見送りはババ様と俺の家族、俺の家に泊まっていたリーフとサーニャと小人数だ。


「フラムをお願いしますね、アリスちゃん。」

「はい。」


「けど、やはり心配ですから、二人をしっかり見ててくださいね、リーフちゃん。」

「えぇ、はい。それはもう、分かっています。」


「今度は沢山料理を用意してお待ちしておりますわ、サーニャちゃん。」

「絶対行くにゃ!」


「それから・・・・・・旅を楽しんできてね、フラム。アリスちゃんとの楽しいお土産話を期待しているわ。」

「ぅ、うん!」


 クルヴィナがしっかりとフラムを抱きしめる。尊い。


「あの・・・・・・ぉ、お父、様。」


 母から離れたフラムが、今度はファラオームの方へ向き直る。


「教えなければならない事がまだ多く残っている・・・・・・遊んでいる暇などないぞ。戻ったら覚悟しておくことだ。」

「っ・・・・・・は、はい!」


「其方もだ、アリューシャ。」

「ぅ・・・・・・はい。」


 そうか・・・・・・フラムと結婚したということは、イストリア家を継ぐ彼女を支えていく、ということでもある。

 うぅ、もっとそっち方面の勉強しておけば良かったかも・・・・・・。


「もう、ファム君! 二人を脅かさないの!」

「私は当然のことを言ったまでだ。」


 ただまぁ、裏を返せば・・・・・・この卒業旅行のことは許してくれているのだろう。


「カッカッカ、お前さんも大変だねぇ、アリス。」


 くっ・・・・・・他人事だと思って・・・・・・。

 いやまぁ、他人事なんだろうけど・・・・・・。


「ほっほっほ、では参りましょう、ファラオーム様、クルヴィナ様。」


 二人を宥めたウィロウが、こちらへ振り返る。


「フラムベーゼ様、アリューシャ様、私めもお二人が戻られるのを心待ちにしております。」

「はい、その時はまたよろしくお願いします。」


 ウィロウは俺たちに向かって頭を下げた後、馬車の扉を開く。

 ファラオームがクルヴィナをエスコートして馬車へ乗せた後、自身も馬車へ乗り込もうと足を掛けた。


「おい、ファラオーム!」


 エルクに呼び止められたファラオームが面倒そうに振り返る。


「・・・・・・何だ。」


 そんな態度を意にも介さず、エルクは言葉をつづけた。


「またな!」

「・・・・・・あぁ、ではな。」


 今度こそ馬車に乗り込み、それを見届けたウィロウが馬に鞭を入れた。

 軽く嘶いた二頭の馬は力強く足を踏み出し、朝焼けの向こうへと馬車を運んでいった。


「行っちゃったね。」

「・・・・・・ぅん。」


「さーて、もうひと眠りすっかな!」


 確かに、いつもならまだ寝ているような時間帯だ。

 それに、今日くらいは惰眠を貪っても罰は当たらないだろう。

 エルクに続いて家へ戻ろうとした俺の首根っこを、誰かがむんずと捕まえた。


「お、お姉ちゃん・・・・・・?」

「・・・・・・行くよ。」


 フィーの力には叶わず、引きずられる俺。

 粛々とそのあとに続くフラム。


「え、ちょ・・・・・・どこへ!?」

「・・・・・・ルーナさんのところ。」


「へ? な、なんで!?」

「・・・・・・稽古。」


「き、今日くらいはゆっくりしたいなー・・・・・・なんて。」

「・・・・・・昨日も一昨日もしてないから、だめ。」


 そ、そんなぁ・・・・・・。


「諦めなさい、アリス。フラムのためにもしっかり鍛えてもらうことね。」

「カッカッカ、年寄りの朝は早いからのう。きっとルーナも張り切っておるぞ。」


 ようやく顔を見せ始めた朝日を見て、俺は絶望した。

 今日という日は、まだ始まったばかりなのだ。

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