207話「便利なもの」

 迷宮都市を出発した俺たちは、数日かかってとある山脈の麓に辿り着いた。

 連なった山々が作り出した台地に村が存在するのだそうだ。

 台地は中腹辺りに存在するそうで、てっぺんまで上る必要は無いらしい。・・・・・・良かった。


 途中の町や村で休憩と称した観光をしていなければもう少し早く着いたのだが、寄り道といえば旅の華。

 皆がトラックのスピードにも慣れて早く移動できるようになったため、その分を観光に回した感じだ。

 それでも足が出てしまったのはご愛敬。


「これは・・・・・・ちょっと進めないかも。」


 眼前に聳える山に生えた木々は申し訳程度に切り開かれ、適当に均された道が先へと伸びている。

 目を凝らしてみるが行き着く先は木々に覆われて隠されており、視認することができない。

 リーフの話では、この道を辿って行けば彼女の故郷に着くという。


 ただ、今乗っているトラックのサイズではこの道を通るのは困難だろう。

 小さな荷車ならなんとか、といった程度か。


「ちょっとみんな降りてくれる? 車の大きさを弄ってみるよ。」


 小型トラックほどだった大きさをワゴン車くらいまでサイズダウンさせる。ギリギリ通れそうだ。

 人数的にはこれくらいのサイズが限界だろう。

 すし詰めにするのなら軽トラサイズでもいけそうだが。


「うー、せまいにゃー。」


 サーニャがブー垂れながら屋根に陣取った。

 これで文句が出るんだし、これ以上のサイズダウンは止めておいた方が良さそうだ。


「ある程度は進めると思うけれど、先にはもっと狭い場所もあるわよ?」

「げ、そうなの? ん~・・・・・・とりあえず行けるところまで行って、通れない場所が出てきたらその時考えるよ。最悪徒歩かな。」


「仕方のないことだけれど、そうなりそうね。」

「リーフが故郷を出た時はどうしてたの?」


「もちろん徒歩よ。最寄りの街までは定期的に村に来ていた行商人の方にご一緒させてもらったわ。」


 リーフの村には一~二ヶ月に一度くらいの頻度で行商隊が訪れているらしい。

 隊と言っても小さな荷車が数台に商人と護衛が数人程度のもの。

 荷車が小さいため基本的には生活必需品や頼まれた品物なんかを仕入れてやってくるようだ。

 儲けはほとんど無いのだが、村から出た者が街の商人見習いの実地訓練としてやっているという。

 利益が少ない代わりに大きな失敗が無いため丁度良いのだそう。


 村から出た者が居ない時でも、付近の村から出た者が行商を行ってくれるらしい。

 その逆も当然あるので、持ちつ持たれつということだろう。

 それでも人が居ない時は有志が募られるそうだ。


「というか、貴女の村もそうじゃないの?」


 リーフの村は相当な僻地にあるみたいだけど、山じゃないだけマシなくらいで俺の故郷も似たようなものである。

 ただ――


「私、よく知らないんだよね。両親が冒険者だからわざわざ行商人に頼むことなんてなかったし。」


 ギルドのある街に行くことが多いので、必要な買い物はその時に済ませるのだ。

 母の方は”元”が付くのだが、本人曰く「いつでも現役に戻れる。」らしい。

 今は家に俺もフィーも居ないから、その言葉通り現役に戻っていたりするかもしれない。


「私も小さい頃から冒険者の仕事してたから買い物は街でやってたしなぁ。」

「貴女の小さい頃って・・・・・・一体いつの話よ。」


「えーと・・・・・・五歳くらい? あ、そういえば村に戻る時に行商人の護衛の仕事したことあったから、それがそうなのかも。」

「きっとそれね。」


 うろ覚えだが、その時は他所の村出身だと聞いた気がする。

 その護衛の仕事も一度か二度くらいしかしたことがないからあまり覚えてはいないが。

 俺たちが村に戻る時に都合よく仕事があるわけではないのだ。


「・・・・・・お母さんは行商の人が来たらお買い物行ってたよ?」

「え、そうなの? 私見たことないけど。」


「・・・・・・アリスはババさまのとこ行ってたから。」

「なるほど。」


 村にいる間はババさまに調合を教えてもらったり、ルーナさんに剣を教えてもらったり、魔法の練習をしたりで忙しかったからなぁ。

 品揃えは街の方が確実に豊富なので行商を見に行く必要が無かったってのもある。

 保存の効くお菓子なんかは街で買い溜めしてたしね。

 自分が食べるためもあったが、それ以上にフィーやニーナの機嫌をとるのに便利だったのだ。


