205話「迷宮王、死す」

「ほう・・・・・・一人残ったか。ならば我が直々に相手をしてやろうではないか。」


 迷宮王がそう呟き、俺の後ろへ視線を飛ばす。

 そして一歩、また一歩と焦らすように歩みを進めてくる。

 誰だ・・・・・・誰が残った!?


 動かない体を叱咤し、眼球を動かして迷宮王の行く先になんとか視線を合わせる。


「み、みんな、どうしちゃったの?」


 その怯える声はラビのものだった。理由は分からないが、彼女には金縛りが効かなかったようだ。

 歩みを続ける迷宮王に合わせてジリジリとラビが後退る。


「い・・・・・・や・・・・・・こ、来ないで。」


 ラビが躓いてペタンと尻もちをついた。

 腰が抜けて立てなくなったラビはズリズリと這って迷宮王との距離を取ろうとするが、距離は縮まっていく。


 ラビの顔は蒼白になり、瞳に涙を溜めたままワナワナと唇を震わせている。

 まるで死へのカウントダウンのように迷宮王が一定のリズムで床を鳴らし、ラビへ近づいていく。


「ぐ、ぎ・・・・・・っ!」


 ダメだ、やはり声が出せない。出そうとした言葉も呻きとともに空気に還ってしまう。

 ラビは恐怖で恐慌状態に陥っており、”緊急脱出する”ということにさえ思考が至っていないようだ。

 それを指摘しようにも声を出すことさえままならない状態ではどうにも出来ない。


 てか声が出るなら俺が”緊急脱出(エスケープ)”使ってるし!


 とにかく状況は最悪だ。

 動けるのはラビだけで他の皆は俺と同じ様に金縛りにあっているのだろう。でなければ流石に誰かが何かしら行動を起こしている筈だ。

 ラビが冷静さを取り戻してくれれば良いのだが、パニックに陥ってしまっている今の状態ではそれも難しい。

 俺かリーフかヒノカ辺りが動けるならフォローにも回れるのだが。


 そもそも今まで”緊急脱出(エスケープ)”を使ったことがなかったのも問題だったかもしれない。

 それだけ順調に攻略出来ていたという証明でもあるが、”逃げ帰る経験を積んでいない”ということでもある。

 それが咄嗟の判断を遅らせ、思考を濁らせてしまう。


 街の子供たちがしていたように、素っ裸で乗り込んで魔物に遭ったら脱出するみたいな度胸試しをやっておけば良かったか?

 とは言ってもみんな女の子だしな・・・・・・。命には代えられないとはいえ流石に難しいものがある。

 まぁ、今更後悔しても遅いのだが。


 そうだ、身体は動かせなくても触手は・・・・・・クソ、こっちも動かせないか。


「来ないでっ、来ないでっ・・・・・・!」


 ラビが腰の短剣を抜いて、刃先を迷宮王に向けた。

 それは彼女の恐怖から出た本能的な行動だったのかもしれない。

 刃先はカタカタと頼りなさげに震える。


 くそっ! どうやったら解けるんだ、この金縛り!

 金縛りならあれか、お経か!?

 なんみょーどーまんだぶつ!!!

 ・・・・・・はい、ダメでしたー!


「我に刃を向けるか。しかし、そのように及び腰では切っ先は届かぬぞ?」


 ラビが威嚇するように短剣を振り回すが、力の無い彼女の腕では刃がフラフラと虚空を彷徨ったようにしか見えない。

 そんなラビの姿を迷宮王が嘲笑う。


「クハハハ!! そのような玩具で我を討――」


 ――ファサ・・・・・・。


 その時、突如として迷宮王の身体が塵となり崩れ去った。

 マントとブーメランパンツをその場に残して。

 な、何が起きたんだ・・・・・・?


