230話「あなたも貴族」

 笑顔だったサレニアが何かに気付き、俺の顔を覗き込むように見る。


「あら、アリス・・・・・・その目はどうしたの?」


 やっぱバレるよね・・・・・・。


「えっと・・・・・・その事についてはお父さんも居る時に話すよ。お父さんは?」


 そう問うと、サレニアは大げさに肩を落として見せ、深いため息を吐いた。


「男の子ってどうしていつまで経っても男の子なのかしらね・・・・・・?」

「それってどういう・・・・・・?」


 サレニアの様子に戸惑っていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


「ほっほっほ。何やら耳の痛いお話をされておられますね。」

「あら、ウィロウさん。どうしてこちらに?」


「お嬢様方がお戻りになられたと、ラーシア様より伺いまして。」


 ラーシア、というのはラスのフルネームだ。

 さっき別れた後にわざわざ伝えに行ってくれたのだろう。


「親子の再開を邪魔するのも如何なものかと考えたのですが、クルヴィナ様がフラムベーゼ様に会われるのを心待ちにしておりまして・・・・・・。」

「ぉ、お母様が・・・・・・?」


 半分逃げるようにフラムの実家を出たからなぁ。

 フラムのお母さんも寂しかったに違いない。


「だったら早く会いに行ってあげなよ、フラム。」

「で、でも・・・・・・。」


「私も後で挨拶に行くから、それまではお母さんとゆっくりしてなよ。・・・・・・ここにはしばらく居ることになりそうだし。」


 結婚式だけやってハイ終わり、とはいかないだろう。


「ぅ、うん・・・・・・わかった。」

「有難うございます、アリューシャ様。」


「いえ、気にしないでください。それで、お父さんはどうしてるの、お母さん?」


 ウィロウの登場ですっかり聞きそびれてしまっていたエルクの所在。

 先程のサレニアの様子から、何やら面倒そうな予感がプンプンするが、聞かないわけにもいくまい。


「一昨日から仕事に行ってるわ・・・・・・ファラオームさんと一緒に。」

「ええっ!? なんで!?」


「申し訳ありません。ファラオーム様には、こうして気兼ねなく外に出られる機会は殆ど御座いませんでしたから。」


 凋落したと陰口まで叩かれているのだから、相当な苦労をしていたのだろう。


「でも、だからってどうしてお父さんと・・・・・・?」


 片や生粋の貴族に、片や平民の冒険者。どう転んでも面倒事しか起きないだろう。


「実は・・・・・・ファラオーム様は剣の方も少々嗜んでおられまして・・・・・・。」

「どっちが強いかなんて、そんなのどっちでもいいじゃない、ねぇ?」


 そこで俺に話を振られても・・・・・・。

 とりあえず無難に「そうだね。」と返しておく。


「それで、どちらが魔物を多く倒せるかで勝負しなさいって追い出したのよ。全く、こっちは結婚式の準備で忙しいっていうのに。」


 ぷりぷりと頬を膨らませるサレニア。


「いやはや、その節はご迷惑をお掛けしました。」

「まぁ、二人とも結婚式の準備になると急にソワソワし出して邪魔にしかならないから、居ない方が助かるんだけど。」


「あはは・・・・・・。」


 貴族相手でも容赦無いな、ウチのかーちゃんは・・・・・・。


「ほっほっほ。どちらにとってもご息女の結婚式ですから。」

「・・・・・・そういうものなのかしら? もちろん私だって嬉しいけれど。」


「そうですとも。」


 ウィロウがしみじみと頷く。

 彼も似たような経験があるのだろうか。


「それじゃあ、お父さん達はしばらく帰って来ないってこと?」

「そうねぇ・・・・・・明後日までには帰って来るんじゃない?」


「随分早いね。」

「もうすぐあなた達が帰って来るって、ウィロウさんから聞いていたからね。早く戻って来るように言ってあるの。」


「え、どうしてそんな事が分かるんですか?」


 確かに旅程は伝えてあったが、いつ戻るかなんて読める状況じゃなかった筈だが・・・・・・。


「ほっほっほ。アリューシャ様たちは目立ちますから、情報を集めるのには苦労しません。こちらへ来るまでも随分ご活躍なされたようで。」

「いや、まぁ・・・・・・成り行きで・・・・・・。」


 どこまで知ってるんだろう、この人・・・・・・。てかそこまで目立ってたか、俺たち?

 俺の疑問が顔に出ていたのか、笑顔を崩さぬまま言葉を続けるウィロウ。


「馬が引かないとんでもなく早い馬車に、それに乗った年端も行かぬ少女だけで構成されたパーティ、中には冒険者、更には獣人まで居る。追いかけるのは骨を折られるが、情報を手に入れるだけなら簡単だと諜報員が申しておりました。」


 ぅ、なんかそう言われると物凄く目立ってた気がしてきた・・・・・・。


「でも諜報員って・・・・・・ずっと私たちを見張っていたんですか?」

「各地に居る諜報員と連携して、お嬢様方の居場所は把握させていただいております。フラムベーゼ様のみならず、アリューシャ様も大切な御身でありますから。」


「私も・・・・・・?」

「当然で御座います。アリューシャ様もイストリア家の一員で御座いますから。」


「あ、そっか。」

「あなた、全然自覚無いのねぇ。お母さん心配だわ。」


 やれやれと溜め息を吐くサレニア。


「ぅ・・・・・・だって元々平民なんだし、そんなすぐ変われないよ。」

「ババ様に色々と教わっていたんじゃないの?」


「直接教わったのは薬の調合くらいだけど・・・・・・。あとは本を読ませてもらってたくらいだよ。」

「あら、そうだったのね。私はてっきり貴族の作法もババ様に習ってたのかと思ってたわ。結婚までしちゃったくらいだし。」


「そもそもどうしてそこでババ様が出てくるのさ? いくらババ様でもそんな事まで知らないでしょ?」

「何言ってるのよアリス。ババ様も貴族なんだから、知ってて当然じゃない。」


 ババ様も・・・・・・貴族・・・・・・?


「・・・・・・えええええええっ!?」

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