「とにかく、早い内に出発しましょう。あまり油を売っていると日が暮れてしまうわよ。」


 リーフの言う通りここで立ち止まっていても仕方ない、目的地に向かって出発だ。

 朝の木漏れ日が混じった森の空気を胸いっぱいに吸い込んで意気込む。


 魔法陣を起動して車を発進させ、狭い道に入り込んでいく。

 道の両脇に生えた木に擦りそうになりながらゆっくりと進ませる。

 ほとんど舗装されていないような道だが、車体を半分浮かせているような車であるため悪路でも走らせるのに問題は無さそうだ。


 というか普通に浮いてくれるなら道なんか気にせず飛んでいけるんだけど、それはまだ世には出したくないらしい。

 今乗っている車もそうだが、動かすために必要な魔力は転生者くらいの魔力がないと賄えない。そうなると転生者狩りがまた横行するのではと危惧しているようだ。

 魔女たちが作った各種魔道具についての省エネ化もある程度は研究しているそうだが、物によっては普通の人が扱えるくらいに省エネ化するのは難しいのと、次の便利アイテムの開発にリソースを割いているので省エネ化の研究はあまり進んでいないのだとか。


 あと、戦争になった時に”魔女にしかない技術がある”ということが重要らしい。まぁ、空から一方的に魔法をばら撒けるなら人数差なんてさほど問題にはならないだろうし、転生者を使ったところで技術が無ければ対抗できない。

 後ろ暗い理由ではあるが、かつての当事者たちにとっては終わった話ではないし、こうして恩恵を授かっている俺が文句をいう事でもない。


 この車については「地面走ってるならあんま目立たないと思うし良いんじゃね?」ということで俺に使わせてるらしいが・・・・・・うん、目立ってるよコレ。

 ついでに走らせた感想という名のレポートの提出も求められている。

 ぶっちゃけ実地運用試験をさせたかっただけだろう。魔女たちは基本引きこもりだし、移動は転移だからな・・・・・・。


 歩くような速度で慎重に森に分け入っていくと、やがて緩やかな傾斜がついてくる。

 そして蛇のようにくねくねした山道を登り始めると、今度は崖側が気になってきた。

 道幅は更に狭くなっており、ガードレールやフェンスなんて類のものはもちろん設置されていないため、崖へ転落しないよう反対側へ寄せるように意識して運転する。


 ごりっ。


 はい、擦りました。

 これは道が狭すぎるせいであって、決して俺の運転が下手なわけではないということを釈明したい。


「これ以上進むのは難しそうね。」

「うん、ごめん。」


「別に謝る必要なんてないわよ。ここまで楽できただけでもありがたいもの。あともう少しで着くから、ここからは歩きましょう。」


 車を解体して重要部品だけ抜き取り、インベントリに放り込んでおく。

 運転中は狭いと思っていた道だが、歩く分には十分な道幅である。ただ、緩やかな傾斜でも歩くと結構キツイ。

 しばらく歩けば、じっとりとした汗が肌に纏わりついていた。


「ねぇ、もう少しって言ってなかった?」

「えぇ、もう少しよ。・・・・・・直線距離なら、だけれどね。」


 どうやら認識に若干の差があったようだ。

 荷車を押して通れるように道が作られているため、緩やかになっている分、道のりが長くなっているのである。

 気付けば空に上った太陽も折り返し地点を過ぎていた。


「もう疲れたのなら休憩を取った方がいいかしら?」

「んー、そうだね。少し休憩しようか。」


「ご、ごめん・・・・・・ね、みんな・・・・・・。」

「気にしなくていいよ、フラム。私も休みたかったし。」


 そもそもフラムだって体力が無いわけではない。

 学院に居た頃には時間が合う時はみんなと一緒に鍛錬に参加していたため、剣術なんかはともかく基礎体力だけなら同じ年頃の女の子よりも優れているだろう。

 それでも汗だくになるくらいにはキツイ山道である。

 そんなフラムを労うため、インベントリから甘いお菓子を一つ摘まみ出して「はい、あーん。」と彼女の口に押し込むようにして食べさせた。


「ぁむ・・・・・・っ。」

「どう、おいしい?」


 コクコクとフラムが頷く。


「あーっ! ズルい! ボクにも頂戴!」

「ちゃんと皆の分あるから慌てないでよ。」


 引き続きインベントリからお菓子を取り出して皆に配っていく。やはりお菓子は便利である。

 束の間の小休止を終えた俺たちは、再び足を動かし始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る