「ぇ・・・・・・え・・・・・・?」


 ラビも事態が把握できていないようで、目を点にしてへたり込んだまま辺りをきょろきょろと見回している。

 迷宮王が消えた所為か、身体が動くようになっていた。


「ラビ、大丈夫!?」

「う、うん。」


 ラビに駆け寄り、彼女の身体を調べる。

 怪我などはしていないようだ・・・・・・良かった。


 何があったのか尋ねてみるも、やはりラビも把握していないようで首を横に振って答えた。

 ともあれ無事で良かったと全員で胸を撫でおろす。


「あっ!」


 突然声を上げたラビに驚きつつも、どうしたのかと詰め寄る。

 すると彼女が首から下げていた首飾りを手に取って見せた。


「これ・・・・・・壊れちゃった。」


 彼女の言葉通り、紐の先に付いていた飾りの部分が砕けて壊れている。


「あぁ、そうか。これのお陰でラビは金縛りにあわずに済んだんだね。」

「どういう事よ?」


 説明を求めるリーフに答える。


 この首飾りは以前迷宮の店で購入した”身代わりの御守り”だ。

 ”身に付けている者の不幸を一度だけ肩代わりしてくれる”という効果である。

 おそらくその効果で迷宮王の金縛り攻撃から守ってくれたのだろう。


「確かにそんなの買っていたわね。」

「ご、ごめんね。壊しちゃって・・・・・・。」


「いいえ。きちんとラビの事を守ってくれたのだし、良かったわ。」

「そうだね、それで壊れたんなら気にする必要は無いよ。」


 ラスボス(?)での戦いで効果を発揮したのだから、使いどころとしてはこれ以上なかっただろう。


「それは分かったが、先程の迷宮王とやらは何故消えたのだ?」

「んー・・・・・・多分倒したんじゃないかな。」


「倒した・・・・・・? アリスが何かしたのか?」

「いや、ラビが倒したんだよ。」


「えぇ!? わ、私?」

「ほら、その手に持ったままのやつで。」


 ラビが固く握りしめている短剣を指差す。

 言われて短剣を持ったままであることに気付いたラビだが、恐怖できつく握りしめていたせいか上手く手が開かないらしく、悪戦苦闘している。

 そう、彼女の握っている短剣を見れば迷宮王がどうなったかなど一目瞭然であった。


 なにせ拾った武器やら素材やらをつぎ込んで強化値を盛りに盛った一品である。

 その過程で付与された複数の特殊能力の中に、離れた相手にも攻撃できる【かまいたち】なる能力も付加されている。

 たとえ刃が届かなくとも、短剣を振れば”離れた相手に攻撃できる”のだ。

 虫も殺せなかろうが関係ない。振ってさえしまえばその特殊能力は発動されるのである。


 【かまいたち】が発動されれば攻撃判定が飛んでいく。剣先の向く方へ。

 ラビの構えていた短剣はどちらを向いていたか・・・・・・迷宮王の居る方である。

 そして弱い力ながらも短剣を振っていた。


 つまり、鍛えまくった武器の攻撃が迷宮王に向かって飛びまくっていた状態だったのである。

 のろのろ歩いてくっちゃべってる間にダメージが蓄積し、最期を迎えてしまったのだろう。


 色々わちゃわちゃしてて締まらない最後だったな・・・・・・。

 「我を倒したところで第二第三の迷宮王が~」みたいなのを期待してたんだが。

 なんかもう溜め息しか出てこな――


 ――バゴッ!!


「な、なんだ!?」

「見て、玉座の後ろにある像が砕けたわ!」


 玉座の方へ視線を向けてみると玉座の後ろにあった邪神像が真っ二つに割れていた。

 そこから暖かな光が溢れ出してくる。それと同時に半透明な女性の姿が現れた。

 武器を構えた俺たちを気にする風もなく、その女性がこちらへ語りかけてくる。


「私はこの迷宮を統べる女神。迷宮王に力を奪われ、封印されてしまっていたのです。助けて頂き、ありがとうございます。」

「は、はぁ・・・・・・。」


 どうやら迷宮王が変身した第二形態とかではないらしい。

 俺たちと戦う意思も無いようだ。

 ポカンと口を開けたままの俺たちを他所に、迷宮女神は言葉を続ける。


「あなた方こそ、迷宮勇者の称号に相応しいでしょう。」


 そう言って女神様からいつもの賞状を賜った。

 「迷宮を踏破しました、おめでとう」みたいなことが書かれている。

 ・・・・・・いらねぇ。


「それと、助けて頂いたお礼に、あなた方の望む願いを一つだけ叶えて差し上げましょう。」


 おぉ、もしかして”なんでも”・・・・・・!?

 との期待も空しく次の三つの選択肢から選べ、というものだった。


 一、最強の武器を得る。

 二、最強の防具を得る。

 三、楽園への扉を開く。


 どうやらこれがクリア特典らしい。


「ふむ・・・・・・最強の武器とやらが気になるな。」

「たぶんラビの短剣の方が強いと思うよ?」


「そうなのか?」


 おそらく純粋な攻撃力だけで見ればそうなるだろう。もらえる最強の武器とやらが強化されているとは思えないし。

 ベースの攻撃力だけなら最強なんだろうけど、強化値が増えれば増える程ベースの攻撃力の差は微々たるものになっていくしなぁ。

 あとは特別な【特殊能力】が付与されているとかそんなんだろう。


「こ、これが最強の武器より強いの・・・・・・?」

「同じだけ鍛えたら女神さまから貰える武器の方が強くなると思うけどね。」


 最強の武器とやらを基にしてラビの短剣を合成すれば良いだけなのだが、持ち運びを考えると短剣とか杖なんかに軍配が上がる。ラビみたいな普通の子には特に。

 短剣なら軽くて嵩張らないし、杖は普通に杖として使ってもいいからね。見た目の好みで決めるってのもアリといえばアリだけど。

 リーチの問題も先程の迷宮王との戦いの通り解決済みだ。


 ラビの短剣を持つ手が震える。

 まぁ、今まで何気なく持っていた短剣が最強の武器より強いとか言われたのだから分からないでもない。


「では防具にするのか?」

「うーん・・・・・・防具の方も欲しければ適当なのを鍛えれば良いだけだしねぇ。」


「確かにそうか・・・・・・。なら、選択肢は一つか。」


 皆の表情を見れば依存は無さそうだ。

 俺たちは残った選択肢を女神に告げた。

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